その4 結局怖いのは……

 黒部は別の意味で客を怖がらせることに成功したが、一切の悲鳴は獲得していない。なんやかんやと、白河チームと二本松チームの勝負は拮抗しているのだ。未だ残る逆転のチャンスに賭けた二本松チームは、二本松と植木のペアで、お化け屋敷にスタンバイする。


 二本松と植木の出番が終われば、いよいよ生人と八槻の出番だ。2人はそそくさと、控え室で準備を始める。そんな2人のもとに、満面の笑みを浮かべたレミが姿を現した。


「やっつー、いっくん、お待たせぇ~!」


 浴衣姿のレミは、頭にひょっとこのお面を乗せ、右手には巨大な綿菓子と5つの水風船を、左手にはたこ焼きと謎の大きな袋を持っていた。まるで日本文化を楽しむ留学生のようである。お祭りを満喫したのは一目でよく分かった。

 そんなレミに八槻は、どれだけの金を使ったのだろうと頭を抱え、生人は呆れ、日向は苦笑、黒部は無表情、野川は笑顔だ。生人と八槻は、たこ焼きを口に入れて熱がるレミに質問する。


「今までどこ行ってたんだ?」

「いろんなお店で遊んでたのぉ。人間界のお祭りって楽しいね! やっつーといっくんは遊ばないの?」

「私たち……というかレミも、仕事中なんだけど」

「あ! そうだった! お仕事忘れてた!」


 ほんわか天使にも限度があるそのセリフ。八槻は体の力が一気に抜けてしまい、シャツの上に白装束という中途半端な格好のまま、準備を投げ捨てた。


「あんた、レミと一緒にやって」

「え? 八槻はどうすんだ?」

「私は、なんかもう、見てるだけでいいや」

「おいおい……」


 八槻による突然の仕事放棄。レミは「レミ、頑張るよ!」などと言って、張り切りながら準備を始めたが、生人は不安でいっぱいだ。


 ところで、二本松チームはどうなったのか。生人たちが準備をしている間に、二本松と植木がお化け屋敷にスタンバイしていたはずである。時間的には次の客の悲鳴が聞こえてきてもいい頃だ。しかし、お化け屋敷からお化け屋敷らしい声は聞こえてこない。

 生人はすでに白装束に着替え終わり、あとは三角のアレを付けるだけ。少しだけ余裕のできた生人は、二本松たちの仕事ぶりを確かめるため、八槻とともにお化け屋敷を覗いてみた。


 お化け屋敷では、今まさに客が角を曲がろうとしているところだった。二本松と植木は、どこか緊張したような面持ちで、客を驚かせる絶好のタイミングを窺っている。


「うらめしや~」

「道連れだ~!」


 客がすぐそばにやってくる前、少し早いタイミングで飛び出した二本松と植木の2人。緊張からか、不慣れなためか、二本松の声は裏がっており、それが逆に不気味さを醸し出す。


「うわあああ!」


 1人の男性客が、二本松と植木に驚き悲鳴を上げた。二本松チーム初ゲットの大きな悲鳴だ。おかげで、人を驚かせている最中だというのに、二本松はニタリと笑みを浮かべてしまう。その笑みもまた、不気味さを強めることになったのだが。

 

 二本松に驚き悲鳴を上げた客は、どんな客なのか。その正体を知った八槻が口を開く。

 

「あ、三枝須さんだ」


 二本松チームに逆転のチャンスを与えたのは、よりにもよって三枝須だったのである。しかし、生人はそれ以上に驚いたことがあった。


「三枝須さんの隣にいるのって……メイ!?」


 悲鳴を上げたのが三枝須1人だったので気づくのに時間がかかったが、三枝須の隣には命咲がいたのだ。彼女は二本松と植木が現れても、表情一つ変えることなく、驚いた様子はない。

 にしてもなぜ、命咲と三枝須が2人でお化け屋敷にやってきているのか。兄として放っておける状況ではない。


「いやあ、いきなり人が出てくるなんて、あれは超常現象だよ!」

「三枝須さんが怖がってたの、そこなんですね」


 お化け屋敷を出て、雑談を交わす命咲と三枝須。生人はそんな2人に、直接質問した。


「おい命咲、なんで三枝須さんとこんなとこにいる?」

「あれ? お兄ちゃんこそなんでここに?」

「いいから答えろ」


 早く答えを知りたい生人。だが答えを口にしたのは、命咲ではなく、生人の思いを察した三枝須である。


「実は、カップルでお化け屋敷に行けば、お祭りで使える無料券がもらえるというキャンペーンがあるんです。それで、ばったり会った命咲さんとカップルのふりして、無料券をもらっちゃおうってことになって……」

