その3 捜査課は時々過激だぜ
偶然この辺りを通りかかったという黒部。彼は事件の詳細を聞くこもなく、ワゴン車で1人の強盗幽霊の追跡を開始した。
あまりにも出来すぎた黒部の登場。生人は首を傾げるが、そんなことを気にしている余裕はすぐに消え失せる。
走って逃げる強盗幽霊に対し、千代里は300馬力オーバーのエンジンを全開にして強盗幽霊を追った。速度だけならば、強盗幽霊に勝ち目はない。
だが、強盗幽霊も馬鹿ではないのだ。彼は車が到底入れないような場所――住宅と住宅のわずかな隙間――に逃げ込んでしまったのである。それでもなお、千代里は車から降りようとしない。
「降りないのか? 逃げられるぞ?」
「車の方が速い」
「いや、今その理屈はおかしいと思うんだけど……」
顔つきは冷静だが、なにやら千代里は、車で強盗幽霊を逮捕するのに執着しているようだ。生人は半ば呆れてしまったが、千代里は構うことなく、近辺の詳細な地図とにらめっこを始める。
しばらくして、千代里は突然アクセルを踏み込んだ。完全に油断していた生人は、シートに押し付けられシートベルトを必死に掴む。
千代里は再び車を住宅街の細道に突っ込ませた。とても住宅街の細道を走っているとは思えぬ速度と、紙一重の差でドリフトを決める千代里。生人は何度となく背筋を凍らせ、幽霊なのに死なないよう祈った。
眠りを妨げるであろう重低音を轟かせながら、千代里の車が到着したのは、車もほとんど停められていない、住宅街の駐車場。
「この駐車場が、どうかしたのか?」
どうしても千代里の考えが理解できぬ生人は、素直に質問した。すると、千代里は一軒家と一軒家の隙間、狭い通路に指をさす。指のさされた方向を生人が凝視すると、何やら通路に人影が現れた。
人影の正体は、まさしく先ほど逃げていた強盗幽霊。これは偶然なのか。生人は驚愕してしまった。
「地形を見れば、幽霊や強盗が逃げる先ぐらい見当がつく」
さすがは退魔師一家の生まれ、18歳にして捜査課長を任せられる千代里。生人はただ感心するしかない。
通路から出てきた強盗幽霊は、ようやく千代里から逃げられたと安心し、顔には笑みが浮かんでいる。残念ながら、彼はすでに追い詰められてしまっているのだが。
さて、ここからどのようにして強盗幽霊を逮捕するのか。生人は車から降りるためにシートベルトを外そうとしたが、千代里はそれを制止した。その時点で、千代里が未だ車から降りる気がないのは確実である。
強盗幽霊が駐車場の真ん中まで歩いてくると、千代里は車を発進させた。車は猛獣のような唸り声を上げて、駐車場の砂利を巻き上げながら、強盗幽霊に襲いかかる。
ヘッドライトに照らされた強盗幽霊に対し、千代里の車は横滑りをしながら、彼を中心に円を描くように回り始めた。いわゆるドーナツターンと呼ばれる技。強盗幽霊は訳も分からず、放心状態であった。
放心状態の強盗幽霊の周りを、エンジンを唸らせ砂利を撒き散らしながら、車が回っている。それだけでも十分に可哀想な画ではあったが、千代里は容赦ない。
全く表情を変えることなく、千代里は懐から拳銃を抜き出した。彼女の持つ拳銃は、中級呪術の呪文が彫り込まれた弾丸を撃ち出せる、P226GHOST。呪術道具の一種だ。彼女はそれを、哀れな強盗幽霊に対し発砲する。
「ああ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
ただでさえ周囲を至近距離で車が回っているのに、さらに銃弾を撃ち込まれるのだ。強盗幽霊は今にも泣きそうな震えた声で、千代里に謝り続けている。
恐怖に負け、強盗幽霊が膝を地面につけた時、千代里はようやく車をとめ、そして車から降りた。彼女は強盗幽霊の頭を銃弾で貫き、強盗幽霊は呪術に体を痺れさせ動けなくなる。
「午前2時6分、強盗罪で逮捕」
そう言いながら、動けぬ強盗幽霊に手錠をかけ、トランクに詰め込む千代里。その間、生人の携帯電話が鳴り出す。
電話の相手は黒部であった。彼はもう1人の強盗を追い詰めたが、相手が武装をしているため捕まえられないという。生人と千代里は、すぐさま黒部の居場所へと向かった。
黒部がいたのは、少し離れた雑居ビルの廊下。彼はある部屋の前で身をかがめていた。よく見ると、壁には無数の銃痕が残されている。
「何があったんです?」
