第113話 公国編Ⅷ 『英雄譚の幕開け』

公国・ナマクリム城塞

――仮設テント


緊急で建てられた仮設テントの中。


僕と蜜柑、英雄王、釜瀬山、クルルカの5人がそこで円卓を囲む。

幼女奪還及びクルルカ妹奪還、兼魔王グラハラム攻略の実働班。


「とりあえず、さっきみたいに変な邪魔入っても嫌だから僕等だけで方針を決めちゃおうか。実際、幼女奪還は敵の本拠地に突っ込むわけだからね。大所帯では行けないし、弱者についてこられても迷惑だ」


弱者。

それは王国、帝国騎士団の面々だ。


勇者信仰が強い人族の事だ。

おそらく、付いてきてくれないか?

なんて頼んだ事には二つ返事でOKをくれる人が大多数だろう。


団長・副団長クラスは怪しいところだけど武勲を上げたい一般兵なんかは志願してくるはずだ。


……だからこそ、彼らはいらない。

足手まといをぶら下げながら幼女を奪還するのははっきり言って面倒くさい。


いくらでも犠牲にしていいならどうにでもなるんだけど、それは英雄王と鎌瀬山が許すことはないだろう。

一般兵のお守をしながらグラハラム領に踏み入るのは馬鹿のすることだ。


それに、人族と龍人族の戦争という話なら僕は各国の戦力を最大限利用させてもらって勝利を得に行くけど、今回は目的が違う。


「僕らは別に戦争を仕掛けに行くわけじゃないし、龍人族を亡ぼそうとも思っていない。ただ、奪われたものを取り返しに行ってちょっと仕返しするだけだ」


とりあえず幼女を取りも戻す。


グラハラムが計画している『龍の姫』も『第六黙示録』も成されてしまえばどうにもめんどくさい事柄が多そうだし。

幼女さえ取り戻せばそれらは全て瓦解し、龍人族の動きも収まるだろう。



それに。


「時間はあるとは言ったけど。所詮、クルルカの情報だ。出来るだけ救出は早い方がいい」


僕が保有している情報はクルルカから聞いた情報のみ。

そこらにあった龍人の死体をいくつか『暴食』で喰らってみたけれど有益な情報はほとんどなかった。

……いや、龍人族の暮らしとか文化、地理は大体把握できたから良しではあるのだけれど、肝心の『龍の姫』『第六黙示録』の情報は皆無。

恐らく、その情報は上位幹部ぐらいしか知りえなそうだ……先ほど襲撃に来た前竜王エルテリゴレベルでないと知り得ないかもしれない。


「旦那ぁ、ひどいっすよ!!それは私が命からがら寿命を縮めて得た唯一の情報なんですからね!!」


クルルカが僕の発言を気に障ったのか、口を尖らせて抗議する。


「はいはい。ごめんね」


「あしらい方がテキトーっす!?」


「いや、今君のコントに構ってる暇はないから」


「あいたっ!?」


クルルカの角をデコピンで弾いて黙らせる。


クルルカがいるとほんと疲れるね。


そんな僕とクルルカのやり取りを見ながら英雄王が笑う。


「どうしたのさ英雄王。そんな気の緩んだ笑みを浮かべて」


「いや、太郎。なんだかお前も変わった気がするな」


「?僕は変わっていないさ。正真正銘僕のままだよ」


「あぁ、そうだな。太郎が変わった……というよりは俺が太郎のことを知らなさ過ぎたんだろうな。鎌瀬山に至ってもそうだ。俺は二人を知らな過ぎたし、きっと蜜柑や幼女のことも知らない」


英雄王は神妙な顔つきで、僕を見て、それから鎌瀬山と蜜柑へと視線を向け……最後に誰も座っていない席へと視線を向ける。

そこに本来なら座っている筈の一人の勇者……幼女の姿を見るように。


「幼女さんはきっと無事です。太郎君がそう言うんですから、無事です」


「あぁ、気に食わねえが、こいつが言うんなら間違いねぇだろうよ。こいつが何か企んでしくじった事なんざ見たことねぇだろ。後は俺らがグラハラム共にどこまで通用するかっつー話だ」


