光る本 -あんたそれ、無駄遣いでしょ-

星井扇子

光る本

 朝、いつもより早く学校に登校した私は、小学生以来の親友が登校してくるのを待っていた。


 「おはよう。『私』」


 親友が登校してきた。


 「今日は寒いね、『親友』」


 すでに季節は冬に差し掛かっている。冬服に変わり、生徒の中にはマフラーをしている人もいる。親友もマフラーをしている。手袋もしている。そこまでは寒くないと思うんだけど……


 「今日は早いね。どうしたの、『親友』?」

 「特に何かあった訳ではないんだけどね」

 「本当に?下駄箱にラブレター入れたとか?」

 「いや、ないない」


 ありえない。私が高校に入ってから一年、片思いすらしていない。

 

 「そっか。『私』にも春が来たのかと思ったよ」

 「ないでしょ」


 私の高校生活の中で同じ学校の人を好きになることはない。断言できる。

 私は親友がカバンから机に教科書を入れているのを眺める。すると、親友が一冊の大きめな本をカバンから取り出した。


 「あれ?『親友』って本読むんだっけ?」


 私の記憶では『親友』は大の読書嫌いだったはず。


 「あ、これ?これは本じゃないのよ」

 「本じゃない?どういうこと?」


 見た目はハードカバーの高そうな本だ。


 「これね、通販で買ったんだ」


 通販で買う本とは此れ如何に。この時代、大半の本は大きな書店に行けば買うことができる。

 

 「本じゃなかったら何なの?それは」

 「ふふふ。見よ!太陽拳」


 『親友』は手に持った大きめな本を私に向けて開く。すると、開かれた本のページたちが光り出したではないか。

 それにしても、太陽拳はない。花も恥じらう女子高生として。


 「ひ、光ってるね」


 私は唖然としながら感想をもらす。


 「でしょう!ネットで見つけたんだ。光る本」

 「光る本とか使い道がわからないんだけど」


 光る本を見た私の感想は「無駄」。明かりが必要なら懐中電灯でも持てばいいと思う。


 「でも、おしゃれじゃない?」

 「光る本が?」


 おしゃれなのだろうか。最近の女の子が考えることはよくわからない。私も最近の女の子だが。


 「おしゃれだよ!ちょこっと空いたカバンの入り口からハードカバーの本が見えるんだよ!」


 なるほど。本なんか読まなそうな『親友』のカバンに厚手の本が入っているというギャップ狙いなのだろう。

 私はそのことを『親友』に聞く。


 「本物の本じゃダメなの?」

 「え?ダ、ダメに決まってんじゃん!本物の本を持ってたら引かれちゃうじゃん!それに、話題になるでしょう?」


 少しどもっていたが、そういうことらしい。とりあえず『親友』は全国の文学少女を敵に回したようだ。

 

 「でも、ただのおしゃれにわざわざ光る本ってどうよ?」

 「手が込んでるでしょう?」


 逆に聞かれてしまった。こういう手の込んだことが好きな人には受けるのかもしれない。


 「おはよう。『私』『親友』」


 『親友』と二人で話していると、『モテ氏』が話しかけてきた。この人はとにかくモテる。いつも誰かが何かと話しかけている。『モテ氏』も宝塚の男役のような仕草で相手をするから人気は爆上げである。それに対応するように、『モテ氏』の取り巻きは、一部で『お付の子達』と言われていたりする。 

 私が挨拶を返すと、『モテ氏』を見た『親友』が挨拶を聞いた。


 「おはよう。『モテ氏』。今日はお付の子がいないんだね」

 「ああ、今日はまだいないな」


 もう少しすれば人が集まってくるのだろう。ひどいときには先生達の指導が入るほどなのだ。時間の問題だろう。


 「それにしても『親友』は本を読むんだね。意外だな」


 『モテ氏』が輝かんばかりの笑顔でそう言った。『親友』の策略も馬鹿にできないのかもしれない。


 「まあね!たまにはいいかなって」

 「なんて本を読んでいるんだい?」


 おお。『親友』の策通りに話が進んでいる。私は黙ってることにする。


 「はい」


 『親友』は『モテ氏』に光る本を渡した。『モテ氏』が本を開くとページたちが光り出す。


 「おお!光ってる!」


 『モテ氏』は興奮気味で光る本をいじる。


 「へぇー。こんな風になってるのか」


 『モテ氏』は光る本の作りを見て感心している。

 私も光る本をよく見てみる。光る本はページの形をした蛇腹の薄いプラスティックの端が表紙に付いていて、開くとページがめくれているように見えるようになっていた。プラスティックでできているためページが折れることはなく表紙を開いて平坦なところに置くと半円上の明かりになった。その様は、『風でページがめくれていく本』の様である。

 

 「おもしろいね。でも、文字が書かれてないけど?」


 『モテ氏』はまだ光る本が本型ライトであることに気づいていないようだ。


 「え、うん。だってそれ本じゃないもん」


 『親友』は『モテ氏』に言った。うん。ギャグの説明とかって結構恥ずかしかったりするよね。


 「え!?そうなのかい?てっきり騙されてしまったよ!」


 『モテ氏』が子供のように笑顔で驚いている。眩しいです。その笑顔を見た『親友』は何やら申し訳なさそうな顔になっている。


 「ちょっとしたジョークだったんだよ。気を悪くしないでね?」

 「しないさ!それにしても面白いね!」


 『モテ氏』は本当にかっこいい奴なのだ。


 「でも、これ本じゃないよね。字が書かれていたらもっとよかったんだけどな」


 『モテ氏』呟いた。


 「そんなら、実際になんか書いてみたら?」


 私は『親友』に言ってみた。


 「えー。やだよー。汚くなるじゃん」

 「じゃあ、付箋とかはどうだい?」


 嫌がる『親友』に『モテ氏』が提案する。


 「それはいいかもね」

 

