邂逅編

第1話『浅草にようこそ!』

 浅草。吾妻橋あづまばしの架かっている隅田川沿いのとある一角に、俺たち巨大人型ロボット開発研究サークル『通称:我島重工がとうじゅうこう』の活動拠点であるガレージ……もとい、プレハブ小屋は存在する。橋を挟んで東側を向けば東京スカイツリーをシンボルとして掲げた墨田区の街並みが一望でき、西側を向けば浅草のレトロな下町が広がっている。そんな、近未来と江戸時代の伝統が混在しているような場所だ。

 自慢じゃないが、俺は結構この場所を気に入っている。川辺に吹く風は気持ちいいし、食べ歩きできる店が沢山あるのもポイントの一つだ。

 しかし、いくら川風が涼しくても、クーラーの設置されていないガレージというものは、さすがに暑過ぎる。


《さあて、今週も始まりました『下町レイディオ』。パーソナリティは私こと“ブックマークsiorinしおりん”がお送り致します♪》


 夏の茹だるような熱気に包まれたプレハブ小屋に、ボロい扇風機が起こす心もとない風と、風鈴のように透き通った声がほのかに流れている。

 俺、向井光子郎むかい こうしろうは折りたたみ式のキャンプテーブルの上に置かれた“正午の紅茶 レモンティー”のペットボトルを掴むと、豪快にそれを喉奥へと流し込んだ。少し緩くなっていたものの、レモンティーの程良い甘味と酸味が、頭脳及び肉体労働後の身体を癒してくれた。もしこの世界がRPGの世界かなにかだったら、きっとこの神聖なる黄金色の飲料水こそがポーションの役割を担ってくれているに違いない。


「グビ……グビ……プハァーっ! やっぱり熱血労働後の正午ティーは格別だぜっ!」

「買い溜めするほど好きなのはいいけどさァー。それだけで小さな冷蔵庫圧迫するのはさすがにやめねえか? せめてもう一回り大きい冷蔵庫にするとかさぁ」


 パイプ椅子に腰掛けながら、インターネットラジオをデスクトップPCのスピーカーから垂れ流しにしている古賀鉄也こが てつやは、メガネの手入れをしながら不満げに訴えた。アフロ一歩手前のボリュームのある無造作な髪型が特徴である彼は、この『我島重工』の頼れる制御系担当だ。常にヘッドホンを首にかけているが、これは本人曰く“ファション的なこだわり”があるらしい。


「ハッハッハ。鉄也クン、お前も知っているはずだぜ! この『我島重工』が抱える問題を……ッ! そう、俺達は今、悪の秘密結社に莫大な金銭の支払いを要求されていて……!」

「クンはいらないって。要するに今月の電気代がヤバイってんだろ? 秘密結社じゃなくて電気会社だし」

「よくわかってるじゃあないか! ハッハッハ……ハハ……」


 はぁ……。と、男二人は肩を落とし、深いため息を吐いた。


《……今日特集するのは、浅草に店を構えるラーメン屋さん“海堂家かいどうや”ですっ♪ 今では体育会系マッチョな店主さんですが、実は昔はインテリ系だったらしく……》

「はぁ。いつ聴いてもsiorinしおりんの声は癒されるなぁ……」

「んん〜。そうか?」


 ラジオを聴いてうっとりとしている鉄也を見ていると、さすがの俺も呆れてしまう。彼の表情はまさにアイドルの追っかけといった人種と同質のものだ。

 今流れている『下町レイディオ』は、某大型ラジオ配信サービスサイトにて公開されている、地域密着型のインターネットラジオだ。何よりも特筆すべきなのがパーソナリティの“ブックマークsiorin”なる人物であり、その物腰の柔らかい人柄とそよ風のように優しい声音、そして話し相手の魅力を引き出すトークが好評を博している。鉄也曰く、ナントカという女性声優に声がそっくりらしい。また、アマチュア故に顔写真こそ公表していないものの、きっとお姉さん系の美人に違いないというのも、鉄也の談だ。


「うへへ……siorinマジ天使」

「鉄也クン、お前ってやつは……! 漢なら潔く、三次元が二次元か、どっちかに絞れないのか!?」

「そんなの子供に『カレーと寿司、どっちが好き?』って言ってるようなもんだろ。選べるわけがないって。てか、光子郎だってアニオタなんだから人のこといえないだろー?」

「違ァう! 俺は熱血ロボットアニメ専門だ! 肌色多めのあざとい女などに興味はないのだぜ!」


 確かに、俺も鉄也も広義的に言えば、いわゆる“アニメオタク”という人種に分類されるが、その性質は全く異なる。鉄也はやや美少女系の寄りの雑食で、俺はロボットの活躍するモノにのみやたらと詳しい、盲目的なロボオタクなのだ。


「まっ、二人揃って彼女がいない時点で、大差ないっつーの」

「それを言われると返す言葉もないぜ……おっと、もうこんな時間か」


 プレハブの壁に掛けられた針時計は、午前11時くらいを示していた。時刻を確認するなり、俺はテーブルに置かれた鞄を手に取って、パイプ椅子から立ち上がった。


「どっか行くん? 昼飯にはまだ早えと思うケド」

「ちょっくら墓参りに行ってくるぜ。お前も来るか?」


 俺が言うと、鉄也もようやく合点がいったようだ。


「ああ、そういえば今日だったっけか」


 そう。忘れもしない。

 7年前の7月27日は、ドクこと我島十蔵がこの世から去った日だった。

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