その2 馬力が違いますよ

 千代里が運転し、生人が助手席に座るスポーツ車は、幽霊による強盗事件が発生したというコンビニに到着した。よりによって、コンビニはディスカウントストアのすぐ近く。相談所に帰るためだけに千代里の車に乗った生人は、強盗事件の現場を前に緊張する。

 フロントガラスに落ちた水滴は、ワイパーに拭われるまでのわずかな時間、街灯の光を反射し輝いていた。それを見て、生人は心を落ち着かせるしかない。


「強盗は2人」


 ほとんど聞き取れない程の小声で呟く千代里。それでも、なんとか彼女の言葉が耳に入った生人は、強盗幽霊の姿を確かめようと、コンビニを凝視する。

 

 コンビニでは、2人の男が悠長にレジをこじ開け、金をバッグに詰め込んでいる。店員は気絶させられたのか、ぐったりとレジ台にもたれかかっていた。強盗事件が起きている現場にしては、あまり殺伐とした感はない。

 幽霊の強盗とは不思議なものだ。生きた人間からすれば店員が怠けているだけのコンビニも、実は強盗の被害に遭っている真っ最中なのだから。


「あの2人、テロリスト集団『ポルターガイスト』との関連性を指摘されてる2人」

「え!? テロリストかもしれないってことか!?」


 生人の言葉にこくりと頷く千代里。テロリスト予備軍のような幽霊が、すぐ近くのコンビニで強盗をしている。それを幽霊である生人が眺める。あまりに現実離れしたその光景に、生人は気が遠くなるような気分だった。

 テロリスト予備軍を前に、千代里はどうするのか。生人は質問する。


「どうする? 逮捕しに行くのか? 応援を待つのか?」

「ううん。追いかける」

「追いかける? あいつらはまだ逃げてないけど」

「1人が私たちに気づく。お金はバッグに詰め終えた。強盗はコンビニ前の車で逃げる」


 千代里がそう言った直後である。強盗幽霊の1人はバッグを持ちレジ前を離れ、もう1人はこちらに視線を向けながら、外にとめられた車に向かって走り出している。まさに千代里の言った通りの展開。

 コンビニ前にとめられていたハッチバック車が、強盗幽霊の車であったなど、生人は気がつきもしなかった。しかし、千代里にとっては知っていたこと。強盗幽霊が車に乗り込みエンジンをかけると、千代里は迷わずハンドルを握った。


「掴まって」


 小さな声の忠告。これがどれだけ重要なものだったのか、生人は数秒後に思い知ることになる。


 強盗幽霊は千代里の存在に気づいている。だから当然、車に乗った理由は現場を去ることだけでなく、千代里から逃げるためでもある。故に、強盗幽霊は車のエンジンを全開にし、雨に濡れた路面にタイヤを滑らせながら、急加速した。

 強盗幽霊の車が加速を始めてすぐ、千代里もアクセルを踏み込み、エンジンをうならせる。夜の街に轟くエンジンの重低音と、その加速は、強盗幽霊の車とは比べ物にならない。強盗の車が一歩先に加速したにもかかわらず、距離は縮まるばかりだ。


 人も車も少ない時間であるのをいいことに、強盗幽霊は一般道で車を飛ばす。幽霊が運転する車が逃亡中とは、変わったホラーもあったものだ。それを追う千代里もまた、スポーツカーのパワーを遺憾なく発揮させた。

 普段とはありえない早さで、景色が変わっていく。狭い一般道で、猛スピードを出しながら、他の車とすれ違い、あるいは追い抜くのは、非常に怖い。助手席に座る生人は生きた心地がしない。幽霊なのに、生きた心地がしない。


 強盗の車は、交差点をスリップ寸前で左折した。同じ交差点を左折するため、千代里は車をドリフトさせる。


「ああ! ああああ!」


 シートに押し付けられ、遠心力によって大きく振られる生人の、恐怖による絶叫。対して千代里は、表情を変えず冷静に、自然と運転を続けていた。


 高架下を抜けると、目の前に駅前広場のロータリーが広がる。よく見ると、ロータリーの中心に5人の人影があった。カメラマンやマイク、照明を向けられ、御幣を振り回す和服姿の老人。龍造寺が、ロータリーの中心で除霊作業をしていたのだ。

 誰が何をしていようと、強盗には関係ない。強盗は車をロータリーに走らせ、彼らを追う千代里の車も、ロータリーに突入した。


 強盗の車はロータリーを周り続け、そのため千代里の車もロータリーを周り続ける。同じ場所をぐるぐると回りながら、追って追われる2台の車。

 ロータリーの真ん中では、龍造寺が何食わぬ顔で除霊作業を続けている。ロータリーを回る車の1台は幽霊が運転している、という事実には気づいていない様子だ。


 夜の駅前。ロータリーを2台の車が周り続け、その真ん中で――自称――霊能者が除霊作業を続ける。獣のようなエンジン音と、タイヤが鳴らす甲高いスキール音、そして龍造寺の大げさな呪文が混ざり合う。カオス世界だ。

