第115話 龍王国編Ⅱ 『侵入』


――龍王国・ゼルデルティア正門『歓楽区』


グラハラム軍最高幹部『四翼』の一人

シルヴィア・グレンタールの治める区域。


「公国侵攻遠征からかえって来たっす。ギルド『名歌』所属っす」


その詰問所で、大白兎車を背にクルルカは衛兵へと偽名を名乗る。

同時に、登録証を手渡していた。


今回、公国侵攻遠征に赴いた勢力は大部分に分けて二つある。


グラハラムに命じられた騎士とエルテリゴの指揮する部下達。

そして、どちらにも属さず、人族でいう冒険者に値する『ギルド』という組織。


『ギルド』は魔王軍に属さずに己の力で生計を立てる者の集まりで、何でも屋の立ち位置の集団。


公国侵攻遠征は、侵攻対象が人族ともあって魔族にとっては旨味しかない侵攻であり、参加者も多く存在した。

クルルカが名乗るメフィナスもその一人であり、ギルドの一員であり、ナマクリム城塞で死に、太郎により『暴食』で吸収された女性の竜人だ。



「メフィナス……。ふむ、登録証の確認は出来た。では次に荷台の中身についてだが……この臭いは人族か?」


「大白兎の餌のニンジンっすよー?」


「ははは、最近のニンジンは人族の臭いがするのだな」


「ほえー、そうですよー。似てないっすか?ニンジンと人族って」


「似ているわけがあるか!!」


衛兵はクルルカの誤魔化すようなにまにました顔を横目に、荷台の垂れ幕を開く。

其処には、公国でかき集めたであろう金品や魔道具らしきものが積み重ねられており。

そして荷台の奥に鎮座する錆びた鉄格子の中。

そこに押し込められた人族の男女3人が確認できた。

全身は泥を被ったように薄汚れ、三人とも項垂れているように座り床を見つめているだけで抵抗の意志は感じられない。


「バレちゃいましたか―。魔隷の首輪はもうつけてるっすよー。暴れる心配はないっす」


「確かにな。確認した。しかし、随分と良い人族を奴隷にしたな。これはかなりの市場価格がつきそうだ」


「えぇ、活きのいい人族は不足してるっす。もうがっぽがっぽですよー」


うへへー、とこれから入ってくるであろう大金に目を輝かせるように、クルルカは蕩けた恍惚の笑みを浮かべる。

人族の他に鎮座する魔道具なども、見ただけで価値の張る物も少なくなく、それこそ素人目に見てもかなりの財産だ。


「これだけ上等な物に加え人族の奴隷があるのなら一度上に通さねば……」


「えぇー!!そんなことされたらえっぐい中抜きされるっすよー」


「決まりであるのだから仕方ない。俺がこの眼で見てしまったのだからな」


「うぅ……衛兵さんもいっつも大変でしょうから……これとっておいてくださいっす」


クルルカは衛兵に近づきながら、コソっと皮袋を握らせた。

ずしりと来る貨幣の重みに、衛兵はにやりと頬を綻ばせると垂れ幕を閉めた。


「すまない、俺の見間違い及び嗅ぎ間違いだったようだ。ふむ、確かにニンジンが入っていたな。大白兎想いの良い主人だ」


「でしょー?」



――――

―――

――


「おいおい、まじであんなんで侵入できんのかよ。警備がちっとザル過ぎねえか?」


「あんなもんっすよ衛兵なんて。そもそもここのところ何十年もゼルデルティアに外敵が侵入したことは無いっすからね。衛兵の仕事が雑になるのも納得ですし、やっぱりみんなお金には弱いんですよー」


「そんだけ平和ならそうなる……のか?っつか、家が中々に凸凹してんな。帝国と比べて一回り二回り建物はでけーのもあれば同じぐらいのもあるしよ」


「竜人族は人族みたいにちんまくないですからねー」


「いや、お前はちんまいだろ?」


「はッ!?まさか私をお狙いで!?鎌瀬山さんの奴隷の人等を見てたら私ももしや範囲内……?と思ってたんすよ!!ぅえー、迷いますねぇ。勇者さんとか逆玉の輿じゃないですかー。種族間の隔たり越えてもこれは有りっすよ。これはマジで悩み案件っすよ。いやー私がセクシーでごめんなさいっす」


