最終話 2度目の決戦

「くそ! なんで、気づかなかった! くそ!」

 ただただ、苛立ちだけが募った。

 ミルテアは、すべてを見透かしていたのだ。

 灰色の勇者が、胸に抱える巨大な闇を――しかし、それは、巨大なだけで少し衝撃を加えれば、風船のように割れてしまう。

 だから、あえて母に成りすまし、恐怖におののいているか弱い女性を演じ言葉を投げかけたのだ。

 シードは、耐えきれない怒りを堪え、地面を踏みしめた。

「待って、どうするつもり?」

 エリスの冷静な声が、シードの足を止める。

「俺は、あいつを殺す。 そうしなきゃ、いけねぇんだ」

 シードの足は、再び前へ突き進んでいった。

 だが、頬に感じる鋭い痛みが、それを強制的に阻む。

「また、同じ過ちを繰り返すの?」

 頬に感じた痛みは、エリスが放ったビンタだ。

 シードは、エリスの澄んだ双眸に映る自分の顔を見て、愕然とした。

 世界では語られない真実の過去――魔王城と対峙したときに見せた、憎悪に満ちている顔が、そこには映っていたのだ。

「じゃ、どうすればいい! 何もしないで、ここにいればいいのか!――わかんねーよ」

 シードは、自分に問いただした。

 お前は、罪滅ぼしのために、あの少女を救うのか、と。

 ――罪滅ぼしじゃいけねぇのか。

 ――あの時救えなかった世界を、少女に置き換えちゃいけねぇのか。

 答えは、一向に導き出されない。

「シャンとして! もう一度聞く、どうするつもり?」

 エリスは、らしくもなく感情的な声をあげ、シードを怒鳴りつけるように問う。

 シードは、なぜ、一度聞いた問いを、再び、答えなくてはいけないのかと疑問に思い、顔を上げ、その意図をすぐに理解した。

 過去を知る魔法使いの涙が、汚れた勇者の我を取り戻す。

「そうだよな、そうじゃないよな。 俺は、あいつを……アシューを助け出す」

 シードの目からは、憎悪に満ちた殺意が綺麗に消え去り、今でも語り継がれている過去の決意のある目へと変わっていた。

 シードは、意識的に自分へ問いただした。

 お前は、罪滅ぼしのために、あの少女を救うのか、と。

 ――罪滅ぼしなんざ、どうでもいい。

 ――俺は、あの子の家族だ。

 ――世界に憎まれようと、娘のために、俺は剣を握る。

 どうやら、答えは完答のようだ。

「エリス、久しぶりに、魔王を倒す旅にでよう」

 灰色の髪の勇敢なる者は、義務感、責任感、使命感、などで剣を握ったのではない。

 父親として、娘を救うべく、剣を握るのだ。

 曇天の空の下、”竜のあざ”を持つ勇敢なる者2人が魔王城を目指し足を進めた。


   ***


 何度も対峙している魔王都の入り口を示す門。だが、今日は、魔王都を守る魔族の姿は見当たらず、妙な静けさがあたりを包み込んでいた。

「いつかの日の決戦みたいね」

 エリスは、からかうような口調でそう告げると、決戦とは、ほど遠い笑みを浮かべ、シードへと向ける。

「この戦いが最後ならいいんだけどな」

 向けられた笑みに、シードも葉巻をくわえて笑って答える。

 そして、深呼吸をするよう、葉巻を吸いこみ、大きく吐き出し、剣を構えた。

「早速のお出ましだ」

「おじいさん動けるのかしら? 休んでてもいいのよ?」

「馬鹿言うな。 俺は――勇者だぞ?」

 刹那、普段は屋台でにぎわっているはずの魔王都を切り裂くような斬撃が、何かを捉え、街並みを赤に染め上げる。

 シードの手にある10000G程度の安い鋼の剣が貫く何かは、黒いローブの人物だ。

「なぜ、バレた! ミルテア様の魔術にかかっているのではないのか!」

「仕方がない! 我々で、足止めするのだ! 儀式の邪魔はさせぬ」

 仲間の死に動揺したのか、黒いローブを着た者達、改め、魔王教教徒の姿が現れる。

 ある者は剣を構え、ある者は手のひらで火球を浮かばせる――しかし、魔王を殺した勇者には無駄な抵抗だ。

「お前らに構ってる暇はねぇんだよ」

 シードは、かったるそうに髪をかき、吸い終えた葉巻をその場に吐き捨てる。

 吐き捨てられた葉巻が、地面に落ちると共に……周りを取り囲んでいた教徒たちから血しぶきが上がった。

「わりぃ。 うちの魔女さん、加減を知らないんだわ」

 シードの背後、エリスの短い魔法の詠唱とともに、空間が歪むような感覚が訪れる。しかし、それは、空間が歪んでいるのではなく、エリスの強大な魔が空間の風を強制的に操ることからの現象なのだ。

