第114話 龍王国編Ⅰ 『勇者とクルルカ』


――龍王国・ゼルデルティア




広大な敷地の中心に龍王城が控え、円形に広がる城壁によって守られた堅牢な唯一の都市。




その敷地面積は王国と帝国がすっぽりと入る程だ。




五つの区画に分けられたゼルデルティアでは各区での管轄はグラハラムの筆頭幹部によって管理されていれ、その年が各々の特色を持つ。




龍王国・ゼルデルティアに住む一般的な龍人と。


そして、ゼルデルティア以外の地で暮らす龍人。


グラハラム領に点在して住む多部族で構成された国家。


それが、龍王国・ゼルデルティアだ。




のどかな草原を龍王国・ゼルデルティア正門『シルヴィア特区』へと兎車が向かう。


ニンジンを釣り竿で正面に垂らしながら御者としてクルルカが座っていた。


ぼーっと、公国を出てから5日程途中休憩を挟みながらも、クルルカは大白兎にニンジンを食べられないぎりぎりのラインを維持しながら兎車を進めていた。




荷台の中には3人の人物。


本来、グラハラム領にいてはならない存在。


クルルカの背後。もぞもぞと、天蓋付きの荷台から顔を出した青年は、日差しがまぶしいのか若干目をしかめながら外の景色を見渡す。




「ちょっと、あんまり出ないでくださいよー。見つかったら大変なんですから」




「ずっと籠ってんのもシケんだよ。しっかしよぉ、お前ら飛べんのにこんな立派な城壁意味あんのかよ?」




「んーむむ、意味があるかと言われたら返答に困りますが……」




荷台から顔を出した鎌瀬山は、未だ遠くに見えるゼルデルティアの城壁を見ながら疑問を呈す。




「龍人族はあの城壁を越えません。いえ、越えられないと言った方がいいっすかね。決まり事みたいなものですよー。人族だって、飛べるからって城壁から登って入る一般人なんていないでしょ?」




「そりゃあ、滅多にいねぇな」




「そーういうもんす。そもそも、ちゃんと入門しないと中でとっちめられますからね。それはもう凄惨に。私はやったことないしゼルデルティアに入ったことなんて指で数えるほどしかないっすけど」




「んだよ、意外に魔族ってのもちゃんとしてんのな」




「む、失礼っす。どんなの想像してたんすか?」




「力こそが全て……みてぇなのか?そんな感じだ。そこらかしらでげひゃげひゃやべぇのが笑ってる、みてぇな」




「その地獄みたいな世界はなんっすか!!人族もうち等も国の有り様は全然変わんないっすよ。魔族をなんだと思ってるんですかー。一応カテゴリーでは魔族も人ですからね。例外が幻想種っすけど」




鎌瀬山の偏見が入った魔族のイメージに、クルルカがむすっと口を尖らす。




「釜鳴、さすがに失礼だ」




「いやでもよ正義。仕方ねぇだろ、魔族なんざ俺らの世界のイメージじゃそんなもんだろ。王国でも似たような伝承しか聞いてねぇしよ。そりゃ、俺も魔族は帝国で知ってっし大部分がそうだとは言わねぇが」




「俺らの世界は所詮創作のイメージだ。現実は今、目の前のクルルカさんのような俺らとなんら変わりない知能を持った存在だろう。まぁ、創作のイメージに引っ張られる分、多少違和感はあるが。……王国で聞かされたイメージとは大分違う、のは太郎の推論を裏付けるものにはなるが」




「太郎の推論ってーと、あれか?俺らが召喚された時に内面に色々と細工されたってやつか?」




「あぁ。魔族を悪しきとして斬るのに俺は躊躇いは無かった……その事に太郎に助言されるまで気づかなかったよ。それがあるがままだと受け入れてしまっていた」




「『勇者』としての称号でそうあるように色々と肉体なり精神強度なりも強化されてるみてぇだしな。俺ぁ魔族と敵対することなんざ帝国じゃあなかったから気が付かなかったが、正義の言うように斬り伏せる事に抵抗がねぇんだな?」




「あぁ。敵対してきたから斬り伏せた……のは間違いはない。だけど、やっていることは殺人となんら変わりない。でも、俺の精神は崩れる事はない。それが当然だと、受け入れてしまっている」




英雄王正義は己が手を見つめる。


以前、帝国での帝国勇者の悪行を聞いた時はそのあまりのおぞましさに憎悪した。


しかし、その憎悪は人族が対象になったからではないか?と疑問が浮かぶ。


もし、帝国勇者が魔族を奴隷として甚振っている、とそれだけを聞いたのならその憎悪は生まれず、それどころか違和感も覚えなかったのではないかと、恐怖する。




「もちろん。幼女救出の障壁に成り得る魔族は斬り伏せる。相手もそれを覚悟で立ち塞がっているのだから。……だが人族と魔族。全体の方針として今は殺し合うしかないが、同じ言葉を喋り同じように暮らす者同士分かり合うという答えもあるんじゃないか……そう、この移動中の五日間に考えていて思ってしまったよ」