「正義。見てみろよ。街自体が凸凹してやがるが往来する竜人たちに合わせてよく作り込まれてやがる。俺らの世界じゃ見ることの出来ねぇ雰囲気だぞ」


「これは……圧巻だな。王国や帝国は多少なりとも中世ヨーロッパ風味を感じたが。……この世界独自の文化からなる建築様式といった感じだ」


「ちょっと!?無視は酷いっすよ無視は!?」



正門を抜け歓楽区の街中を大白兎車で進む。

荷台の壁面に指で穴を開け、そこから鎌瀬山達は街中を見ていた。

荷台から聞こえる鎌瀬山の言葉に、クルルカは答える。


それは、自らが先日までいた帝国とは打って変わった世界。

建築物のスケールが大小さまざまで、全体的に凸凹とした特別な印象。

しかし、民の在り方は変わらない。様々な竜人が街を行き交い、生活を広げる。

一般市民が市場で物を買い、親子が笑顔で岐路に着く。

竜人がごった返して、ざわざわと喧騒を生む。

武闘派然とした先入観から来るイメージとは打って変わって、竜人達の生活様式自体は人族のものとは何にも変わりはない。


「私みたいにちっちゃいのもいればグラハラムみたいに巨大なのもいますからねー。凸凹なのは仕方ないっすよ」


「そりゃそうか」


「まぁでもここら辺にいるのは大きくて5mで、基本的にもっとでっかいのは軍お抱えになるっすからね。歓楽区にいないっすよ」


「んじゃあ、どこにいるんだよ?」


「城下町っすよ。大きすぎる竜人はここの一角に大型専用区域が作られてるっす。あんまり大きいのと小さいので一緒にしちゃうのも生活に限界がありますからね。それに加えて、竜王直下のお膝元。ゼルデルティアの中心で、今回私達が目指すところっすよ」


ゼルデルティアの中心。

そこに存在するあまりに巨大過ぎる城はゼルデルティアのどこからでも、姿が見える。

代々竜王とその恩恵に預かりし者達が暮らす竜王区。


「ま、そこに入るのも中々に難しいんすけどね」


「あ?さっきみてぇに入れねえのかよ」


「まさか。あそこはほんとに警備が厳しいっすからね。さっきみたいに行ったらその場で捕まえられちゃいますよー」


むむむー、と苦い表情をにながらクルルカはニンジンを揺らす。

大白兎車は町中を進む。

親子連れの竜人。子供の竜人が笑顔で掛けながら走り回る。

作物を売る商人から、なんとか値切ろうと奮戦している竜人。


移り行く人族と何ら変わりない『日常』。

巡るましく変わる景色を英雄王は大白兎車の窓から見ながら。


「あれは……」


その視線の先に映るのは……人族だ。

服とは言えない、布を被っただけの恰好で足に枷を嵌めて、やせ細ったその身体で商品を運ぶ人族……否、奴隷。

老若男女様々なその集団は、列を作り何処かへと進んでいた。


その姿を見て……勇者として救わなければならない存在を見て、英雄王が身体に力を入れようとした刹那。


「変な気は起こさないでくださいね英雄王君。目的の優先順位を考えてください」


蜜柑が呟く。

抑揚のない声音で、英雄王に言い聞かせるように……命令のようにその声は冷たかった。

異論は認めない、そう言い切るような声音で。


「ッ。けど、彼らはっ……」


「奴隷です。誰かの所有物です。あの先導している竜人がお金を出して買った道具です。教わりませんでしたか?人の物はとってはいけないと」


「違う!!彼らは俺等勇者が救うべき人族だ!!」


「……別に貴方の意見はどうでもいいです。救うべき人であろうともなかろうとも。私はなにも感じません。私の関与しないところなら好きにやってて貰っても構わないんです。でも今、私たちは幼女さんを救うために、太郎君と落ち合うためにこんなところで騒ぎなんて起こせません」


「洲桃ヶ浦……。でもっ。太郎なら……っ」


「何度も言わせないでください。諦めてください。彼らだけを救っても何も好転なんてしません。私達には最優先事項があるでしょう。彼らは二の次です。どうしてもというなら……少し痛い目を見てもらうかもしれないですよ」


蜜柑の瞳は、英雄王を突き刺すように睨む。

その手にはいつの間にか顕現させていた聖槍ブリューナセルク。

その切っ先は英雄王の首元に向けられていた。


「正義。俺も蜜柑ちゃんの意見に賛成だ」


「釜鳴!!お前も……」


「勘違いすんじゃねぇよ。俺だって救いてぇが、お互い様なんだよ。人族が魔族を奴隷として扱っている以上、俺らがそれを断罪する事はできねぇ。まず人族が魔族の奴隷化をやめねぇと筋が通らねぇんだ」


