その2 幽霊が幽霊を演じます

 唐突かつ碌でもない理由で始まった、白河幽霊相談所とオフィス・ファントムによる『お化け屋敷驚かせ対決』。ルールは単純。それぞれのチームが交代制で幽霊役を演じ、同じ場所でお客さんを驚かせ、より多くの悲鳴を上げさせたほうが勝ちである。

 お化け屋敷の開店まであと数分。先攻は白河チームだ。生人たちは大急ぎで準備を進めていた。そんな中、八槻が辺りを見渡す。


「ねえ、レミはどこにいるの?」

「レミなら……あれ? そういやレミがいないな」


 ふと呟いた八槻と、それを聞いてようやくレミの不在に気づいた生人。どうやら野川はレミの居場所を知っているらしく、和やかな表情をして口を開いた。


「レミ様は『お祭り楽しい!』って言ってどっか行っちゃったっすよ。いやぁ、天真爛漫で可愛いなあ」


 孫やペットを可愛がるような感想を口にした野川だが、生人と八槻はため息しか出てこない。これからオフィス・ファントムと勝負だというのに、白河幽霊相談所は人材が1人減ってしまったのだ。それ以前に、レミは仕事をサボっているのである。

 まさかの事態に、出鼻をくじかれた生人たち。だが、この状況を打破する言葉を放ったのも、今度はキリッとした表情をする野川だった。


「俺が最初に行ってくるっす。まあ任せて任せて。こう見えて400年も幽霊やってんだから」


 戦国時代に戦死した落ち武者の、頼りになる野川の言葉。ここにいる誰よりも幽霊としての経験が長い彼だ。生人は野川に期待した。

 一方で、八槻は野川に心配そうな視線を向けている。実は生人、野川に期待しておきながら、八槻の視線の意味も分かっている。というのも、野川はなぜか、いつも通りのパンク衣装でお化け屋敷に立ったのだ。あまりに幽霊らしくない格好。心配にもなる。


 野川は物陰に隠れ、お客さんを驚かせる準備を終えた。生人と八槻、二本松と植木は、お化け屋敷セットの隙間から、野川の様子を伺う。果たして、野川は多くの悲鳴を獲得できるのだろうか。


「マジ怖いんだけど~」

「やばいやばい。超怖い」

「絶対あそこから幽霊出てくるって。こわ~」


 お化け屋敷最初のお客さんは、3人の女子高生だった。怖い怖いと口にしながら、怖がっているようにはとても思えない笑顔の3人。途中で出てくるお化けの人形に対しても、最初は悲鳴を上げながら、すぐに笑い出している。

 なお、3人の女子高生の登場と同時に、八槻と二本松の表情が強張ったのを生人は見逃さない。


 野川と女子高生たちの距離は、あとわずか。幽霊歴400年の野川の、お手並み拝見である。


 女子高生たちが角を曲がった直後だ。女子高生たちは一斉に悲鳴を上げ、3人で抱き合いながら、しかし自分以外の誰かを盾にしようと必死になる。角を曲がった廊下の先に立つ、野川に驚いての反応だ。

 まずまずの悲鳴に、生人と八槻の野川に対する期待が膨らむ。野川も手応えを感じ、驚く女子高生たちに、幽霊というよりもゾンビのような挙動で近づいていった。


「こっち来た! こっち来たんだけど!」

「ちょっと、押さないでよ!」


 ちょっとしたパニックに陥る女子高生たち。ところが彼女たちは、野川が近づけば近づくほど、冷静になっていく。そして、野川を目の前にして、ついには笑い始めた。


「なにこの幽霊! 超ダサい!」

「革ジャンに穴あき手袋って、ダサい通り越してキモい」

「アハハ! ウケる」


 もはや女子高生たちは野川を恐れていない。恐れるどころか、彼のファッションをバカにしている。生人たちも、野川のファッションセンスの無さには同感だ。


「ダメージジーンズ、ありえないぐらいボロボロなんだけど~」

「ホントだ、マジウケる~」

「お化けさんさ、顔とファッション合わせたら」

「マジそれな」


 見た目は若造とはいえ、それでも女子高生たちは年上。生まれた年から計算すれば、400歳以上も歳が離れた女の子たちに、これでもかとバカにされる野川。よく見ると、野川の目が潤んでいた。


「泣いちゃう泣いちゃう。野川さん泣いちゃうよ」

「もう……なんで左之助さんはいつもこう……」

「下品な言葉づかいの小娘たちですわね」

「白河相談所の落ち武者、ファイト!」


 悲しい現場を前に、生人と八槻はいたたまれない気持ちだ。本来は敵であるはずの二本松と植木でさえ、野川に同情している。

 女子高生たちは「ヤバイ」「マジ」「ダサい」の3語だけで野川に致命的なダメージを負わせた。野川に飽きた女子高生たちが先に進み、控え室まで帰ってきた野川は、まるで廃人のよう。