 

「キリがない」


 突如そう呟いた千代里は、ブレーキを踏み、ハンドルを一気に切り、さらにハンドブレーキを引き、車を180度回転させた。

 一瞬にして逆方向を向いた千代里の車。このままでは強盗の車と正面衝突だ。それでも千代里は、アクセルを踏んだ。チキンレースでもしようというのか。


「危ない危ない! ぶつかる!!」


 真顔の千代里とは違い、強盗幽霊の車のヘッドライトに照らされ、目を瞑った生人。幽霊なのに、もう死ぬんだと覚悟した。

 だが、けたたましいスキール音と同時に、まぶたの向こうの光が薄まる。ゆっくりと目を開けた生人の視線には、間一髪で衝突を回避した強盗の車の側面が。強盗幽霊たちも千代里の行動に度肝を抜かれ、唖然としている。


 少しの間、2台の車は動きをとめ、龍造寺の除霊の呪文が辺りをこだましていた。

 事態が再び動き出したのは、千代里が懐から拳銃を取り出した時である。強盗幽霊は正気を取り戻し、車を急発進させ、商店街のアーケードに突入したのだ。千代里も強盗を追うため、エンジン音を商店街に轟かせた。龍造寺の呪文は遠ざかる。

 

 今までよりもさらに狭い商店街でのカーチェイス。しかも、人も多い。生人は不安を口にした。


「おいおい! 人が多いぞ! 大丈夫なのか!?」

「みんな幽霊だから、轢いても大丈夫」


 いつもの無表情と小さな声でそう言い放った千代里。生人は思う。千代里は大人しさとは裏腹に、クレイジーなのだと。

 

 強盗幽霊の車は、商店街の通路に置かれたダンボールなどに構うことなく、それらを跳ね除けながら走る。そのため千代里の車にも、様々な物が降ってきた。

 中でも生人が一番驚いたのは、強盗の車が撥ねた幽霊だ。撥ねられた幽霊は、宙を舞い、千代里の車のボンネットに落ちてきた。幽霊の姿を確認すると、似合わぬパンクファッションに身を包んだ、サル顔の男。帽子は脱げ、落武者ヘアーがあらわになっている。


「の、野川さ――」

「邪魔」


 冷たい一言。千代里は角を曲がる際、ボンネットに乗っかった幽霊を払い落とした。知っている幽霊だったが、生人も見なかったことにする。


 強盗幽霊と千代里の追いかけっこ・・・・・・は商店街を飛び出し、住宅街に舞台を移す。車2台がすれ違うだけでも一苦労の狭い道。強盗幽霊は道を曲がるたびに車をぶつけるが、千代里は巧みなハンドルさばきで、かすることなく狭い道を攻略していく。

 さすがはニューマッスルカー。強盗の車との距離が離れることなく、常に真後ろを取り続けた。強盗の乗るハッチバック車とは馬力が違うのだ。


 どれだけ逃げたところで、強盗幽霊たちは千代里から逃れられない。その恐怖が、彼らを焦らせた。そしてその焦りは、彼らが難易度の高い住宅街を抜け、2車線の一般道に出ようとしたとき、命取りとなる。

   

  一般道に飛び出した強盗幽霊の車は、千代里から逃げたいという一心で、急加速した。だが、彼らの目の前にはトラックが立ちふさがり、強盗幽霊は速度を上げたままハンドルを切る。

 トラックは避けたものの、強盗幽霊の車は歩道に乗り上げ、電柱に衝突した。エンジンを潰されてしまえば、もはや動くことはできない。


「事故った!   今がチャンスだ!」


  歪んだボンネットの隙間から白煙を上げる強盗幽霊の車を見て、生人はそう叫んだ。それでも千代里は車から降りようとしない。

 しばらくして、強盗幽霊の車から2人の強盗幽霊が飛び出し、大きな荷物を持って走り出す。千代里はそんな彼らを、車で追い詰めようとしているのだ。

 

 しかし、強盗幽霊は2人。どちらか片方を追えば、もう片方は逃すことになる。

 その時だった。千代里の車の隣に、生人のよく知る車がとまり、生人のよく知る人が話しかけてきた。


「手伝おう」


 黒部だ。黒部が相談所のワゴン車に乗り、強盗幽霊の逮捕を手伝ってくれるというのだ。

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