第112話 公国編 Ⅶ 『ルルリナ・ナーシェリア』
広大な薄暗い広間。
―――――竜王城
――――――祭壇の間
「貴女が、勇者幼女華世……」
薄暗いその場の中心には、巨大な氷柱。
その中には一人の少女が眠るように拘束されている。
王国勇者・幼女華世
「貴女も巻き込まれて、可哀そうに」
拘束された勇者を見る一人の龍人族の少女は呟いた。
名を、ルルリナ・ナーシェリア。
ナーシェリア族次期村長にして『龍の姫』候補の一人にして、クルルカ・ナーシェリアの実妹。
クルルカによく似た面影を持ち、捻じれた角を生やしたその少女は一人、幼女華世を見つめていた。
龍王国・ゼルデルティア
龍人族唯一の国家にして、魔王グラハラムが統べる土地。
人族のように国がまばらに点在しているわけではなく、村単位では点在するが国家としてはゼルデルティア以外に存在しない。
『第六黙示録』の実行にあたりグラハラム領全土から集められた『龍の姫』候補たちも段々とその数を減らしていき、最適適合者が決定するのも間近に迫る中で。
最終候補まで残った内の一人であるルルリナ・ナーシェリアは一人、幼女華世の前に訪れていた。
何かすることがあるわけでもなく。
それこそ、『龍の姫』候補として丁重に扱われ、衣食住不自由なく暮らせている。
いずれその命を捧げる『龍の姫』候補達は、無邪気にその生活を謳歌するものや、自暴自棄になって精神を病んだ者、村に帰りたいと泣き喚めく者。
多種多様な反応をして、選別によって段々とその数を減らしていった。
泣くこともせず、悲観することもせず、ルルリナ・ナーシェリアは『龍の姫』候補の一人としてここにいた。
諦めにも達観にも似た感情。
「残念だけど、大分前にクルルカは死んだよ。帝国で情報がロストしたから」
ふと聞こえた声。
ルルリナが振り向いた先には、龍人族の代表――竜王・グラハラムが佇んでいた。
「クルルカ姉様が簡単に死ぬはずありません。あの方は、生きることには人一倍執着している人ですから」
「……そう思いたいならそう思うといい」
「私は信じていますから。クルルカ姉さまは私を助けに来てくれるって」
「希望を持ちたければ持っているといいよ。どうせ全て無駄になる」
「無駄になんてなりません。魔王グラハラム。ナーシェリア族次期当主として貴方に申し上げましょう。貴方のやり方には誰もついてきません」
「……君たち族長達は昔からそうだ。竜王に従うことはなく戦争にも積極的に参加しない」
「えぇ。私たちは現状に満足していますから。悪戯に領土を広げ覇権を得るなど、しようとも思いません」
「そのくせ恩恵だけは受けようとする忌々しい奴らだ」
グラハラムは感情の乗っていない声音で呟くと、氷柱へと触れた。
その行為に意味はない……否、強いて言うとしたらこれから手に入る悲願を展望し触れる。
「幻想種は元々僕らの居場所だ」
「遠い昔の話です」
「その時僕には力はなかった。かつての幻想の王の種族であった僕ら龍が人の身へと墜とされたあの日。僕は忘れていない」
「……」
「やっと始まりとの……『初代勇者』との差がこれで埋められる」
「貴方の理想は個人のものです。龍人族総意ではないです」
「今はそうだ。だが、『龍の姫』を成せれば大勢は変わる。日和見だった奴らも、エルテリゴ派も皆目的は一致する。それにかつての龍王は皆望んでいる……呪うようにね」
「……」
「まあ、始まりから人だった者にはわかるはずもない」
「えぇ、その通りです。わからない。……そのために私が犠牲にならなければいいけないのなら、わかりたくもない」
「君はわからなくていい。君はただ『龍の姫』の一人と成ればいい。それだけで、君は龍人族の英雄だ」
「……」
「未だに幻想種に居座る偽物初代勇者を引き摺り下ろし、僕等は再び座に戻る。そのためならば僕はなんだってする」
その言葉を残して、グラハラムの姿は消える。
祭壇の間。
