第118話 龍王国編Ⅶ 『クルルカと蜜柑③』
「うっうう……」
己の不甲斐なさに涙を流しながら無理矢理に身体を起こす。
体調は最悪だ。勿論気分も最悪だ。
こんな体たらくをもし太郎様に見られていたとしたら私は大地に穴を掘り身を隠しそしてその後自ら穴を埋め生き埋めとなり自害を選んでいただろう。
まだ気持ち良さげに大地に伏しているクルルカを傍目に己の昨日の行動を振り返えようとする。
しかし、何故、こんな裏路地の地面で寝ていたのかが全く思い出せなかった。
『エデンファミア』に向かったまでの記憶は朧気だがある。
それに今現在悩まされている吐き気、頭痛に目眩。記憶の欠陥。そして、アルコールの残り香。
状況から鑑みて何があったのかは推察出来る。
「これが二日酔い……」
昨日、エデンファミアに行きそこで酔い潰れた。
それは間違いない。
重要なのはその出来事に至った経緯と過程。
そしてその後の結果だ。
私は何故、こんなことになったのかだ。
「ルカ、起きて下さい……」
気持ち良さげに大地に涎を垂らしながら眠るクルルカをゆすり起こす。
クルルカは寝惚けた様子で身体を猫のように伸ばしてから眠そうに目を開く。
「んん……んーっ……姉御、ぉはよーっす……」
「はい、おはようございます」
「んー、ここどこっす……」
クルルカはきょろきょろと辺りを見回し、首を傾げる。
「どっかの裏路地だと思います……ルカ昨日の事は何か覚えてます?」
「昨日っすか?昨日……」
クルルカは額に手を当て、しかめっ面で唸る。
「むむむ、むむ……むっ、そうっす。昨日は凄かったっすね……」
「ルカは昨日の事を覚えているのですか?」
蜜柑の焦燥した表情を不思議そうに思いながらクルルカは首を傾げる。
「逆に姉御は昨日の事忘れたっすか?」
「……………うん」
「ははは、そうっすか!ま、昨日の姉御途中から完全に酔っぱらってましたからね!しかも絡み酒で手当たり次第に喧嘩を売りに行ってたし!」
クルルカが軽く告げたその言葉が蜜柑には信じられなかった。
酔っ払って他人に迷惑をかけるなんて己が嫌う酔っ払いのイメージそのものだった。
震えた唇が否定を求めて言葉を紡ぐ。
「そ、それは……嘘ですよね?」
「? ほんとっすよ!いやぁ、最後の大乱闘はめちゃくちゃ過ぎて最高でしたよ。他の人達も大盛り上がりであんなにはしゃいだのはいつぶりっすかねえ」
楽しそうに笑うクルルカとは対称に蜜柑の顔はみるみる青くなっていく。
「な、何故、そんなことに私はなっていたんですか!?」
「うーん、何ででしたっけ?……私も結構飲んでたっすからうろ覚えちゃうろ覚えっすけど、確か、魔王殺しって酒を飲んだ後、姉御が静かになったんすよ。それでそれを心配した男の一人が肩に触れて声をかけて……そしたら気付いた時には男が壁に吹き飛んでいて……それ見た男の仲間が絡みに行って……姉御がまた殴り飛ばして……そしたら店員が来て……またそれを蹴り飛ばして……そしたらまた」
「ちょ……ちょっと待って下さい! え?私が竜人達を殴り回っていたって事ですか?嘘ですよね??幾らなんでも……酔っ払ったっていってもそんな頭おかしな事を私がっ!?」
「姉御……全て現実っす」
クルルカの告げた事実に蜜柑は身体を崩し、床に手をつく。
「あ、あり得ない……嘘です、嘘です、嘘です……私が?……そんな。恥知らずな……」
愕然とする蜜柑を傍目にクルルカは自分が手に何かを握っていた事に気づく。
くしゃくしゃになった紙を広げ直し、そこに書かれた文字にクルルカは驚愕する。
「あ、姉御。乱闘の件はそんな気にしなくても良いっすよ。竜人ってのは何だかんだで皆闘争が好きですから……事実皆、昨日は楽しそうでしたし。姉御も何だかんだで手加減して暴れていましたし」
そのクルルカの言葉は本当の事なのだと頭では理解できた。
あそこは暴れはしゃぎたい竜人が集まる酒場。誰かが暴れるのもそう珍しいものではないのだろう。
それに自分が本気で暴れたら死人が出ない筈がないし、今ここでのんびり寝ていられた筈がない。
「気を取り直しましょう……そうです……まずは酒を飲んでこの事を忘れましょう……」
虚ろな目をしたまま呟く蜜柑にクルルカは慌てて静止させる。
「姉御!?正気を取り戻して下さいっすよ!また昨日の二の舞に、なるっすよ!」
「はっ!そうでした……まずは冷静に今後の行動を決め直しましょうか。もうあんな場所には私はいきません。お酒も飲まないです!」
「それが良いとは思うっす……けどエデンファミアにはまた行かないと駄目そうっす……」