「ほえー、勇者さんは魔族に理解がおありで?」




英雄王の……人族の絶対的な希望である勇者から発せられるものとは思えない言葉に、思わずクルルカは声を出す。




「理解、とは違うかな。人族と魔族は今も過去から長くいがみ合っているんだ。それを解消するの生半可な者じゃないと思っているよ。けれども、その道があるなら、俺は誰も死なない選択肢を選ぶ、それだけだよ」




「んー、私等も部族単位なら別に人族と争おうとは思っていないし今を生きれれば幸せ―っているのが大半なんでそんな未来が来たらいいなーっていうのはありますけど。所詮、夢物語っすよ。どこにも争いこそ我が人生!!ってのはいますから、平和はそういう人等にとっては毒みたいなもんすよ」




「理想論……になってしまうのだろうな。平和は」




元の世界においても……それこそ今の人族でさえ魔族という共通の敵がいるにもかかわらず、裏ではあれやこれやと政治戦略で争っている状態だ。


尤も、魔族も魔族で4種族に分割されそれが各々で睨み合っているのだから五竦み状態、といても差し支えない状態。


これでは一つの強大な敵と戦う、というよりは他の勢力に勝つために只協力関係を結んでいるだけ、と同義になってしまい人族間での争いに終わりはないだろう。


そもそも、お互いの種族がお互いの種族に対する嫌悪感が凄まじいのは火を見るより明らかで、其れを変えることは至難の業……それこそ、神の御業とでもいうべき事象になるだろう。


それかはたまた




「余りにも大きな、一つの敵の存在か……」




英雄王がぽつり、と呟いて。






「兎さん可愛いですね」




ひょっこり、と荷台に残る最後の一人。


洲桃ヶ浦蜜柑も顔を出し、せっせとニンジンを目掛けて走る前長2m程の大白兎を見ながら呟いた。




「大白兎はどこにでもいるっすからね。むしろ今まで見たこと無かったんですー?」




「ソテーなら見たことあったけかな。なぁ、正義」




「そうだな。……中々に美味だった記憶があるよ」




「わかるっす。美味しいっすよね」




一瞬、ビクッと大白兎は寒気を感じる。


が、そんな様子に白兎のソテーを思い浮かべる三人は気が付かない。




「ニンジン……こんなに大きいんですね?私たちの世界ではもっとちっちゃいのに」




「そうだな。俺たちの世界の物と酷似しているのは……先代の勇者が持ち込んだか品種改良で似たようなものを作ったか。……考えていると、日本の料理が恋しくなってくるな」




「そういやよ。賢人っつったか?俺らとは別の形式でこの世界に送られてくるヤツ。そいつが帝都に飯屋開いてるらしいんだわ。ナツメ……ヤシ?とか言ったっけか。いっさいがっさい終わって一旦落ち着いたらよ。俺ら3人と幼女と……太郎でいこーぜ」




「ふむ。それは興味がありますね。日本料理とか出てきそうです。鎌瀬山さんにしては気の利いた提案です。……帝国で何かありました?」




「蜜柑ちゃん俺には厳しいよな……」




苦笑いしながら鎌瀬山は呟く。




「そうだな。すべてが終わったら一度ゆっくりと5人で……いや」




「?」




英雄王が微笑みながら、その視線をクルルカに向ける。


いきなり視線を向けられたクルルカは




「クルルカさんとルルリナさんも良ければ一緒に。どうかな?」




「む……そうっすね。私等にも席が用意されてるなら、喜んで参加するっすよ」




少し考えた後、クルルカも微笑みながら英雄王の問いに答えて……。




「とりあえず、そろそろ潜っててもらってもいいっすか?いつ誰かに見つかるか私ビクビクなんですよー」




――――


―――


――





「しっかし旦那どこ行ったんすかね」




「太郎なら大丈夫だろう。太郎は常に最善の為に動いている。かえって俺の指揮に素直に従っている方が珍しいくらいだ」




「旦那、やっぱり勇者さんの中でもそんな扱いなんですね……」




「それでも、そんな太郎の動きに俺はいつも助かっていたよ。俺はここぞという時にツメが甘い。それを何時も助けてくれる。だから、太郎が一人で行動することに俺は何の不安も抱かずに任せられる」