一人残されたルルリナは首にぶら下げた笛を握りしめる。
「助けて、姉さま」
姉に……クルルカに貰った手製の笛を握りしめながら呟いた。
―――――――――――――――――――――――
マシュマロ公国。
――ナマクリム要塞
蜜柑の投入により戦力の均衡は人族側に傾いた。
劣勢になっていく龍人族はその事実に戸惑い、次々と蜜柑に切り裂かれていく。
一転攻勢へと転じた人族はその勢いに乗るように士気を高め、龍人族と渡り合っていた。
その様子を見て一先ず安心した僕は、手近にあった椅子に腰かける。
クルルカは部屋に合った適当な引出しを開けて、見つけた服を着ようとしていた。
そんなクルルカの間抜けな行動を視界に収めながら考える。
後手後手に周ったこの状況。
均衡状態には持ってきたし、人族で危機は脱してもらうつもりではいるけどあまりここで足止めを喰らうのも良くはない。
最終的に目指すのは幼女の奪還。
そのついでのグラハラム討伐。
けれどその余韻で起こ得る、魔族間同士のパワーバランスの崩壊。
龍人
獣人
悪魔族
幻想種
の四勢力で構成された魔族側陣営。
そのどれもが勇者を除いた人族全戦力を以てしても一角すら落とすことも出来ないだろう。
……まったく、この魔族陣営の四勢力は人族陣営でいう王国・帝国・連邦のような扱いなのにその違いは雲泥の差だ。
運がよかったのは魔族陣営が結託をしていないこと。
魔族という一つの括りではあるが、彼ら同士も対立しているということ。
魔族・人族・魔獣の三竦みだった過去の大戦から、魔獣陣営が消え去って今になった歴史のように。
恐らく僕らが召喚されたこの歴史の一点が再びのターニングポイントだろう。
現に、今まで召喚された勇者のスペックは過去の文献を読んだ限り、僕等は激動の時代を耐え抜き一時勝利に導いた最高峰と謳われた初代勇者達に次ぐスペックだ。
全員が固有武装能力持ちの、本来ならば、黄金世代と謳われ人族が歓喜し凱旋する時代。
そして、人族が長年に続く大戦に勝利し得る最後のチャンス。
この世代で人族側の勇者がすべて敗れれば人族も魔獣陣営のように歴史から消えることになるのは間違いない。
そうだというのに。
「帝国の召喚された面子が悪かった。せめて僕よりも遅く召喚されていればどうにかなったんだけど。アレらをこれから矯正するよりかは鎌瀬山の経験値になる方が有意義だし」
故に、帝国勇者の改心は見捨てた。
結果として帝国に残留していた4人の勇者は二人が戦死、一人が離脱、一人が現状維持に落ち着いた。
残った面子的に考えれば、結果としては上々だ。
めんどくさそうなのが二人死んでくれたから……まぁ、良いだろう。
喰真涯は僕に極力会わないようにしてるのは残念だけど、人格としては芽愛兎が慕っていた方の人格に戻っているし戦力としても申し分ない。
「さて、一先ずは襲撃の対処が終わるまでのんびりしようかな」
―――――――――――――――――――――――――――――
ナマクリム城塞・内部。
既に多くが瓦解し、空が明けた部屋。
天井や壁は既に存在しない。戦闘の余波で吹き飛びナマクリム城塞の一角の崩壊は始まっていた。
その爆心地ともいえる場所。
英雄王正義と鎌瀬山釜鳴。
そして、エルテリゴ・グラスプリオ。
たった三人の戦いでその場を破壊し尽くす余波を生むには十分だった。
『限界突破』による肉体強化を受けた英雄王が後衛に立ち、前衛には肩で息をする鎌瀬山。
それに迎え撃つは、龍人『悪食』のエルテリゴ・グラスプリオ
「くっそ。なんなんだよアイツは。全然攻撃が当たらねぇぞ」
「落ち着け釜鳴。エルテリゴは幻だ。魔素に僅かな差がある。それを見極めるんだ」
「んな繊細なもん俺がわかるわけねぇだろうがよ、オラァッ!!」
鎌瀬山が聖鎌を振るい無数の斬撃を放つ。
それは瞬時に現れた空間の歪みに吸い込まれて行き、エルテリゴの周囲全てを無数の斬撃が埋め尽くした。
