第4話『ばかばっか』
その後も我島ドミニカとの口論は続いた。……正確に言えば、口論と呼ぶにはあまりにも一方的なものではあったが。
次第に熱が入ってきた彼女は、そもそも人型ロボットの実用性がまるで皆無だと言い、存在意義そのものを否定してきたのだ。悔しいが、その事実を突き付けられて俺は具体的な根拠ありきの反論をすることができず、やれ『ロマンだから』だのやれ『燃えるから』だのとアバウトな感情論を返すしかなかった。
そのようにして、俺がドミニカのさらなる指摘に対しての返答に困っていたその時、ガレージ入り口のドアが開いた。ドアチャイムの音と共に現れたのは、赤いランドセルを背負った小さな少女だった。
彼女の名前は
「おおっ、ルキルキ! 今日も来てくれたか!」
「ルキルキって呼ばないでください。……あれ?」
そこで瑠姫はガレージにいる人間がいつもより一人多いことに気づいたのか、金髪の少女を見るなり頭上に“ハテナ”を浮かべていた。
「こんにちは。えっと、ルキちゃん……でいいのかしら? 私は我島ドミニカ。よろしくね」
「……はい、どうも」
瑠姫は軽く会釈をすると、そそくさと俺の後ろに隠れてしまった。瑠姫はどうやら人とのコミュニケーションがかなり苦手らしく、特に初対面の相手とは挨拶すらロクに交わすことが出来ないほどだ。
仕方ないので、ここは俺が代わりに瑠姫を紹介することにした。
「この子は熊宮瑠姫。見ての通り口数は少ないけど、決して悪気があるわけじゃない。そして、こう見えても我が『我島重工』の立派な正規メンバーだ」
「メンバーなの? それってどういう……」
ドミニカが困惑の表情を浮かべる。彼女がそう思ってしまうのも無理はないだろう。
熊宮瑠姫は少し無口ではあるが、いたって平凡な女子小学生だ。当然ながら、そんな普通の小学生である彼女が巨大人型ロボットの開発などに協力できるなどとは到底思えないだろうし、実際できない。
瑠姫が協力してくれているのは、もう一つの研究の方である。
「鉄也クン。アレを使うわ!」
「ええ、良くってよ」
俺の合図に呼応した鉄也は、すぐさま部屋の隅に置いてあるデスクトップPCの前に腰掛け、目で追えないようなタイプスピードでキーボードを叩き始めた。俺と瑠姫も鉄也の背後に回り、じっと画面の様子を見守る。
ただ一人、状況を上手く飲み込めていないドミニカがその場に立ち尽くしていた。
「ちょっと、アレって何よ?」
「お前も見るがいいドミニカ。『我島重工』の誇る、もう一つの財産を……ッ!」
「もう一つの財産? ロボット以外にも研究対象があるってこと?」
促されるがまま、ドミニカもPCのモニターを覗き込む。丁度、“ソレ”が起動した瞬間だった。
《おはようございます。ミナサマ》
「っ!?」
画面に現れた“ソレ”を見るなり、ドミニカは驚きのあまり半歩分後ずさった。モニターに映し出されたのは、一人の少女の姿だ。
エメラルドグリーンの髪と瞳をもち、髪は後頭部のあたりで一つに束ねている。着ているワンピースや頭のカチューシャなどの装飾品は全て混じり気のない白で統一されており、彼女の放つ純粋無垢といった印象に拍車をかけていた。
「もう“こんにちは”の時間だよ。メダ」
《言われてみれば確かにそうですね、ルキサマ。今後、気をつけます》
瑠姫とそんなやり取りをしている画面の少女を見て、ドミニカは口を半開きにしたまま唖然としている。
そろそろ答え合せをしてやってもいいだろう。そう思った俺は、画面上に佇む少女に命令を下す。
「メダ。この状況に困惑している開発主任様に自己紹介をしてやれ」
《わかりました、コウシロウサマ。ワタシは自立型サポートプログラム、“アンドロイド:
メダと呼ばれた少女は流暢とまではいかないものの、それが日本語だとはっきり認識できる程度には滑らかな電子合成音声で名乗った。
「人工知能……? それに、この姿は……?」