「相手はサブマシンガンで武装、机やソファを盾に、部屋に入ろうとした者を問答無用で撃ってくる。銃弾も呪文が彫り込まれたものだ。簡単には部屋に入れない」
黒部が言ったサブマシンガンという単語に、生人は息を飲んだ。生人も、ゲームのおかげで武器の基礎知識は知っている。強盗幽霊は本格的な武装をしているのだ。彼らはテロリスト予備軍ではなく、テロリストなのである。
それにしても、この状況で冷静にしていられる黒部は、やはり元殺し屋。こうした状況に、彼は慣れているのだ。
千代里はやや考える。どのようにして部屋に突入し、強盗幽霊を捕まえるか、考えたのだ。考えた結果、答えが出たのであろう。彼女は生人をじっと見つめた。
なぜ見つめられているのか。吊り橋効果でないのはたしかだ。生人は自分が千代里に見つめられている理由を、すでに分かっている。何時ぞやの黒い会社やチンピラ泥棒幽霊を思い出せば、すぐに分かる。
「俺が盾になるよ。俺を盾に、強盗のいる部屋に突入してくれ」
お願いされる前に、生人は千代里にそう言った。ただ、それを聞いた黒部は、腹の底から引き出すような低い声で、生人に警告する。
「生人は呪術道具の耐性がある。だが、弾丸ほどの速さの物を受け止めるには、生前再現をする必要がある。つまり、弾丸何十発の痛みを味わい、血だらけになるんだぞ」
映画で見たことがある。マフィアのドンの長男や、デトロイトの警官が、マシンガンで全身を撃たれる映像。あれに、自分もなる。それだけでも生人は身震いしたが、自分は幽霊なのだと思い直し、覚悟を決める。
「やります」
この状況を打破して強盗幽霊を捕まえるには、他に方法はない。黒部も諦め、生人の覚悟を受け入れる。千代里は表情を変えることなく、しかし生人の背中に手を当て、言った。
「なるべく早く敵を制圧する。頑張って」
ここまで言われて、期待は裏切れない。生人は早速、生前再現を行った。血の流れや肌に触れる空気の感触など、生前の感覚が蘇ってくる。
準備は万全。生人は深呼吸し、息を吐くことなく、部屋の中へ突入した。彼の背中には千代里が張り付き、チャンスを待っている。不意に現れた生人に対し、強盗幽霊は一心不乱に弾丸をばらまいた。
呪術のための呪文が彫り込まれた、何十発もの弾丸が、音速を超え衝撃波を纏い、生人の体に食い込む。そのたび、生人は死ぬほどの痛みを味わい、真っ赤な血が滲み出す。だが彼は幽霊。死ぬほど痛くとも、死ぬことはない。
「なんだこいつ! なんだこいつ!」
あまりの痛みに気を飛ばしそうになりながら、一歩一歩前へと進む生人。何十発の中級術道具の弾丸を身に受け、血だらけになりながらもにじり寄る生人に、強盗幽霊は恐怖していた。幽霊なのに、幽霊の生人に恐怖していた。
恐怖した強盗幽霊は、千代里と黒部の存在を忘れ、盾から頭を出し、生人だけに攻撃を加える。このチャンスに千代里は、生人の背中から体を乗り出し、3発の銃弾を強盗幽霊に浴びせた。強盗幽霊は体を痺れさせ、まったく動けなくなる。
「午前2時19分、強盗罪及び銃刀法違反の現行犯で逮捕」
無感情な小さな声とともに、床に倒れた強盗幽霊に手錠をかける千代里。ついに2人の強盗幽霊の逮捕に成功した。
「あああ……痛い……血が止まらない……死ぬ……」
強盗幽霊の逮捕には成功したものの、生人の姿は無惨だ。彼の体は血にまみれ、息も絶え絶え。ついには立っていることもできず、倒れ込んでしまう。黒部は急いで生人のもとに駆け寄り、声をかける。
「お前は幽霊だ。もう死にはしない。さあ、気絶する前に生前再現を解け」
痛みと薄れる意識の中で、かろうじて聞こえた黒部の言葉。急げと言わんばかりの表情だ。
生人は力を振り絞り、生前再現を解く。するとどうだろう。痛みは残っても、傷や滴る血は、魔法でもかけられたかのように消えていく。
「はあ……だいぶ楽になった」
痛々しい傷と鮮血がなくなるだけでも、精神的は苦痛はかなり緩和される。未だ銃弾を受けた箇所は痛むが、生人は再び立ち上がれるまでに回復した。
「強盗を車まで運ぶ。手伝って」
2人目の強盗幽霊を捕まえても、千代里の仕事はまだ終わっていない。つい先ほどまで、幽霊なのに死にかけていた生人は、強盗幽霊を引きずり千代里の車まで運ぶという重労働を任せられてしまった。霊感知能力保持者は、人使いの荒い人ばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます