第117話 龍王国編Ⅳ 『クルルカと蜜柑②』
二日目。
「おぇ……あ、あたたま……いたい」
「何してるんですか、ルカは……はあ、まあ良いです。夕方迄は休んでいて下さい」
二日酔いで頭痛に悩まされているクルルカを置いて蜜柑は一人で外出することにした。
二日酔いに関してはクルルカの自業自得なので同情する余地もない。馬鹿には良い薬になっただろう。
それにもともと、夕方までは調べ物をするつもりだったので寧ろクルルカに振り回されずに済むと考えれば寧ろ丁度良かったとも言えた。
「さて、聞いて話では此処……ですか」
目的地につき、蜜柑は上を見上げる。
蜜柑の前に建つ煉瓦造りの建造物は雲にかかるのでないかと錯覚するほど天高く聳え立っていた。
「はあ」
つい溜め息が溢れてしまう。
何処もかしこも人族とはスケールが違う。
この建物は竜人族が信奉する唯一の宗教『祖龍』を奉る教会の一つらしいが、ここで驚くべき事はスカイツリーを何個も繋げたレベルの標高を誇るこの教会はあくまで歓楽区支部の教会でしかないと言うことだ。
更にこの何倍ものサイズの教会が中央区に聖地と呼ばれているそうだ。
「この数倍って想像がつきませんね……」
独り言を呟きながら、教会内部に足を踏み入れる。
教会自体は常に入り口は開放されているようで一般人に紛れすんなりと入りこむ。
今回は教会自体に用がある訳ではない。
この教会には中に図書館が併設されているという話を聞いたのだ。
詳細の場所までは分からないので探索ついでにと歩き回る。
建物自体はかなり古いようだ。
風化した煉瓦の壁に何気なく触れるとぽろぽろと壁がこぼれ落ちる。
下手に触ると崩れてしまいそうなので手を離し極力距離を取り、図書館を探す。
そうして歩いて行く中ですれ違う竜人を見て有ることに気づく。
教会内を歩く竜人は街で見掛ける竜人より落ち着いており小柄な印象だ。
その種族が何かとまでは分からないが何処か雰囲気は似ている者が多いので同種族だと思われた。
しかし、その雰囲気が何処かで会ったことがあるような既視感を覚えたので何の種族か気になったが、どう聞けば怪しまれないのか分からなかったので大人しく諦めることにした。
下手に訪ねて此方が質問し返されたら絶対にぼろが出る自信があったからだ。
人通りが多い方に歩いてついた先は凹凸型の建物であった。
他の建物と違って変わった形をした建物だが中から出てくる竜人は本を手にしている者もいたので恐らく此処が目的地のようだった。
意を決して建物内に脚を踏み入れる。
「何というか、落ち着く……」
本屋や図書館のような本に囲まれた独特的な香り。
勤勉な性格の蜜柑にとっては慣れ親しんだ匂いだ。
少し弾んだ足並みで広々とした大空間に飛び出す。
その圧巻の光景に目を奪われる。
上から下まで無限とも思えるまで拡がるのは本棚、本棚、本棚。
螺旋状に上下に広がる大空間。
竜人が行き来することを前提として考えられた飛びやすい構造。
余りにも膨大な本の数に蜜柑は早々に自力で本を探すのを諦めた。もう少し、狭い狭い範囲なら『
仕方ない。
これだけの規模の図書館ともなれば管理者である司書が何人もいる筈だ。
周囲をくるくると見回し探すが、それらしい竜人は見当たらない。
普通なら入口に一人や二人いるだろうと思っていたがそもそも受付すら見当たらない。
失敗した。
昨日もう少し詳しく話を聞いておけば良かった。
図書館という聞き覚えのある言葉を聞いて安直に日本の図書館をイメージしていたが、ここは異世界でありそして人の国ですらないのだ。
あちらも当然私が知っていると考えて話さなかった此方での常識が沢山ある筈だ。
そう考えた直後、更に悪い方向に物事を考え始めてしまう。
此方の常識を何にも知らない自分が一人で行動する危険性を今更ながら振り替える。
只町中を歩いているだけなら不自然に思われなかったのかもしれない。
しかし、こういった限られた場。
たとえば初対面でこどもの頭を撫でる。
これは日本でいうならごく普通のことかもしれない。
しかし、東南アジアの文化では頭には神が宿ると言われ撫でることは大変失礼な事になるので現地の人が初対面でそんな事をすることはないそうだ。
そういった異文化の常識の地雷が至るところに散りばめられているのが今の自分状態だ。
寒気が走る。
全く嫌なモノだ。
面倒ではあってもクルルカを連れてくるべきだったと反省する。
しかし、此処で臆して立ち止まる私ではない。
太郎様の期待に答える為にも少しでも情報を集めないといけないのだ。
他の竜人の動きに習って蜜柑は床を蹴り宙を舞い移動する。
向かう先は頂上だ。
頂上を目指す理由は特にあったわけではない。
けどこういうのは頂上を目指すのがセオリーだと思ったからだ。
ある程度駆け登った後、ふと下を振り向く。
それにしても高い。
もう既に60段。一つの床の高さは4メートル程度だとすると少なくとも240メートルは既に上がっている筈だ。
だというのにまだ頂上すら見えない。
拉致が明かないのでもう少しスピードを上げるかと考えた時、ふと今までとは違う階が目に入り足を止めた。
他よりも横に広く拡がったそのフロアは本棚ではなく、透明のケースに入れられた本が鎮座していた。
看板に書かれた文字には『ニバの書-第一章』と書かれている。
『ニバ』
その名は余り竜人族に詳しくない蜜柑にとっても聞き覚えがあった。
原初にして孤高の龍。真龍『ニバ』。
神々の領域と言われる幻想種。その頂点に立っていた覇者。
それは竜人族にとって始祖龍の名であった筈だ。
「ニバの書に興味があるのですか?」
ふと一人の竜人が横から蜜柑の顔を覗き込み話し掛けてきた。
「え、あの」
突然話し掛けられ戸惑う蜜柑を上から観察するように竜人は青い瞳で此方をじっと見てくる。
「突然ごめんなさいね。若い子がいるのが珍しかったの。私はフィフィ。この大図書館の司書の一人です」
「あ、どうも……です」
「口下手なのかしら?けど若いのに本に興味があるのは素晴らしい事ですね」
「あはは、そうでしょうか?えーとニバの書と言うのは一体?」
「ニバの書。それは天子である初代教皇が書き記された歴史の書であり、予言の書でもあるニバ教の原典。つまり聖書の事ですね」
「その聖書が此処には展示られているのですね……」
「正確に言いますと此処に置かれているのは第一章から第五章までになります。ニバの書は6章に分かれておりますが、最後の章は代々竜王様が受け継いでいますので」
「その章ごとの内容はどんなものなんですか?」
「第一章『生誕』。第二章『勝利と栄光』。第三章『不変』第四章『死滅』そして第五章『怨』。この五章までが真龍ニバの生誕から死、そして戒律が記述されています。詳しい話をするには難しいのですが……」
「それでしたら『龍の姫』について記述された物はないのですか?」
クルルカから聞いた話に『龍の姫』と言う言葉が出てきたのを思いだし蜜柑は訪ねる。
「龍の姫ですか? それならここのニバの書ではなくてここの675層目に童話があるはずですよ」
「675層ですか……えーと、ここは今何層目になるんですか??」
「ふふ、ここは丁度300層になりますよ」
「300層……ですか?」
「恐らく始めて来たなら正面口だと思いますけど、そこが250層になるんですよ。一層の区切りは階層毎に違うし、表示も無いから分からなくなるのも無理はないですね」
「中々、初心者に厳しい造りをしてるのですね……」
「ははは、まあそうかもしれません。そもそも竜人で此処に来る人なんて『緑樹竜族』位ですからね」
そういって指を指した方向にいたのはこの教会に入ってから多く見かけていた姿であった。
どうやら蜜柑の予想は当たっていたようで緑樹族と呼ばれる種族がこの図書館しいては教会に多く来ているそうだ。
しかし、彼等の小柄の体格や緑の瞳といった見た目と異なり、図書館の司書を名乗るフィフィは二メートルを越える体格に身体は堅い龍鱗に覆われているので緑樹竜族ではないようだがそれについては尋ねることをしない。
危険な綱渡りの中で自ら更なる危険を置かして走り出すなんてことはするつもりはない。
蜜柑はこの話題をスルーして自分の目的の達成を優先する。
「675層には何か目印になるものとかありませんか?」
「んーそうねぇ。675層には特に無いけど700層になら『ニバの瞳』がありますよ」
ニバの瞳?
