幼馴染み

圭琴子

幼馴染み

 大輔くんと翔くんが初めて出会ったのは、幼稚園の入園式でした。

 大輔くんは、お母さんとはぐれてしまって、今にも泣きそうです。

「お母さん……お母さーん!」

 大勢の見知らぬ人混みの中、大輔くんは頑張りました。

 溢れ落ちそうになる涙をこらえ、お母さんを探します。

 歩き回る内、いつの間にか体育館を出てしまい、一本の大きな桜の木の下にやってきました。

 そこは体育館のすぐ裏手でしたが、小さな大輔くんには、随分と遠くまで来てしまったように感じます。

「お母さん……ふぇっ……」

 もう入園式は始まっています。

 開け放された体育館の窓からは、園長先生のお話が聞こえていました。

(もうお母さんと会えなかったらどうしよう……)

 そんな考えが頭をよぎって、ついに大輔くんはしゃがみ込んで大粒の涙を溢し始めました。

「ひっく。ひっく……」

 小さな手で拭っても拭っても、涙は次々と溢れてきます。

「お母さぁん……」

「どうしたの?」

 そこへ、凛とした声が降ってきました。

 大輔くんが顔を上げると、自分と同じ歳くらいの男の子が、心配そうに大輔くんの顔を覗き込んでいました。

(大人の人なら良かったのに……)

 ガッカリして、ますます大輔くんは泣き続けました。

 男の子は翔くんといい、大輔くんに話しかけました。

「ねぇ、どうしたの? ほら、これあげるから泣かないで」

 翔くんもしゃがみ、目の前にアーモンドチョコレートが一粒差し出されました。

「はい。あげる」

 でも大輔くんは、知らない人からお菓子を貰ってはいけないと躾られていました。

「……し、知らな、い……ひっく……か、ら……」

 涙でグシャグシャの顔を上げますが、言葉が喉につかえて、上手く話せません。

「待って」

 翔くんは一旦アーモンドチョコレートをしまい、大輔くんと揃いの黄色い通園鞄からティッシュペーパーを取り出すと、それを大輔くんの鼻に当て、

「はい。チーンして」

 と、いつも妹にしてやっているように世話をやきます。

 それから、新しいティッシュペーパーで涙も拭ってあげました。

 ようやく泣き止んだ大輔くんは、翔くんに伝えました。

「知らない人から、お菓子貰っちゃいけないって……」

 すると、翔くんは綺麗に微笑んで立ち上がり、大輔くんに手を差し出しました。

「僕、翔。君は?」

「大輔」

「ほら、これでもう友達だ。知らない人じゃない」

「……うん!」

 大輔くんも翔くんの手を取って立ち上がり、大きなアーモンドチョコレートを一粒、貰って頬張りました。

「美味しい?」

「……甘ーい」

 幸せそうに笑う大輔くんの顔を見て、翔くんは思いました。

(こんなに小さくて可愛いのに、男の子なんだ……)

「翔も、お母さんとはぐれたの?」

「僕? 僕は、退屈だったから、出てきちゃった」

「えっ!」

 大輔くんは驚きました。お母さんと離れても平気だなんて。

「君はお母さんとはぐれたから、泣いてたの?」

 大輔くんの白い頬っぺたが、頭上で満開の桜と同じ色に染まります。

「うん……」

「大丈夫だよ」

 その頬っぺたを見て、翔くんは気付かないふりをして言いました。

「体育館の中に必ずいるから」

 翔くんがまた手を差し出し、大輔くんはそれを握りました。

 二人は連れ立って、体育館に戻って行きました。

「僕のお母さんに、大輔のお母さんを探して貰おう」

「見付かるかな……」

「大丈夫。絶対」

 不安そうに呟く大輔くんに、翔くんは力強く言いました。

「あれ、僕のお母さん」

 しっかり握った手を引っ張って、翔くんは一人のお母さんの側まで行きました。

「まぁ翔、何処に行ってたの。心配したのよ」

 囁くお母さんに、翔くんは小さな声で、でも元気よく紹介します。

「お母さん、大輔だよ。友達になったんだ。お母さんとはぐれちゃったんだって」

「あら、さっそくお友達を作ったのね。大輔くん? 園長先生のお話が終わるまで、一緒に待ちましょうね」

「……」

 ところが、大輔くんはさっきよりももっと顔を紅くして、翔くんの後ろに隠れてしまいました。

 大輔くんは人見知りだったのです。

 ちょっとだけ笑って、翔くんは繋いだ掌に力を込め、またひとつ言いました。

「大丈夫だよ」


*    *    *


「翔、何考えてる?」

 トロリと快感に淀んだ瞳でまどろんでいた翔は、ハッとして睫毛を上げた。

 情事の名残に、その上には涙の粒が光っている。

「ん……夢見てた」

「良い夢か。顔が笑ってたぞ」

 しなやかに筋肉のついた大輔の腕の中で、翔はふふと漏らした。

「大輔って、ちっちゃい頃、可愛かったなぁって…」

 戯れに翔のブラウンがかった前髪に口付けていた大輔は、僅かに苦笑した。

 唇を離し、肩を震わせて笑う翔と、瞳を合わせようと覗き込む。

「またその話か……いい加減、忘れろよ」

「だって……俺、可愛い女の子だと思って声かけたんだもん」

「お前は、ガキの頃はプレイボーイだったな。高校の頃は、女をとっかえひっかえしてた」

 だがその言葉には、翔から抗議が上がる。

「あれは、まだ、君を親友だと思ってたからだよ。自分の気持ちに気付いてなかった……付き合うって言ったって、一緒に帰るだけだったし」

「俺は、告白されても、ちゃんと『好きな奴がいる』って断ってた」

「ごめんってば。君に意地悪した奴は、ちゃんとぶっ飛ばしてやっただろ?」

 話は振り出しに戻り、大輔が整った白いおもてを仄かに上気させた。

 決まり悪そうに、頭をかく。

「だから、そりゃ幼稚園の頃の話だろ」

「うん。あの時は、まさかこんな関係になるなんて思わなかったな。俺よりちっちゃくて可愛かった大輔が……」

「黙れ」

「んっ……」

 自らの唇で翔の言葉を封じ、大輔は翔の口内で激しく暴れる。

「ふ……っはぁ……」

 翔の息が上がって、身体に欲望の炎が点るまで。

 先程まで繋がっていた素肌は、容易く熱に浮かされた。

 頭をもたげた翔の花芯に手を伸ばすと、大輔は巧みに緩急をつけてそこを扱く。

 堪らずに翔が背をしならせた。

「っあ、あ、大輔っ…」

 イキそうでイカないギリギリの刺激を与えつつ、大輔は翔の耳元で囁いた。

「お仕置きだ。朝まで寝かせてやんねぇ」

「やぁん…っ」


End.

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幼馴染み 圭琴子 @nijiiro365

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