僕の知らない町

おかずー

僕の知らない町

 目の前には、僕の知らない町があった。

 目を瞑ると、そこには闇があった。

 もう一度目を開くと、そこはやっぱり僕の知らない町だった。

 でもきっと、これから僕はこの町のことをたくさん知っていくと思う。



「絶対に海がいい」

「いーや、山の方がいいに決まってる」

 僕と奈緒美なおみはお互い二十六歳で、付き合って今年で三年目になる。まあ、その辺にいるごく一般的な恋人同士である。休みの日には駅で待ち合わせをして、二週間に一度外泊をして、クリスマスにはプレゼント交換する、ごく普通の恋人同士だ。

 だから、今年で三回目になる夏休みの旅行も僕たちの選択肢には海か山しか出てこなくて、さっき旅行代理店でもらってきたパンフレットをスターバックスコーヒーの店内で眺めながら、どっちがいいかを話し合っていた。

「海は冷たくて気持ちいいよ」

「山にはマイナスイオンがたくさんあって気持ちいいよ」

「でも、海の家で食べる焼きそばはおいしいよ」

「でも、山の中で食べるおにぎりだってかなりおいしいよ」

「でもでも、海は広くて大きいんだよ」

 埒があかなかった。

 それでも、僕は今年は海になりそうだと心の中で半ば諦めていた。

 なぜなら、一昨年は和歌山県の白浜というところに行って、去年は長野県の八ヶ岳というところへ行った。つまり、海、山、ときているので、順番的に言っても今年は海だった。

 でも、正直なところ僕は海とかプールとかいった場所が苦手で、それは単に僕自身が水着姿になることが恥ずかしい、また女の子の水着姿を見ることが恥ずかしいといった理由にある。

 だから、できることなら僕は山の方がよかった。

 僕たちはお互いが一歩も引かずに、それぞれ二杯目のコーヒーもほとんど飲み終えそうになっていたその時、彼女が第三の選択肢をあげた。

「それじゃあ、湖に行くってのはどう?」

 それを聞いた時、僕は素直にいい考えだなと思って、そして次の瞬間、僕は思わず息をのんでいた。

 彼女の方に視線をやると、彼女は少し照れくさそうにしながら、それでも真っ直ぐに僕の顔を見ていた。

 僕は言った。

「いいね。今年は湖のある町へ行こう」



「大丈夫?緊張してない?」

 僕は目を瞑って、一度大きく深呼吸をした。

 それから目を開けた。

「大丈夫だよ。心配なのは、お土産がこれで大丈夫かなってことくらい」

 普段は滅多に行くことのない百貨店に出かけ、洋菓子の詰め合わせと日本酒を一本買ってきた。

「大丈夫。お母さんは甘い物が好きだし、お父さんは日本酒が大好きだから」

 彼女が僕に言ってくれた。

 僕たちは今、滋賀県の、ある町にいる。ここは大きな湖がある町で、そして彼女が生まれ育った故郷でもある。

 これから僕たちは彼女の実家に挨拶に行く。

「あ、ごめん。やっぱり嘘ついた。今、めちゃくちゃ緊張してる」

 僕のそんな言葉を聞いて、アハハハ、と彼女は楽しそうに笑った。

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僕の知らない町 おかずー @higk8430

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