偶然は必然
本当を言うと、高校生になってまで何か部活に入る気自体、さっぱりありもしなかった。以前にやってた活動自体は楽しかったものの、弱い割にポジション争いだけは熱心だし、部員は人畜無害から実害ありのめんどくさいタイプまで振り幅が広かったから、もー巻き込まれたくないわー、って心底思ったのもあったし、実際それどころじゃなかった事情もあったりして、そっち系の青春はいったんどっかに放置しとこう、という感じだったんだけど。
こうも行く先行く先で、ちっちゃい接触からニアミスまでちまちまと続いたりもすると、あれーひょっとして縁とかあんのかなー、くらいは思ってしまうわけで。
「……あっ、あのっ、この間のっ、靴の!」
「おー、三つ編みシンデレラだ。そこそこ久し振りー」
金曜日、放課後、特別棟の一階。職員室の、入口で。
全校生徒のうち、だいたいが部活、塾なりなんかあるから帰る、の二択がほとんどで、単に暇なのか、適当に残ってだらだら遊んでるのがそこここにいるという状況からすると、ここに入ろうとしている自分と、用事が済んで出てきた相手がまともに鉢合わせとなれば、なんか確率的にもレア?とか思っていると、その脇から、ショートボブの黒髪を揺らして、見慣れた顔がにゅっと割り込んできて。
「なにその妙にメルヘンな呼び名。堤がそれだったら
「違いますってーせんせー。王子はちゃんと別にいますよー」
「えっ!?ちがっ、あれは行きがかり上拾ってもらっただけで!」
背後と正面から連打でそう言われて、途端に焦ったように顔を赤くした三つ編み女子の反応に、おお、これはもしや脈ありコース?と口に出すより前に、少し垂れ目気味の瞳を面白そうに輝かせて、
「ああ、浦上絡みの話か。そのネタ聞いたら大原がまた飛びつきそうだねー」
「だ、だめです、やめてください!ただでさえエピソードを次のお話のベースに使っていいですか、って連日言われてるんですから!」
「えー、いいじゃん上手く使えばうちの宣伝にもなるし。今度の漫研の会誌、テーマが『恋か愛か』らしいから、元ネタが図書部発祥って入れれば評判呼べそうだしさー」
「あ、それ割とマジで読みたいかも」
「しかもこれって、発案が
何気に興味を引いてくる話に乗ってみると、さらに面白そうなネタが続いて、ちょっと私も彼女も揃って気を引かれた時、
「小崎先生、俺が出るのに邪魔です。さっさとどいてください」
あからさまに不機嫌そうな声が響いたかと思うと、淡いブルーのシャツに包まれた背の高い姿が、すっかり入口を塞いでいた先生の白いブラウスの背中を、ぐい、と押しのけるように進み出てきて。
わ、おおっ、と変な声を上げながら、紺のクロップドパンツとベージュのぺったんこなストラップシューズ(そういえばヒールあるのって履いてるとこ見たことない)に包まれた足を、二歩、廊下に踏み出したところでなんとか止まった小崎先生は、すぐに不満げにくるりと振り返ってきた。
「ちょっとー青柳くん、宣言から行動までせめて一拍はくれてもいいんじゃないのー?私はともかく生徒もいるんだしさー」
「避けられるくらいの加減はしてますよ、あなたじゃあるまいし。だいたい、今朝遅刻するからと、俺の足を自転車で轢いたのはどこの誰ですかね」
上半分だけ黒い縁のある、細身の眼鏡の奥の目を細めて、すかさずそう返したのは青柳先生だった。現代文担当、二十六歳独身、身長178センチで体重不明、小崎先生とは高校大学の先輩後輩、という、ていうかいつ聞いたのそれ、という妙に詳しいプロフィールを同じクラスの友達から聞かされる程度には人気のある先生だけど、
「ごめんごめん、
「それ以前の問題として、どんな靴を履いていようが普通は足の上を走らないんです!だいたい、生徒は何が何でも避けるくせに俺は踏んでもいいと思ってるでしょう!」
「うん。ある程度まではまあまあ許してくれるかなーって」
「とっくに限度は振り切ってる、って何度言えば理解できるんですか!?」
このテキトー感あふれる先輩に対するキレっぷりが有名すぎて、やっぱ観賞用かなー、とも囁かれていたりするんだけど、それはまた別の話で。
「ああ、もう……ついでに、妙な誤解を解いておきますが」
眉を寄せつつ深々と息を吐くと、今更ながらこっちが注目しているのに気付いたのか、右手に抱えた会議かなんかっぽい資料らしき書類の束を抱え直すと、すっと視線を上げて、
「あれは、梶が『テーマがマンネリに陥ってるからヒントをくれ』と言うので、『なら、自分と対極にあるものを選択すればどうか』と振った結果ですよ。それと、堤」
「は、はいっ!なんでしょうか」
