第116話 龍王国編Ⅲ 『クルルカと蜜柑①』
二人の少女が帝都大通りの数倍はあるであろう歩道を歩いていた。
堂々と歩く少女。
そしてその後ろを小さな一本角を生やした少女がおろおろとしながら着いていく。
その挙動は大の大人であれば不審者のように見られて通報されても可笑しくなかったが、少女二人と言うこともあり微笑ましく見守られていた。
そうとは知らず後ろを歩く少女は立ち止まりへたりこむ。
「な、慣れません……」
小声で泣き言を吐くその少女は王国勇者、洲桃ヶ浦蜜柑であった。
そんな情けない勇者を見て透辰族の姫。クルルカ・ナーシェリアはなぜかにまにまと愉しそうに笑みを浮かべる。
「いやぁ似合ってますよ!その角に、翼!可愛いっす!最高っす!旦那だって褒めてたじゃないっすか!」
クルルカの手放しの称賛に蜜柑は顔を僅かばかり赤く染めながらも表情を変えることもなく否定する。
「うっ……こっちの話じゃないです。私が言ってるのはこの竜人族に囲まれている状況がです……」
蜜柑の感覚で言えば氷付けされ意識が停止するまで竜人族に囲まれながらも殺しあっていた訳でそれからまだ対して日も立っていないせいで回りの竜人達に対して過敏に反応してしまうのだ。
「あー、そっちですか……そんな気にしなくても誰も気づかないっすよ」
そんなどうでも良いこと気にしてたっすか?っと言った視線を向けるクルルカに対して蜜柑は納得がいかなかった。
「いや、ですが!可笑しいです……そもそも何でこんなおもちゃでバレないんですかっ……」
そういって触る角は当然本物ではない。
其処らの出店で売っている適当な角と翼をクルルカが買ってきた物をターバンできつめに締めて固定しているに過ぎない。
それで何故、気づかれないのか。答えは簡単で角と翼はあくまでおまけでしかないからだ。
竜人族固有の顔の特徴は塗り化粧として赤のアイラインを入れ堀の深さを隠し、匂いは少数部族固有の香水を使い誤魔化すことで外見が少し可笑しかろうが違和感を持たれる事がない。
それにそもそも人族が奴隷ではなく普通に街中を歩いているとは考えもしないし、竜人族は多種多様な種族で構成されているので多少の差異や違和感なら気にすらしない。
それをクルルカは常識として理解しているので蜜柑が何故ここまで不安そうにしているのか不思議に思いながらも蜜柑の不安を和らげる為にはきはきと喋る。
「いやぁ何処からどう見ても田舎者の竜人の格好っすよ。様になってるす。竜人族はおおざっぱですし堂々といきましょうよ堂々と!……それにそんなじゃ旦那に怒られっすよ」
クルルカがぽつりと呟いた最後の言葉を聞き蜜柑ははっと顔を上げる。
「はっ!そうでした!太郎様の期待に応えなければ!名誉挽回!汚名返上!」
既に幼女おさなめさんを目の前で拐われてしまうという大失態をしてしまっているのだ。
こんなことでへこたれている場合ではなかった。
「おお……いきなり元気になったすね……まあ良いことっす!気合い入れていきましょう!」
蜜柑のテンションに引っ張られる形でクルルカは元気良く拳を掲げ歩き出す。
「はいっ!」
暫しの間、帝都と比べても何倍もスケールの大きい街並みを物珍しそうに見ながら蜜柑はクルルカの後ろを着いていく。
そしてふと疑問に思った事を何気なく尋ねた。
「そう言えばこれは何処に向かっているのですか?」
「特に決めてないっすよ」
「そうなんですか……え?」
余りにも自然に答えられたので一瞬、普通に流しかけたがはっと気づく。
その戸惑いの声にクルルカは首を回し視線を一瞬後ろに向ける。
「ん?どうしたっすか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!ルカは私たちが何をしにここに来たのか知っていますよね??」
視線を前に戻し何事も無かったかのように歩き続けるクルルカの肩を掴む。
「そりゃあ、『観光』っすよね?旦那が言ってましたし。てなわけでまずは街をぶらつこうかと思ってたすけど退屈でしたか?」
「いえ、大変刺激的で面白いですが……そうではなく太郎様の言っていた意味が只の『観光』であるはずがありません」
「そうっなんすか?旦那の事だから本気だと思ってたんすけど……」
「そんな筈ありません。きっと太郎様は観光者のふりをして情報収集を行えという意味で言ったのでしょう」
そう蜜柑は断言するがクルルカは半信半疑だった。
旦那がそんなまどろっこしい指示するかなぁ?
普通に旦那が何か段取りしている間は大人しくしとけって意味なんじゃないのかな?