また気になるワードが出てきたがそれについて尋ねることは出来ない。
しかし、その言葉の意味を憶測するならまたこのフロアみたいに一目見たら他のフロアとは違うのが分かるみたいだ。
必要最低限の情報は得られたのでそろそろこの竜人から離れるべきだろう。
まだ疑われている様子は無いがこれ以上会話を続けていたらいつぼろが出るか分かったものではない。
「それならだいたいの階層は分かりそうなので向かってみようかと思います」
「そう?分からなかったら700層にも私と同じ司書がいるはずだから聞いてみると良いですよ」
「助かります……それでは」
最後まで親切であったフィフィを見て蜜柑の胸中は複雑であった。
敵として対面していればきっと問答すら無く殺しあっていたに違いない。それに対して私は躊躇う事ももう無いと思っていた。
けれど、彼等にも家族がいて生活があり、会話を交わすことが出来るのだ。
私達『勇者』は物語の勇者。正義が悪を成敗する。
そんな簡単な話だと思っていた。
けどこれは違う。
これは国と国同士の争い。
『戦争』をしているのだ。私達は。
「はあ、駄目ですね私……」
自嘲気にぽつりと呟く。
ネガティブに物事を考えてしまう癖。
昔から変わらない自分の悪い癖だ。
不安定な情緒を吹き飛ばすそうとするかのように蜜柑は速度を上げ、上へ上へと一心不乱に登っていく。
その結果、ものの五分ほどで700層に到達した。
着地して最初に目に入ったのは自分の二回りはある大きな瞳であった。
「あれは……」
恐らくあれがフィフィが言っていた『ニバの瞳』だろう。
『感覚境界』を発動しドーム状の結界を展開する。
不必要な情報は全て遮断し、『ニバの瞳』にだけ意識を向ける。
もしかしたら何か情報が得られるかもしれないと考えての行動であったがこの瞳は只の模倣品でしかないようだった。
魔素の量も平々凡々、また特殊な物質で構築されている訳でもなかった。
「外れですか……」
直ぐに気を取り直し少しばかり飛び降りる。
とっとと『龍の姫』を調べて戻ろう。
感覚境界はあらゆる情報が頭の中に流れ込んでくるので本のタイトルにだけ焦点を合わせ探し始める。
一層だけで軽く万は越える書物の中から目的の一冊を探すのは至難の技と言えた。
しかし、それはあくまで常人ならという話だ。
蜜柑は『勇者』である。
そのクラスによる補正は限外能力や筋力だけに限らない。
思考速度や反射神経といったモノも全て補正がかかっているのだ。
その力を思う存分に発揮し蜜柑は高速で目的の本を探していく。
________________。
最終的に蜜柑が家に戻ったのは日が落ちた頃であった。
「おっ、姉御戻ったんすか!」
「ただいま……そういう貴女は二日酔いは治ったみたいですね」
「いやー情けない限りっす!けど、もうばりばり動けますっぜ!」
1日中寝ていたからだろうか。
クルルカは昨日の二割増しの元気、つまりうざさがあった。
「それならまた、昨日の酒場に行こうかと言いたい所なんですけど、その前に今日調べてきた事で何点か聞きたい事があるのですよ」
「んー?どこいってたんすか?」
「大図書館です」
「うおっ、あそこ一人で行ったんですか!?いやー流石勇者っすねぇ。あそこの奴等は目敏いんで変装がバレるかもしれないのに」
クルルカが驚愕の事実を軽く言う。
「何ですかそれ、と言うかルカは大図書館の事を知っていたのですか?」
「そりゃあ、一番でかい図書館ですし」
「そうでしたか……」
蜜柑は肩を僅かに落とし、溜め息を吐く。
クルルカにこの件に対しては責めれない。
今回、仲間に相談もせずに勝手に動いたのは蜜柑だ。
二日酔い中のクルルカだったとしても予め行く場所を相談しておけば良かったのだ。
「私は大図書館で『龍の姫』を読んできました。けど、あれは只のおとぎ話。それと今回の件がどう関わってきているのですか?」
『龍の姫』。
