Case12 マジお化け屋敷

その1 幽霊〝役〟

 無数の提灯に飾られた公園は、バラエティー豊かな屋台が並びたち、大勢の人々によって賑わいを見せている。今日は自治体が開催する、『てけてけ祭り』の日なのだ。

 祭りを楽しむのは、家族連れや子供たち、学生、カップル、老夫婦――などなど。これに加えて、多くの幽霊たちも祭りを楽しんでいた。幽霊や霊感知能力保持者からすると、祭りにやってきた群衆の数は、幽霊分多く約1・5倍増しである。


 金魚すくい、射的、屋台の食べ物、和服姿の人々と、楽しさで溢れた『てけてけ祭り』。その中であまり乗り気でない表情をするのは、白河幽霊相談所一行だ。生人たち相談所一行は、仕事で祭りにやって来たのである。

 珍しく全員が揃った相談所一行だが、八槻とレミ以外、誰一人として可視化はしていない。そのため、レミ以外に八槻が話しかけることはなく、野川は呟いた。


「姫様、せっかくの祭りなんだから、和服で来りゃ良かったのにな」

「落ち武者のくせにいつもパンク衣装な野川さんが、それ言いますか」


 野川のテキトーすぎる言葉と、生人の返答。幽霊の見えぬ人々には届かぬ会話だが、八槻には届いている。八槻は野川の言葉に口では返さず、表情で答えた。


「八槻のあのジト目、野川さんにだけは言われたくないって意味ですよ、きっと」

「だな。姫様、変なこと言ってスンマセン」


 霊感知能力だけでなく、テレパシーの能力まで手に入れたのだろうか。ジト目だけでもはっきりと伝わる、八槻の答え。

 どことなく、「うるさい」という感情を八槻の表情から読み取った野川。彼は愛想笑いを浮かべて、簡単な謝罪の言葉を口にした。するとどうだろう。八槻は少しだけ笑った。おそらく「よろしい」という意味だ。


 こうしている間、日向と黒部は特に何をするわけでもない。日向は日が傾き始めたこの時間帯、何度もあくびをしていた。黒部は射的で遊ぶ子供たちを、能力測定でもするかのように眺める。


 一方で、レミは生人や八槻たちとは違う。彼女は天使の輪をわざわざ外し、可視化していた。理由は簡単。生まれて初めての人間界の祭りを楽しんでいるのである。和太鼓の音や屋台の出し物にはしゃぐレミは、まさに幼い子供だ。


「見て見て! あそこに顔がいっぱい並んでるよ! ねぇいっくん、あれが晒し首?」

「違う。あれはお面売り場だ。晒し首が置いてある祭りってなんだよ。血祭りか」

「無邪気なレミ様! マジ天使様!」


 相変わらずの人間界に対する誤った知識を持ったレミ、それを指摘する生人、レミに盲目的な野川。お面を晒し首と呼んだレミのどこが天使なのかと思う生人だが、レミに指摘するだけでも彼は精一杯だ。生人もレミも、野川を無視した。

 

 さて、いくらレミがはしゃいでいようと、相談所一行がここに来た理由は、仕事でしかない。日向のあくび以上に八槻がため息をつくのも、そのせいだ。

 多くの人々、幽霊たちを掻き分け、公園に立ち並ぶ屋台とは一線を画す、大きな建物に6人は到着した。建物は、火の玉や白装束の幽霊の人形など、おどろおどろしく彩られた倉庫。『てけてけ祭り』の出し物のひとつ、お化け屋敷だ。


「白河さん! お待ちしていましたよ白河さん! 幽霊の皆様も、今日はよろしくお願いします」


 お化け屋敷で待っていた、お化け屋敷を管理担当する小太りのおじさんによる、早口な歓迎。彼は幽霊のことが見えているらしく、生人たちにも視線を向け、小さくお辞儀をしていた。生人たちも軽い挨拶を済ませ、すぐさま八槻が本題に入る。


「今日はお化け屋敷の仕事を手伝ってほしいとか」

「はい。すみません、急ですみません。幽霊役の人たちがみんな食中毒で、ダウンしてしまいまして」

「それは、お大事に」

「お気遣いありがとうございます。で、幽霊役の代理がどうしても見つからなくて、せっかくだから本物の幽霊に幽霊役をやってもらおうと」


 なんとも不思議な話である。お化け屋敷の幽霊役を幽霊がやるというのだ。それは果たして役と呼べるのだろうか。生人もつい、笑ってしまう。

 小太りおじさんの早口は続く。


「で、幽霊社会で評判の高い白河幽霊相談所さんと、お祭りの主催者のご親族に手伝ってもらおうと」

「……主催者のご親族とは?」


 白河幽霊相談所以外に誰がお化け屋敷を手伝うのか。八槻のこの質問に、早口のまま答えようとした小太りおじさん。

 だが、小太りおじさんが説明する前に、答えが分かってしまった。お化け屋敷の控え室から出てきた、ドレスのような服に身を包む、背の低い少女。そしてその隣に立つ、暑苦しい男。彼女らの登場が、八槻の質問への答えである。


