第22話(最終話) 馬上少年過ぐ


 馬上少年過ぐ


 世平らかにして白髪多し


 残躯天の赦す所


 楽しまずして是を如何にせん




 これは伊達政宗が晩年に読んだ漢詩である。


 伊達政宗こと照姫は小田原参陣で一命を取り留めたあと、寛永十三年(1636年)五月二十四日まで生きることとなる。


 この漢詩は老後の照姫の気持ちを十分にあらわしているといえるだろう。




 戦場を馬で駆けた日々は過ぎ去った


 世の中は平和になり、私の髪の毛はすっかり白くなったのだ


 兄の代わりに生き残ったこの体である


 兄の分も楽しまなくてどうしようか




   ☆☆☆




 死期が近くなった晩年。江戸城にて三代将軍・徳川家光に照姫が呼び出された。

正式な呼び出しではない。戦国の世を知らないものが多くなったこの時勢。戦国の生き残りともいえる照姫に戦国の話を訊きたいと思ったようだ。


 庭に出て桜を見ながら家光と照姫は座った。日はまだ高々と昇っている。



「伊達殿、そちは祖父・父とも大変仲が良かったようだな」



 祖父とは初代将軍・徳川家康。父は二代将軍・徳川秀忠である。家光から見たら照姫は神と同等な存在である家康と渡り合った怪物であった。



「そうでございますね。何度も殺して天下を奪おうと思った仲でございますわ」


「ははは、そんなことを言える人物も伊達殿くらいしかいなくなった」



 太平の世が来て、天下を狙うような気概を持つものがいなくなった。家光の不安はそこにあるのだ。



「今日は伊達殿の昔話などを聞きたい。戦国の気風というものをこの若輩者に教えてはくれまいか」



 家光は将軍とも思えない丁寧さで照姫を遇している。それほどこの若い将軍は照姫を敬愛しているのだろう。



「確か、前回は小田原に参陣するところまで話してくれたな。そのあとはどうなったのだ」


「そのあとも、色々ありましたわね」



 照姫の左眼はどこか遠いところを見ている。もはや昔となった時代を思い起こしているのだろう。




   ☆☆☆




 照姫が小田原を去ってからも危機は多くあった。


 まずは大崎・葛西一揆。小田原に参陣しなかったことで取り潰された大崎家と葛西家の牢人が領民たちと一揆を起こしたのだ。


 政宗こと照姫はその一揆を扇動した。会津を召し上げられたことによる反発である。兄が手に入れた土地を奪われるのは納得がいかない、という気持ちが強かったのだろう。


 一揆鎮圧に派遣されたのは蒲生氏郷である。政宗の代わりに会津領主となった大名だ。


 照姫は氏郷を騙そうとした。自身は一揆鎮圧を装いながら、裏では一揆勢の力で氏郷を殺してしまおうとしたのだ。


 しかし、それは思わぬ形で失敗することとなる。


 照姫は一揆勢に指示を出すために書状を書いた。その書状が氏郷のもとに渡ってしまったのである。


 もちろん氏郷はこのことを秀吉に報告した。『政宗に謀反の疑いあり』と。


 照姫はすぐさま大軍を発して一揆を鎮圧した。しかし、それで疑いが晴れるはずもない。


 照姫は釈明をするために上洛することとなった。


 そこで照姫が見せた釈明も見事なものである。


 今度は白装束に十字架という姿で秀吉の度肝を抜いたのである。これには京の民衆も騒ぎ立てた。


 決定打は書状である。あの書状には花押が書かれていた。花押とは今で言うと印鑑である。『これは自分が書きましたよ』という証拠として書くものだ。


 その花押に細工をしていたのである。伊達家の花押は鶺鴒である。照姫は秀吉に送った書状には鶺鴒の目に穴を空けていた。反対に一揆勢に送った書状には穴は空いていなかったのである。


