その4 幽霊社会の裏
最初は相談所まで送ってくれるからと、生人は千代里の車に乗った。だが彼は、強盗幽霊とのカーチェイスに巻き込まれ、銃撃戦に巻き込まれ、血だらけになり、ついには強盗幽霊の護送まで同行することになってしまったのである。
黒部はすでに相談所に帰っている。どうせなら生人も彼と一緒に帰りたかったのだが、千代里が生人を帰らせようとはしなかった。
2人の強盗幽霊をトランクに放り込み、東京都と埼玉県の境までやってきた千代里の車。暗闇と森に隠れて見えないが、右には山西貯水池――狭川湖、左には村川貯水池――玉湖が広がっている。助手席に座る生人は、こんな場所に何があるのだと疑問に思う。
街灯もない中、千代里は森の中に続く道に車を走らせた。しばらく走ると、突如として検問所が現れる。
「身分証と許可証を」
検問所の警備員がそう言うと、千代里は1枚のカードを取り出した。警備員はカードを見て、すぐさま検問所のゲートを開ける。
ゲートを超えると、地下へと続く道が眼前に広がった。このまま地獄まで続いているのではないかというほど、深く続く地下への道。同時に、生人は強大で不安定な霊力を感じ始める。
一面コンクリートの坂を下ると、御札がびっしりと貼り付けられた分厚い扉が現れる。扉はゆっくりと開き、千代里の車が通り過ぎたのを確認すると、再び固く閉じられた。まるで、何かを封印するかのように。
役所の入口らしき場所の前に到着すると、千代里は車をとめ、車から降り、トランクから2人の強盗幽霊を引っ張り出した。いい加減、生人の疑問が爆発する。
「なあ、ここはどこなんだ?」
「やあ元町君。強盗逮捕の協力、助かったよ。ここは霊刑務所だ。悪霊を収監する、幽霊専用の刑務所」
質問に答えたのは、千代里の小さな声ではない。微笑を浮かべて入り口から出てきた、伊吹だったのである。
君を待っていたと言わんばかりの表情をする伊吹は、生人に対し話を続けた。
「せっかくここまで来てくれたんだから、君に知ってほしいことがある。ついてきてくれ」
霊刑務所で知ってほしいこととは何か。生人は結局、何も分からぬままだ。分からぬまま、伊吹の後についていった。
強盗を連れた千代里とは別れ、生人と伊吹はエレベーターに乗り込む。行き先は、最下層。ただでさえ地下深くに作られた霊刑務所の、さらなる地下だ。一体全体、そこに何があるというのか。エレベーター内は沈黙に包まれている。
最下層に到着し、エレベーターの扉が開くと、生人の目の前に学校の教室ほどの広さの部屋が広がった。一面を御札に覆われた、重く厳重な鉄の扉が構える部屋だ。
重いのは鉄の扉だけではない。空気や雰囲気までもが、今にも生人を押しつぶしてしまいそうである。
「すごい霊力ですね……」
何より重かったのは、霊力だ。部屋に到着したすぐ、生人は強い霊力に胸を締め付けられ、息をするだけでも苦しい。
「この扉の向こうにいるのは、霊力レベル
伊吹が語った、白御霊という幽霊の存在。『霊力レベルSS』や『特定危険幽霊』という単語だけでも、それがどんなものなのかは想像がつく。しかし、続く伊吹の説明は、白御霊が生人の想像をはるかに超えた存在であることを示す。
「白御霊は通称で、真っ白な肌に真っ白な髪、真っ白な服に身を包んでいることから、いつしか幽霊の間でそう呼ばれるようになったらしい。本名は不明」
この説明に、ミステリアスな姿をした白御霊を想像する生人。
「歴史書から推察すると、白御霊が
生人は最初、伊吹の言っていることが理解できなかった。幽霊が災害を引き起こし、多くの人の命を奪ったというのだ。だが、生人が本当に衝撃を受けるのは、伊吹の次の言葉である。
「元町君は、13年前の湾岸ビル倒壊事故に巻き込まれたそうだね。実はその事故も、白御霊が引き起こしたものなんだよ」