「本当か? 本当か?」

「本当だから、三枝須さんを睨まないでよお兄ちゃん」

「そういうことなら、まあいいだろう」


 淡白な命咲のことだ。無料券のためならカップルのふりぐらいするだろうと、生人も思う。心のもやを完全に取り払うことはできなかったが、生人は命咲を信じた。


 命咲への確認を終え、控え室に戻った生人。控え室ではレミが準備を終え、彼女は生人を見つけるなり、生人の腕を引っ張ってお化け屋敷にスタンバイした。

 時折聞こえてくる悲鳴からして、次の客は子供たちだ。強制的にスタンバイさせられた生人は、お化け屋敷の物陰で心の準備をする。準備をしながら、どうしても気になることをレミに聞いた。


「ひとつ質問。なんで天使の輪っかを頭に付けてる?」

「この世のものじゃない! ってなるかなぁっと思って」

「ああ、そう。ともかく、ちゃんと驚かせろよ」

「任せて!」


 そう言ってレミは、廊下の真ん中に立ち尽くす。生人の不安は尽きないが、客の子供たちはすぐ近くまで迫ってきていた。生人は腹を決め、子供たちを驚かせるために構える。

 

 子供たちが角を曲がった。すると、廊下に立ち尽くすレミは体をカクカクとさせ、奇声を発し、よろけながら子供たちに近づいていく。マリオネットのようなその動きは、まさに『この世のものでないもの』だ。

 当然、子供たちは怯えて体を震わせる。悲鳴を上げるのを通り越して、今にも泣いてしまいそうだ。意外なレミの活躍に、生人も負けじと飛び出す。


「呪ってやる~!」


 最高のタイミングであった。レミに恐怖していた子供たちは、生人の登場にパニック状態。これならば、たくさんの悲鳴を獲得できるはず。


「いっくん! 驚かせすぎ! ごめんね、怖かった? 大丈夫?」


 そんな信じられぬ言葉を口にしたのは、レミだった。彼女は泣き出しそうな子供たちのもとに駆け寄り、先ほどまでの演技はなんだったのだと思うほど、優しい表情で子供たちの頭を撫でている。


「レミ? お仕事は? 客を驚かせるのは任せてって言ったよね」

「子供を泣かせるのはダメだよ! よしよし、怖かったねぇ」

「…………」


 天使だ。やはりレミは天使なのだ。幽霊のように時に人を驚かせる存在ではなく、優しさに溢れた天使なのだ。お化け屋敷にいてはいけない存在なのだ。


 子供たちに寄り添い、子供たちをお化け屋敷の外まで案内したレミ。控え室では、どんよりとした空気の中、二本松と日向が口を開いた。

 

「わたくし以外は全員が幽霊だというのに、まともに人を驚かせることができませんでしたわ……」

「私たちのチームと二本松さんのチームが獲得した悲鳴は、ほぼ一緒ね。これは、引き分けってところかしら?」


 日向の引き分けという言葉に、その場にいた全員が頷く。ただし、八槻を除いて。


「これだから幽霊は……う! プ……プリン!」

「おっと、姫様がプリン禁断症状に陥った! 誰か、プリン持ってない!?」

「ここで!? 誰もプリンなんか持っていないけど!」


 ただでさえ幽霊たちの不甲斐なさにストレスを抱えていた八槻だ。その上プリン禁断症状となると、最悪の事態である。


「プリン! プリン!」

「八槻を押さえないと!」

「お嬢、落ち着け……ダメだ。完全に暴走している」


 黒部ですら、今の八槻を止めることはできない。八槻はプリンと呟きながら、遠い目をして、地面を這い蹲りお化け屋敷へと入って行ってしまった。お化け屋敷にはまだ客がいるはず。生人たちは急いで八槻の後を追った。

 

「いやあぁぁああ!」

「なんだこれ! うわああぁぁあ!」


 遠い目をした、地面を這い蹲る女性の登場。お化け屋敷の客たちも恐怖に引きつり、誰しもが大きな悲鳴を上げる。


「おお! さすがは白河幽霊相談所! さすがです! あんなに怖い出し物、初めて見ましたよ!」


 何を勘違いしたのか、地面を這う八槻と、それに悲鳴を上げる客たちを見て、小太りおじさんが生人にそう話しかけてきた。生人としては、愛想笑いを浮かべるしかない。


「白河さん、恐ろしい……。この勝負、わたくしたちの負けでいいですわ……」


 二本松までもがそんなことを言って、この場を逃げるように去って行ってしまった。


「結局、狂った人間が一番怖いんだな……」


 プリン禁断症状に陥る八槻と、それに対するお化け屋敷の客たちの反応を見て、生人はついそんなことを呟いてしまっていた。

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幽霊だって必死に生きている。 ぷっつぷ @T-shirasaka

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