「私は、魔法使いよ! 魔女じゃない!」

「100年も生きてれば魔女だろ」

「だから、魔法使いだって!」

 シードからのいじりに対する苛立ちを八つ当たりするかのように、最後の教徒の体が風の魔法で八つ裂きにされた。

「あーあ、殺しちゃったよ」

「駄目だったの?」

「こうゆうのは敵から情報を聞き出すもんだろーが。 エリス、復活の呪文的なのまだ使える?」

 シードの質問に、エリスは、微かに顔を歪ませ、目の前で手を閉じたり開いたりして見せる。

「変な感じに生き返るかもしれない。 ただでさえ、生を司る魔法なんて使わないから、鈍っているかもだし」

「まぁ、喋れれば問題ない」

 予防線をしっかりと張ってかつシードからの問題ないという言葉を受け、エリスは、目を閉じ胸の前で手を組み、詠唱した。

 すると、八つ裂きの黒いローブの者の周りを緑色の光が包み込み、体の中へと吸い込まれていった。

「……ぐはぁ! はぁ、はぁ、はぁ。 俺は、死んだんじゃ」

 教徒の現状確認は、シードが突きつける剣がしっかりと答えてくれた。

「おい、くそ野郎。 てめぇらが言った、ミルテア様の儀式ってなんだ。 それと、アシューはどこだ」

「お前は、灰色の勇者じゃねーか。 貴様のようなの能無しに教えるわけないだろ!」

 喉元に剣を突きつけられてもなお、教徒のミルテアに対する忠誠心が答えを言おうとはしない。

 本当の勇者ならば、「答えろ!」と怒鳴りつけて粘るのだろう。

 しかし、この場にいる勇者は、生憎、時間がないのだ。

「じゃ、これでどうだ?」

 教徒ののど元を捉えていた剣は、標的を、片腕にかえる。

 直後、教徒の片腕はあっさりと振り落とされた。

「ぎゃあああああ! 腕が! 腕が!」

 汚い叫びが静寂する魔王都に響く。だが、勇者の目的は虐殺ではない。

「ヒール」

 エリスの治癒魔法が、大量出血をする腕の傷を止血し、痛みを消した。

 教徒は、涙とよだれで顔面を汚しながらも、遠ざかる痛みに安堵の表情を浮かべる。

「よし、もう一度だ」

 シードは、再び、狙いを教徒の片腕に絞り剣を振り下ろそうと、それを掲げた――

「わかった! やめろ、やめてくれ……全部、話すから」

 訪れるとわかっている”痛み”ほど恐怖するものはないだろう。

 それに、未然に防ぐ方法があるのなら、迷いなくそれを実施するのが普通だ。

 どんなに強い忠誠心も、恐怖の前は意味がない――これは、シードが過去に導き出した答えだ。

 痛みが遠のいたことに対する安堵感なのだろうか、教徒は、自ら黒いローブのフードを脱ぎ、素顔を露にする。

 シードの想像とは違い、この男の顔は、トカゲ――リザードマンだった。

「じゃ、儀式についていえ」

「儀式は、魔王様の復活だ」

 教徒は、魔王、という単語に異常なまでの笑みを浮かべて語りを続ける。

「世界の支配者は魔王様ということになっているが、それは、勝手な思い込みだ。 貴様ら、人間の王は馬鹿だ。 魔王様を殺せば、世界を支配できると思ってんだから。 お前らが、魔王様を殺したとき、魔王様は、世界を支配していたか?」

 教徒からの問いに、エリスとシードは息をのんだ。

 確かに、魔王の復活で、世界に魔物が溢れ、王都を襲おうとしたり村が襲われたりという事件はあった。でも、それは、”支配するため”であって”支配しているから”ではない。

「じゃ、俺たちは思い込みで動いていたってことか?」

 シードの無意識のつぶやきに、教徒は答えた。

「お前らの王は、戦場に出て、指示を出していたか? 違うよな? 確か……昔は、騎士団とかいうふざけた部隊が戦っていたんじゃないのか?」

 教徒は、唾が吐き出る勢いで話を続ける。

「世界が欲しいという傲慢さが、貴様ら、人間の今の立場につながったんだ」

 魔族視点で語られる真実に、過去が無理やり思い出される。

 突きつけていた剣が、落胆で手から落ちそうになったとき、シードの前を突風が吹き、教徒の首は、爆散する。

「魔族の妄言なんて……気分が悪い」

 エリスのつぶやきに、シードは、現実に意識を引き戻される。

 エリスは、涙を堪えながら、教徒の話をまとめた。

「やっぱり、あの少女は、もしも、魔王が復活したときの魔を受け止める器として生み出された。 そして、私たちが、その時を作り出してしまった。 つまり、デペルデウスは死んでいる」

