2−4
スマホ越しにクレアと話しながら、マレスは冷静に計算を続けていた。
和彦さんがこちらに向かったとクレア姉さまは言っていたが、まさか電車で来ることはないだろう。ならば、一度本部に行くか、あるいはトランスポーターで呼び寄せるかしてスケルツォに乗り換えるはずだ。
道が渋滞しているから、思ったよりも現着は遅いかもしれない。
それまでに少なくとも鈴香ちゃんの安全は確保しないと。
「でも、不思議なんです。占拠事案なのに占拠している人たちが見当たらないの」
マレスはさっき見た現場を思い浮かべながらクレアに話しかけた。
「撃たれた人はいるんです。でもどこから撃っているか判らないし、そもそも占拠している様子がないの。でも、変なことをすると撃たれちゃうみたい」
『それはマレス、新しいですね。新手の攻撃です』
感心したように、クレアが言う。
「そうなの。人ごみの中に紛れているのかな?」
『その可能性は高いですね。私もいまそちらのモールの構内システムに侵入しようとしているのですけど、思ったよりも環境が悪くて手こずっています。線が細い上にカメラの数が圧倒的に少ないんです。これは後で報告を上げないと』
「新しいモールなのに?」
『そうです。あるいは通信ルートを潰されているのかも。これから、そちらのモールに設置されたATMとバンディングして監視範囲を広げてみます』
「了解」
『マレス、データグラスは持っていますか?』
「持っています」
言いながら、バッグから取り出した透明なデータグラスを軽く振って片手で広げる。
『結構です。タクティカルデータリンクします』
データグラスをかけると、目の前にモールの立体映像が広がった。
同時に、通話がスマートフォンからデータグラスの骨伝導スピーカーへと切り替わる。
『あなたたちがいる場所はここ』――と、地図の中で緑色の丸印が点滅する――、『出口はこの七カ所です。すべてのドアはロックダウンされ、防火シャッターも閉まりました。今の状況で脱出は不可能です』
「じゃあ、和彦さんが来ても入れない?」
スマートフォンをバッグにしまいながら、マレスは言った。
『いえ、和彦ならなんとかして入ってしまうでしょう。それは心配しないで。到着まで二十分程度と予測しています。警視庁の
「本田鈴香ちゃんが一緒にいるんです。彼女の安全確保をしたいんですけど、どこがいいかしら?」
『あなたのそばが一番安全ですよ、マレス』
心地よいクレアの声。
『少し怖い思いをするかも知れませんが、一人でいるよりは安全です』
「そっか。そうですよね……鈴香ちゃん、わたしにぴったりくっついててね」
「わ、わかった」
いつも地下で機械いじりをしている鈴香はこういう荒事には慣れていない。
一応部内者とは言え、立場はこのモールに閉じ込められた他の人たちとほとんど変わりはないはずだ。
『あなたたちが今歩いている通路の先に出口があります。まずはそこを確認して? 誰かがいたらしめたものです。拉致してお話を聞いてください』
トイレの前を通り過ぎ、バックオフィスへと繋がるであろう白いドアの前に立つ。「ひょっとしたら、中に犯人がいるかも知れないから鈴香ちゃんはドアの陰に隠れてね」
蒼い顔をした鈴香が黙ってコクコクとうなずく。
マレスはバッグから銃を取り出すと、コッキングして初弾を薬室に送った。
街を歩くときはさすがにコンバットロードしておくわけにはいかない。いつも外を歩く時は薬室を空にしてある。
現着まで二十分。
ダメだ、二十分は待てない。
マレスは自力で状況を解決することに決めた。和彦さんたちが到着する前にテロリストたちを皆殺しにするしかない。
とりあえず、外の連中は気にしなくてもいいだろう。中だけ掃除しておけば、外はきっと和彦さんたちがなんとかしてくれる。
ドアの陰に身体を隠し、ドアノブを回してみる。
だが、ロックされたドアは開かなかった。
「ま、当然か」
バッグからセキュリティドアのハッキングツールを取り出す。
マレスはカードキー状の板から伸びた線をスマートフォンにつなぐと、その板をドアのロックに押し当てた。
「クレア姉さま?」
『今開けます。少し待ってください』
カチリ。
小さな音を立ててロックが解除された。
『マレス、慎重に。ゆっくり入ってください。まだ、中の様子が判らないんです』
ブラッディ・ローズ Level 1.3『クラスメイト』 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
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