「梶か大原に会ったら、探していた資料が見つかった、と伝えてもらいたいんですが」
「えっと、今日も会えるかどうかは分からないので、メールで連絡しておきます!」
「有難う。では、お願いします」
軽く頷いてみせると、すっかり普段通りの平然とした様子に戻って、すぐ傍の南階段を足早に上っていってしまった。
「……青柳先生、こんな時まで誰相手でも敬語を崩さないって凄いよねー」
無駄にぴしっと背筋の伸びたその背中が見えなくなってから、ふと思ったことを零すと、小崎先生がんー、と小首を傾げて、
「昔からああなんだよねー。別にそれほど上下関係厳しかったわけじゃないんだけど……そうだ、高宮も誰かに用なんだっけ?」
「あ、小崎先生にです、両親に許可もらえたんで。それと」
そう後を続けかけた時、ふいにきゅっと二の腕を掴まれて、とっさに横に顔を向ける。
すると、目が合うなり何故かびくっ、と身を震わせた三つ編み女子が、うろたえたように視線をさまよわせたけれど、すぐに正面切って、しっかりと見つめてきて。
「あの、た、高宮さん、あの時は有難う!」
「え?ああ、いいよ、そんなの……」
「タイミングが合わなくてなかなか会えなくて、お礼が遅れて本当にごめんなさい!あの、それじゃ、ま、また!先生も、失礼します!」
気にしなくても、と挟む間もなく、一気にそれだけを言い切ってしまうと、ぺこりと頭を下げて、さっと背中を向けて駆け出しかけるのに、気が付くと私は腕を伸ばしていた。
ネイビーのブレザーの裾をかろうじて捕まえると、弾かれたように振り向いてきた彼女の驚いた表情に、なんとなく笑ってしまって。
「待って待って、用があるのは堤さんにもだって」
「……え、あの、えっ?」
「ああ、なんだ。じゃあ、やっと決めたってことか」
「そうです。ってわけで、図書部に入部希望、なんですけど?」
目の前の事態に、いまいち理解が追い付いてないっぽい部長に、わざわざ強調して言ってやりながら、私はまだぽかん、としている彼女に向けて、唇の端を吊り上げてみせた。
それから、呆然混乱狂喜乱舞、って感じのテンションの乱高下に、しばらく付き合って。
先生がにやにやしながら出してくれた入部届に、本・仮の「本」に丸を付けてみせたら、さらに混乱度がアップしまくって、落ち着かせるまで結構時間がかかったりもして。
「じゃあ、四月から入ろうかな、って考えてくれてたんだ……」
「一応ね。ちゃんと決めたのはついこの間だけど」
ようやく色々と終わって、とにかく部室に行こうか、となった、南渡り廊下。
「……でも、ほんとに、夢みたい」
「ちょ、そこまでー?一年が入るっていうんならともかくさー」
部活の活動日誌だというイエローのノートを抱きしめるようにしながら、しみじみと息をついた堤さんに苦笑いとともに突っ込むと、左右に垂らされた三つ編みがぶん、と振れて。
「だって、あんなに部員が来なかったのに一年が三人も来てくれて、たぶん降格しなくて済みそうで、しかもついに女子まで!来てくれるなんて凄いことなんだよ!」
「いや、むしろ元々女子ばっかのとこに男子ばっか来たっていう方が凄いと思うけど……それに、二人であれだけめっちゃ派手な宣伝してたんだしさ」
やけに力説してくるのにそう返しながら、初めてこの三つ編みを目にしたのを思い返す。
中庭をつらぬく煉瓦敷きの道を行ったり来たりしながら、頬を真っ赤にして一生懸命旗を振ってたこの子と、ちっちゃい身体からは想像しがたいようなでかい声で勧誘しまくってた団子頭の子だから、身長差のせいか目立ちまくるコンビ過ぎて、なんだあれ、と思ったのが最初のきっかけで。
それを伝えてみると、目を見開いて、さあっと恥ずかしそうに赤くなった彼女は、何やら次第に複雑な顔になっていって。
「……あれって、効果がちゃんとあったのって、実は高宮さんが初めてなの」
「マジで?三人とも見てないとかありえんのって感じなんだけど」
「ううん、木原くんだけは見てくれてたんだけど、浦上くんがいなかったら入らなかったかもですねー、って言ってたし」
「あの表情あんまり変わんない王子候補?ていうかどういうこと?」
「だ、だから、あれはそういうんじゃなくて!」
狙って変えてみた呼び名に、目に見えて慌てまくる彼女の反応が面白くて、さりげに歩くスピードを落とす。ついでに、あんまり人もいない廊下をのたのた進みながら、ここまでの成り行きをざっくりと聞き込んでみたりもして。
「えーと、要するに、堤さんが王子候補を助けて、彼がお礼を言おうとしたけど目つきが悪すぎて怖くて逃げちゃって、その途中で他の子も巻き込んでなんか増えた、でいい?」
