【KAC9】無知の支え

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

繋がっていた絆

「俺、小説家になりたいんだ」


高校三年生の夏、俺は両親にそう言った。


「阿呆抜かせ。おめぇに小説家なんてなれるわけねぇだろ」

「始めてもねぇのに否定すんじゃねぇよ。俺がやりたいからやるっていってんだ。別にいいだろ」

「一丁前な口たたいてんじゃねぇ。小説家なんて簡単になれるとでも思ってんのか?加えて、もしなれたとしても収入も需要も安定しやがらねぇ。まだ医者になるって言ったほうがマシなくらいだ」

「俺が何になろうと俺の勝手だろ!?親父の価値観なんか押し付けてんじゃねぇよ!」

「馬鹿野郎が!子は親の言うことを聞くか、妥協点探せばいいんだよ!若気の至りで変に夢見てんじゃねぇ!!」


そんな感じで終始、譲れない想いをぶつけ合って、罵倒しあった。


脇で様子を見ていた母は、仲裁に入る間もない俺達の喧嘩に、最後までおろおろとしていた。



俺はその後、耐えられなくなって家を出た。


あんなやつの顔なんか見たくもない。



友人の家でお世話になり、家事を手伝いながら、大学受験の勉強に勤しんだ。


母にだけは自分の居場所を電話で報告ている。


もちろん、あいつには秘密にするように釘を刺して。




無事目標の大学に合格した後は、小さなアパートに住み、母から送られてくる仕送りを基に、大変ながらも充実した日々を過ごしていた。


思い付いた作品を原稿に書いては、ネット小説などのコンテストに投稿する。


何度も、何度も、何度応募したかも分からなくなるぐらいに。


気づけば、俺は鬱屈とした気分を紛らわせるために、煙草を吸い、酒を飲んでいた。


あいつと同じ嫌な臭いを漂わせる自分に腹が立ったが、次第に慣れていった。


まるで永遠の苦行のように感じられた。


途中で何度も挫折したくなった。


でも諦めなかった、諦めたくなかった。


あいつに、「それ見たことか」と言われるくらいなら、死んだほうがマシとさえ思えた。


ただ、あいつを見返してやりたかった。


そしてそれと同時に認めてほしかった。


医者のような誰からも望まれる存在ではないけれど、あいつの言う『需要のある仕事』ではないかもしれないけど。


認めたくはないが、あいつの息子として、あいつが安心できるように。


自分自身の存在価値を証明したかった。



そうして、気づけば三十過ぎのおっさんになったと感慨に耽る中、コンテストで受賞し、小説化が決まった。


一つのことが成功すると、それが連鎖的に繋がっていって、忙しいながらも文句のいいようがないくらい満たされた日々を過ごした。


そのことを話すと、母もまた嬉しそうに、だけどどこか哀しみを含んだような声で、祝福してくれた。




あいつには会いたくないという気持ちがあるが、いい加減ケリを着けねばならない。


俺は無事に成功したのだ。


親に反発してまで、自身の道を貫いたのだ。


あいつがなんと言おうと、俺は堂々としていればいい。


そしてもし無事に終わったのなら。


親孝行をしようと思った。




久しぶりに見る実家は、俺が住んでいた頃より更に古ぼけたのか、ところどころ汚れている。


「おかえりなさい」


玄関へ出てきた母が、俺を出迎えた。


久しぶりに見る母の顔は皺だらけで、髪は白髪が混じっていたけど、優しそうな瞳だけは、あの頃のままだ。


「母さん、ただいま」


俺と母は二人で家へと入り、リビングへ行く。


「母さん。おやじ……あいつはどこにいるんだ?」


自分達のいる場所以外からは物音は聞こえない。出掛けているのだろうか。


母は俺の言葉に黙り込み、悲しげな表情を浮かべ、そのままあいつの部屋へと向かった。




部屋は変わっていなかった。


机の配置も、棚の配置も、テレビの配置もなにもかも。


だけど母が見つめる先を、俺も見つめ続けていた




そこにあったのは、見覚えのない仏壇らしきものと。




あいつの……親父の写真だった。




「……なんで」


あらゆる感情を押し殺して尋ねる俺に、母はぽつり、ぽつりと呟き始めた。


「二年前に癌で亡くなったのよ。葬式は私とご近所さんでやったわ」

「……なんで俺を呼ばなかったんだ」

「『忙しいあいつに、親の死に様なんて見せてみろ。せっかくの活躍がパーになりかねねぇだろうが』って……そう言って、私に黙っとくように頼んできたの」

「……」

「そこの本棚を見てみなさい」



視線を向けた先には、小さな本棚。


そこには見覚えのある本が並んでいる。


いや、見覚えがあるどころじゃない、だってあの本は俺の━━━。


「死ぬ直前まで、慣れない手つきで、視力も悪いくせに一生懸命になって読んでいたわ」


俺は一冊の本を取り出す。


何度も何度も読み直したのか、どのページもしわくちゃで、ところどころ油汚れで滲んでいる。


そして、他の並べられた本も見てみた。


現代ドラマ、SF、ファンタジー、恋愛物。


「……あの小説嫌いのあいつが、なんでこんなもんを」


「あなたのためよ」


母は少し責めるように、そう呟く。


「あなたが出ていってから、あの人は煙草を止めて、酒の量も減らしたわ。そしてそのお金をあんたの仕送り金に加えた」