 エリスが、最後に言い終えた答えを聞いて、シードは、満足げに最後の葉巻を吹かした。

「魔王の次は、頭のいかれた宗教団体が敵か」

 頭上で不気味にそびえ立つ城からは、勇者の登場を待ちわびる女が生々しく上唇に舌を這わせた。


   ***


 遠くからでさえ、不気味な存在感を醸し出していた城を目の前に、シードとエリスは顔を歪める。

「すべてが、ここで始まったのならば、終わりもここってわけか?」

 シードが対峙する城は、かつて、魔王の討伐を王から命じられた王城。しかし、魔王によって支配されてからは、魔王城として、その存在を人類に知らしめていた。

「勇者の決戦にはもってこいのシチュエーションじゃない?」

「うるせぇ」

 小さく笑い、からかうエリスにゲンコツをお見舞いして、魔王城の扉へと手をかけた。

 軽く触れただけで、扉は、不気味な音を響かせ、ゆっくりとゆっくりと開かれていき――勇者を歓迎した。

「あらぁ? 勇者様じゃないの。 私たち、親子を引き離した。 うふふふ」

「また、引き離しに来たぜ。 お母様」

 シードを歓迎した者は、褐色の肌に尖った耳、露出度の高い服を身に着け、薄気味悪い笑みを浮かべ続けるミルテアだった。

 最初にあった時と容姿が違えど、その傍らに力なく倒れる少女の姿が、すべてを肯定する。

「アシューに、何をした」

「まだ……何もしてないわ。 儀式には手順があるのよ」

 ねっとりと耳にこびり付くような話が終わった直後、シードの横顔に黒い影が小さな切り傷を生み出す。

「あぁ……憎いわ。 憎すぎるわ。 魔王様が、唯一、恐れていた人があなただなんて――嫉妬だわ」

 刹那、地面の影が生えるように、何本も地面から突出し、狙いをシードに定め――貫いた。

 否、影が貫くものは、シードの背後の壁。

「私を無視するなんて、随分と舐められたものね」

 シードの影から、ムスッと頬を膨らませ現れたのは、手のひらをミルテアに向けるエリスの姿だ。シードを捉えていた影は、エリスの風魔法により軌道をずらされたのだ。

「勇者と仲間の強さが、魔王様の恐れる唯一の物……妬ましい。 魔王様が、復活する前に……殺さなくては」

 ただの影が、ミルテアの憎悪で人の形を次々に模り始めていた。

 2体……4体……6体……10体……数は、どんどん増していき、シードとエリスの周りを取り囲む。

「エリス……死ぬなよ」

「それ、そっくりそのまま返すわ」

 隣同士に並ぶ2人は、目を合わせ、笑いあった。

 直後、怒号にも聞こえる衝撃が、決戦の合図となった。


   ***


「全然、減らない!」

 エリスが、魔法を振るえば、”影”は簡単に倒すことができる。だが、すぐに、また、別の影が生まれ、切りがない。

 過去の決戦のよう、切りのない敵の数に疲労と傷が増えていった。

「くそ、なにかあるはずだ。 何か……」

 憎悪に満ちた暗い部屋には、薄気味悪く灯るロウの光だけが頼りだった。

 暗い部屋の中で、制限される視力は、無意味に行動に限界を設ける――なら、明かりを取り込めばいいじゃないか。

「エリス! 扉だ! 扉を壊せ!」

 不自然なほど暗い部屋は、ミルテアが意図的に作ったフィールド。扉を壊して外の光を取り込めば――エリスの魔法詠唱のあと、ものすごい破壊音が響き、その中に混ざるよう嫌なつぶやきが聞こえた。