 これは兄・政宗の残した細工ともいえよう。政宗が秀吉に送った書状に穴を開けておかなかったら、この作戦は使えなかったのである。


 これにより、照姫は二度目の死地を脱した。




   ☆☆☆




「ははは、なるほど。鶺鴒の目か。これは秀吉にも盲点だっただろうな」



 家光が江戸城全てに響き渡るような大声で笑いたてる。このような話はどの大名に訊いても出てくるものではない。



「お兄様の遺産ですわ。私は、お兄様がいなくなってからもお兄様に助けられたのです」


「伊達殿の兄者、できれば生きて会ってみたかったものだ」


「詮無きことですわ」



 照姫も政宗には生きていてほしかっただろう。しかし今更それをいっても仕方がない。



「それで、秀吉の追及を免れたのだ。もう一安心といったところか?」


「そんなことありませんわ。私の苦難はこれからですわよ」



 照姫がニヤリと笑う。これくらいは序の口だ、といわんがばかりである。




   ☆☆☆




 照姫の苦難は続く。次に訪れたのは朝鮮出兵である。照姫は朝鮮になぞ興味はなかった。しかし、秀吉の命には逆らえない。


 そこで照姫は出兵を遅らせるべく、ある作戦を立てた。


 秀吉は派手好きである。それも自身を派手に飾ることを異常なまでに好んだ。照姫は秀吉のその習性を利用したのだ。


 照姫が京に呼び出されたとき、伊達の軍勢は金箔の刀に三角帽子、鎧も輝くばかりの派手さだった。


 これには秀吉だけでなく、京の民衆も騒ぎ立てた。このことから、派手な格好をする人を伊達者というようになったほどである。


 秀吉は考えた。照姫をこのまま出兵させては自分が出兵するときにインパクトが薄れてしまう。ならば照姫と一緒に出兵した方が目立つのではないか、と。


 そのため照姫はギリギリまで秀吉の手元に置かれた。実際には朝鮮の戦況が思わしくなくなり、伊達軍も出兵することになるのだが、時間稼ぎはできたようだ。


 出兵した伊達軍は大いに活躍した。篭城した浅野長政を助けたり、各地で明軍を撃破したりした。


 そのため、秀吉から感状が出たほどである。




   ☆☆☆




「ほう、感状とな。今もその感状はあるのかな」


「もうどこかにいってしまいましたわ。私にとってはどうでもいいことでしたし」


「ははは、太閤の感状がどうでもいいか。秀吉が聞いたらあの世で泣いているぞ」


「それならばその泣き顔を絵師に描かせたいものですわね」



 これは別に照姫と秀吉との仲が悪かったというわけではない。政治的な対立はあったが、個人的な付き合いでは二人とも馬が合ったようだ。二人とも派手好きという似たような性格ということもあったのだろう。



「それで、朝鮮から戻ってきたら関白・秀次の死か」


「そうですわね。あれには私もほとほと困りましたわ」




   ☆☆☆




 朝鮮から戻ってきた照姫を襲ったのは三度目の危機である。


 ことの発端は豊臣秀吉の甥・秀次に謀反の疑いがかかったことによる。


 秀次は最上や蒲生、さらには伊達などの東北の諸侯と仲が良かった。特に女好きな秀次は照姫のことを良く好いていた。


 照姫も次の日本の権力者となるはずである秀次に接近した。政治的には当然のことである。


 しかし、結果的にこれが良くなかった。


 秀次謀反となると共謀者が疑われる。真っ先に疑われたのは、秀次と仲の良かった東北諸侯である。


 さらに照姫は以前にも謀反の疑いをかけられたことがある。今回も、と疑われるには十分だった。


 そして関白・豊臣秀次は切腹。蒲生氏郷は秀次の切腹前に死亡していた。毒殺説もささやかれている。最上義光は娘を六条河原で殺された。秀次の側室になる予定だったというだけの理由で、である。


