その3 幽霊が幽霊っぽい別の何かを演じます
白装束に三角のアレを頭につけた日向。いかにもな幽霊の格好に、先ほどから意気消沈していた野川が反応する。
「さすが日向の姉御。白装束姿が似合ってお美しい」
「白装束が似合うって、あんまり嬉しくないわ」
「俺みたいな……似合わない服着たダサいやつよりはマシっすよ……」
まだ野川は面倒くさいままだ。これ以上野川と会話しても、おそらく野川が自虐の海に溺れるだけだと判断した日向は、あっさりと会話を打ち切った。
準備を終えた日向は、大きなあくびをしつつ、お化け屋敷にスタンバイした。彼女ならば、野川のように馬鹿にされることも、3人の所員幽霊のように気づかれないこともないであろう。
しかし、生人と八槻には心配事もあった。今日の日向は、約8秒に1度のペースであくびをしているのだ。日向自身はあまり気にしていないようだが、生人と八槻の2人は、それが心配でならない。
しばらくすると、声変わりもしていない、騒がしい悲鳴が聞こえてきた。今度の客は、男子中学生の集団だ。女子高生の時とは違い、今度は生人と植木の表情が強張った。
「うわあ!!」
「お前ビビってんじゃ……うわああ!」
「おい! お前もビビってんじゃねえかよ!」
お化けの人形に驚き、虚勢を張り、またすぐに驚く。もはや無邪気ともいえるその反応。なんとも楽しそうな男子中学生たちだ。これは日向にとってチャンスである。
生人と八槻、二本松と植木が控え室から見守る中、日向のスタンバイする通路に男子中学生たちがやってきた。男子中学生たちはやはり虚勢を張りながら、しかし足取りはおぼつかなげ。驚かしがいのありそうな客に、生人と八槻は勝利を確信する。
「うらめしや~」
ここぞというタイミングで、日向は物陰から飛び出し、生まれたばかりの小鹿のような男子中学生たちに襲いかかる。小鹿たちは突然ことに悲鳴をあげ、虚勢を張る余裕すら失った。
「おお! 日向さんその調子!」
男子中学生たちが恐怖に怯える姿は、なんと痛快なことか。白河チームが勝利に近づいたのもあって、生人は口角が上がり、植木は唇を噛む。ここまでは、たしかに白河チームの圧勝であった。
「うらめし……ふあぁ~ぁ」
ここからは、白河チームに暗雲が立ち込める。日向が男子中学生の目の前で、大きなあくびをしてしまったのだ。そりゃ、戦車の主砲弾装填と同じぐらいのペースであくびをしているのだから、当然といえば当然である。
目の前に出てきたお化けが、大きなあくびをする。そのあくびが人間らしさを醸し出し、男子中学生たちは一転して恐怖から解放された。目の前にいるのは本物の幽霊なのだが。ややこしい。
問題はあくびだけではない。一度恐怖から解放された男子中学生たちは、日向を女性として見てしまったのだ。一応、日向は美人の1人。うぶな男子中学生には刺激が強すぎるのである。
さらに困ったことに、よりによってこのタイミングで、日向は眠気に敗北した。彼女はその場で目を瞑り、男子中学生の胸に寄り添い眠ってしまったのだ。しかも、白装束の胸元が少し解放されるという特典付きで。
「やばいやばい! 中学生たち驚くどころか、ちょっとニヤニヤしちゃってるよ!」
「もう……なんでこうなるの……」
「まあなんとも、あざといですわね」
「うらやまけしからん!」
生人たちが各々勝手な感想を口にしているが、この間にも日向は眠りこけ、男子中学生たちの鼓動は早くなるばかり。結局、困惑した男子中学生たちが少し屈んだ体勢でお化け屋敷を後にし、生人と野川が回収に向かうまで、日向が起きることはなかった。
「ふぁ~ぁ。あれ? さっきの男の子たちは?」
「日向さんが寝てるうちに、もう帰っちゃいましたよ」
「あら、そうだったの。ごめんね。でも、もう少し眠らせ……」
言い切る前に、再び眠りに落ちる日向。これには生人も八槻も、大きなため息しか出てくるものがない。
最初に悲鳴を上げさせながら、最終的にお客さんの恐怖を取り除いてしまう。そんな野川と同じような結果に終わった日向。白河チームが悲鳴を積み上げることはできなかった。
「これはチャンスですわ! わたくしたちが逆転勝利を飾りますわよ!」
「うおお!」
苦戦する白河チームに、二本松チームの士気は上がる。二本松は2人の所員幽霊(先ほどの3人よりは存在感がある)を指名し、早速お化け屋敷にスタンバイさせた。