斬撃によりバラバラの肉片になったエルテリゴの身体は、数舜の内に幻とともに消え、その場には再び無傷なエルテリゴが立つ。
「クソがっ」
「弱いのぅ、弱いのぅ。無能で愚か。かの帝国の勇者とは大違いだわい」
悔しさを吐きつける鎌瀬山を嘲笑するエルテリゴ。
その背後に。
「そうだな。その愚か者に負ける。それがこれからのお前の姿だ」
「ッ!?」
英雄王がいた。
エルテリゴにとってもそれは予想外の出来事。
『限界突破』によるスペックの限界を超えた超速。
視界に写っていた筈の英雄王はエルテリゴが瞬きをした瞬間に消えた。
英雄王が構えるは聖剣『テトラ』。
その刀身を振りかぶる。
エルテリゴの身体は真っ二つに分かれ、血液をまき散らしながら地面に倒れ伏した。
「やったのか……?」
「まだだ。だけど、ある程度の範囲は絞れた。釜鳴、お前が前衛で時間を稼いでくれたおかげで大分集中して探索できた」
英雄王は歓喜の声を上げかけた鎌瀬山に呟くと、太陽の方向に視線を向ける。
鎌瀬山もつられて視線を向けた。
そこにはまぶしいだけで何も存在しない空間だ。
しかし。
「あぁ、正義。その辺りにいるってわけか!!」
それだけで、英雄王の意図は鎌瀬山に伝わった。
それは長年、英雄王を目標にして、英雄王をみほんにして 生きてきた鎌瀬山だからこそわかること。
長年の信頼が生んだ絆の証。
「クソがっ。空から優雅に見物とシャレ込みやがってよ」
鎌瀬山の掛け声と共に、聖鎌『ジャポニカ』の刃は紅く染まる。
「墜ちろやっ」
鎌瀬山は鎌を空に向かって振るい、巨大な紅い斬撃を生み出した。
それらは上昇していくとともに無数に分裂する。
空を覆いつくす程の無数の紅い刃。
無数に分裂し、薄くなるその斬撃に殺傷能力はない。
否、それは敵を穿つためではない。
英雄王に敵の正確な居場所を教える為の布石。
「行け、正義!!」
無数の紅い刃に覆われた空で、一点だけ、弾かれた。
そこへ、釜瀬山は『空間転移』の時空の歪みを生み出し空への足場を作る。
生物を吸い込むことをしない特性を利用した限外能力の応用。
打ち合わせをしたわけでもない。
初めてみる使い方に関わらず、その足場を英雄王は疑うことなく踏みしめながら超速で進む。
「見つけたぞ。エルテリゴ」
英雄王の視線の先。
紅い刃を退けた一点。
英雄王の振るわれた聖剣『テトラ』。
それは、何もない空間で受け止められた。
幻にはない確かな感覚。
徐々に解かれていく透明化の術式。
テトラの切っ先。
英雄王の視界にやっと、エルテリゴが現れる。
両腕の鱗で聖剣『テトラ』を防ぎながらエルテリゴは愉快そうに笑う。
「くひゃひゃひゃ、所詮一人では同じ土俵に立てぬか?儂の期待外れじゃったかのう」
「俺は一人で何かをこなしたことなんて数えるだけしかないよ。いつだって、皆の協力があったから俺は成功できていたんだ」
「愚か、愚か!!力とは個よ。協力ぅ?そんなもの、なんの価値もあるまい。信じられるのは常に自分のみよ。一人で成し得てこそ、愉悦に浸れるもの。貴様は惰弱に過ぎんのぅ」
「好きなだけ言ってくれ。皆に協力して貰って結果を生み出す。一人じゃ何もできない俺が編み出した、俺の力だ」
拮抗する鱗とテトラ。
しかし、テトラの刃は段々とエルテリゴの鱗に食い込む。
エルテリゴはちらりと、視線を英雄王から外してナマクリム城塞敷地内を一望した。
ナマクリム城塞内敷地の各地で争われている戦闘行為。
当初、龍人族の一方的な虐殺だったのが、蜜柑の介入により体制は建て直し五分五分のラインまで逆転された。
エルテリゴはその戦況を感じ取りながら頭を捻り、言葉を口に出す。
「ほぅ……そろそろ遊びも頃合いかのう。戦況が悪化してきたわい」
「逃がすわけないだろ!!」
聖剣『テトラ』は輝き、その勢いは増す。
ミシミシと音を立てながらひび割れていくエルテリゴの鱗。
後数舜もしないうちに鱗を砕きエルテリゴを両断せんとするその刹那。
