錆色ロボット Reboot
東雲メメ
プロローグ
プロローグ『エアバッグがなければ即死だった』
ドクの葬儀を終えた後、ぼくは無意識のうちにガレージまで足を運んでいた。
一昨日まで、そこは警察が現場検証をする為に黄色いテープをそこら中に張り巡らせていたが、今はそれもなくなっている。その代わりに、ガレージの周辺は“安全第一”という言葉と社名らしきものが書かれた養成幕やバリケードに囲まれていた。
「……っ」
念のため、もう一度あたりを見回す。
深夜だということもあり、人影ひとつ見当たらない。あったのは電柱の隣で闇夜をほんのりと照らしている白い自動販売機だけだ。
依然としてスマートフォンに着信がないということは、どうやら両親に家をこっそり抜け出したことはバレていないようだ。まだ小学6年生のぼくにとって、こういう深夜の外出というのは初めての経験なので、軽く冒険している気分である。
「……よし、行くか」
LEDの懐中電灯を握りしめ、ぼくはオレンジ色のバリケードを飛び越えた。
ドキドキと胸が高鳴っているのを感じながら、ガレージの裏口まで忍び足で近づき、ドアノブに手をかける。鍵は掛かっていなかった。
扉を潜ると、そこには一週間ぶりに訪れたガレージがあった。入口から入ってすぐのところには、本来ならキャンプなどのアウトドアで使われる折りたたみ式アルミテーブルや、学校の体育館にあるようなポピュラーな形のパイプ椅子が、前に来た時と変わらない配置で置かれている。警察の捜査が入ったと聞いていたわりには、そこはいつもと何ら変わりのない通い慣れたガレージだった。
ただ、置かれている物は変わっていなくても、雰囲気はまるで異なっていた。
ぼくはガレージの奥に佇んでいる、全長8メートル程の巨大な人形ロボット達の元へと歩み寄る。経年劣化によりすっかり錆びついてしまった鋼鉄の戦士たちは、天窓から射す月明かりに優しく照らされ、深い眠りについているようだった。
(本当に、こいつらも近いうちに解体されちゃうのか……)
正直、不本意だった。今は亡きドクからしても恐らく同様だっただろう。
しかし、弱冠12歳の自分にはこのガレージや巨大ロボットたちを維持するだけの経済力も、解体を食い止めるだけの権限も持ち合わせていなかった。
せめて自分が収入を得られる歳になるまで待ってほしいとも考えたが、時の流れと共に決して少なくない税の支払いが発生してしまう以上、そんな我が儘が許されるはずもない。もはや、ぼくにとってもドクにとっても、泣き寝入りする以外に選択肢はなかったのだ。
ぼくは何か見えない魔力に導かれるように、横並びに聳え立っているロボットのうち一番左にあるものに近づく。
“ドクトルマシン1号”。文字通り、ドクが一番最初に開発したとされる巨大人形ロボットだ。後に廃止されることになる有人コックピットはこの時点ではまだオミットされておらず、胴体部のハッチが無用心に開いている。
下手に動かしたら危険だという理由から、ドクには搭乗を頑なに禁止されていたが……、
(今日くらい、ドクも許してくれるよな)
そう思い至ったぼくは、さっそく手近にあった脚立はしごを運んでくると、開きっぱなしのコックピットハッチへとよじ登った。人間一人をぎりぎり収められる程度のスペースしかない鉄の棺桶は、平均的な小学校高学年の体型を持つぼくからしても少し窮屈に感じられたが、不思議とその空間は幼き日の母親の腕の中のように心地が良いものだった。
《パイロットの搭乗を確認。ハッチを閉鎖します》
「えっ……! なに……!?」
突然、低い男性のような合成音声が聞こえたかと思えば、こちらの意思とは無関係にコックピットハッチが閉じられ、ぼくは完全に閉じ込められてしまった。
一切の光を遮断され、暗闇に包まれたコックピットの中でぼくは言いようのない恐怖感や不安感に襲われたが、少し経って緑色のランプが小さく光りだしたことに気づく。
何かのスイッチだろうか。ぼくはおもむろにそれを押した。
《よう、
「この声、ドク……! ねぇ、ドクなの……っ!?」
《お前さんがこれを聞いている時、わしはもうこの世には居ないじゃろう》
ぼくの問いかけに意も介さず、ドクは続ける。そこでぼくはようやく、このドクの声が音声記録であることに気づいた。
《さて、光子郎。少し真面目な話でもしようかのう》
(こんなところでまで説教かよ……!?)