次の客は、悲鳴を聞く限り2人の女性だ。うち1人は、悲鳴すらも可愛らしいため、まだ小さな子供だろう。生人は仲睦まじい親子をイメージした。
二本松の部下とはとても思えない、いかにも真面目そうな2人の所員幽霊。そんな2人の側まで、すでに客は迫っている。2人は客が角を曲がるのを確認し、顔を見合わせ、一斉に物陰から飛び出た。
「きゃああぁぁぁぁああ!」
「うわああぁぁぁああ!」
喉がイカれてしまうのではと心配になるほどの、今日一番の悲鳴。これこそお化け屋敷の醍醐味。これこそ幽霊が人を驚かせた時の反応。
これだけの悲鳴を得ることができれば、二本松チームの勝利は確定だ。ところが、生人と八槻は悔しがらない。なぜならば、悲鳴を上げたのが客ではなく、2人の所員であったからだ。
2人の所員の前に現れた客は、小さな女の子と手をつなぐ、前髪に顔を覆い隠された、白い服に身を包む女性。そんな女性がお化け屋敷の暗闇に現れれば、いくら幽霊でも悲鳴を上げてしまうのは仕方のないことである。
「な、なな、なんですのあの客は!? 私たちを呪い殺しに!?」
「根性だ……怖がるんじゃねえ……根性見せろ……」
さすがの二本松と植木ですら、恐怖に震えていた。もはや、自分の部下が客を驚かせるどころか、自分たちが驚いてしまっている。一方で生人と八槻は、平然としていた。
「あれ、貞美さんと茅ちゃんだよな」
「そうね」
「なんで……幽霊と霊感少女がお化け屋敷に?」
「私に聞かないでよ」
客の正体は、貞美と茅だったのだ。まさかの顔見知り(貞美の顔を見たことはないが)の登場に、生人と八槻は顔を見合わせ、内心では二本松チームの苦戦に喜んでいた。
お化け屋敷にて、お化け役の幽霊が、幽霊に恐怖し悲鳴を上げる。なんとも異様な光景だ。2人の所員の怖がりように、貞美も――おそらく――困惑している。救いは、茅が少しだけ怖がってくれたことだけだ。
腰を抜かした2人の所員に、貞美は――おそらく――申し訳なさそうな表情をして、茅を連れて去っていった。二本松と植木は、2人の所員を回収し、足を震わせながら、控え室へと戻っていく。
茅のおかげで、二本松チームはわずかな悲鳴を獲得した。だが白河チームが優位なことに変わりはない。
「次は俺か」
白装束への着替えを済ませた黒部が、そう言って立ち上がる。白装束姿とはいえ、強面の男の和服姿は、妙な迫力があった。
「お、お任せします」
迫力に圧倒され、思わず声を震わせる生人。黒部は構わず、お化け屋敷の所定の位置にスタンバイした。
二本松と植木は次の準備のため、今回はお化け屋敷の様子を眺めることはない。控え室の陰からお化け屋敷を覗くのは、生人と八槻の2人だけだ。
「たいして怖くねえな!」
「見ろよこの人形。顔きめえ~」
少しして聞こえてきた、次の客の声。非常に騒がしい、若い男の集団。どうも彼らは、お化けの人形を殴るなどする迷惑な客らしく、小太りおじさんも困り顔でお化け屋敷を覗き込んだ。
「困ります、非常に困ります。人形を壊されちゃたまったもんじゃない」
半ば怒りをあらわにする小太りおじさん。彼は迷惑な客に注意をしようと、お化け屋敷に一歩踏み込む。ところがそれを、八槻が制止した。
最初、生人も小太りおじさんも、なぜ八槻が迷惑な客への注意を制止したのか理解できなかった。八槻の考えが理解できたのは、迷惑な客が角を曲がり、黒部のもとに到着した時である。
廊下には、黒部が仁王立ちしている。その姿は幽霊というよりも、鬼に近い。
「あん? おいおっさん、幽霊なら怖がらせてみろよ!」
お化け屋敷に何を求めて来たのか分からぬ迷惑な客の1人が、黒部に詰め寄る。だが、黒部は微動だにしない。暗闇の中だというのに、はっきりとした鋭い視線と、般若と化した表情で、迷惑な客たちを睨みつけていた。
「殺すぞ」
低く轟いた、黒部の一言。祟ってやるだとか、呪い殺すだとかではなく、ただ単に殺すという言葉。和服姿の強面元殺し屋が言うと、あまりにもリアル。
「す、すみません……」
悪ぶっていただけの迷惑な客たちは、モノホンを前にし肝を冷やし、素直に謝罪する。その後彼らは騒ぐことなく、それどころかお化け屋敷の仕掛けに反応することもなく、魂が抜けたように帰っていった。
「あの……怖いの意味が違うよね」
一連の出来事を見ていた生人は、そう呟くことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます