第46話 雑草


 「雑草という草はない」というのは、昭和天皇のおことばである。というのは、よく知られた話だ。

 これを「いかなるものも、ひとまとめにして軽く扱ってはならない。どんな存在でもそれぞれが名を持ち、意味や役割を持っている」という内容で紹介しているブログやなんかは多い。

 だがこのエピソード、そういうニュアンスだけで用いると、俺はなんだか違うような気がしてしまうのだ。

 この話。もともと天皇・皇后両陛下が夏休みのために那須の御用邸か下田のどちらかに行っておられる間に、侍従長達がお見苦しいだろうと庭の草を刈った。しかし、刈りきれずに残ってしまったことをお詫びした際に、一際強い口調でこう仰った、ということらしい。

 これが当時の侍従長、入江相政氏の記憶に強烈に残り、著書『宮中侍従物語』でエピソードとして紹介したことで広まった話だ。

 何故、違うような気がするのか?

 それは、じゃあ草なんか刈らずに皇居全体をボーボーにしておけばご満足なさったのか? ということだ。

 仮にそれを陛下がお望みだったとして、それまで毎年草刈りはしていたであろうに、何故その時だけそのよなことを仰ったのだろう?

 現在の皇居は一般人の入れる範囲では、少なくとも雑草などほとんど見当たらないが、もしかすると、それは対国民や諸外国向けのポーズに過ぎず、我々の入れない範囲は、ちゃんとボーボーになっているとでもいうのだろうか? だがそんな話も聞かないし、そもそも陛下がそんなことを望んでおられたとは思えない。

 愚考するに、人手のない中で自分のために一生懸命草刈りをしてくれた侍従長らに「無理するな。そこまでしなくともよい」との思いを込めて仰った、ねぎらいのお言葉だったのではないか。

 もちろん、どんなものにもちゃんと名前があり、それぞれが意味と役割を持っているのだということについて、考えてもおられなかった、というのではない。普段思っておられたからこそのお言葉であり、もし草ボーボーであったとしても、それなりのこととして受け入れる価値観はお持ちだっただろう。

 だが、そのタイミングでそのようなことを仰られたことの真意は、やはり侍従達に対するいたわりであったのだろうと俺は思うのだ。


 とはいえ、俺はこの言葉が割と好きで、たとえ話ではなくストレートにそのままの意味でよく使う。当然、ビオトープの管理上での話だ。


「雑草はどうしたらええんですか?」


「雑草がひどいんで、除草剤まいてもええですか?」


「雑草を刈らせていただいてええですか?」


 こうした問いを、地元の管理者の方からよく投げかけられる。

 ご質問されるのは、たいていお年を召した地元の方であり、草が生えているというのは、ただそれだけで大変な罪悪だという価値観をお持ちの方々である。

 だが、ハッキリ言って、ビオトープでは雑草などという概念自体が意味を持たない。

 ミズアオイにせよミクリにせよアブノメにせよデンジソウにせよヘラオモダカにせよ……結構な種類の植物が、少し前……っつっても数十年前だが……までは『水田雑草』として駆除対象であった。

 それがいまや一転して保護対象。多くが絶滅危惧種に指定であるから、混乱するその気持ちも分からないではない。

 そういう人々に、特定外来生物指定でもされていない限りは、どんなものでも殲滅対象にはならないのだなどと、いくら言っても理解して貰えるわけもない。

 草が生えている状態を、いかなるものであれ『見苦しい』と感じるのならば、ハッキリ言ってビオトープなぞ作らない方が平和かも知れない、とすら思う。

 そして初夏の頃になると、あちこちでエンジン式刈り払い機が唸りを上げ、道端には除草剤で立ち枯れた草が目立つようになるわけで、どうにも憂鬱だ。

 たまに気が向いて、昔作ったビオトープを見に行って、せっかく植えた植物が根こそぎ刈り払われていたりすると、かなりへこむ。

 そもそも俺は、自分の敷地内であろうとどこであろうと、草がいくら生えていても気にならないのだ。

 もちろん草むしりはするが、それは版図を拡大しすぎた連中を間引く意味合いが強く、なにも殲滅しようというのではない。

 だが、勝手に生えてくる連中を、どのように管理したらいいのか、といえばいくつかのグループに分けて管理するとやりやすい。

 たとえば俺はこういう分け方をしている。

 まずスミレ類、カキドオシ、ムラサキサギゴケ、ムラサキケマン、カラスビシャク、ヘビイチゴ、ハナワラビなど、特に選んで残すグループ。

 これはさして増えすぎることもなく、大型にならず見た目も可愛いのでグランドカバーになるからだ。

 次にメヒシバ、エノコログサ、オオバコ、ヒメジョオン、ドクダミなどなどのおとなしめの連中。こいつらは結構タフであるし割と大型になるが、まあ、さほどではないので根までは掘らないで残す。

 だがチガヤ、スギナ、ヨモギ、ススキ、ササなど地下茎で殖えるグループは、どんどん版図を拡大していくので、生えていいエリアを決めてそれ以外の場所に顔を出したら駆除する。

 殖えすぎると厄介なのだが、どれもそれなりに利用価値もあるし、これらにつく昆虫もいる。

 最後にセイタカアワダチソウ、コバンソウ、アレチヌスビトハギ、ミント、ヒメムカシヨモギ、ワルナスビ、ブタナ、ブタクサなどの侵略的外来種グループ。

 こいつらは、外来種であるうえに地下茎などでガンガン殖えて蔓延はびこり、他の植物を追いやってしまうので、どうしても見つけ次第駆除、ということになる。

 面積にもよるが、こうやって種類を把握しておいては、選んで引っこ抜くようにしていけば、一見して草ボーボーでも、それなりに楽しめる野草園となる。

 外来種が影を潜め、カキドオシやオオバコ、ヘビイチゴがグランドカバーになって、他の草が生えにくくなってくれば、なおいい感じになっていく。

 だが、そんな管理は『雑草』などと一括りにしていては到底出来るものではない。

 やはり『雑草などという草はない』精神で、少なくとも自分の敷地内に生えてくる草の種類くらいは全て把握することが必要になるわけだ。

 やり始めると分かるが、小さな庭でも意図せず生えてくる草の種類は一種や二種ではない。多ければ数十種もの植物が観察できる庭もある。

 いちいち草の種類を調べるのは面倒くさいかも知れないが、名前を知っていると、愛着も湧く。

 あの草なら知っている。多少生えていたっていいじゃないか、と思えるようになれば、草ボーボーの庭も少し違った風景に見えてこないだろうか。


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