正気を取り戻した蜜柑の意見にクルルカは賛同するも気まずそうな表情を浮かべながら、握っていた一枚の紙を蜜柑の前に差し出す。
不思議そうに蜜柑はその紙を受け取り、書かれた文字を読む。
直後、蜜柑は真顔のまま硬直する。
「あ、姉御?」
反応がない。
「姉御ー?」
反応がない。
「姉御っしっかりするっす!姉御っ」
呼び掛けながら身体を揺すり続けていると蜜柑ははっと意識を取り戻す。
「し、失礼しました……少し取り乱したしまったようだす」
「取り乱したというよりは意識が飛んだって感じでしたけど」
「もう、大丈夫です……取り合えず、そこの酒場で作戦をねりましょう……」
そう言って目の前に見えるこじんまりとした居酒屋を指す。
そして、ふらーっと歩きだす蜜柑の腰にクルルカは盛大にダイブする。
「姉御駄目っす!!それ完全に飲んで忘れようとしてるっす!!正気を!正気を取り戻して下さいっ。まだ方法はあるっす!」
「ほんと?」
クルルカの言葉を聞いて蜜柑は満面の笑みで振り返る。
その笑顔にクルルカは恐怖を覚えたが、取り合えず話を聞いてもらえると安堵して立ち上がる。
「はい。まずは姉御、59000000ペリスの負債をしてしまった事実を認識して下さいっす」
クルルカから渡された紙。
それは借用書であった。
当然、払い先は『エデンファミア』。
理由は知っての通り、昨日の騒動だ。
書かれた内容には店の修繕費、医療費と思われる内容が長々と書かれており、支払期限は昨日から数え四日間となっていた。
つまり、明明後日の24時がタイムリミットであり、もしそれが払えなかったら奴隷落ちになるということだ。
「59000000ペリスがどのくらい額かイメージはついてるっすか?私達が食べている食事一食がだいたい500ペリスなのでだいたい11万回の食事分と言うことっす!そしてうちらの手持ちは200000ペリス。普通に考えれば三日で手持ちを300倍するなんて無理っす!しかし!ここは歓楽区っす!お金を稼ぐ手段なんて幾らでもあるっす!一攫千金も夢ではない!夢が現実となった世界がここっす!」
この時蜜柑には散々頼りないと思っていたクルルカが神様のように頼もしく見えた。
「つまり、三日で借金返済も可能と言うことですね!それでまずはどうすれば良いのでしょう?」
「まずは一攫千金を狙うとしても元手を増やす必要があるっす!そこで姉御にはまた暴れてもらいたいっすよ」
「……えっ!?」
_______________________。
「オオォォォォッ」「そんな餓鬼殺っちまえぇぇ」「こいっ!奇跡っ」「おいおいおい」「死んだわアイツ」
野太い喚声が飛び交う中、蜜柑は大斧を構える。
眼前には蜜柑の数倍はある竜人が自分の身長程の大剣を構えていた。
互いに睨む合う二人。
「始めっ!」
僅かな静寂の後、何処からか聞こえてきた開始の合図。
瞬間、二人は前へと動き出す。
両者の対格差は歴然だ。
ほっそりとした少女と巨躯の竜人。
真っ正面からぶつかり合えば力に優れ、体重も重い竜人の勝利は揺るがないだろう。
そう誰もが思っていた。
しかし、蜜柑は只の少女ではない。
人類最高峰の肉体から繰り出されるその一撃は常識をもぶち壊す。
互いに得物を振り回し、真っ向から衝突し合う。
結果、金属の弾ける音と共に後ろに仰け反ったのは竜人の方であった。
信じられないといった眼差しで自分より遥かに小さい相手を見下ろす。
「オオォッ!」
竜人は一歩大きく後ろに足を下げ、バランスを崩した自分の身体を支える。
しかしそんな隙を蜜柑が見逃す筈も無く、懐に入り込んだ蜜柑は
片手で軽々しく大斧を振るい竜人の胴体を切り裂き、弾き飛ばした。
一瞬。それも小さな少女の二振りだけでついた決着。
その予想外の結果を目にした観衆は息を飲む。
そして、次の一瞬にしてコロセッオは歓声に包まれた。
此処は円形闘技場『コロセッオ』。
歓楽区の三大観光地の一つでもあり、剣奴、冒険者、騎士、あらゆる職業の力自慢が集まる闘争の聖地であった。
その中心に立つ蜜柑の心境は複雑であった。
勝者としての優越感、この状況への戸惑い、残された時間に対しての焦燥感。
「太郎さま……私はどうすれば……」
ぽつりと呟くその儚い声は誰にも届くことはなかった。
「よおぉぉしっ!いけますねぇこれっ!流石勇者様っす!」
そんな蜜柑の思いを知らずにクルルカは一人観客席で蜜柑の勝ち札を握り高笑いしていた。
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