第2話『人型ロボットなんてナンセンスよ!』
ドク。本名は
俺の実家がある町では屁理屈頑固おやじとして悪名高かった自称発明家だ。彼は町内の一角に自らのガレージを構え、日夜珍妙な機械の開発や研究に明け暮れていたものである。そんなドクの研究において代名詞ともいえる存在が、巨大人型ロボットだった。
日本では古くから漫画やアニメーションの世界で活躍し、多くの少年たちの心を熱くさせた巨大人型ロボット。そんな空想の産物を、ドクはなんと現実の世界で開発してしまおうとしていたのだ。
しかし、彼を含めた多くのロボット開発者たちは、研究を進めていくにつれ、様々な問題にぶち当たった。搭乗者の安全性確保の困難さ、燃費の劣悪さ、人型である必然性の無さなど、挙げようとすればキリがない。要するに、空想世界での人型ロボットに憧れた研究者たちが、現実にて研究を進めていけば進めていくほど、『人型ロボットは非現実的なもの』という事実が浮き彫りになっていってしまったのだ。ドク曰く、『この上ない皮肉』とのことだった。
そして、生涯の殆どを人型ロボットの研究に費やしていたドクも、遂に大きな功績を残すこともできないまま、7年前に眠るように息を引き取った。
彼の最期を看取った俺は、今でも当時交わした会話を鮮明に覚えている。今のように俺がロボットアニメに熱意を注いでいるのも、ドクの影響がかなり大きいといえるだろう。たとえ近所の住民達からは厄介者扱いされていた彼も、俺にとっては当時も今でも、相変わらず生き方を示してくれたヒーローなのだ。言うまでもないが、『
だからこそ、7年経った今でも、毎年命日になればこうして墓参りに来ているのだ。
「ん? 誰かいるのか……?」
ドクの眠っている墓石の前に、一つの小さな人影があった。
それは喪服に身を包んだ少女だった。背丈は低く、歳は19歳の俺より1つか2つ下くらいだろうか。粉雪を彷彿とさせる白い肌や、ぱっちりとした二重の奥に煌る赤茶色の瞳、頭のキャスケット帽から伸びるさらさらとしたブロンドの長い髪などを見る限り、もしかすると……いや、もしかしなくても外国人である。
彼女は白百合の花束を墓石の前に供えると、合掌したまま黙祷を捧げていた。よく見ると、彼女の足元には水が一杯に入った手桶が置かれており、墓石も綺麗になっていた。彼女が掃除してくれていたのだろうか。ご丁寧に、雑草まできちんと抜かれている。
「光子郎、知り合い?」
隣にいる鉄也が耳打ちしてきた。
「いや、そういうわけではないが……」
ドクの墓参りに来ているということは、少なくとも彼にとって近しい者であることは確かだろう。しかし、ドクの知人にあのような白人の少女が居たとは到底考え難い。
あの少女は一体何者だろう? そんなことを考えていると、俺と鉄也の視線に気づいたのか、彼女がこちらの方に振り向いた。
「あなた方も、お墓参りですか?」
彼女はそう問いかけてきた。それも流暢な日本語で。
てっきり英語か何かを繰り出されると思って勝手に身構えていた俺は、つい肩透かしを食らってしまった気分になった。
「え、ええ。あなたはドク……十蔵さんとは、どういった間柄で?」
急に外国人の少女に話しかけられたことに対しての緊張で若干言い淀みつつも、俺は反射的にそんなことを聞いていた。すると、彼女は何気なく答えてくれた。
「我島十蔵は、私の祖父です。今日は七回忌なので……」
ああ、そうですか。つまりこのブロンド髪の白人少女は、ドクの孫娘ということか。そっかそっか。彼女も今では随分立派に成長して……うん?