「太陽と向かい合わせになったら、背中に影ができるのよ?」


 人をつぶすような嫌な音――直後、シードが振り返った眼前、宙に舞うよう赤い花が咲いていた。

「シード……私、死ぬの?」

 エリスの姿をした影が、片腕を針のように造形し、エリスの背中を貫いていた。

「エリス!」

 血で染められた床へと力なく倒れこむエリスに、シードは駆け寄る。

「死ぬな、エリス! 大丈夫だよな? 不死の加護があるもんな?」

 浅い呼吸を繰り返すエリスを抱き寄せて、涙ながらに語りかけた。

 仲間が、自分の前から消えることなど、2度とあっては欲しくないのだ。

 リリクとアテナのように――王が作り出した偽りの勇者は、加護など持たず、戦いで儚く散っていくのだ。

「この間、117歳になったのよ? 私が、死ぬわけないじゃない。 ただ、ちょっと眠いだけ」

「嘘だろ! おい!」

 エリスの傷からは、溢れんばかりの憎悪にみちた魔が漏れていた。

 勇者が、女神からの加護を受けているのならば、魔王は、それに、憎悪で対抗する。憎悪に満ちた傷は、不死の加護でさえ、無効にするのだ。

「エリス! 嘘……だろ」

 シードの腕の中で、涙をこぼしながら力を失ったエリス。だけども、最後、エリスの表情は、世界から解放されたかのよう微笑んでいた。

「うふふ。 魔王様の恐怖の対象を消し去ったわ。 あとは、あなただけね」

 頬を紅潮させ、息を荒げるミルテアは、いやらし気に吐息を漏らすと、へたり込むシードの背中へ影を突きつける。

「うるせぇ。 黙れ」

 直進していた影が、動きを止める。

 つまり、ミルテアの意識が別なものへと向いたのだ。

「勇者でさへも、憎しみには勝てない。 うふふ。 滑稽だわ」

 シードの周りで渦巻く黒い”憎悪”が、ミルテアの興味を引く。

 ゆらりと鋼の剣を構え、その剣先をミルテアへと突き出す。

「これは、憎しみなんかじゃねぇ。 怒りだ」

 人間の戯言たわごとを馬鹿にするようにミルテアは鼻で笑う。

「憎しみからくるものが怒りなのではないのかしら? うふふ。 認めたくないのね」

「俺は――」

 シードは、目をつむり、空気を吸い込み、怒号へと変え、それを吐き出した。

「勇者なんだよ!」

 地面がえぐれるほど蹴り上げ、駆けた。

「うふふ。 捨て身の攻撃だなんて……哀れね」

 ミルテアの一瞬の笑み、余裕、過信――突出していた影が一本の針を造形し、駆けるシードの首を狙う。

「世界に憎まれてようと! 俺は、世界を……アシューを……救うんだ!」

 聖剣でもないどこにでも売っている鋼の剣と”憎悪”により造形された針とが交差し、決戦の舞台に赤い花びらが乱舞する。

 静寂した空間――その中で2度目の決戦の最後を見届けた少女がいる。

「シード?」

 ぼやける視界の中、少女が目にしたものは――剣をミルテアへと突き立てるシードの姿だった。

 否――

「シード!!」

 ミルテアを貫く剣の横では、シードの腹部を貫く影があった。

 受け身をとることも防御をすることを捨て、文字通りの捨て身の一撃――逃げるなど到底考えない。

 暗闇へと誘われる意識は、抗うことなく手を引かれる。

 しかし、最後にシードはつぶやいた。

「アシュー……頑張って生きろ。 大好きだ」

 血を吐き死ぬミルテアを見ていた視覚が無くなり、痛みを感じていた痛覚がなくなった。唯一、残っていた聴覚だけは、その言葉をしっかりと受け取っていた。

「僕も……大好きだよ」

 涙ながらにつぶやく少女は、何を思ったのだろう。

 母を憎んだのか、世界を恨んだのか――それとも、勇者を父として愛したのか。

 その答えは、今は、胸の奥にしまっておこう、告げるその時が来るまで。


   ***


 森の奥の小屋の中、褐色肌の一人の少女が快晴の空を眺めていた。

 鳥のさえずりが聞こえる空は、ひげ面のあいつと出会った日を思い出させる。

 ずっと遠い昔の出来事で、最近のように感じる出会い――この少女の中で、彼と出会った日を忘れることはないだろう。

「何、しけた面してるんだ」

 葉巻の匂いが、少女の鼻をかすめる。

 少しだけ、煙たいが全く嫌ではない匂いだ。

「お帰りなさい」

 今日も、森の奥では、葉巻の煙が快晴の空に浮かんでいた。



 遠い昔、人間が魔物を従え、人間が魔物の上に立っていた時代があったそうだ。

 だが、それは、ある者の偽りによって破壊される。

 世界の破壊を望み、人類の滅亡を望み、魔王の復活を願った――ダークエルフ<ミルテア>

 ミルテアの存在で、人類は苦しみ、ある者たちは世界から拒絶された。

 人々からの罵声が、反感が、憎しみが、彼らの心を深くえぐったいったのだ。

 しかし、そんな狂った世界の偽りの支配者から娘を助けるべく立ち上がった父がいたそうだ。

 人類は、彼を、特徴的な髪の色を見て、<灰色の勇者>と呼ぶ。



                     

     灰色の勇者(完)

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰色の勇者 【完結】 成瀬なる @naruse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