《ワタシのカラダ……つまり、この3DCGモデルは、テツヤに作って頂いたものです。声は市販の音声合成用ソフトから拝借しました》
鉄也の数ある特技のうちの一つに、“3DCGモデル”の作成というものがある。そのため、メダの髪の毛の一本一本から足先に至るまで、メダの“姿”の製作を鉄也に一任したのだ。
ちなみに、メダの胸のあたりにある膨らみが小さすぎず大きすぎない程度の大きさに設定されている点については“童貞なりにロマンとリアリティの境界線を模索した結果、絶妙なバランスになったため”だとか語っていたが、女性陣が二人(メダも含めれば三人)もいるこの場では、あえて言及しないことにしておこう。
《差し支えなければ、アナタの名前も教えてもらえないでしょうか?》
「え、ええ。それが礼儀よね。私は我島ドミニカ。ロシア人の父を持つハーフよ」
《すると、昨年発表されたロシア軍新型戦車“TX-V”の設計を担当したことで有名な、あの我島ドミニカサマでしょうか?》
「ええ、そうよ。それにしてもすごいわね。会話の合間にも、瞬時にインターネットに接続して、必要な情報を収集したりもできるんだ」
《お褒めいただき、光栄です》
俺としては寧ろ、短い会話のうちにメダの特性を一瞬で見抜いてしまったドミニカに驚かされていたのだが。さすがにドクの孫娘というだけあって、技術者としての鋭い観察眼は祖父と同等……いや、それ以上なのかもしれない。
「それと。あなたは先程、ルキちゃんに挨拶の間違いを指摘されて、即座にそれを修正していた。このことから察するに、どうやらそれなりの学習能力を備えていると見たわ」
《その通りです。ワタシには会話の内容を記録・分析し、思考ネットワークを再構築する機能……いわゆる“学習機能”が備わっています》
「最後にもう一つ。初対面の相手に対する挨拶は『おはよう』でも『こんにちは』でもなく、『はじめまして』が適切よ。覚えておいてね」
《ご指摘感謝します、ドミニカサマ》
「おお……」
この僅かなやり取りの間に、なんとドミニカはメダの学習能力を把握したばかりか、実践までこなしてしまったではないか。お前のそのスポンジばりの理解力こそ一体何なのだ。
などと俺はドミニカに対するジェラシーに浸っていると、彼女が俺に問いかけてきた。
「このメダっていう人工知能。すごく賢いわね。開発者は誰なの?」
「そ、そんなの『我島重工』の所長であるこの俺に決まっているじゃあないか!」
「別に見栄とか張らなくていいから。こんな頭のいいAIをバカのあんたじゃ作れないってことくらい、猿でもわかるわよ」
「なっ……! おま、バカって言った! 歳上の俺にバカって言ったぁ!」
もはや半泣きになっている俺を無視して、ドミニカは再びメダの方に顔を向ける。
「質問攻めしちゃってゴメンなさいね、メダ。あなたを開発した人物は誰なのかしら?」
《プログラムを書き込んだ人物という意味では、コウシロウサマやテツヤサマも開発者に含まれますが。一番最初にワタシの根幹を成すプログラムを開発したという意味では、“我島十蔵サマ”が開発者に該当します》
「嘘……? お祖父様……?」
十蔵という名前を聞いて、ドミニカは言葉を失っていた。信じられないというよりは、信じたくないといった様子だった。
「メダの言った通りだよ。学習能力の基礎設計を行ったのはドクだ。もっとも、会話パターンや外見デザインを作ったのは俺たち『我島重工』だが……」
「まさか……、お祖父様を殺したのは、あなたなの……?」
俺が補足で説明しているのを、ドミニカの発言が遮った。振り向くと、彼女はもの凄い形相でこちらを睨みつけている。
「……は? お前は何を言って……」
「とぼけたって無駄よ! あなたが祖父様の研究を盗み出したんでしょう!?」
「いや待ってくれ。盗んだってなんだ? それにドクは寿命で死んだんじゃないのか? それをまるで他殺みたいに……」
「しらばっくれないで! そもそも、その“ドク”って呼び方は何なのよ! あなたはお祖父様にとっての何なの!?」
