第119話 龍王国編Ⅶ 『クルルカと蜜柑④』

此処は円形闘技場『コロセッオ』。


歓楽区の三大観光地の一つでもあり、剣奴、冒険者、騎士、あらゆる職業の力自慢が集まる闘争の聖地であった。




この『コロセッオ』には剣闘士と呼ばれる闘技場専門の戦士が存在する。


彼らは皆、長年戦士として己を磨いてきた者達であり、上位者の実力は師団長にも匹敵すると言われていた。


この剣闘士には序列と呼ばれるランキングが存在するが、ランキング上位に位置する者達はここ数年で変わったのが一度きりだと言えば『コロセッオ』においてもその上位者達が隔絶した強さを持っていることは理解できるだろう。




普通であるならば当日駆け込みで来た参加者がこのランキング上位者と闘うことはない。


実績とそれに見合った実力を『コロセッオ』で示し、定められた対戦金を積むことでようやく挑戦権を得られるのだ。


しかし、何事にも例外と言うものが存在する。




その例外に蜜柑も見事に当て填まった。




「えぇ……私が『16位』とですか……?」




賞金を受け取りに受付に向かった蜜柑は受付奥の来賓室に案内された後、突然された話に大いに戸惑った。




「君の強さは素晴らしい。本日参加した9回の試合、全てにおいて圧倒的勝利を納めた。資格は十二分にある!明日だ!明日また来るのだ!」




目の前に座る男は拒否権は無いと言わんばかりに力強く告げる。


蜜柑の2倍。つまりおよそ3メートルの背丈に黒の背広上からでもわかる筋肉の隆起。猛禽類のような鋭い眼光。




そんな強面の男に迫られば普通の人なら恐怖で首を縦に振ってしまうだろう。




「いや、困ります。明日は別の予定がありますので」




しかし、蜜柑はその話を迷い無く断った。




残された猶予は今日含め三日。


元手が手に入った今、こんなところで時間をもう一日も無駄にするわけにはいかなかった。


それにクルルカの話では明日の予定も既に組み立てているはずだ。勝手に変更するわけにいかない。




一方男は蜜柑が断るのは最初から想定済みだったのだろう。


断られたと言うのに愉快そうに笑みを作る。




「君はこのチャンスを逃すのか?いやそんな事はあり得ない!分かる!君は必ず明日来る……」




男は今回の賞金を机の上に置く。


総額にして6000000ペリス。


目標金額は59000000ペリスであるのでまだ桁が一つ足りない。


しかし、一日で稼いだ額としてはかなりのモノだと言える。


借金の支払期日がもう少し先であれば此処でそのまま継続して稼ぐのもありだったが、残念な事に残された時間は2日とちょっとだ。




後、二日しかない焦りを覚えつつ、この男に対して気味の悪さを感じたので蜜柑はとっとと賞金だけ受け取って出ようとする。




扉を触れ、開けようとした瞬間に男は呟く。




「借金に困っているのだろう?」




その言葉に蜜柑は驚愕する。かなりの騒ぎになったとはいえまだ一日しか経っていない話をこの男は知っている。


蜜柑は扉に触れていた手をゆっくりと離し、後ろに振り返る。




「何処でそれを知りましたか?」




「『エデンファミア』はこの辺りじゃ有名なとこだ。繋がりのあるとこなら皆知っている」




「残り幾らかな?まだ全然足りないだろう?けど、このマッチが実現し、君が勝利すれば今回の賞金の何倍もの額が君の手元に手に入る」




「正確な額は幾らですか?」




「オッズにもよるが2000は固いだろうな」




「2000も……」




言葉通り2000ペリスの訳がない。


普通に考えて2000万ペリス。


一戦勝つだけでそれだけの額が手に入るのなら確かに魅力的な相談ではあった。


しかし、都合の良い話には裏があるのではないか疑ってしまう。




「私が……お金に困っていることを予め知っていてこの話を持ち掛けたのですか?」




「いや、そんなことはない。『エデンファミア』の件は君を近くで見て推察したに過ぎない」




「そう、ですか……」




蜜柑は迷う。


どこまでこの男の言葉が信じられるのか分からないからだ。




「迷うのは勝てるか分からないからか?予想では本気・・の君の方が16位の人より強いと思うよ」




「それも、ありますが……気になるのは貴方の狙いです」




蜜柑の言葉がよほど想定外だったのか男は一瞬目を丸くして驚く。  




「はっはっは、私の狙い?狙いか!変なことを言う。決まっているでないか」




愉快に笑う男はそれを押さえ付けるように顔を引き締め、断言する。




「闘いが美しいからだ」




続けて男は真剣に言葉を紡ぐ。




「本物の闘いとは美しいものだ。しかし、それを理解出来ないものもいる。だから、私はそれを皆に見てもらいたい!だから私は運営コンダクターとして最善を尽くしているだけだ」




彼なりの美学。


と言った所だろう。自分には理解出来ない感性ではあるが意味が理解出来ない訳でもない。


この男は一種の戦闘狂バトルジャンキーなのだろう。


闘いが好きと言う己の感性。


そして、それを他者へと理解されたい自己顕示欲の強さ。




こういった人間は日本でも良く見てきた。


自分の感情を最優先に考えるので金や自分の美学を曲げるような事はしない。ある意味で信用の出来る人間といえる。




「……私が負けた場合はどうなりますか?」




「おお、その様子だとやる気になってくれたみたいだな」




「まだ決めた訳ではありません。話を聞く気になっただけです」




「そうかそうか、つまり私の交渉次第ということか。お手柔らかに頼もうか」




時間は惜しいが聞く価値はある。


此までの話を踏まえて蜜柑はそう結論付ける。   


そもそもこの闘技場の運営者であるこの男が私を騙して得られるものなど無いのだから警戒するだけ損ともいえる。


唯一の懸念は自分が人族の勇者であるということだが、それに気付いているのなら態態こんな手段を取らない筈だ。




「私は腹芸が好きではないのでまっどろこしいこと抜きで端的にお願いします」




「分かっているとも。……ああそうだ。遅れながらだが名乗っておこうか。私はこのコロセッオの『運営者コンダクター』であり歓楽区画の『遊び人』ギブラ・ゼブライルだ」




蜜柑はその名前を聞いた瞬間、クルルカの言っていた話を思い出した。




歓楽区代表『四翼』シルヴィア・グレンタール。


その下に付く三人の『遊び人』


『支配人』マニー・マッカートン


『遊女』セブン・ハリニーカート


そして、『決闘者』の称号を持つ男ギブラ・ゼブライル。




鳥肌が立ち、背筋に嫌な汗が流れる。


蜜柑の前に立つこの男はこの区画の最高幹部の一人であった。

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チートな僕が八つの異能で異世界征服- @DayDreamRabbit

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