 残るは、照姫の伊達家だけであった。


 このとき、照姫はある人物を頼った。それは後の天下人となる徳川家康である。先見の明があったといえるだろう。月姫の黒脛巾組の活躍も忘れられない。


 家康も照姫のために謀反の疑いを解いてやった。照姫はこのことが縁となって後に関ヶ原では東軍につくこととなる。




   ☆☆☆




「ほう、祖父との縁はそのときからか」


「以前から交流はありましたわ。しかし、私が徳川につこうと考えたきっかけはこの事件でしたわね」


「それで、実際にはどうだったのだ?」


「どう、とは?」


「政宗殿が関白秀次をそそのかして謀反を考えていたのではないか、ということだ」



 照姫はあからさまに嫌な顔をする。心外だ、という気持ちが全面に出ていた。



「もし、私が関白をそそのかしたというのなら家康殿に頼るということもなかったでしょう。謀反という火遊びはちゃんと水を用意してから始めるものですわよ」


「ははは、さすがは伊達殿だ。言い逃れができない状況だからこそ、逆に無罪だったというわけか」


「皮肉なものですわね」




   ☆☆☆




 照姫を苦しめた豊臣秀吉も寿命には勝てなかった。幼い息子である秀頼を残して夏の暑い日にこの世を去ってしまった。


 秀吉が死亡したことにより、天下は揺れ動いた。石田光成の西軍と徳川家康の東軍に日本が分かれたのである。


 照姫は東軍についた。家康も西軍の雄である上杉景勝の牽制のために、奥羽の大名が必要だったのだ。そのため、最上と伊達という奥羽の二大大名を味方に引き入れた。


 関ヶ原の合戦では伊達軍は出兵していない。主に上杉牽制の任務を任されたのだ。


 その際に家康がどれほど照姫を重要に思っていたがわかる書状がある。東軍が勝った場合、伊達家の所領は百万石にするという書状だ。世に言う、百万石のお墨付きである。


 照姫はこれで奮闘するかに見えた。しかし、一筋縄ではいかないのが政宗を信奉することが篤い照姫である。


 何と、またしても一揆の扇動をして北奥州の大名である南部領を侵したのである。これは家康が負けた場合の保険だったのであろう。


 照姫は三成と家康の戦いは長引くと見た。そのため、今のうちに切り取れる領地は切り取っておこうとしたのだろう。戦が長引けば長引くほど照姫にとっては好都合だった。


 しかし、戦いは関ヶ原の合戦であっさりと東軍が勝ってしまったのである。これには照姫も驚いた。


 さらに悪いことにまたしても一揆扇動の事実が家康にばれてしまったのである。そのために百万石のお墨付きは無効。照姫自ら切り取った領地だけが加増となった。


 しかし、伊達家は全国でも屈指の大大名であることは間違いない。伊達家は徳川家康のもとで大いに躍進することとなる。




   ☆☆☆




「百万石のお墨付き、惜しかったな」


「ええ。まったく」


「伊達殿はなぜ素直に祖父の言いつけを守らなかったのだ? 素直に守っていれば百万石は向こうから転がり込んできたではないか」


「お兄様はいつも自ら道を切り開いていましたわ。誰かが作った安全な道よりも、自分で切り開いた断崖絶壁を進みたい。伊達家とはそういう家柄なのですわ」


「その気概、私の家臣の何人が持っているか」



 家光の顔が沈痛な表情となる。この若い将軍も自分なりに徳川家の事を考えていた。