何故だろう。先ほどから一向に会話が噛み合わない。どうやら俺は目の前の少女にありもしない罪を着せられ、一方的に牙を剥かれているみたいだ。彼女は何でこんなに怒っているのだろう。考えてみたが、やはり思い当たる節はない。一先ず、どうにかして彼女を落ち着かせなければ。
「ドクは……我島十蔵は、ガレージの近所に住んでいた俺に、人型ロボットの魅力を教えてくれた人で、俺にとっては大切な恩師だった人だ。それに、ドクが死んだのは7年前だから、俺は当時まだ12歳だぞ。そんなガキが、科学者の研究目当てで人を殺すと思うか?」
「……そうね。あまり現実的な推論ではなかったわ。ゴメンなさい。私、どうかしてたみたい。断片的な情報だけの憶測でものを言ってしまうなんて……」
ようやくドミニカは冷静さを取り戻したかと思えば、今度はひどい自己嫌悪に陥っているようだった。
強情そうに見えて案外脆い一面もあるのだなと俺は思ったが、茶化している場合ではない。それよりも、聞きたいことが山ほどある。
「お前はドクが、あたかも誰かに殺されたかのような言い方をしていたが、あれは一体どういうことだ……?」
「当時、お祖父様の遺体からは、毒物が検出されていたの」
「毒物だって……?」
そういえばドクが死んだあの日、彼の最期を看取っていた俺は、警察から十数時間もの詳しい事情聴取を受けた記憶があるが、あれは俺が容疑者候補として挙がっていたからなのだろうか。当時なんとなく抱いていた疑問が、7年の時を経て解消された瞬間であった。
「警察は『調査の結果、自殺だと思われます』などと遺族に説明していたけれど、私は何者かによる他殺だと思っている。いいえ、きっとそうなんだわ」
「その、他殺を疑う理由は?」
「お祖父様の地下研究室から、一部の研究資料がなくなっていたのよ。荒らされた形跡もあった」
ドミニカの言う通り、確かにドクのガレージには地下研究室なる部屋が存在していた。巨大ロボットだけが目当てでガレージに通っていた当時の俺は、コンピュータや難しそうな本で埋め尽くされた研究室に対してはなんの興味も関心も抱いていなかったため、その研究内容がなんだったのかもよく知らないが。
「こちらからも聞くけど、あなたはお祖父様のプログラムを何処で手に入れたの?」
「……メダの基となったデータは、ドクが俺宛に残してくれたHDDの中に入っていたんだ。それが人工知能のプログラムだと知ったのだって、それから数年後……高校生の時くらいの話だ」
「あなた宛に、お祖父様が……?」
「ああ。添付されていた音声メッセージはこうも言っていた。『わしの“未完成品”をお前が完成させてくれることを楽しみにしている』と」
さすがに一字一句を正確に覚えているわけではないが、ドクは確かにこのようなことを言って、俺に“バトン”を託してくれたはずだ。
「そう……。お祖父様は、やっぱり私じゃなくあなたを選んで……」
「あ?」
小声でブツブツと何かを口籠ったドミニカは、顔を俯かせたまま踵を返す。垂れた前髪の隙間から僅かに覗ける表情は、どこか寂しそうだった。
「お邪魔したわね。そろそろ帰るわ」
「お、おう。そうか」
彼女がそう言うのなら、俺がわざわざそれを引き止める必要はない。そもそも俺とドミニカは、ドクの共通の知人というだけであって、直接の友人というわけでもない。今日たまたま出会っただけの、赤の他人だ。
しかし、このまま彼女との繋がりを手放してしまって、本当に良いのだろうか。
俺はこれまで、ドクの死は寿命によるものだと思っていた。だが彼女は他殺の線を未だに疑っている。
決して彼女の見解を全面的に信用しているわけではないが、何よりも事の真相を知りたいというのが、俺の本心だった。
そんなことを頭で考えている間にも、口が先に動いていた。
「いつ頃まで日本にいるんだ?」
「え? ええっと、8月一杯は日本の家に滞在するつもりよ。どうして?」