「ま、孫娘だとォ〜ッ!?」
「わっ!? いきなり何よ!」
唐突に大声を上げたことにびっくりしている少女だったが、俺はそんなことも気にならないくらいに衝撃を受けていた。
ドクに孫娘がいた。それはいい。問題は、その孫娘がどこからどう見ても外国人の少女だということだ。そうえいば、ある時ドクが『わしの大切な娘を奪っていったロシアン野郎、絶対に許さんわい!』と怒鳴り散らしていた気がする。
「ほ、本当に、ドクの孫なのか!?」
「ちょっ、痛……! 急に掴まないでよ!」
言われ、俺は無意識のうちに彼女の小さな肩を掴んでいたことに気付き、手を慌てて離す。
「何なのよ、もう。私は正真正銘、我島十蔵の孫の、
彼女は憤慨しつつも、自分の顔写真の載ったパスポートを提示してきた。使われている文字は日本語でも英語でもなかったが、氏名欄には『
「我島ドミニカ……。すると、出身はドミニカ共和国か……?」
「名前だけで勝手に国籍まで決めないでくれる? ロシア人の父と日本人の母を持つハーフよ。ドミニカ共和国とは縁も所縁もないわ。てか、ロシア語読めないの?」
「んなこと言ったって……、一般的な日本人はフツー読めないぜ!? なあ、鉄也クン」
「俺に振るのかよ! まあ、事実だけどさぁ」
「というわけだ。わかったかロシアン少女」
「なんで威張ってるのか全くもって理解できないのだけど……。てか、あなたたちこそ一体何者なのよ?」
ドミニカと名乗った少女はこちらを怪訝の眼差しで睨んできた。完全に不審者扱いである。
「ああ、俺は古賀鉄也って言います。で、このウルサイのが光子郎」
「如何にも! この俺こそがドクの魂を継ぐ者にして、巨大人型ロボット開発研究所『我島重工』の偉大なる熱血所長。
「うわぁ、時代錯誤なくらいに暑苦しい挨拶……って、今なんて?」
「向井光子郎だ」
「その前! 聞き間違えじゃなければ、人型ロボット研究所だとか、『我島重工』って」
「? ああ、確かに俺は『我島重工』の所長だが……?」
すると彼女は突然、俺の着ている鮮やかなオレンジ色のポロシャツの袖に掴みかかってきたかと思えば、血相を変えて問い詰めてきた。
「活動場所は!? 規模はどれくらい!? 人員数は……!?」
「おわっ……!? い、一旦落ち着けって!」
今にも摂って食いそうな勢いの彼女を俺は何とか制すると、ドミニカはようやく我に返って袖を掴んでいたその小さな拳を解いた。
「ご、御免なさい。つい頭に血が上って……。こう見えても私、ロシアでは戦車の設計に携わっている者でして」
「センシャ……?」
今、この娘はセンシャと言ったか? センシャというのはあの装甲戦闘車両で間違いないよな?
いや、さすがにありえなさ過ぎる。目の前の華奢な少女とあの泥臭い戦車がまるで結び付かない。鉄也が観ていたアニメにそういうモノがあった気もするが、あれはあくまでフィクションの中での話である。戦車道などという武道が現実に存在するはずはない。
「ご存知ないですか? ミンチメル社の
具体名を言われても、その手の分野に疎い俺はピンともこなかったが、隣に居た鉄也は大きく驚いていた。
「TX-V!? マジかよ!」
「鉄也クン。知ってるのか?」
「知ってるもなにも、つい此間ロールアウトされたばかりの車種だぞ!?まだ20台程度しか配備されてない、軍の超最新鋭機!」
「よくわからん。ガ◯ダムに例えてくれ」
「ガ◯ダムだったら……、そりゃもう◯91だね。従来型とは一線を画してる」
「なん……だと……? いやいや、そんな話信じられるか! でっち上げに決まっているぜ!」
「話の通じない人ね。嘘だと思うんならググってみれば?」
「上等ォッ!」
俺はすぐさまジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで検索にかける。某王手検索エンジンの技術力がなせる技なのか、1秒も経たないうちに画面には10万件以上の該当ページが摘出された。試しに上から2、3ページを開いてみたが、なんとどのサイトにも屈強なシルエットの戦車の画像が表示されると共に、『設計主任:我島ドミニカ』と記載されているではないか。