 私はカバンの中から付箋を取り出して『親友』に渡す。 

 付箋を受け取った『親友』は、何やら書き込んだ後、光る本の表紙に付箋を貼った。


 「表紙じゃ意味ないじゃん」


 私が突っ込む。


 「でも、中には貼りにくいよ」

 「中に貼らないのなら、別に光る本じゃなくてもよくない?」


 私はもう一度突っ込んだ。


 「そっか」


 しぶしぶ納得した『親友』をよそに『モテ氏』が付箋を光る本の中に貼った。


 「これ曲がらないから貼りにくいね」


 『モテ氏』は曲がらないページに苦戦しながら一ページ目の奥に付箋を貼った。


 「なんか病院の診察室にあるシャウカステンみたいだな」


 『モテ氏』が言った。シャウカステンって何だろう。


 「シャウカステンってなに?」

 「レントゲンを見るときに使う白く光る機械のことだよ」


 ああ、お医者さんがレントゲンをしてから「カシャッ」って差し込むやつか。


 「とりあえず使えそうだね。これならなくさないよ」


 私は言ってみた。超使いにくそうではあるが。


 「そうだね。とりあえず使ってみるよ」

 「えっ、使うの?」


 私は驚いて聞き返す。


 「うん。付箋がなくなったりしなさそうだし」


 確かに、ページが曲がらないから付箋がはがれることはないだろうけど。それでいいのか。

 『親友』私から付箋を何枚か貰って何やら書き始めた。見ると、なんかの予定とかのようだ。


 「『モテ氏』せんぱーい!」


 教室のドアから『モテ氏』を呼ぶ声が聞こえる。お付の人が来たようだ。

 『モテ氏』は、カバンを自分の机の上に置いて、教室を出ていった。


 「あいかわらずだね」

 

 その光景を見て、私は呟く。『モテ氏』と同じクラスになってから、毎日見る光景だ。


 その後、先生が来るまで『親友』は付箋になにやら書き込む作業を続けていた。




-------




 放課後、私と『親友』は一緒に電車に乗って座っていた。近くの駅に遊びに行くのだ。ついでに、おやつも。


 「そういえば、今週の休みどうする?」


 今週の休みは、中学の友達と集まることになっているのだ。


 「ああ、ちょっと待って」


 『親友』はそう言って、カバンを漁り出した。予定帳を出すのだろう。そう考えて『親友』の返答を待っていると『親友』は光る本を出した。


 「え?光る本?」

 「うん。授業中に付箋に予定を書いておいたんだ」


 そう言って、取り出した光る本を開く『親友』。

 光る本からは眩い光が溢れ出す。電車の乗客はそれに釣られて光る本を見る。『親友』の隣の女の人なんか目を大きく見開き驚愕の表情をしている。

 それに気づかない『親友』は、予定の書かれた付箋を見ようとしているが、何枚もの付箋が貼られているため目当ての付箋が見つからないようだ。


 「うーん。これじゃない。これでもない」


 『親友』は光る本の曲がらないページに合わせて光る本を傾けて付箋の内容を読み、目当ての付箋を探す。そのため、光の方向があっちこっちに行って既に『親友』は注目の的だ。


 「あ、あった!」


 『親友』は苦戦しつつも目当ての付箋を見つけたようだ。


 「えーっと。今週の週末はねー」


 私に話しかけようとして顔を上げた『親友』の表情が固まる。車内中から注目されているのだ。驚きを通り越して怖さすらあるだろう。


 「え?え?」


 戸惑う『親友』に私は声をかける。


 「とりあえず本閉じたら?」

 「あ……」


 注目の原因に気づいた『親友』は急いで光る本を閉じる。


 「気づいてたなら教えてよ!」


 『親友』が私に言い放つ。


 「ごめんって、気づいたときには手遅れで。それにしても、光る本は本格的に本としての使いようがなくなったね」

 「そうだね」


 今回の件で光る本が目立つことが分かった。本格的に本としての体をなさなくなったようだ。


 光る本をカバンにしまった『親友』が何事もなかったかのように話し始めた。


 「今週末はねー。一応空けt……」

 

 

 

-------




 そんなアクシデントがあった放課後の電車内の出来事も終わり、私たちはいつもの放課後を過ごした。

 途中、ダイエットに使える曲がる箸なんていうのを見つけて買おうとしていたけど止めておいた。光る本の二の舞になるよって言って止めた。

 後日、『親友』が光る本の改良版が出たことを教えてくれた。

 改良版には字が書かれていて、本として読むことができるそうだ。でも、私たちは知っている。光る本は『読めない本』であることを。周囲のことを考えなければ読めるが、日本人には無理だろう。


 空気を読むことが得意な日本人が読めない本とは此れ如何に。

 

 流石の『親友』もこれには引っかからなかったようだ。


 些細な日常、でもこれが私立カクヨム女子高校の日常である。

 


 

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