「正義!!上だ!!」
「ッ!?」
鎌瀬山の声が響き、英雄王は咄嗟にテトラ引き抜きを上空に携えた。
瞬間、幻のエルテリゴが拳を放つ。
幻であろうとそれは実体に変わりはない。
凄まじい衝撃波が英雄王を襲い、空から墜とされる。
「くっ」
墜とされながら、なんとか体勢を立て直しナマクリム城塞へと着地した英雄王。
すぐさま空を見上げる。
そこには、右手を掲げたエルテリゴが浮かんでいた。
その掲げた右手の先には、巨大な炎の玉。
「くひゃひゃひゃ。これは貴様ら勇者にとってはさほど意味もないコケ脅しの第7階梯魔術だがのぅ。……人族にとってはどうかのぅ」
「広範囲魔術かっ!!」
「すまんのぅ。儂ももう少し楽しみたいのじゃが、全体が劣勢になった今、無下に部下を死なすわけにもいかんからのぅ」
それは、ナマクリム城塞を覆う広範囲攻撃に特化した魔術。
第七階梯『炎天』
対勇者に関して、広範囲魔術にあたるそれは威力も低くそこまで驚異あるものでもない。
しかし、人族に対してはどうか。
第三、第四階梯ですら満足に扱えない人族では。
しかも、この場にいるのは何の力も持たない難民がほとんど。
自衛魔術も行使できない人族がそれを喰らえばどうなるかなど、考えなくても想像がつく。
「釜鳴は『空間移動』で俺が撃ち落としたカバーを頼む!!」
「ッ!!でもよぉ。あいつをここで逃がしたら」
「公国の人たちの命には代えられない!!頼む、釜鳴!!」
「っち。あぁ、任せろ正義。お前の期待は裏切らねぇ」
英雄王は鎌瀬山の返答を聞いて、聖剣『テトラ』を構え魔素を集中させる。
魔法剣である『テトラ』へと魔素を注ぎ込み、出来るだけ『炎天』を相殺させる。
「くひゃひゃひゃ。まぁまぁには楽しめたわい。さらばだ、勇者・英雄王正義。そして弱き勇者よ」
そして、言葉を繋げる。
以前、逃した転移初日と同じ言葉を。
「次を楽しみにしておるぞ。くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
不快な笑い声が不気味な空に響き渡り。
瞬間。
炎の玉は炸裂し、ナマクリム城塞全土へと降り注ぐ。
英雄王正義は以前と同じ口上を聞きながら、唇をかみしめ、テトラを握る力を強める。
また、逃した。
その言葉を、自らの中で反芻させながらも、悔しさを抱きながらも、力無き人々を守るこの行為を恥じることはない。
悔しさはある。だが、何もできなかった以前とは違い前進は出来た。
あぁ、そうだ。一つずつ積み重ねていけばいい。
一人で何かを成そうとするのは自分の性に合わない筈なのに、何故か、この世界では一人で抱え込もうとしていた。
大きな力を得て、きっと舞い上がっていたのだろ。そんな自分を恥じた。
「テトラっ!!消し飛ばせ!!」
テトラを振り被り、内包された魔素は魔法剣を通じて光となり世界に響く。
光が空間を覆い、エルテリゴの放った第七階梯『炎天』のほとんどは消失した。
残りを鎌瀬山が『空間転移』で適当な方向へと転移させる。
瞬間。
ワァアアァアアァアアァアアァアアァアア!!
と歓声が沸いた。
今の魔術とテトラの光に乗じてナマクリム城塞内にいた龍人は姿を消した。
公国難民、そして各国より集まった援軍、冒険者たち。
彼らは、一先ずの勝利に悦び、肩を抱き合い安心と歓喜に満ち溢れていた。
「とりあえずは、落ち着いたのか?」
ナマクリム城塞から見える敷地内の人々の歓声を聞き、その様子を視界に収めながら鎌瀬谷は呟いた。
「あぁ、なんとか皆を救えた。ありがとう釜鳴。釜鳴達がいなかったらこの勝利はなかったぞ」
「はッ。あったりめーだろ。俺と正義が揃ってりゃ負けなんざねーよ」
「ふっ。それもそうだな」
眼下に広がる光景に。
誰かを救えた結果に。
英雄王正義は微笑み、その喜びを噛み締めた。
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