「……そう、だな。言う通りだ」


「救えねぇ命だってあるんだ。第一、俺らは奴隷になってる人族を助けに来たんじゃねぇ。幼女を助けにきたんだ。それは正義だってわかってんだろ?」


鎌瀬山の脳裏に浮かぶのは、魔族研究所の惨状。

ニーナと初めて出会った場所で――殺して――と嘆願してきた少女を助けることが出来なかった場所。

その少女に、何もしてやれなかった、苦々しい記憶。


ニーナとあの魔族の少女に違いなんてなかった。ただ、利用されて悪意に蝕まれた可哀そうな少女。

それでも、差は出来た。

その差は紛れもない、鎌瀬山自身の力。

力が無かったから、助けられなかった。太郎のような、不可能を可能に変えるだけの力が自分には無いのだから。


遠ざかっていく人族の奴隷を見つめながら、鎌瀬山の握りしめられたその拳からは血が滴っていた。


「……すまない。二人の言う通りだ。俺はまた、間違った選択をしそうになったみたいだ」


「ほんとうです。長旅で疲れてるみたいですし、変な気を起こさないうちに、少し寝ていたらどうです?」


「おい!!蜜柑ちゃんそんな言い方……」


「いいんだ鎌瀬山。確かに洲桃ヶ浦の言う通り、俺は疲れているみたいだ。すまないが、すこし横になって休ませてもらう。迷惑をかけてすまないな」


鎌瀬山を手で制し、英雄王は荷台の中で横になった。

眠るというよりは、もう何も見ないように。

自分を突き動かす何かを目覚めさせないように、英雄王は目を閉じた。


――――

―――

――


「いやぁ~~、数日ぶりのソファっすねぇ。それにふっかふか。私はもうここから出ませんよぉ」


一先ずの拠点として偽証した竜人メフィナスの家に到着したクルルカは、家に着くや否や、大白兎車から飛び出して。

ぐりぐりぐり~、とソファに全身を埋めさせながら凝った体を伸ばしてくつろいでいた。


「メフィナスに親恋人はいないっぽいんでいきなりの訪問は恐らくないっす。……友達やらなにやらが来る可能性はあるかもですが、まぁ、とりあえず勇者さん達もくつろいでくださいっす」


「くつろぐっていったてよぉ」


寝ころび、ぐでーっと怠惰の極みを見せるクルルカを前に鎌瀬山たちは顔を見合わせながらも、各々が椅子に座る。

メフィナスという竜人も背丈は人族のそれとほとんど変わりないようで、設置された家具は鎌瀬山たちが扱う分には申し分はない。


「故人の家に居座るってのも居心地悪ぃな」


「鎌瀬山君ってそういうところに敏感でしたっけ?」


「蜜柑ちゃんはそうは思わねぇのか?」


「幽霊とか怖いんですか?」


「そうなのか釜鳴」


「いや、そういうわけじゃねぇんだけどよ。なんつーか、こう家の中を見てるとメフィナスっつう竜人が想像できちまう」


鎌瀬山がちらり、と部屋の隅に飾られている額縁に目をやる。

そこには、弟か妹か……幼い弟妹が描いたであろう拙い竜人の絵と『お姉ちゃんへ』と書かれた文字。


「あまり深入りするのは良くないですよ。そこまでする権利も義務も私達にはありません」


「蜜柑ちゃんって意外と、なんつーか、さばさばしてんのな」


「別に……。そもそも、メフィナスは人族狩に来た竜人ですよ?ミイラ取りがミイラになっただけですので自業自得としか」


「そりゃそうか」


「鎌瀬山君こそ……そんなに、むむ?……なんて言ったらいいのか、頭良かったでしたっけ?私の知ってる鎌瀬山君だと、『くつろぐぜー、うめーもんねーかなー?』って言いながら冷蔵庫を漁るイメージなので。あ、ここだと食糧庫ですけど」


「それ俺の事馬鹿にしてね?」


「いえ、褒めてますよ。大人になりましたね鎌瀬山君」


「褒められてる気がしねぇんだが……」


ニコッと珍しく笑った蜜柑に釈然としない様子で鎌瀬山は愛想笑いを浮かべる。

内心、そういう風に見られていたのか、と蜜柑の中での自分のイメージにショックを受けつつも鎌瀬山は再び家の中を見回した。


二階建てのシンプルな家屋。

各階に部屋も4つほどあり、一人暮らしにしては若干に大きな家屋にメフィナスの裕福さが伺える。

このリビングだけで鎌瀬山の元の世界の自室が6~8個ほど埋まってしまう程に。


「しっかしでけーな。メフィナスってやつかなり裕福だったのか?」


「そうだよ鎌瀬山。メフィナスは実力が高かったみたいだからね。かなり優秀でギルド期待の星だったみたいだよ。悲しいね、そんな有望株が公国で死んじゃうなんて」


鎌瀬山の不意に漏れた疑問の声に応えたのは、クルルカでも蜜柑でも英雄王でもない。


「あ?てめぇ、いきなり出てくんなよ。勝手に行動しやがって、ふざけてんじゃねぇぞ太郎」


鎌瀬山の声音は一気に不機嫌色へと変わり、蜜柑の瞳は輝き、英雄王は安堵のため息をつく。

クルルカは、ふぎゃ!!、と角を引っ張られて投げ捨てられた。


「ごめんごめん。僕はクルルカの奴隷になるなんて死んでも嫌だから回避させてもらったよ。まぁ、一先ず長旅お疲れ様、と言ったところかな。皆無事で何よりだ」


皆の視線の先。

東京太郎はクルルカを吹き飛ばしてソファに腰を下ろし開口する。


「無事ゼルデルティアに入れたのは良し。折角だ、ゼルデルティアで観光でもしようか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る