七年目の記念日

蒼山皆水

七年目の記念日

真波まなみー! 帰ったぞ。飯はまだかー!?」

 玄関に入り、重たい荷物を下ろす。


 真波とは、一緒に暮らしてもう七年目になる。

 俺が、世間とは隔離された窮屈な暗闇から抜け出せたのも、真波のおかげである。しかしあのときは、真波にもつらい思いをさせてしまった。だから、今度は俺が真波を助ける番だ。


「お帰りなさい。もうちょっと待ってね。先にお風呂に入っちゃってもいいわよ」

「そうか。じゃあ、風呂いってくる」


 風呂場に直行し、服を脱ぐ。いったんシャワーで体を流してから、湯船につかって、蓄積された疲労を逃がすかのように、全身をお湯に預ける。


「ふぃー」

 気持ちよくて、思わず親父くさい声がでてしまった。

 湯船から上がり、頭を洗い始める。シャンプーで髪を泡立てながら、不安がふつふつと沸き上がってきた。


 真波は、もしかして今日が何の日か、忘れているのではないか。朝、家を出ていくときも何も言われなかったし、さっき帰って来たときだってそうだった。ちょうど七年目の大事な記念日なのに……。

 その不安を削ぎ落とすかのように、いつも以上に念入りに体を洗った。


 風呂から出ても、その不安は解消されることなく、俺の心に居座り続けた。

「ご飯できてるわよ」

 真波に声をかけられテーブルにつくと、美味しそうなハンバーグと白米が視界に入る。


「いただきます」

 俺と真波は手を合わせ、同時に言った。

 相変わらず、真波の作るハンバーグは美味い。気づかないうちに白米が減っているのだ。

 そして、結局真波からは何も言われることなく夕飯を終えてしまった。


「ごちそうさま」

 ご飯を一粒も残すことなく食べ終えた真波は、手を合わせて唱えた。

「ごちそうさま」

 俺も同じように呟く。


 一緒に住み始めてから、『“いただきます”と“ごちそうさま”はちゃんと言わなきゃダメ』と真波は俺に、口を酸っぱくして言っていた。俺が無意識に言えるようになるまで、飯の度に何度も繰り返した。はっきりとは覚えてないが、それまでおよそ二年くらいかかったのではないか。


 結局、夕飯の後ですら真波からは何も言われない。不安はやがて、苛立ちへと変わっていった。

 この後はいつものように、二人は別々の布団で眠るだけだ。


 三年前くらいまでは、毎晩真波と一緒の布団で寝ていた。真波を抱きしめたときの、幸福が満たされるような懐かしい感覚が蘇ってくる。ブルーだった気分が、さらに青みを増していく。


 不安と苛立ちと悲しみが入り交じった複雑な気持ちで、俺は真波に問いかける。

「真波、今日、何の日か覚えてる?」

「え? ん~。何の日だったかしらね」

 曖昧な笑顔で最愛の女にそう言われ、俺が泣きそうになった直後、ドアの開く音がした。


「真波ー! 帰ったぞ」

 そう言って帰ってきたは、大きな箱をテーブルに乗せる。


 いつからだろうか。父を真似て、母親のことを名前で呼び捨てるようになったのは。


「もう、遅いじゃない」

「すまん、道が混んでて」

「じゃあ、計画通りいくわよ」

 真波が父にこっそり何かを渡す。


「せーの」

 小さな声で、父と真波が合図をする。

 パーン! とクラッカーが大きな音を立てる。

 そう、今日は俺の誕生日なのだ。


 イチゴの乗ったバースデーケーキがテーブルの上に姿を現す。

 ケーキに立てられたの蝋燭に火が点けられ、明かりが消される。

のお誕生日おめでとう!」

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七年目の記念日 蒼山皆水 @aoyama

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