「ほ、本当に、お前のようなロシアンロリータが、戦車の設計者だっていうのか……?」
「誰がロシアンロリータよ。さっきからそう言っているでしょう。物分かりの悪い人ですね」
「で、それで? なんで戦車の設計主任様が、人型ロボットや『我島重工』って単語に反応したんだ?」
「それは……、その……。べ、別に深い理由はないわよ! ただ、お爺様の研究テーマに少し興味があっただけなんだからっ!」
「なんで少しキレ気味……?」
何故かドミニカは露骨に不機嫌な表情を見せた。わけがわからない。
「まあ、掴みかかった件については、俺もさっき同じような事をしちまったからチャラにしておくとして……。俺たち『我島重工』の拠点は吾妻橋近くのプレハブ小屋。メンバーは俺と鉄也クンの2人だけだ」
「一応、誤解のないように補足しておくと、『我島重工』ってのもただのサークル名ですからね?」
「サークル……プレハブ小屋……? 何だ、そういう事か……」
俺と鉄也に説明を受けたドミニカは、まるで拍子抜けだと言わんばかりに肩を大きく落とした。
「てっきり、お爺様の研究が今も存続しているのかと思ったけれど。何だ、ただの学生のお遊びサークルか」
落胆するドミニカの口から何気なく放たれた台詞に、俺の頭は雷に撃たれたような衝撃を受けた。平たく言えば、カチンときた。
「なっ、お遊びとは何だお遊びとは!」
「だってそれ以外の何物でもないじゃない。おまけにパチモンのレッテルも付けておくわ。『我島』の名前まで勝手に使ってるし、訴えてやろうかしら」
「こ、こんの小娘めが……ッ!」
こちとら自分の主催しているサークル『我島重工』に並々ならぬ誇りを抱いているのだ。それを歳下の少女にお遊びの一言で片付けられてしまっているのを容易く容認できるほど、俺は慈愛の心に満ち溢れちゃいなかった。
「おっ、おのれに、人型ロボットの一体何がわかるっていうのだッ!」
「少なくともあんたよりは理解が深いわよ。人型ロボットが現実的には実現性も実用性もないってこともね」
「なっ……!」
悔しいがそれは事実だ。巨大人型ロボットというものを現実的に開発するのが困難だということは、俺も日頃から痛感していることだ。
「この際だからハッキリ言うけどね、巨大人型ロボットなんてのは、実にナンセンスよ!」
「お前……! その言葉は、お前の大好きだった祖父への侮辱に繋がるぞ!?」
「誰がいつ好きだなんて言った!? 寧ろ、大っ嫌いよ!」
ドミニカは声を荒げて続ける。
「お爺様だって、時代を揺るがす程の頭脳も実力も持っていたのにも関わらず、人型ロボットの開発なんていう何の功績にもならない研究に人生を費やしてしまったが為に、名を世間に轟かせることもないまま死んでいった、馬鹿な人よ!ロマンなんかに足をすくわれて……!」
「ロマンなくしてロボットが作れるかッ!!」
俺の本心からの叫びを聞いて、ドミニカは一瞬だけ目を丸くしていたが、すぐに平然とした態度を取り戻す。
「はぁ、なるほどね。つまりあんたも馬鹿ってワケ?」
「俺はドク……つまり、我島十蔵の正統なる後継者だ! そこまで言うのならそのぱっちりお目々で確かめてみるといいぜッ! 俺たちの研究が紛い物かどうかを!」
「後継者……? フン、まあいいわ。その研究とやらが、学生のお遊びレベルでないことを期待するわ」
「おまっ……! 一体何様のつもりだよ……!?」
「プロの設計主任様ですがなにか?アマチュアさん」
「こいつ……! プロを鼻に掛けやがって……!」
睨み合う俺とドミニカ。その姿はまるで龍と虎の如し。あるいはハブとマングースか。
とにかく、俺はこの少女がとても気に入らなかった。
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