6-4 やるべき事

「――初代勇者とラティクス、ですか?」

「うん、そうだよ」


 自室に招いたエルナさんに事情を淡々と説明していく。

 まだまだ語り尽くしてはいない、いっそここからが本番と言った方が正しいぐらいではあるのだけれども、どうにも悠長に会話を楽しんでいる時間はなくなってしまったようだ。


 と言うのも、先程からドタドタと走る誰かの足音が反響してきたり、何やら叫び声が聞こえたりと騒がしいからだ。


「……まだまだ聞いていない事、聞くべき事はあると言うのに……騒々しいですね」

「まぁ、これも予定通りと言えば予定通りだけどね」

「え――?」


 エルナさんの疑問の声を遮るかのように、僕の自室の扉が勢いよく開かれた。

 入ってきたのは、エミリとエメリの二人。いつもは無感情、無表情の二人にしては珍しい、どうにも焦燥感に苛まれているかのような苦い表情が印象的だった。


「やられたわ、ユウ」

「やられてしまったわ、ユウ」


 ……言葉遊びしていられるぐらいなのだから、実は割と冷静なんじゃないだろうかと思うのは僕だけなのだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えていると、二人はむっと表情を変えて僕とエルナさんの間に割り込むように入ってきた。


「何を悠長に見物しているのかしら」

「何を呑気に語らっているのかしら」

「勇者達が逃げたのよ」

「えぇ、勇者達に逃げられたのよ」


 エミリとエメリの二人が告げる言葉に対する僕とエルナさんの反応は、まったくもって対照的だったと言える。

 何せ、エルナさんは驚いたように目を見開き、対する僕は「あぁ、やっとか」と納得していたのだから。


「……ユウ、まさかこうなると思っていたの?」

「ユウ、まさか脱走の手引きをしていたの?」

「まぁまぁ、落ち着きなよ。一応言っておくけれど、僕は手引きなんてしていないよ。もちろん、そこで驚いているエルナさんも、ね」


 言い切ってみせる僕の態度を見て、エミリとエメリの二人は揃って顔を見合わせ、小さく首を傾げた。


「まぁ恐らくだけど――リティさんが来たんだろうね」

「アルシェリティアさん、ですか?」


 そう、恐らくこの脱走騒ぎを引き起こした実行犯とも呼べるべき存在は、〈森人族エルフ〉でもあるリティさんだ。

 そしてこれは――起こった出来事でもあると言える。


「――約束を果たしてくれたんだね、竜斗は」


 今となっては二度と会う事もない初代勇者に思いを馳せて呟いた一言に、エルナさんから説明してくださいとでも言いたげな視線を向けられた。

 感傷に浸るぐらい許してくれてもいいと思うんだけど。









 ◆ ◆ ◆








 アリージアさんに対する素直な感想――いや、思わず口を衝いて出てしまった一言で場は騒然……とはしなかった。

 幸い、聞こえていたのはアリージアさんを除いた面々であったようではあるし、竜斗はどうも天然というか細かい事は気にしない思考放棄するタイプであるようだった。

 さすがにアーシャル様の手前、おかしな言葉や言動は慎むように心がけているらしい〈森人族エルフ〉達も、僕の言葉は聞こえなかったという結論に結びつけられたようだった。


「――で、なんでキミ、未来から来たのに勇者と一緒なの?」


 所変わって、世界樹の根の一角。

 かつて――まぁ未来だけれども――僕が『エスティオの結界』を修復したその場所で、僕は一人、アーシャル様に拉致されるような形で連れて来られていた。


「偶然、と言うのが一番正確かつ適切な言葉なんだけれども……」

「ん、そうだろうね。ボクもキミから読み取った記憶だと確かにそうだと思う」

「なら訊かなければいいんじゃ」

「ボクが読み取った記憶は、さっきも言った通り断片的なんだよね。だから、答え合わせが必要なんだよ、うん」


 あたかも正当化した理由を自分に言い聞かせているかのような物言いで、アーシャル様はうんうんと頷きつつも答えた。

 そんな姿にじとりと視線を送りつつも、僕は僕で考えを整理していく。


 そもそも僕がこの時代に送られた理由は、この時代ならば何かを得られると踏んだエスティオとアビスノーツ――この時代で言うところのクロノスフィア――によるものだ。十中八九、そこに初代勇者である夏目竜斗の存在が介入してきたのは、ただの偶然の産物であるとは到底思えない。

 エスティオと竜斗が本来出会う前に、髪や瞳の色は違うと言えどもエスティオをベースにして生み出された僕という存在が出会っている。それだけで、エスティオにとっての過去――つまり現在から見た未来に変化が生まれているのは間違いないだろう。


「――それはどうなのかな?」

「え?」

「キミの考えは予想できる。けれど、もしも本当に生み出したいなら、必要以上に予定調和から外れる行動はするべきじゃあないんだよ」


 どういう事かと小首を傾げる僕に、アーシャル様は何でもないように続けた。


「つまり、『キミがいるべき未来へと続く過去』でも、“キミと勇者が出会っていた”という過去は存在していた、とも考えられるという話だよ」

「……『僕と竜斗が出会う事は、今回だけに起こったイレギュラー』、じゃない……?」

「そう、筋書き通りの過去にやって来たのが今のキミ、という考えだ。そしてボクは、こちらが正しいと思っているよ。んじゃないかな?」


 うん……ややこしくなってきた。

 けれど、なんとなくアーシャル様が言わんとする事は――理解できる。


「……という事は、本来過去で竜斗と出会うのは『僕』じゃなく、『エスティオ』だった……」

「そう。それこそが“予定調和でありながらも、変化した箇所”。キミ自身の存在こそが『筋書きから外れた存在だった』……。――うん、だからこそ、キミは〈管理者〉に対する唯一の切り札足り得る存在である。そんな証明のつもりも兼ねているんだろうね」