「…………」

「どんな仕事だって、お金と時間はかかる。仕事がうまくいかなくても不自由しないようにと、節約して貯めたお金をあなたに送り続けた」


母の瞳は相変わらず優しげだった。


「あなたが小説を書き始めてから、あの人は色々な本を読んだわ」


そう言って、母は机からノートパソコンを取り出した。


それを起動すると、まるで見よう見まねのように、不器用に操作すると一つの画面を表示する。


それはとあるサイトだった。


俺がネット小説をあげ続けている投稿サイト。


そして母が会員パスワードを打ち込むと、会員のマイホーム画面が出る。


「この名前って……」


そこに刻まれた名前に、俺は目を見開いた。




俺がまだ小説家として有名になる前から。


小説をあげたときに、いつも最初にレビューを載せてくれる人がいた。


簡単な感想とそれ以上のダメ出し。


文章構成の甘さや、語彙の間違い、執筆ミスなど、いつも細かく指摘してきた。


最初の頃の俺はそれを嫌味ったらしいレビューだと思って無視したが、しかし自身の小説が評価されないことに低迷していた俺にとってはどんなときでも必ず意見をくれる画面越しでありながらも温かい存在だった。


だから当時追い詰められた俺は、気まぐれにその人の言うことを聞いてみようと思い、自身の小説を修正した。


それからだった、小説が少しずつではあるが評価されていったのは。


最初の小説が売られ始めたときは著者宛ての手紙も送ってくれた。




だけどそんな頼りの存在は、あるときからサイトにレビューを書くこともなくなれば、一切ログインすることもなくなった。


その人はアカウントだけで、小説を一切あげていなかったので、何があったのかも分からず、誰かも分からない相手を当然知ることなどできるはずもなく。


俺はたった一言、常に支えてくれた謎の理解者のレビューに『今までありがとう』と打ち込んだ。




「……あの人はたくさんの小説を読みあさった。そこで得たものを、たった一人の小説家のために捧げた。間違っていれば正してあげて。正しければ支えてあげて。ただそれだけのために、自分の知らない世界を知ろうとした。『俺が何になろうと俺の勝手』と啖呵を切って、親が掲げた『無難な幸せ』を無視して、自分の夢を追い続けた一人の息子のために」

「……っ」

「知人が遊びに訪ねてきたとき、いつも言っていたわ。『この本は俺の馬鹿息子が一丁前にえて書いた人生の軌跡そのものだ、買って読んでみろ』って」


その瞳に、一粒の涙を溜めて。


その顔に、儚げな笑みを浮かべて。


彼女は言う。


「あの人はね、ずっと昔から誰よりもあなたのファンだったのよ」



『でかした、おめでとう』


画面越しにあいつが送ってきた最初で最後の不器用な賛辞。


俺にとって、あの言葉は応援していた相手が無事大成したことに対するものだと思っていたが。


あいつにとっては、息子が無事苦難の道を乗り越えたことに対する、喜びの表れだったのかもしれない。



頬を熱いものが流れていく。


俺は爪が食い込むほど握りしめた拳を床に叩きつけて叫んだ。


「ちっくしょおおおぉぉぉ……!!」




昔から、親父のことが嫌いだった。


強情で、傲慢で、意地っ張りで。


酒臭いし、煙草臭いし、すぐキレる。


簡単に他者の言葉を否定する。


そんな親父が俺は大嫌いだった。




……だけど。


当時の喧嘩別れした出来事を思い出して。


あいつが残していったレビューの数々を後に見て。


ふと思った、一つの事実。


背を抜いても、親父を越えられる気がしなかった。


力が衰えても、親父に勝てる気がしなかった。


それを悔しく思いつつも。


不器用なりの優しさで、自身の生き様を真っ直ぐ貫いたそんな馬鹿親父を俺は━━━━。





きっと誰よりも愛していた。



「父さん、僕、医者になりたいんだ」


今年十八になり、大学受験を控える息子がそう言った。


「やめとけやめとけ。お前の今の成績じゃあどう足掻いても無理だ」

「父さんが決めることじゃないだろ!?それに僕だって今の成績でなれるなんて思ってない!これから頑張っていくつもりだよ!」

「『これから』とか『つもり』とか、そういう言葉をペラペラ使うやつほど所詮は口約束で終わることが多いんだよ」

「なんと言われようとも僕はやってやるからな!覚悟しておけよ!馬鹿野郎!!」


まるで悪役の台詞の様に言って、息子は部屋から出ていき。


そしてその後すぐに、書き置きを残して家出した。


「どうするんですか?あなた。あの子のこと……」

「あいつのことだ、お前の両親の実家か、もしくは友人の家にでも泊めてもらって、大学受験を受けるつもりだろ」


まったく、誰に似たのかねぇ……。


他人事の様に考えながら、俺は懐から出した煙草の箱を開ける。


どうやらこれが最後の一本みたいだ。


俺は煙草に火をつける。


吸って一息吐いた後、俺は妻にこう告げた。


悪戯っ子のような、屈託のない笑顔で。




「煙草をやめて酒も控えるから、あいつの仕送り金に回してくれ。あいつには絶対秘密でな?」

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