蜜柑と鎌瀬山が英雄王を励ます。

それを聞いて若干うつむきがちだった英雄王もこくりと頷いて瞳に光を灯し始めた。


そうだよ英雄王。

次は君の番だ。


悪しき帝国勇者と悪に染まった皇帝。

それ等を革命軍を率いて打ち破り、帝国を救った救国の英雄として名を馳せた勇者・鎌瀬山釜鳴。


其れに匹敵するくらいの英雄譚が君には必要だ。


そうだね。

英雄譚としては王道で単純的でわかりやすく、誰もがその偉業を称えやすい。


『囚われの姫を助ける英雄』を英雄王には体現してもらおう。

他勇者を纏め上げ、少数精鋭にて魔王城へと侵攻し、数多の強敵を打ち破り最愛の姫を救い出す。


そのリーダーとして。君を誰もが知る英雄へと昇華し名を轟かせよう。


「さて、僕達の目的は二つ。幼女奪還とクルルカ妹の奪還。そのためにまずグラハラムの本拠地、龍王国・ゼルデルティアへと侵入しよう」


「侵入っつってもよぉ。俺らじゃ目立ちすぎんじゃねぇか?」


「まぁ、僕等が大手を振って歩いてたらそりゃ一瞬で見つかるよ。正面突破で薙ぎ払いながら進むのも面白そうだけどどこかで限界はきてしまうだろうね」


「んな派手に行こうなんざ考えてねぇよ。人族で魔族の平民がいねぇのを見てるんだ。んなことわかってんだよクソがっ。どうせ魔族領での人族なんざひでぇ扱いだろうがよ」


鎌瀬山が不機嫌そうに言葉を吐き捨てる。

おそらくクルムンフェコニの事を思い出してしまったのだろうね。

そうだ。彼女みたいな存在こそ人族での魔族の扱いの見本だ。


平凡に世界の片隅で暮らしていようとも、人族はそこを攻め立て自らの利益のためにその命を玩具として金に換える。

奴隷に落とされた魔族の扱いなんて、生き物への扱いじゃないのがほとんどだ。


それこそ僕がハッテムブルグでクルルカ軍団の半数を壊滅させてしまったように、その命は塵芥に等しい。


「鎌瀬山の言う通りだ。龍人族……というよりは魔族での人族の扱いなんてそりゃ酷いものだよ。下手したらそこらの魔獣よりも軽い命で彼らの玩具さ」


「あ?んでてめぇがそんな物知り気なんだよ」


「僕の限外能力……みたいなものだよ。それで得た情報だ。君らの知る通り僕は勇者ではない。でも、勇者ではないけど、戦えるだけの力を持っている。ね、鎌瀬山。君を倒せるくらいはね」


「……ッち。あぁ、ぶん殴りてぇ」


「いいよ。出来るものならね」


確か鎌瀬山には『理想郷』を見せてるだけで『七つの原罪』に関しては……恐らく知らないだろう。


『暴食』は愛兎斗がコピーして使っていたせいで多くの人に見られた……けど、僕が所有者だということは恐らく極一部の人しか知らない。

元々『暴食』は使い勝手が良いし、見栄え的に能力然としたものだ。

闘える、と英雄王に言った以上『暴食』を自分の限外能力として出す方が都合がいい。


限外能力を隠す隠さないでまた揉めるのは面倒くさいからね。


「潜入、隠密、奴隷……そうか」


考え込んでいた英雄王が顔を上げて、クルルカを見ながら頷いた。

いきなり見られたクルルカは、うっ、とたじろいで。

なんだか嫌な予感がするっす……と呟く。


「あぁ、さすが英雄王だね。僕が提案する前にその内容をわかってしまうなんて」


「簡単な推察だ。太郎の解とは違うかもしれないぞ」


「そんなことはない。君の洞察力と直感は僕が何より頼りにしているものだよ。僕の口から何でもかんでも出てくるんじゃ気にくわない人もいるだろうしね。頼むよ英雄王ここから指揮を代わってくれ。僕は君たちのように正式な勇者じゃなくて只現地の人よりちょっとだけ強い人間。第一、矢面に立つような人間じゃないからね」


英雄王は僕の発言に何か言いたそうにして、その言葉を飲み込んだ。

英雄王が僕を頼りにしているのはわかるけど、僕が作戦を立案してその通りに動くんじゃ今後の彼の為にならない。


僕がやるのは道筋を示してあげるだけ。

その過程は当事者たちが頭を悩ませて考えるものだ。

それは大きな成長の糧と成る。


ユニコリアみたいな彼らの手に余るイレギュラーが登場した時が本当の僕の役目だ。

ゴールを設定して君たちの歩く道に迷い込む不純物を排除する。

僕がやるのはそれだけにしたい。

なんでもかんでも僕が実行してしまっては、簡単にできてしまうからつまらない。


英雄王に発言を促す目配せをする。

彼自身も気づいているだろう。

勇者でない僕に頼ることがどれだけ己の恥になるのかを。

そして、僕に頼り続けることが己の成長にならないことを。


「そうだな。すまない。俺はいつの間にか太郎に頼りきりになっていたみたいだ」


「頼られることは嬉しいよ。悩んだ時は相談してくれていい。でも僕がやるのはあくまで選択肢を一緒に考えてあげるだけ。最終的な判断は、僕等のリーダーである君の役目だよ英雄王」


英雄王は目を閉じる。

今一度、自分に喝を入れるように。

この世界に来て疲弊しきってしまった自分から元の自分へと戻るように。

息を吐き、英雄は瞳を開ける。


「釜鳴、洲桃ヶ浦、太郎。幼女おさなめを助け出す為に、俺たちはグラハラム領へと侵入する」


「あぁ、任せろや」


「当然です」


英雄王の言葉に蜜柑も鎌瀬山も応えた。

そして英雄王の視線はクルルカへと向く。


「クルルカさん。帝国では太郎達を手伝ってくれたことに対してまず感謝を」


「え!!いや、まぁ、そんなことは……」


狼狽えるクルルカ。

その仕草に僕に対するような飄々としたいつもの感じはない。

英雄王という一人の英雄からの感謝に、素直に戸惑っている様子だ。


「安心してくれ、君の妹も幼女同様必ず助け出す。だから君も俺に力を貸してくれないか?」


「……そんなの、こちらの方からお願いするっす。私はルルリナの為ならどんなことでもしますから。勇者の手助けが得られるなら、私はがむしゃらに働きますよ」


英雄王の言葉にクルルカが応え、これで場の雰囲気は英雄王を中心とした体制へと変化する。

英雄王の一挙手一投足。その全てに幼女とルルリナの命は懸かっている。

その行い。最初の第一声を、口にする。


「手始めに、俺らはクルルカさんの奴隷になろう」


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