「野川さん、頑張りましたね」

「多少は悲鳴を上げさせたんだから、上出来」

「敵ながら見事でしたわよ」

「強い根性の持ち主だな、落ち武者!」


 皆が皆、野川に同情し彼の味方となった。ところがそれは、野川の悲しみを大きくしてしまうだけとなる。今の野川は、面倒なのだ。


「生人はまだしも、姫様が俺を褒める? 二本松お嬢様たちにまで称えられる? そうか……俺……そんな可哀想だったか」

「いやいや、野川さんは頑張りました! ファッションよりも心の強さですよ!」

「ああ……生人も俺のファッションがダサいとは思ってるのか……」

「いや、その……面倒くさい! 野川さん面倒くさい!」

「面倒くさいのは放っておくのが一番」


 今の野川は傷心している。おそらく何を言っても意味がない。ここは面倒くさいものの処理に慣れているであろう八槻の言葉に従い、生人は野川をそっとしておくことにした。

 白河チームと二本松チームの勝負はまだ始まったばかりだ。二本松は早速、部下たちに指示を下した。


「勝負はわたくしたちの方が優勢ですわよ。さあ、幽霊らしく人々を驚かせなさい!」


 甲高い声が控え室に響き渡り、オフィス・ファントムの所員幽霊3人がお化け屋敷へと向かっていった。平凡で、キャラらしいキャラもない所員幽霊3人は、どことなく影が薄い。

 しかし影が薄いとはいえ、幽霊が3人だ。数の暴力で人を驚かせることはできる。生人は少し焦った。

 

「さっきの野川さんの影響で、こっちは劣勢だ。八槻、これまずいぞ」

「何焦ってるの? まだ余裕」

「よくそんなこと言えるな。向こうは3人出してきてんだ。3人で一斉に襲えば、どんな人だって驚かせるだろ」

「3人が襲えるなら、そうね」


 余裕たっぷりの表情と口調の八槻。彼女は何かを確信している。何を確信しているのかまでは、生人も読み取れない。少なくとも、八槻が二本松に負ける気がないのは確かだ。ここは八槻を信じるしかない。


 3人のオフィス・ファントム所員幽霊がスタンバイすると、タイミングよく次のお客さんがやってきた。友達同士で遊びに来たのであろう若い集団。途中のお化けの人形などで悲鳴を上げているのだから、驚かせるのに苦労する相手ではなさそうだ。

 お客さんが角を曲がり、長い廊下に出た。3人の所員幽霊はこれを逃さず、3人一斉に飛び出し、お客さんに襲いかかる。暗い廊下に突如として3人の幽霊が現れたのだ。驚かぬお客さんはいないはず。


「この廊下怖いな」

「……でも、意外と何もないぞ」

「ああ。何もないな。雰囲気だけ?」


 お客さんたちは怖がるどころか、3人の所員幽霊の横を素通りしていった。何がどうなっているのか。所員幽霊たちだけでなく、生人と二本松も混乱してしまう。だが、現状を認識する者が1人だけいた。


「あの3人、霊力弱すぎ。可視化がうまくいってないから、生きた人に姿が見えてない」


 冷徹な八槻の言葉。彼女の言う通りだ。3人の所員幽霊は霊力が低すぎて、自分の姿をお客さんに見せることができていない。どれだけ数の暴力で襲おうと、どれだけ怖い顔や奇声をあげようと、姿が見えなければ意味がない。

 なんとかお客さんを驚かせようと、必死に幽霊らしく振舞う3人の所員幽霊。それでも最後まで、彼らは自らの姿をお客さんに見せることができず、一度も悲鳴を上げさせることはできなかった。虚しい結果である。


 結局、暗い廊下をただ歩いただけのお客さんたち。彼らの後ろ姿を見て、二本松は怒り心頭だ。


「あなたたち! 何ですの、その体たらくは! もういいですわ! 次よ次!」


 あまりにも無残な結果。二本松は残念がる余裕すらなく、次の準備を始める。これに一安心したのが、生人だ。


「よかった。これで、まだこっちが優勢だな」

「そうね。面倒だから、さっさと終わらせましょ」


 そもそも悲鳴を上げさせることすらできないという、どんぐりの背比べにも達することのない低レベルの対決。今の所、白河チームが優勢である。


「ふぁ~ぁ……次は私の番かしら?」


 大きなあくびをする日向。次は彼女が幽霊役だ。

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