『どうして』と言われて、俺はつい言い淀んでしまう。昔読んだ漫画で『動機の言語化は難しい』という格言があったが、あれは確かに的を得ていると思えた。
真っ先に『ドクの死の真相を知るため』という理由が浮かんだが、すぐにそれは動機には成り得ないという事に気付いた。別に彼女自身が真相を握っているわけではないし、仮に2人がかりで調べようとしても、それで真実に辿り着ける術があるとは到底思えないからだ。
であれば、なぜ俺は彼を呼び止めたのだろう。具体的な根拠がないのだから、そうする必要もなかったはずだ。
それでも俺は、何とかして彼女を呼び止めようとした。
そうする必要があると、直感で判断した。
「我島ドミニカ!」
「何?」
「俺と勝負しろ!」
「……はい?」
突拍子もない俺の突然な宣戦布告に、言い渡されたドミニカだけでなく、鉄也も、瑠姫も、もしかしたらメダも、目を丸くしていた。
「お前は確かに言ったよな。『人型ロボットはナンセンス』だと、『実現性も実用性もまるで皆無』だと、『ロボットなんて糞食らえ』だと……ッ!」
「最後のは言った記憶がないのだけど、まぁ、概ねその通りよ」
「ならば、俺はお前の見解が間違いであると証明してみせるまでだ! いいか、よく聞け。俺たち『我島重工』は、8月が終わるまでに顔が付き、キャノン砲を装備した人型ロボットを歩かせ……いや、走らせてみせるぜッ!!」
「なるほど、賭けってわけね。面白いじゃない」
「ちょ、待ってくれよ光子郎! どう考えたって無理だっつうの!」
せっかく勝負を持ちかけて気持ちが昂ぶっていたところを、鉄也が割って入ってきた。
「鉄也クン! こんな小娘を相手に何を怖気付いているのだッ!」
「俺が怖いのはお前だよ! 俺たちの能力不足もあるし、何より期間が短すぎる! 勝つ見込みなんてゼロだ、ゼロ!」
「む? 分の悪い賭けは嫌いじゃないんじゃなかったのか?」
「分の悪い賭けはしない主義だよ、俺は!」
もはや何を言っても鉄也は聞かなそうなので、俺は切り札を行使することにした。彼の肩に手を回し、そして耳元にそっと囁く。
『お前が前に進言してきた“メダのスク水パッチ適用”の件。容認してやる』
『……本気にするぞ?』
『漢に二言はない』
どうにかして、うまく鉄也を丸め込む事に成功した俺は身を翻し、再びドミニカと向き合う。
「待たせたな、こっちの準備は完了した。後はそちらが勝負を受けるか否かだが?」
「その前に一つ聞いていいかしら。この勝負におけるメリットとペナルティは? こちらにも何かしらのリターンがないと、そもそも勝負を受ける理由がないのだけれど」
ドミニカの言っていることは、要は“何を賭けるのか”ということだ。報酬が設定されていなければ、勝負という図式すら成り立たない。もっとも、報酬を設定しないままで不利になるのは俺たち『我島重工』の方であり、ドミニカはそれを踏まえた上で、あえて勝負を平等なものにしようとしているのだ。
張り合いがないとでも言うつもりなのか。舐められたものだ。
「ならばこういうのはどうだ? 『勝った方が負けた方に一つだけ何でも言うことを聞かせる事が出来る』っつうのは」
「一歩間違えればセクハラスレスレの発言ね。まあ、それでいいわよ。どうせ勝つのは私の方なんだし」
「じゃ、決まりだな。後で吠え面かくなよ?」
「弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものね」
互いに視線を交わす俺とドミニカの間に、もはや先ほどまでのような殺伐とした空気は流れていなかった。
……まあ。かといって、別に微笑ましい空気が漂っているわけでもなければ、親密な間柄になったわけでもないのではあるが。
ともかく。これで彼女とも、もう無関係ではないはずだ。
「ばかばっか」
対立する二人を傍観していた瑠姫がそう呟いた。
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