カチューシャの少女 二〇一六年六月二十八日
二時を過ぎた頃だろうか、私が遅い昼を食べに入ったファストフード店には、平日であるにも関わらず、相変わらずの賑わいで満たされていた。私のように、リクルートスーツを着た男女もいれば、すっかりスーツに社会人としての威厳が染みついているサラリーマンの姿もあった。スーツの人々を除けば、その客の殆どは、子連れの主婦たちであった。
婦人方は子供達を置いて、世間話に花を咲かせている。他方、子供達はというと、子供向けの玩具のおまけで遊んでいるから、親の長話を待つ退屈しのぎは問題ないようである。
私はいやに塩味の効いたポテトを一つ一つ、摘まんでは機械的に、口の中に運んでいた。私は暫くポテトを食べながら、玩具で遊ぶ子供達を見ていたのである。私が退屈しのぎに見ていた子供達は三人とも女の子であった。
彼女等は、手に持った全体的に桃色のアクセサリーを、身に着けてみたり、三人で交換してみたり、和やかな雰囲気であった。
一人の女の子が、その玩具のカチューシャを着け始めた。真っ直ぐ長く伸びた黒髪は、見た目四、五歳と思える年齢には大人すぎた気品を放っていて、異様な美しさを放っていた。大人の黒髪が、少女のあどけない顔立ちに不釣り合いだからか、見ている此方が落ち着かない心地がする程である。
彼女が着けていた桃色の玩具のカチューシャは、彼女の気品と対照的に、あまりにも粗野であった。ファストフードのおまけの玩具であるから、そこに品を求めること自体が見当違いではあるが、彼女の美しさが辱めを受けているように見えて、どこか神聖冒涜的な、危険な甘美を感じられたのである。
別の一人の女の子が、カチューシャの少女に向かって、かわいいねと褒めてやった。カチューシャの少女は、それを素直に喜ぶこともせず、自身の美貌を否定することもせず、ただただ俯いて、頬を赤らめていただけだった。
私はそれを見て、自分の心の穢れを嘆いた。私は気付かぬ内に歳を取って、美しいものの本来の輝きを、自身の集積された歪んだ価値観を通して、そうあるべきであらぬ姿に変えることでしか、美しさを享受出来ぬ心になってしまったのである。
彼女には、デイジーの花で拵えた、凛々しいカチューシャが断然似合うはずだ。だが、彼女は、プラスチックの桃色のカチューシャで満足している。穢されていると感じることもなく、ありのままの美に感謝し、あろうことか、自分の美しさを恥じてさえいるのである。彼女は穢されてなどいない。寧ろ、カチューシャの本来の美しさを、彼女の内なる美が呼び覚ましているのである。
うっかりしていた。彼女と視線が合ってしまった。私は途端に、彼女の周辺に視線を移した。彼女もたじろいでしまって、ジュースのストローを吸いながら俯いてしまった。
その様子を見た周りの二人の女の子が、手に持った首飾りと耳飾りの玩具を、彼女に着け始めた。彼女は抵抗する様子も見せず、ただただ為されるがままであった。二人の女の子は、やはり彼女の美しさを褒め称えた。顔中に玩具を纏ったカチューシャの少女は、ただただ、頬を赤らめていた。
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