思ったよりずっと中身の濃かった経緯に、適当にまとめを返してみると、堤さんは素直に頷いて、
「うん、そんな感じ……だ、だけど今は怖くないから!たまにびくってするくらいだし、なんか勝手にそうなっちゃうんだって本人も言ってたし!」
慌ててフォローするように続けてきた言葉の中に、なんとなくひっかかるものを感じて、その場にぴたりと足を止める。
数歩進んでから、不思議そうにこっちを振り向いてきた彼女をじっと見返して、さっきの小崎先生みたいに軽く首を傾げると、私は浮かんできた疑問をそのまま口にしてみた。
「その『きつい視線』ってさ、堤さん以外の人にも発揮されてんの?」
そう尋ねてみたのは、これまでに遠目で一回、それからすぐ近くで二回、あの王子候補を見たり喋ったりしてみたものの、だいたいセットでいる子と比べて、テンションが上がりも下がりもしないなー、くらいの印象だったから、そんなに?とか思ってしまうわけで。
すると、堤さんは一瞬目を見張ってから、ちょっと考え込んで、
「……どう、なのかな。分からないけど」
ぽつりとそう零して、困ったように眉を下げると、腕の中の黄色に目を落として、
「ああやって見られるとざわざわして、すぐにいっぱいいっぱいになっちゃうんだけど、他の皆は、全然そんな風じゃないみたいだし……もっと、慣れないといけないよね」
いや、それ、絶対なんかずれてる気がするんだけど。
ていうか、あからさまなくらいなのに両方さっぱり気が付いてないとか、どうしたら。
色々とつつき回したくなってむずむずしながら、とりあえずはっきりしてることだけは、ひとつ突っ込んどこうか、と思い立って。
「結局さー、堤さんが王子候補と出会った、ってことが全ての始まりなわけだよね」
にやにやするのは抑えられないままに、疑問形じゃなく断定するようにそう言ってやると、ぴくりとして顔を上げてきた彼女は、しばらくまじまじとこっちを見てきて。
それから、何かいきなり思い当たったみたいに、ふんわりと笑って。
「うん、そうかも。高宮さんとも、もし浦上くんに追い掛けられてなかったら、あの時に話も出来てなかったかもしれないし……縁っていうのかな、偶然でも、繋がって、嬉しい」
……なんかこう、変化球からのピッチャーライナーくらいにのけぞりそうなんですけど。
言葉通りに満開の笑顔と、それ以上に全開ストレート、な台詞をまともにぶつけられて、また違うむずむず感、要するに照れが走りまくるのに戸惑っていると、
「……まーゆーきー!!それとー、たーかーみーやーさーん!!」
いきなり耳に突き刺さってきた甲高い声に、二人揃ってばっとそっちを向くと、かなりのハイスピードに頭の団子を揺らしつつ、ぶんぶん両手を振りながら走ってくる、小柄な姿が見えて。
「……あの体格であの声量って、割と信じられないよね」
「肺活量凄いんだよ、小鈴。中学でトランペットやってたから」
そんなプチネタをやりとりしている間に、そこそこ長い渡り廊下のちょうど真ん中まで、あっという間に走り寄ってきた副部長は、立ち止まるなりぱあっと笑みをひらめかせて。
「小崎先生から聞いたよ図書部へようこそー!!あっやっぱり最初は高宮さんって呼ぶべき!?段階飛ばして要ちゃんとか呼んでいいかなーでも引く!?なれなれし過ぎる!?」
「ちょ、小鈴待って!さすがに飛ばしすぎだから!」
めちゃくちゃ興奮しまくりの子犬並みに、一気に距離を詰めまくってくる勢いに、部長が焦りながら止めようとするのに、少しだけ残ってた不安も、吹き飛ばされて。
「いいよ、名前で呼んでもらって。でも、ちゃん付けはイメージじゃないんで、
それでお揃いだよね、と笑いながら振ると、一瞬置いて、もう一段階明るさアップの瞳が四つ、打ち合わせたように一斉に向けられて。
「か、かな……要……ちゃん、からじゃ、だめかなあ……」
「いやそりゃダメでしょ、小鈴と同じたった三文字なんだし」
「真雪、わたしを呼び捨てにするまでもかなーりかかったんだよねー。最初メールで練習してー、顔そらしながら呼ばせてー、それから対面でーって三段階踏んでやったんだよ」
「うわ回りくどっ。じゃあもう期限は部室に到着するまでねー、はいいっせーのー!」
「えっ、ちょっと、だめ、無理ー!!」
叫んで揺れる三つ編みを挟んで、右と左からじゃれるように突っ込み合いながら部室へと向かいつつ、あとはあのでっかい坊主と眼鏡コンビかー、と頭の隅で考えはしたものの。
でも、なんかおんなじ感じでやってけそうな気はする。特に根拠とかないけど、これも何かの縁、ってやつで。たぶん。
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