 何やら納得したとでも言いたげにうんうんと頷くアーシャル様を他所に、そう言われて初めて実感した。

 今の僕は、“本来の僕エスティオ”が辿るべきであった過去へと、のだ、と。


「なら、どうしてアリージアさんは未来で僕の――いや、エスティオの存在を口にしなかったんだろう……」

「そりゃあ、未来を大幅に変更してしまうリスクを考えれば、そもそも過去の存在と接点を持つのは避けるべきだからだよ。未来が変わってしまったら、んだから」


 言われてみて、ようやく気が付く。

 僕が危惧していたバタフライ・エフェクトというか、タイムパラドックスというか。そういった代物の存在を考えると、過去が変われば――全てが消えてしまいかねないという危険性すらある。

 本来僕ではなく、やってきたのがこの世界に生きているエスティオだったのなら――いや、エスティオだからこそ、未来に多大な変化を齎せるのは危険だと、そう判断してもおかしくはないだろう。


「キミが持つ〈原初の因子オリジン〉――【スルー】。その力は〈管理者〉だけじゃなく、そういった法則すらも無視してしまう代物なんだろうね。だからこそ、“今”が生まれ、未来が変わる。なるほど、キミというイレギュラーこそが過去に来たのは紛れもなく最善だね……。ふ、ふふふ。あっははははっ!」


 まるで歌うように高らかと告げてみせるアーシャル様の口調。哄笑する姿に思わずぎょっとして目を向ければ、その笑みは楽しさに笑みを浮かべているというよりも、いっそ嘲笑といった表現が正しいのではないかと思わせるような、どことなく冷たさを孕んでいるようにすら思える。


 ついつい後ずさりしそうになる僕に気が付いたのか、アーシャル様はこちらを見てニヤリと笑みを浮かべた。


「――いいよ、うん。いいね、キミ。気に入った、気に入ったよ。キミなら、あのどうしようもない存在――〈管理者〉の裏すらもかけるかもしれない」


 積年の恨みを晴らせる、とでも言うべきだろうか。

 水を得た魚のように、アーシャル様はくすくすと愉しげに、高らかと告げた。


 ……〈管理者〉という名前で部下である神様達からこんなに嫌われるという現実に、なんとなく大人の世界の管理職の評価というものを垣間見た気がするのは気の所為だろうか。


「それで、キミは未来を変えたいんだよね? その為に何をすべきかはキミ自身には分からない、という考えでいいんだね?」

「まぁそうなりますね」


 身も蓋もない言い方ではあるけれど、アーシャル様の言葉は正しく今の僕を表す一言であった。実際、僕は今、何をするべきかが分かっていないのだから。


「未来を変えるっていうのは、凄く難しい事なんだ。本来なら推奨するべき事でもないし、いっそ反対するべき事ですらある。あまりにも影響が大きすぎるからね」

「じゃあ、答えは教えてもらえない、という事かな?」

「焦り過ぎだよ。まぁ気持ちは分かるけど、それはボクにだってできないんだ」

「できない?」

「うん、そーだね。そもそも未来に至るまでの歴史の全てを教えてくれた訳じゃないのに、キミが来た未来の一部しかボクは知らないんだ。なのに未来に、しかも限定的に影響を及ぼす選択なんて都合の良い代物を選び取る事なんて、いくらなんでも無理が過ぎる」


 それは確かにその通りだ。

 どうしたものかと天を仰ぐように顔をあげると、同時にアーシャル様がニヤニヤとした笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んできた。


「でも、キミはんじゃないかな?」

「……はい?」

「キミがいた未来だ、キミにとって“最悪になる可能性”を潰していけばいい。キミの性格は少し読ませてもらったけれど――そういうの、得意なんでしょう?」

「最悪になる可能性……」


 もちろん、〈管理者〉が世界を滅ぼすなんていう巫山戯た答えを出した事も最悪ではある。


「そーだね。確かに〈管理者〉が選んだ未来は最悪と言ってもいいかもしれない。――じゃあ、“何が〈管理者〉にとっての不都合”なのかな?」


 ――……そうだ。

 そもそも〈管理者〉にとってのイレギュラーであり、未来への筋書きを変えてしまったのは、他ならぬ僕という存在だ。

 つまり、過去に僕が何か大きな変化を齎せようと動けば、僕の存在すらどこかで感知されてしまう可能性だってある。


 つまり、今僕が最も気をつけなきゃいけない未来とは。

 僕が絶対に招いてしまってはいけない未来、それは――――


「――……僕らが召喚され、僕が生み出されてしまった事。もしもそれを知られてしまえば、最悪の場合……」

「そーだよ。〈管理者〉はきっと、キミ達の召喚そのものに介入する」


 ――――そう、そもそも赤崎くん達が、クラスのみんなが召喚されていなかったのなら?

 当然そこに僕はいないし、エルナさんはもちろんアルヴィナやリンダール姉妹にだって会わなかった。


「じゃあ、僕がやるべき事は……」


 なら、僕がやるべき事。

 それはただ一つしかないのではないだろうか。


「――思い描く未来を迎える為に、布石を打つこと」


 ――過去を変えるでもなく、未来そのものを変える為の準備をすればいいのだ。

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勇者召喚が似合わない僕らのクラス 白神 怜司 @rakuyou1214

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