第3話『妥協してロマンが得られるか!』
かくして、俺と鉄也は一先ずドクの墓前で冥福を祈り終えた後、ドクの孫娘にしてロシアの戦車設計者である我島ドミニカを連れてガレージへと戻った。
プレハブ小屋に着くなり、やはり悪態をつき始めたドミニカをなんとか黙らせてやろうと、俺は彼女の目の前で、我が『我島重工』が誇る巨大人型有人式二足歩行ロボット“YGT-01”を実際に操縦して見せた。
……結果から言うと、“YGT-01”は5歩目を踏み込もうとした瞬間に、駆動系のトラブルを起こし、見事にズッコケてしまった。当然ながら、倒れた時の衝撃は胸部のコックピット内にいた俺にも直に伝わり、操縦席に頭を強くぶつけてしまった。今回は軽くたんこぶが出来る程度の怪我だったから良かったが、一歩間違えれば脳震盪などの重症となっていたかもしれない。
「まあ、学生レベルだと言ったことについては謝罪します。ごめんなさい」
パイプ椅子に腰掛け、氷の入ったビニール袋を額に当てていると、ドミニカが何時になくしおらしい様子で頭を下げてきた。
「へへっ。俺たちの技術力も、なかなかのもんだろ?」
「ええ。学生に毛が生えた程度のレベルだけど」
「……」
前言撤回。彼女は依然として生意気なままだった。全く、一体どのような教育をしたらこんな毒しか吐けないような嫌味ったらしい子供になるのか。親の顔が見たいものである。
「さて、少し真面目な話をしようかしら」
「なっ……!?」
7年振りに聞いたフレーズに、俺は思わず耳を疑ってしまった。『少し真面目な話をしよう』というのは、ドクが長ったらしい説教を始める時の決まり文句だった。俺は今、先ほどパスポートを見せられた時以上に、目の前にいる少女が本当にドクの血を引いているのだと実感していた。
「まず、あのロボットについてだけれど……」
「“YGT-01”な。ちなみにこれは『我島重工試作1号機』という意味で、まだ正式採用型ではないから意図的にペットネームは外して……」
「はいはい。その“YGT-01”についてだけれど、問題のあった各所を、設計の段階から見直す必要があると思うの」
ドミニカは仰向けのまま力尽きている“YGT-01”の側まで近寄ると、急停止というトラブルを起こした左脚部6番サーボの辺りをポンと叩いた。
「古賀さんも言及していたけれど、5歩目を踏み出す際、軸足となっていた左脚に過負荷が掛かっていたことが、歩行失敗の原因でしょうね」
人間は歩行をする際、無意識の内に重心移動を行う。しかし、機械であるロボットには当然ながらそのような“無意識下での調整”という芸当が出来ないため、モーション設定やセンサーによる誤差の修正でそれを補う必要があるのだ。
例えば、最初の一歩を右脚で踏み出す場合、右足が地面に着くまでの間は左脚一本で全体重を支える事になる。それだけではなく、片足を上げただけでは重心が偏ってしまうため、重心を中心に移動させなければ転倒してしまうのだ。
一歩一歩を慎重に行い、それを連続的に成功させることで、初めて“歩行”と呼べるようになる。人型ロボットを歩かせるというのは、それだけ困難なことなのである。
ロボット工学においては常識ともいえる知識をちゃんとわきまえている辺り、設計主任という肩書きはどうやら伊達ではないようだ。
「で、重心移動を妨げる要因となっているのが、アレ」
ドミニカが指差したのは、“YGT-01”の左肩部だった。鉄製の四角い肩装甲の上には、円筒状の煙突のようなものが伸びている。
「……何なの、アレ?」
「よくぞ聞いてくれたなぁ! あれこそが、我らが“YGT-01”の誇る一撃必殺の武装ッ!! その名も『210mmインパクトBBキャノン』だッ!!」
「……あー」
「ちなみに球速120km/hのバレーボールを10発まで連射できる」
呆れてものも言えないといったように、ドミニカは偏頭痛のするこめかみに手を当てる。
「わざわざ言うまでもないのだけれど……。あれのせいで重心が左に大きく偏ってしまっているわ。外して」
「却下だ」
「即答!?」
彼女の指摘通り、確かに左肩のキャノン砲は歩行の邪魔となってしまっている。しかし、あれだけはどうしても外すことは出来ない。それだけの理由が、俺にはあるのだ。
「豚カツに千切りのキャベツが添えられているように、もしくは目玉焼きに醤油をかけるように……」
「待って。目玉焼きには普通ケチャップよ?」
「いやソースだろ常識的に考えて」
俺の安易な発言により、ドミニカと鉄也の間で、今にも果てのない論争が始まろうとしている。俺は昔から目玉焼きが原因で離婚する夫婦が多いという話を思い出していた。焼き方や調味料の違いで、なぜ人はここまで熱くなってしまうのか。半熟に醤油をかける食べ方が一番美味しいということは明らかだというのに。ベーコンがあると尚よし。
「いや、目玉焼きのことはとりあえず置いといて、だ! ロボットにとってキャノン砲とは必要不可欠の存在なんだ! 外すわけにはいかねぇッ!」
「ロボットを歩かせたいんでしょう? だったらそのくらい妥協しなさいよ」
「妥協してロマンが得られるか!? いいや、得られない! ゆえに俺の辞書には、妥協の二文字は存在しないぜ!」
「……はぁ、ここまで馬鹿だとかえって清々しいわ」
ドミニカはやっと俺の意見を認めた。というよりは、俺を見限ったといったほうが適切なのだが。いくら設計のプロとはいえ、歳下の少女にここまで小馬鹿にされるとさすがに悔しい。
「じゃあ、キャノン砲についてはひとまず保留にしとくとして、アレは何?」
次にドミニカが指差したのは、“YGT-01”の頭部だった。LEDライトを搭載した深紅のモノアイが鈍い光を放ち、人間でいう顎の部分に相当する灰色のマスクが、顔全体にシャープな印象を与えている。
「何って、顔だけど」
「機能は?」
「暗がりを照らすための照明。ちなみに胴体部にもLEDが付いてるぜ」
「じゃあデッドウェイトね。外して」
「ホワイ!?」
ドミニカは人型ロボットの象徴たる部位である顔を、あろうことか必要ないと言い始めたのだ。信じられん。この女、とうとう気でも狂ったのか?
「人型なんだぞ!? 顔がいらないわけないだろう!」
「カメラとかがあるならともかく、余分な機能しかないなら、外すに越したことはないでしょ!?」
「お前まさか……人間に頭は必要ないとでも言うのか……!」
「そんなこと一言も言ってないんですけど!? 人間には必要でも、人型ロボットには必要ないって言ってるの!」
気がつけば、俺は再びドミニカと睨み合い、啀み合いを始めていた。どうやらこの女とは、根本的に相容れない存在であるらしい。
(こんなロマンのロの字もわかっていないような奴が、よりによってドクの孫娘だなんて……ッ!!)
やっぱり俺は、この少女が気に入らなかった。
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