今でも夢に見る、生人の過去。唐突な話に、いよいよ生人は絶句した。同時に、あのとき現れた白い煙のような〝何か〟の正体が、白御霊であったのだと直感する。
「あの事件、僕も巻き込まれてるんだ。あの事件以降、僕は霊感知能力が覚醒し、幽霊が見えるようになった」
「え!?」
意外な事実に驚く生人。あの場に14歳の伊吹がいたというのだ。驚くのも当然である。驚くだけでなく、生人には新たな疑問も生まれていた。伊吹はどうしてその事実を、生人に伝えたのかという疑問。
「なぜそんなことを教えるのか、って顔してるね」
微笑を浮かべる伊吹に、生人は心を読まれたようで、自然と苦虫を噛み潰したような表情をしてしまう。伊吹は気にせず、話を続けた。
「湾岸ビル倒壊事故で生き残った人たちには、僕のように霊感知能力が覚醒した人がたくさんいる。だけど元町君には、影響はなかった。少なくとも、生前にはね」
含みのある言い方に、生人も伊吹の言いたいことを理解した。理解したからこそ、口を開いた。
「……俺の霊力が高いのは、白御霊の影響を受けたからってことですか」
未練も何もない生人が高い霊力を得た理由は、もはやそれ以外に考えられない。伊吹は「可能性だけだけどね」などと言っているが、ほぼ確実だ。
伊吹が生人に知ってほしかったこととは、これだったのである。生人と白御霊の関係性。少なくとも生人は、複雑な気分ではあったが、それを知って良かったと思う。何より、過去の出来事の事実を知ることができたのは、大きな収穫だ。
「ついでに、白御霊は12年前に封印され、2年前にここに移動させたんだけど、封印したのは白河幽霊相談所だ。八槻所長のおじいさんの手柄だよ」
八槻のおじいさんは偉大という話は、主に野川から聞いていた。どうやらそれは、本当のことのようである。
「さて、話は終わりだ。相談所までは、千代里以外の部下が送るよ」
伊吹の話は終わった。生人と伊吹は再びエレベーターに乗り、霊刑務所の入り口まで向かう。
入り口では、1台のセダンが生人を待っていた。千代里のニューマッスルカーとは違い、平凡な車。運転手も愛想の良さそうな人だ。荷物はすでに積み込まれている。生人はセダンに乗り込み、伊吹に見送られながら霊刑務所を後にした。
最終的に、生人が相談所に到着したのは午前6時を過ぎた頃である。ずいぶんと長い買い物になってしまった。
相談所に到着すると、レミがどこぞの言語で生人を労い、八槻は生人の遅い帰りを気にするそぶりもなく、暇そうにあくびをしている。白河幽霊相談所は、いつも通りの呑気さであったのだ。生人にはそれが、心地よく感じられた。
*
強盗幽霊の取り調べを、マジックミラー越しに見つめる伊吹と千代里。最初に口を開いたのは、伊吹であった。
「元町君はどうだった?」
この単純な質問に、千代里はいつもの小さな声で答える。
「慎重なヘタレに見えて、意外と大胆。幽霊の中では、珍しく信用できる」
「僕も同じ意見だね」
「じゃあ、黒部と同じく彼も協力者に?」
伊吹の方を見て、上司の判断を仰ぐ千代里。だが伊吹は、笑いながら首を横に振った。
「いやいや、元町君は黒部さんとは違う。協力者にするには大胆すぎるよ。彼は今のまま、白河幽霊相談所で働かせておこう。その方が、元町君のためにも、八槻所長のためにも、僕たちのためにもなるだろうからね」
それが、伊吹の判断だった。千代里は反論などはせず、彼の判断に従い、黙った。
生人に関係する話を終えた伊吹は、取り調べを受ける強盗幽霊に関する資料に目を落とす。資料を読め進めるうちに、ため息とぼやきが口から飛び出してしまった。
「この程度の強盗が呪術道具のサブマシンガンを所持、か。いよいよポルターガイストが動き出したようだね。さて、どこにいるんだ、高篠」
微笑を浮かべながらも、伊吹の目はまさに猟犬のようであった。
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