「サポートセンター」という概念

 モーゼス老には、別の話がある。


 彼には、古代の書物や、そこに書かれた技術の研究を、国の直属としてお願いしたいと思っている。しかしその招聘しょうへいは、有識者の意見を取りまとめてからになる。権利処理をどうするか、という積み残しもあるから、今はオフレコだ。


 とり急ぎ、伝説の3Dプリンターをどうにか動かせないかだけ、モーゼス老に聞いてみた。


「古文書を確認致します」

 そう言って、斜めがけの鞄にしまってあった古文書を取り出し、読み始めるモーゼス老。私は、しばし待ちフェーズ。やがて、モーゼス老はこう言い出した。


「ええと、『に連絡してください』と記述されております」


 サポートセンター? なにそれ?


「また、『落下等、お客様の故意過失の場合は、アフターフォローが効きません』とも記述されております」


 ん? ん? よくわからんけど、だめっぽい? 鈍器として魔王のドタマにぶつけて動かなくなったんだけど? それだと、古代の神製品保証アフターフォローは効かない?


「しかしながら、王様。で魔王の頭に使用した場合についての条件は、明示がございません。連絡さえ取れれば、何とかなるかもしれません」


 ほんとかよ? そもそも、どうやって連絡つけるんだよ。


「はい。『連絡先はこちら』として、謎の古代紋様が古文書に描かれております。古代紋様の中央に、のようなマークがあるので、食に関係するのかもしれません。この古代紋様を解読すれば、何か手がかりがつかめるのではないでしょうか?」


 そうか……まあ、任せるよそれは。古文書を読むことができるの、モーゼス老だけだし。


 この流れに、森田が興味を持ったようだ。そうそう。王国民は好奇心旺盛なのが多いよな。

「どこかに、赤色の点滅について説明されておりませんか?」と、森田。


「おお! 森田も古文書を読むことができるのか?」と、私。ちょっと驚いたぞ。

「いいえ、絵で描かれているからです。ここです」

 森田はそう言って、右腕をモーゼスの左隣からちょこんと出し、古文書の1ヶ所を指差した。


「お! 本当だ! ちょっと解読致します」

 モーゼス老はそう言って、古文書解読に没頭し始めた。絵の力すげえな。


 イケメン勇者一行の背後に置かれた3Dプリンターをよく見ると、確かに、プリンター左下のパネルの一部が、赤く点滅しているようだ。


「ええと……古文書によると、粉トナー切れですね」と、モーゼス老。

「は? え? 粉トナーとは?」と聞いてみた。なんだそれ?


「粉を安定して供給するための仕掛けです。実際には、粉の残量が15%程度になった段階で、粉残量なしリミッターと称して、使えなくなるようです」


 なんだ。じゃあ粉トナーさえ替えれば、使えるんだ?


「粉が残っているのに使えないって、おかしくないか?」とドンガス。

 そうでかい声を出すなよ。わかるけどさ。古代の神には逆らえないんだよ。


「安定して物を成型するには、それぐらいの余力が必要なのだ」とモーゼス老。


 神話によれば、神は6日で世界をお作りになり、最後の1日はお休みなさったんだそうだ。要は7分の1。その程度の粉の遊びは、安息日ならぬ安息として、受け入れるべきだろう。

 ともあれ、3Dプリンターが壊れていないようで良かった。伝説は頑丈だな!


「粉がないなら、作ればいいじゃない!」とイレーヌが言い出した。


 そこに、おそらくは女好きと思われるイケメン勇者が、話に乗っかった。

「それだけど、退治した魔物で、粉を作れないですかね?」


 は? どういうこと? イケメン勇者よ、もうちょっと説明してくんない?


「倒した魔物や魔王を天日干しにして乾燥させ、水分を抜いてから、ミキサーにかけて粉にするんです」


 ……魚粉みたいな感じ?


「粉にしてどうすんだ? 食べるのか?」とドンガス。


「何に使用してもよろしいのでは?」と森田。


「魔粉だね魔粉!」とイレーヌ。何だよ魔粉って!


「それなら、等級分けがよろしいでしょう」と、近衛団長。

 団長、ここで乗っかるの? ずっとおとなしかったじゃん!


「ええと……等級分けとは?」

 モーゼス老が、私の気持ちを代弁するかのように、そう聞くと、


「小型の魔物は2等魔粉、大型の魔物は1等魔粉、魔王の場合は特等魔粉、のように区別するのです」とのたまう団長。


「それ、いいんじゃない? 特等魔粉とか、火とか氷とか出せて、すごそうじゃない?」と、乗り気のイレーヌ。


 勝手にグレード分けすんなよ!


「その魔粉を、壊された建物の修繕に使いましょう! 経費が浮きます!」と、やや上ずった鼻声で経理担当官。

 あんたも乗っかるんかい! 普通に直せばいいだろ?


「特等魔粉で、王様の像を作りましょう」と、冷静な表情で書き損じ姉さん。え? 私?


「王様は、この国の英雄ですからな!」と、胸を叩いてドンガス。

 待て待て! 作っちゃだめだろ! 怖いわ! 魔る(※)わ!


「ミックスして使ってもいいですね」と団長。何言ってんの?


「なるほど……では、粉全体に対する魔王粉の含有率で、等級分けするのもいいですね」とイケメン勇者。新たな尺度出たー!


「有識者委員会に、検討してもらいましょう」と。ちょ、どこから出てきた? 赤絨毯に沿って並んどけよ!


 書き損じ姉さんが、冷静にまとめに入る。

「ということですので、魔粉を作ってどう使うか、有識者委員会にかければよろしいですね? 王様」


 ……


 ええと、どうしたらいいのこれ?


 伝説の3Dプリンターが、魔粉で魔ったらどうするんだよ? 誰もそのリスクに気付かないの? これ……有識者に任せればいいよね、こんなのさあ。


 という訳で、魔王の粉を、どうすればいいと思いますか? 検討宜しくお願いします。


 そこの、有識者さん。


〈了〉



(※)ま・る【魔る】(自五)①魔をおびる。魔の影響を受ける。魔と化す。「彼はそう言って─・り去った」「人の心が足枷となって、どうにも─・りきれない」「─・らず嫌いしちゃだめよ!」


 出典:フィエロ国語辞典 第1232頁下欄~第1233頁上欄参照

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィエロ王国戦記 にぽっくめいきんぐ @nipockmaking

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