Back to the 0624

「うわ、あっちい」

 夏を喰らい尽くすような入道雲が、街並みの先に浮かぶ。

「なんでわざわざここ集合なんだよ」

 高い陽射しを右手で遮って、ハセガワコウスケが呟く。

「いいだろ、卒業までもう一年ないんだぞ」

 鉄扉横の日陰に座るヒラオカマサユキが、待ってましたと立ち上がった。


 真昼の屋上はたっぷりと熱を蓄え、空気が揺らめく。丘に建ち並ぶ住宅街から、ぽっこりと頭を飛び出す真っ白な校舎は、世界のてっぺん。

「進路相談、どうだった」

 買いたてのサイダーは、計60段の階段を昇る間にじっとりと汗をかいた。

「まぁ、普通に」

 コウスケはボトルを開栓し、一口呷った。揺蕩う気泡が、太陽に光る。

「志望校もC判定取れてるし、このまま頑張れば問題ないだろうって」

 そう返して、マサユキへサイダーを手渡す。

「将来どうしたいって、訊かれた?」

 喉を鳴らしたマサユキがボトルを返して、サンキュウと小さく言う。

「ああ」

「結局なんて答えたんだよ」

「……お前は?」

「俺? 〝タイムマシンを作りたい〟」

 マサユキは自信ありげに、水平線へと宣言する。

「……マジで言ったの?」

「言ったよ。笑われたけど」

 コウスケは苦笑いをして、再び喉を潤す。

「ま、宇宙に関わる仕事に就きたいってことは、担任も既に知ってるから」

「いいよなぁ、そういう具体性」

「で、結局なんて答えたの、お前は」

 マサユキが尋ねる。コウスケの横顔は灰色の連なりをぼんやりと眺めたまま。

「……ああ、えっと――」


     ◇


 久し振りにBack to the Future三部作が地上波で放送されることになって、出前で頼んだピザと炭酸と、散らかったままで映画は終わって。

「そういえばお前、昔タイムマシン作るって息巻いてたよなぁ」

「過去形ではない。今も息巻いている」

「えっ、そうだったの?」

 冷めたピザの残りをむしゃつきながら、当然のことのように返したマサユキに、コウスケは少しだけ半身を起こした。

「言ってないだけだ。ずっと息巻いてる」

「作ってどうすんだよ」

「そうだなぁ、例えば、17歳の6月24日に戻って、彼女の隣へちゃんと歩み寄る」

「……またそれかよ」

 はぁと脱力して、コウスケはカーペットに寝転がる。ロフト付きの部屋の天井は、少し高い。

「まぁこれはある種の象徴であるからして」

 乾いたコマーシャルが、空元気と茶番を振り撒いている。


「思い出にしないということは呪いだよ」

 マサユキが言った。

「皆が〝懐かしいね〟と微笑むものは、俺にとって未だに、現在進行形だったりするんだ。記憶は記憶にならず、思い出は思い出にならず、今だって昨日のことのように想っている。明日こそどうにかしようなんて思っている。取り返せるものだと、手が届くものだと、そんな風に思っている」

 コウスケは黙ったまま、天井を見上げる。

「ワームホールだ。一直線で進む時間を折り曲げて、今と、あの時を繋ぐんだよ」

 それは6歳の芝生の匂い、11歳の掃除用具入れの扉、14歳の帰り道の茶畑、17歳の教室のカーテン、19歳の駅の点字ブロック、22歳のスーツのボタン、25歳の磨りガラス。

「上司に会社辞めますって伝えた時、頭ん中に浮かんでたのは、高校の屋上だった」

 コウスケが、ようやく口を開いた。ぼそりと独り言ちるように溢した。

「……俺は、〝タイムマシン〟を書くよ。書いてるよ」

 そう言っている瞬間にも、脳裏に浮かんでは消える、断片的なイメージ、或いはフラッシュバック、記憶と、空想と、境目は曖昧なまま奔流する。

「ああ、呪い。そうだなぁ、その通りだ」

 網戸から、湿った夜風の匂いがそよぐ。

「でも、それでもきっとこれからも、書き続けるんだろうよ。それが社会に無用でも、俺は、俺なりのやり方で、――お前は、お前なりのやり方で、この呪いと、一緒に生きていくんだろうって、思うよ」

 視界の端で、ふわりと、炭酸の泡が揺れる。

「今は、それでいいんだって、そう思う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくらの空、UFOの夏 蒼舵 @aokaji_soda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