竜人族が誕生した際の始まりの人であり、最後の龍とされた者。
龍がかつて幻想種であり、『幻想之王』から堕ちた時、最後の龍の希望とされた少女だ。
そして、真龍ニバを殺した『簒奪者』へと立ち向かった一人の少女の物語。それが『龍の姫』というおとぎ話の内容だった。
「んー『龍の姫』の話ですか?どう関わってきているかは私も分からないっす……けど、竜王グラハラムは龍の姫を必要としていて、それに勇者幼女が必要なのは分かっています」
「太朗様にもこの話を?」
「勿論、旦那にも話してるっすよ」
「太郎様はそれで何を?」
「いやー何も。旦那は憶測を余り口にしてくれないですからねぇ。けど、何となくは分かっているようでしたけど……」
「なるほど。つまり太郎様は私達がそこまで理解するのを待っていると言うことですか……」
「えーあーそうなるんすか?」
「ええ、間違いありません!」
蜜柑の言葉に何処か半信半疑のクルルカ。
しかし間髪入れずに断言する蜜柑を見て否定するのは良くない事を察した。
「そうっすか……まあ良いすけど」
「それと大図書館の緑樹竜族という竜人が多かったのですが、彼等は一体どんな種族なのですか?」
「あいつらすか?只の本好きな変わり者としか知らないっすよ」
「そうなの?」
「竜人族ってのは種族が多いっすからねぇ。他の奴等のなんて名前とそのイメージしか知らないもんすよ」
「それじゃあ、文化の違いは何か無いんですか?これはしてはまずいとか色々あると思うんですよ」
「あー、まあ種族毎にあるっすけどそこまで気にすることじゃ無いっすよ……けどまあ他人の角や尻尾には触れるのは普通しないんでそこだけは注意しとくと良いっす」
蜜柑が思ってた程、一発アウトの文化的違いは無さそうだ。
と言ってもクルルカの説明忘れもあるかもしれないので完全には信用するつもりはない。
「それに何かあっても竜人族は結局力さえ示せば問題無いっすよ」
「そういう目立つ行動はしたくないです。私は従者。影から太郎様を支える存在として力を誇示するような振舞いは相応しくありません」
己の矜持としてしたくないと言われればクルルカも何も言えない。
「ま、私も上の命令には絶対なんで姉御の決定には従いますぜ」
「そう、それなら行きましょう昨日の場所へ……言っておきますけど次は酔い潰れても置いてくので」
「任せて下さいっすよ!昨日までのあれは言えば道化を演じたに過ぎないっす!ああいう場にいる常連ってのは新入りを警戒して見てるもんっす。そこで無害の馬鹿を装えば打ち解けれるってもんなんすよっ」
「はあ、貴女はほんと口が良く回りますね……」
その言葉がどこまでほんとであるか蜜柑には分からないが、蜜柑にはクルルカのその軽い性格が少し羨ましく感じた。
けど、信用したわけではない。
絶対何かやらかす。
会ったばかりではあるがそう確信できる何かを蜜柑は感じていた。
「私が頑張らなければ……」
蜜柑は小さく呟き、決心する。
そして、『エデンファミア』に向かうのであった。
______________________。
三日目。
頭の痛み。目眩。身体のだるさ。吐き気。
朦朧とした意識の中、蜜柑は自分の身体の違和感に気付く。
此方に来てから今まで感じた事がない不調。
勇者として状態異常に対抗を持つ己が地面に伏していると言う事実。
そこから、ある一つの考えに至るがそれを即座に否定する。
そんな筈はあり得ない。
あり得ないのだ。
あり得て良いはずがない。
慢心していたつもりはなかった。
警戒していた筈だった。
だから違う。これは違う。絶対違う。
しかし、頭では拒絶しても『地面の冷たさ』と『目の前で涎を垂らし眠る馬鹿』を見て否定を拒絶される。
己の不甲斐なさに涙が溢れる。
「うっうう……」
蜜柑は人生で始めて二日酔いを体験していた。
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