けどまあ、この人は旦那と付き合い長いみたいだし、きっとそうなんだろう。
半ば強引に自分自身を納得させ、口を開く。
「へへ!そういうことなら、良い場所がありますぜ!姉御!」
「……何で急に、姉御なんですか……それに子悪党ぽい喋り方に……まあいいですけど、良い場所と言うのは?」
「それは__」
_________。
音楽なのか騒音なのか判別不能なレベルの音で建物内が飽和される。
そんな中、皆が壇上の一人の少女に視線が注がれる。
視線に促されるように高らかにジョッキを上げ、褐色少女が叫ぶ。
「KPーっ!!(乾杯っ)」
それに続くように少女を囲むように多種多様な竜人達が壇上に身を乗りだし吠える。
それを掛け声にミュージックが流れ、時が動き出す。
ジョッキやグラスを片手に躍り踊られ竜人達が日々の鬱憤を晴らすべく騒ぎ出す。
壇上に立つクルルカことルカは壇上に登り軽快に踊り出す陽気な竜人達と仲良く騒いでいた。
それを呆然と眺める一人の少女。
この場の空気に全く着いていけず、ぽつんと一人気まずそうに座っているのが蜜柑であった。
蜜柑達が今いるのは歓楽区のメインストリートに位置する酒場だ。
夕方、鐘が鳴り響き始めると同時に開くこの酒場は只、お酒を飲むだけの酒場ではない。
仕事を終え溜まりに溜まった披露や鬱憤を晴らすべく音楽にのって躍り騒ぎたい奴等が集まる大人の社交場。日本でいう所謂ディスコCLUBに部類される酒場。
それがこの場所『エデンファミア』である。
げらげら笑っているクルルカを遠目から見ながら、蜜柑は此処に来る前にクルルカが言っていた言葉が脳裏に過っていた。
「情報収集と言ったらやっぱ酒場っすよ!酒が入ると皆口軽くなるっすからねぇ!」
「貴族も良く来るしっかりした店っすよ!」
「何事も経験っすよ!」
「大丈夫っす大丈夫っす!私に任せて下さいっす!」
彼女の言葉を信用したのは間違いだったかもしれない。
蜜柑はそう結論付けそうになるが左右に首を振り、その考えを払い飛ばす。
決めつけるにはまだ早計だ。
冷静に考えれば彼女なりに他人との距離を縮めて有益な情報を引き出そうとしているのかもしれない。
蜜柑はクルルカをまだ信じてみる事にした。
………………………………………………。
三時間後、蜜柑は死んだ目をしながら暗がりの道を歩いていた。
横には蜜柑に肩を組まれ支えながらも千鳥足で歩く馬鹿がいた。
立派な二本の捻れ角には可愛らしいデコレーションを施され、健康的な褐色の肌は茹でた蛸のように真っ赤である。
「あひゃひゃひゃ!蜜柑ちゃん!蜜柑ちゃーん!あれー?蜜柑どのー?」
自分の本名を大声で叫ぶクルルカに怒りを通り越して呆れながら答える。
「……はあ、何ですか?」
「うへへ、うへへへ……蜜柑ちゃーん!」
「あまり、本名を呼ばないで下さい……」
「えーー!嫌でーす!」
その態度につい苛立ちクルルカを支える力が一瞬強まるも直ぐに脱力し蜜柑は呟く。
「はあ、なるほどこれが酔っ払いという生物なんですね……度しがたい……」
蜜柑は始めての酔っ払いの介護をしながら英雄王達が待つ家に帰るのであった。
家に着いた蜜柑はべたべたとだるがらみしてくるクルルカをベッドに投げ飛ばし、自身は椅子に座り込み今日の反省を開始する。
今日一日歩いて分かったことが何点かある。
まずクルルカの言う通り、見た目に関しては何も気にされない。
こんなお土産物屋に置いてあるような角と翼、それと民族舞踊を踊るような薄い衣の服で勝手に竜人と勘違いしてくれるのであるなら、もう少し大胆に動くことも出来るだろう。
次に街並みに関しては凄いの一言に尽きた。
魔術によって造られたのか分からないが建造物は只でかいだけではなく、利便性にも優れていた。
魔炉や下水の管理も人族の帝都より行き届いており、今日歩いた範囲では人族より純粋に文明レベルが高いように感じた。
そして三つ目に、クルルカ・ナーシェリアは、余り使えない……と言うことだ。
太郎様が何を考えこの馬鹿と行動するように言ったのか真意がまだ分からないので命令通り明日も共に行動するつもりだけど、正直今日一日一緒に歩いただけでかなり精神的に疲労した。
特に最後の『エデンファミア』では最終的に私まで巻き込んで壇上で吐くわ暴れるわで手に終えなかった。
そのせいで余り幼女さんに関する話を殆ど聞くことが出来なかった。
けど、全くと言うわけではなく、成果としてそこで竜人族の貴族と面識をもてたのだ。
話の結果、また明日にあの場所に行かなければならないのだけが憂鬱であるが今は少しでも幼女の情報が欲しいので行かざるをえないだろう。
他には_____。
ある程度今日の情報を振り返り終えた所で蜜柑は欠伸をする。
「流石に疲れました……」
明日に支障をきたすわけにはいかないので付け角と翼を外し、蜜柑はもぞもぞと布団に潜り込む。
そして小さく丸くなりながら蜜柑はすっと眠りについた。
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