事あるごとに、ドクは『真面目な話をしよう』と言って長い説教を切り出すのが恒例だった。どうやらそれは、死後であっても変わらないらしい。
《いいか、光子郎。人の一生というのは、何もしなければ長く感じられるが、何かを成し遂げるにはあまりにも短い時間じゃ》
いつもは欠伸でもしながら適当に聞き流していたぼくも、今回ばかりは真剣にドクの話を聞いていた。
《だからこそ、人は次代を育むのじゃ。一人の人間が、一生を賭けて培った知恵や技術を、次の世代へと繋いでいく。その連続で、歴史は築かれていくんじゃよ》
考えてみれば、それは至極当たり前のことで、しかし凄いことでもあった。
今は当たり前のように普及しているインターネットやスマートフォンも、そもそもエジソンが電気を利用する方法を発見していなければ成り立たなかったように、技術の進歩というものは世代間の継承により成り立っているのだ。
《わしはそれを“バトン”と呼んでおる。一人が長い人生を走り切って手に入れた知恵や技術のバトンを、次の走者へと渡し、リレーのように繋いでいくのじゃな》
そこでじゃ。と、ドクは一拍おいて続ける。
《わしからお前に、この“バトン”を託したい》
ドクの深妙な声と共に、目の前のコンソールから謎の黒い物体が這い出てきた。暗がりでよく見えないが、形は立方体らしかった。
《人生を走り切ったわしの努力と英知の結晶を、お前さんに受け取ってほしい》
ドクに言われるがまま、ぼくは差し出された物体を手に取る。触感から、どうやらこれは外付け用のHDDのようだ。
《その中には、わしが生涯を賭けても、遂に完成に至らなかった“未完成品”が入っておる。お前さんがいつか大人になって、これを完成させてくれる日を、わしは心から楽しみにしている》
語るドクの声音は、それはとても優しいものだった。近所でも有数の頑固者として名の通っていたドクのこんな声をぼくは今まで聞いたことがなかったが、だからこそ、このドクの願いは本心からなのだろうとわかった。
《少しばかり長くなってしまったが、話はこれで終わりじゃ。じゃあな、光子郎。ドミニカにもよろしく伝えておいてくれ》
そこで音声記録は途切れ、再びコックピットハッチが開かれた。
頭上の天窓から差し込む月の光が、腕の中でに抱え込んでいるHDDを青白い色で包み込んでいた。
「これがドクの“バトン”……。ドクの人生の結晶……」
考えようによっては、ひどく押し付けがましい話である。ドクという老人は、わざわざ自分の研究が詰まったデータメモリをあらかじめ用意しておいて、あたかも光子郎がドクトルマシン1号に乗り込むのを予期していたかのように、コックピット内にこれを隠していたのだ。
しかし、少なくともこれを受け取った光子郎は、不思議と悪い気はしなかった。曖昧だった将来のヴィジョンが、ゆっくりとだが固まり始めているのを感じた。
「見ててよ、ドク。ぼくはドクと同じくらい……いや、ドクよりももっと凄くてカッコいいロボットを作ってみせるからさ」
感情が昂ぶる。胸が踊る、血が騒ぐ。
ぼくはその時はじめて、熱血という言葉の意味が解った気がした。
*
「システム起動。油圧駆動、各部サーボモータ良好。
《クンはいらない! コンパイル開始……完了。今そっちに新しい制御パラメータを送った!》
「よし、システムオールグリーン。“YGT-01”、熱血発進!!」
サウナのように蒸し暑いコックピット内で、俺は暑さにも負けじと足元のフットペダルを力一杯に漕ぎ始めた。身体中から滝のように汗が溢れ出るが、そんなことも気にならないくらいに、今の俺は血が滾っていた。
元々は自転車用のパーツだったペダルを必死に漕ぐ俺の脚に同調するように、全長約6メートルもあるオレンジ色の巨人が、その巨大な脚を一歩、また一歩と運んでいく。
(3歩、4歩……! よし、いける! あと一歩で平地の歩行記録を更新——ッ!)
《っ! 左脚部6番が緊急停止! きっと過負荷だ!》
「えぇっ!? ちょ、まぁぁぁっ!!?」
踏み下ろす寸前だった巨人の軸足が挫け、重心が大きくバランスを崩す。片足立ちのまま両の手を白鳥のようにバタバタと振る“YGT-01”だったが、当然それで飛び立つはずもなく、四肢を持った巨体はそのまま前方へバタンと倒れ込んだ。
《おい、光子郎! 無事かよ!? 結構モロにぶっ倒れたぞ!?》
これまでデスクトップPCで機体のステータスを逐一確認していた鉄也が、慌ててうつ伏せのまま沈黙している巨人の側まで駆け寄ってくる。鉄也は胴体部の側面に備え付けられたバルブを慣れた手つきで捻り、コックピットのハッチを開け放つ。
「エ、エアバッグがなければ即死だった……」
中にいた搭乗者……もとい俺は、白い空気の袋に顔を埋めながら、右手で力ないサムズアップを作ってみせた。
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