 その時、不安に思うのが太平に慣れた家臣団である。戦国時代を体験した武将はもはや数少ない。幕府の繁栄よりも保身に走る武将が何と多いことか。



「戦国の気風を持った戦いがなされた最後の戦は、豊臣家との戦いであったな」


「はい。大阪の陣。あれも辛い戦いでしたわ」




   ☆☆☆




 徳川家と豊臣家の戦い。世に言う大阪の陣である。これは徳川家が仕掛けた戦とも、豊臣家が仕掛けた戦とも言われている。


 しかし、照姫にとってはそんなことはどうでも良かった。照姫からしたらこれが天下取りの最後のチャンスである。どうしても成功させたかった。


 計画はこうである。大阪の陣が始まる少し前、慶長十八年(1613年)九月十五日に仙台の月ノ浦を出航した支倉使節団に全てを託したのだ。


 支倉使節団はスペインとの通商が表向きの目的だ。しかし、照姫は裏の目的も支倉常長に言い渡していた。


 それはスペイン艦隊を日本に派遣させるという途方もない計画であった。当時の日本の知識でスペインの無敵艦隊は世界海軍のトップだった。


 その無敵艦隊が日本に来て照姫の味方をしたとしたら。それは徳川、豊臣をも凌駕する第三勢力の出現である。一気に日本中の大名を傘下に収めるのも夢ではない。


 照姫は大阪の陣でそのスペイン艦隊が来るのを待った。しかし、それは儚い夢だったのである。


 スペイン艦隊は1588年のアルマダ海戦でほとんどが海の藻屑となっていたのである。とても日本にまで巡航できる船はなかった。




  ☆☆☆




「スペイン艦隊。もしそれがうまくいっておれば歴史は変わっていただろうな」


「伊達幕府、ができていたかもしれませんわね」


「ははは、それも面白いな」



 支配される側にとって一番困るのは無能な統治者だ。家光は少なくとも無能ではない。しかし、今後そんな無能な統治者が徳川家から出ないとも限らない。



(もし伊達幕府ができていたとしたら、そんな無能な統治者を出さない幕府になっていただろうか)



 家光は照姫の才気ある瞳を見ながらそう思う。家光にとって照姫の存在は祖父が見せてくれなかった未来を見せてくれる魔法の鏡のようなものなのだ。



「それで、大阪の陣はどうなったのだ」


「あのときも大変でしたわね」




   ☆☆☆




 大阪夏の陣で照姫は後藤又兵衛の部隊と戦った。実際に戦闘をしたのは片倉小十郎景綱の息子・小十郎重綱である。


 重綱は照姫が考案した騎馬鉄砲隊という兵機種で後藤又兵衛の軍と戦った。騎馬鉄砲隊とは、騎乗で鉄砲を撃ちかけるという戦術のために考案された兵機種である。


 弓には流鏑馬というものがある。弓でできるならば鉄砲でできないことはあるまいというのが照姫の考えだった。


 これは戦術的に効果的であった。騎馬というのは鉄砲に弱い。織田信長が武田騎馬軍を破った長篠の戦を見ればそれがわかるだろう。


 騎馬鉄砲隊はその弱点を克服しているのだ。遠距離の攻撃に弱い騎馬に鉄砲を持たせる。それは遠距離攻撃ができる騎馬隊の完成であった。


 やり方も考えられている。まずは二人一組を作る。一人は鉄砲を撃つ係り、もう一人は弾を込める係りである。一発撃つと弾込め係りに渡す。弾込め係りは準備していた鉄砲を渡し、受け取った鉄砲に弾を込める。これで騎乗でも鉄砲が連射できるのだ。


