第7話
話は前夜まで遡る。嘉隆が井戸の中に瑠奈と百合を降ろしたあとのこと。井戸の中は光が一筋も入ってこない暗闇である。
その井戸の中に、うっすらと小さな光が見えてきた。その光は次第に大きくなり、井戸の中を照らすまでになる。
突如、井戸の側面の岩が外れる音がした。外れた岩のうしろには大きな穴とつながっている。人ひとりくらい簡単に通れそうなほどの大穴だ。
その穴の中から、人影が這い出てくる。手にはスマートフォン。灯り代わりに使っているようだ。そのスマートフォンの灯りが顔を照らした瞬間、その人影の正体がわかった。
「ふふっ、今日は大当たりだね」
稲松淳二である。言えの地下からこの鬼隠しの井戸まで隠し通路が掘られていたのだ。その通路を使って淳二は鬼隠しの井戸までやってきた。
「今日は死体が二体。殺しに使った凶器も――うん、ちゃんとあるね。これもボクの研究に役立つものだから」
そのとき、死体の片方からうめき声が聞こえてきた。百合である。百合は片手で金属バットを受け止めていたので頭への衝撃が軽減されていたのだ。
「あ~あ。ダメじゃないか、嘉隆は。ちゃんと息の根を止めてから井戸の中に入れなくちゃ」
「だ、誰……?」
意識を取り戻した百合が淳二の存在に気づく。混乱しているようで、現状を把握できていないようだった。
「こんばんは、百合さん。ボクはクラスメイトの稲松淳二だよ」
「稲松、くん?」
百合は淳二が持っているスマートフォンの灯りを見ているうちに意識がはっきりしてきた。百合は嘉隆に殺されかけたのだ。
「そうだ、私……。助けて、稲松くん。私、嘉隆くんに襲われて――」
「うん、知ってる」
「えっ?」
淳二の表情は冷たく、見る者の心を凍らせてしまうほどだった。その淳二の表情に百合も異常さを感じる。
「ダメだなぁ、嘉隆も。後始末はいつもボクの仕事なんだから」
「何を、言ってるの?」
「でもまあ、今日は二人も獲物を持ってきてくれたんだもんね。このくらいの労力は我慢しようかな」
「何を言ってるの?」
「ああ、これを機に生きたまま解剖してみるのもいいな。もう死体の解剖も飽きてきたころだったんだよ」
「何を言ってるのよっ!」
「何って、百合さんをどうやって解剖しようかって話さ。せっかく生きたままボクのところまでやってきたんだもの。貴重なサンプルだよ」
淳二の目はもはや正常ではない。自分の夢に酔っているのである。
「まさか、鬼隠しの正体って――」
「そうだよ、ボクさ。ボクが鬼隠しの噂を流して、この井戸に死体が集まるように仕向けたんだ。百合さん、君は実によく働いてくれたよ。マリさん、真夕、瑠奈さん……そして最後には百合さん自身がボクの研究のサンプルになってくれるなんて、最高だよっ!」
「なんで、こんなことを」
「ボクの将来の夢って知ってる? ボクは医者になりたいんだ。それも普通の医者じゃない。どんな患者でも治してしまうスーパードクターになりたいんだよ。そのためには今のうちから人体のことはよく知っておかないといけないよね。だからいろんな解剖をやったよ。カエルやネズミ、犬の解剖なんてのもやったなぁ。だけどそれもすぐに飽きた。やっぱり解剖するなら人に限ると思ったね。そのときだよ、この鬼隠しの噂を思いついたのは」
「狂ってる。あなたは人間じゃないわっ!」
「ああ、そうさ。神隠しは神さまが人を隠すから『神隠し』なんだよ? じゃあ、『鬼隠し』の正体であるボクは――何だい?」
「……鬼」
「はははっ、そうだよ、正解だ。さすがは百合さん。さあ、そろそろお話もここまでにしようか。百合さんにはボクの大事なサンプルになってもらわないといけないからね」
淳二は井戸の底に落ちていた金属バットを拾い上げる。
「ま、待ってっ! このことは誰にも言わないから、秘密にするから、お願い、助けてっ!」
「別にここで百合さんを捕まえても同じことだろう?」
淳二は百合に一歩近づく。
「お金、お金をあげるから。私の家はお金持ちなの。好きなだけお金をあげるからっ!」
「別に興味ないなぁ」
淳二は金属バットを大きく振り上げた。
「じゃあ、じゃあ……。何でも、何でもするから、お願い、助けてよっ!」
「それじゃあ、ボクのサンプルになってよ」
百合の頭に金属バットが振り下ろされた。血は出ていない。気絶させただけのようだ。
「はははっ、これで研究が進むよ。ありがとう、嘉隆」
スマートフォンの灯りに照らされた淳二の顔は醜く歪んでいる。それはまさしく、『鬼』の姿であった。
またどこかで鬼隠しの噂が流れる。信じるものは心を鬼へと変貌させてしまう不思議な噂だ。
「鬼隠しの噂って、知ってる?」
了
鬼隠し 前田薫八 @maeda_kaoru
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