「あら! 奇遇ですわね、白河さん」

「一三本松さん……」

「二本松!」

「よおシト! お前は今日も腑抜けた顔してんな」

「プランター……」

「植木!」


 控え室から出てきたのは、傲慢さをこれでもかと醸し出すオフィス・ファントムであった。彼女らが、共に仕事をする相手。最悪の巡り合わせである。唯一の常識人、執事の諏訪もいない。生人と八槻は、二本松と植木の登場に眉をひそめ、露骨に嫌な顔をした。

 八槻と二本松の関係、生人と植木の関係。それを知らぬ小太りおじさんは、滔々と説明を続ける。


「二本松さんの父君が社長を務めるトライパイン社様は、『てけてけ祭り』の主催者のお1人なのです」

「お父様が主催するお祭りで困った人がいる。それを助けるのは当たり前のことですわ」

「さすがはトライパイン社様のご令嬢! ありがとうございます!」


 何か自治体との癒着関係でもあるのか。二本松と小太りおじさんの会話に、そんな勘ぐりと陰謀論を頭に浮かべた生人と八槻。

 しかし、いくら生人と八槻が嫌がったところで、仕事の内容は決まっている。今日は、オフィス・ファントムと共にお化け屋敷を手伝わなければならない。生人は植木との因縁よりも、仕事を優先することにした。


「姫様も生人も、あんまりカリカリすんな」

「お嬢、いつも通り仕事をこなすだけだ」

「そうよそうよ、賢条さんの言う通り。八槻ちゃん、眉間のシワが取れなくなっちゃうわよ」


 八槻をなだめる野川と黒部、そして日向。幸い彼らは、オフィス・ファントムとの因縁を持たない。オフィス・ファントムの側も、今日は多くの所員を連れている。八槻と二本松だって、これなら少しは冷静になるはずだ。生人はそう思った。

 ところがである。生人の思いや、野川たちの言葉は、儚く砕け散った。八槻と二本松が仲良く仕事をすることなど、あり得ないことだったのである。八槻と二本松の2人は、互いに顔を合わせ、戦いの火蓋を切ったのだ。


「お化け屋敷の手伝い程度、わたくしたちだけで十分ですわ。担当には報酬を支払わせますから、白河さんたちはもう帰ってよろしくてよ」

「分かった。どうせ私たちがいなくて困るのは、そっちだから」


 先に挑発した二本松に対し、八槻は全く動じない。動じないどころか、背の低い二本松を見下ろし、逆に挑発の言葉を浴びせる余裕も見せる。そんな八槻に、二本松は一瞬だけ不機嫌そうな表情をしながら、すぐにニタリと笑って言い放った。


「言いますわね……。では、お化け屋敷にやってきた人々を、どちらがより驚かせることができるか、勝負ですわ!」

「帰れと言ったり、勝負しろと言ったり、発言がぶれぶれね。まあ、勝負には乗るけど」

「オホホ! その意気ですわ! 勝てもしない勝負に乗るなんて、白河さんもギャンブラーですわね!」

「くだらないこと言ってないで、準備したら? 二八四本松さん」

「二本松! 松多すぎ!」


 お互いに挑発の手を緩めない2人の所長。両相談所の所員の意見など聞きもせず、『お化け屋敷驚かせ対決』を勝手に始めてしまった2人の所長に、生人たちは閉口してしまった。もはや仕事そっちのけである。


「さあ皆さん! 今日こそオフィス・ファントムの優秀さを見せつけますわよ!」

「二本松様のために、自分たちも頑張ります! おおお!」


 部下たちに意気込みを語る二本松と、雄叫びをあげた植木。2人に続き、オフィス・ファントム一同が一斉に「おう!」と気合いを入れる。


「私たちは普通に仕事すれば良いから」

「「「「はいはい」」」」


 相変わらず面倒くさそうな八槻と、気の抜けた返事をする生人たち。白河幽霊相談所は、オフィス・ファントムとはあまりに対照的だ。


 こうして、お化け屋敷に集まった白河幽霊相談所とオフィス・ファントムによる、『お化け屋敷驚かせ対決』が始まってしまったのである。

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