 片倉重綱はこの騎馬鉄砲隊を使って後藤又兵衛の部隊を壊滅させた。騎馬鉄砲隊の勝利と言っていいだろう。




  ☆☆☆




「ほう、噂には聞いていたが、騎馬鉄砲隊とはそのようなものだったのか」


「はい。実践で使う機会が少なかったのが悔やまれますわ」


「確かに、それほどの戦術ならば容易に破ることはできないだろうな」


「それが……」



 照姫は少し言いよどむ。自慢の騎馬鉄砲隊にも弱点はあったのだ、とその表情が物語っていた。



「騎馬鉄砲隊は、真田幸村に一度破られているのですわ」


「何!? 長距離攻撃ができる騎馬鉄砲隊をどのように破ったというのだ。そんな方法はとても思いつかんが」


「それを思いついたというのが幸村のすごいところですわね。まったく、忌々しいことです」



 照姫は幸村のことを悪く言っているが、表情はどこか明るい。昔の戦友を思って懐古しているのだろうか。



「伊達殿が敵を誉めるとは珍しい。ますます真田幸村のことを知りたくなったぞ」


「ふふふ、私でも優秀な人物は優秀と言いますわよ。真田幸村は優秀だった。ただそれだけですわ」




   ☆☆☆




 真田幸村が取った戦術とは野伏せりであった。草むらに兵を隠しての伏兵である。


 片倉重綱の騎馬鉄砲隊は誰もいないであろう草むらを疾駆した。しかしそこには真田の兵が所狭し、と伏せていた敵陣だったのだ。


 幸村の部隊は騎馬鉄砲隊を十分に引き寄せてから草むらから飛び出した。騎馬鉄砲隊は遠距離に強い。しかし逆に言えば近距離には弱いとも言えた。


 急に現れた真田の部隊に騎馬鉄砲隊は混乱した。自慢の鉄砲もこうまで接近されては効果が薄い。騎馬鉄砲隊はあえなく退却するはめになったのだ。




   ☆☆☆




「なるほどな。伏兵か」


「報告を聞いたときは唖然としましたわ。まさか私の部隊にそこまで接近できる勇気がある武将がいるとは思いませんでしたからね」


「真田幸村か。確か真田信之殿の弟だったな。信之殿からも戦話を聞いてみたくなったぞ」


「そのときはぜひ、私も」


「うむ」



 しかし照姫のその願いはかなわないだろう。なぜなら、彼女にはもう、それほどの時間が残されていなかったからだ。



「大阪の陣での伊達殿の活躍はわかった。しかし伊達殿の活躍は戦場だけではなかったな」


「はて、何かありましたでしょうか」



 照姫はわざとらしく知らないふりをした。照姫が江戸幕府に貢献した事柄は多い。中でも、キリスト教に関する出来事は家光の記憶にも新しかった。




   ☆☆☆




 元和六年(1620年)八月二十四日、スペインに派遣していた支倉常長が帰国した。


 常長はキリスト教に入信しており、照姫に海外のキリスト教の情報を詳しく報告した。


 照姫はその情報を元に海外の情勢を分析し、一つの書状として江戸幕府に献上した。


 それは実際に見聞きした情報が元になっているため、十分に信用できる見解となっていた。特に目を引いたのはキリスト教を使った海外侵略についてだった。


 ヨーロッパでは戦が絶えない。それも国家間での戦である。照姫はこれに危機感を覚えた。


 キリスト教国が国家を侵略する方法とはいかなるものか。それは、キリスト教を使うという照姫からしたら信じられない方法だった。


 まずはキリスト教を侵略する国に布教させる。慈善活動などをして民心を掴んでおくのだ。


 民心を掴むとおのずとその国の情報が入ってくる。時には国家機密と思えるほどの情報がキリスト教の司祭などが持っていることもあるのだ。


 国家から派遣されたキリスト教徒は本国に集めた情報を送る。これが国家侵略の足がかりとなるのだ。


 このことを知った江戸幕府は驚いた。すでに徳川家康の命でキリスト教は禁止になっている。おそらく、家康は家康なりにキリスト教の危険性を感じていたのだろう。だが、決定打となる情報は、家康でも持っていなかったようだ。家康はその決定打を掴む前にこの世を去っている。


 そこに照姫の書状が江戸幕府に届いた。家康でも掴みきれなかったキリスト教の実態が事細かに書かれていたのだ。


 幕府は直ちにキリスト教の弾圧を強めた。それは日本という国家を守るための非情な決断だった。




   ☆☆☆




「伊達殿の書状がなければ今頃日ノ本は他国に侵略されていたかもしれぬ。あらためて、礼を言おう」


「礼などいりませんわ。私は私なりに日ノ本のことを考えただけですわ」


「ははは、伊達殿のようなお方がいれば日ノ本は安心だ」



 話に集中しすぎたのか、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。



「話し込んでしまったな。また、話を聞かせてくれ」


「私のようなもので良かったらいつでも」


「うむ」



 家光は立ち上がると照姫に背を向けた。



「将軍様」


「ん?」



 家光はゆっくりと振り返る。照姫は、三日月の光に包まれて幻想的な姿となっていた。



「もし、将軍様が日ノ本の統治者にふさわしくないと感じましたら、私が代わってさしあげますわ」


「ははは、それも良いが、これでも私は将軍職というものを気に入っておる。欲しければ、力ずくで奪うが良い」


「その言葉、後悔なされぬように」



 照姫は月夜の江戸城を見上げている。


 天下を目指した兄・政宗。その政宗の意思を継いだ照姫と月姫。


 その野望は命の炎が燃え尽きるまで続くのだった。


               (了)

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女傑・伊達政宗 前田薫八 @maeda_kaoru

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