「信頼されてるんすね、旦那」




クルルカの独り言に応える形で、荷台の中から声だけで英雄王が言葉を返す。




クルルカが操る大白兎車の中に東京太郎の姿はない。


グラハラム領に向かう前日に、忽然と姿を消していた。




『ゼルデルティアで落ち合おう』




ただ、その書置きだけを残して。




「太郎なんざの心配してんじゃねぇよ。帝国でもあいつはどっかをほっつき歩いてたんだからよ。好きにさせとけ。幼女を助けるのなんざ俺等三人で充分だ」




それは一種の嫉妬のように。


英雄王が太郎を信頼しているような言動を現したのが気に喰わなかったのか。


鎌瀬山は言葉を吐き捨てる。




そんな鎌瀬山をジロッと半目で睨む蜜柑はふと言葉を漏らす。




「そういえば鎌瀬山さんは帝国で可愛い女の子の奴隷を入手したんですよね」




「蜜柑ちゃん!?んだよ、んなわけねぇだろ……ぁ」




心当たりのないいきなりの蜜柑からの疑惑に鎌瀬山は咄嗟に否定する……が、脳裏に一人の少女の姿が過ぎり、思考を混濁させる。


忘れていた……否、クルムンフェコニのことを忘れていたわけではない。


帝国決戦が終了してからの日々クルムンフェコニとニーナの二人とほぼ時を過ごしていた。


公国に行くときも、自分たちも着いて行く!!と主張して聞かなかった二人を諦めさせるのにどれ程苦労したことか。




ならば、何を忘れていたのか。


当たり前に傍にいて、当たり前に普通に接していたから。


もはや家族のように、当たり前に心を通わす中になっていたから。


彼女と知り合った経緯を、彼女と出会ったきっかけを。


それは……




「クル子……そういや奴隷だった」




「やっぱりですね。見損ないましたよ」




「いや、違ぇんだ蜜柑ちゃん!!これには訳があってよ。待て、微妙に距離を取るのは傷つくからやめろ!!」




すっ、と蜜柑は微妙に鎌瀬山から距離を取り、軽蔑を含めた冷ややかな眼差しを向ける。




「それに、10歳くらいの女の子も囲って生活してたと聞きました。最低です。ロリコンです。腐ったマンゴーです。これには幼女さんもドン引きですよ」




「違ぇんだ!!そんな蜜柑ちゃんが想像するようなやましいものじゃなくてさ。ニーナの件にも事情があってよ……つかなんで蜜柑ちゃんが知ってんだよ!!」




「太郎君から聞きました。奴隷の少女とちっちゃい女の子を囲って生活していた、と。最低です。変態です。ロリコン勇者です」




「太郎あの野郎ぁぁあ!!」




此処には居ない、東京太郎に向けて激高する鎌瀬山。


拳を握りしめ、太郎への殺意をその身で燃やす。




別にいつかはバレる事ではあったし鎌瀬山自身、隠すつもりはなかった。


公国で幼女を奪還して、帝国へと戻った際に皆にはちゃんと彼女らをその経緯を含め紹介するつもりだった。


クルムンフェコニのこともニーナのことも。


背景を含めた説明をすれば多少は咎められようとも、変態のレッテルは張られることはなかっただろう。




しかし、それをする前にバラされてしまったのでは鎌瀬山に対する印象は最悪。


少女を奴隷にし、更に10歳前後の少女にも手を出した変態勇者。


その印象だけが聞いた者に残ってしまう。




「いや、釜鳴。すまないが詳しく聞かせてくれないか。そんなことはないとは思うが、場合によっては俺は釜鳴を叱らなければいけない」




「違ぇんだよ正義。俺は全てが終わったら皆に紹介しようと……」




どうにか弁明しようとする鎌瀬山。


多少騒がしくなった荷台に。




「ちょっと勇者さん達もうそろそろ静かにしてくださいっす。門が見えて来たんで。それと、手筈通り準備をお願いするっす」




眼前に迫りくる、龍王国・ゼルデルティア正門。


荷台の中ではしゃぐ勇者達にげんなりとしながらも、クルルカのをからは汗が出る。




冷静に考えれば、自分は魔族にとっては外敵に当たる『勇者』に与し侵入を手助けする大犯罪者に過ぎない。


もし、今回の作戦で勇者達が敗れた時、その時に自分が捕まってしまったのなら……。


殺された方がマシだと思えるような拷問を受け、苦しみながら死んでいくに違いない。


それに、ナーシェリア一族もその責任を負わされて一族粛清になるのは、考えるまでもない。




龍人族に対する明確な敵として、クルルカ・ナーシェリアは龍人族と決別し、ルルリナを救い出さなければいけない。




考えれば考える程に、クルルカの心は不安で蝕まれていく。


東京太郎の圧倒的な力を、クルルカは知っている。


けれど、それがグラハラムを前にした時に本当に勝ち得る存在なのか……クルルカにはレベルが違いすぎて判断が出来ない。




クルルカは自分の首筋に触れた。


そこには帝国に居た時に刻まれていた『魔隷の呪』による紋様は無い。




いざ龍人族に勇者に与しているとバレた時に、無理やり従わされてた、と言い逃れも出来ない。




「腹、くくるしかないっすね。旦那、私は旦那に命預けるっすからね」




もはや自分に残された道は、勇者達の勝利でしか無し得ない。


魔王グラハラムを打倒し、勇者幼女とルルリナを助け出す。


それを再び、自分の心に焼き付けて。




迫りくる正門。




心拍数の上がる胸を無理やり押さえつけて、クルルカはぶら下げたニンジンを揺らし大白兎車の速度を上げる。




「勇者さん達。準備はいいっすか?そしてようこそ、龍王国・ゼルデルティアへ。」




自分の心を鼓舞するように、クルルカは呟いた。


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