高校生は爆弾魔。

鯖みそ

第1話

ここで、一つの宣言をしよう。


といっても自分が思索に耽っているときにたまたま思いついたもので、宣言などという大多数の民衆に振りかざすような大それたものでは無いという事だけは、ここに明記しておく。

具体的に言えば、それは小さな反抗である、もっとも私が生まれ育った社会は大打撃を被ることになるだろうが。


端的に言って、私は学校を爆破する。


もう一度言うが、これは宣言だ。

警告などという生易しいものではない。

気の違えた、唯一人のイデオロギーが身勝手に腐れ切った社会へ制裁を加える。

これは決定事項であり、二度と覆ることは無いということも書き加えておこう。


失格者(イリーガル)。

それは倫理的もしくは、社会的に脱落した人間の事を指す。


それは私そのものであり、私が爆弾を製作しようとする動機に端を発している。


私は地元のどこか寂れた高等学校の生徒だ。

大して頭がずば抜けて良いという訳ではなく、運動も不得意という事はないが特別に上手い技術があるわけでも無い。

ただ、そこでは私は勉学も学ぶには些か狡猾であり変わった思想の持ち主だった。

更に言えば周りは優秀者ばかりであり、運動においては中でも劣等である事この上ない。

技巧を積み重ねた技を持ち、球を捌く彼らは私の憧れそのものだった。

そんな中で私は、一度歩けば転び、線を踏み、挙げ句の果てに呆られる始末。

だからなのだろう、私が失格者という意識を強く持つのは。


何事にも足掻くことは必要だったが、それを遂に私は放棄した。

そうすれば、後は墜ちるだけ。

闇が口を開けて、私を祝福する。


その時だ。私に天啓をもたらしたのは天使でも悪魔でもなく、只の私そのものだったのだ。


私は「 爆弾を造れ 」と唆された。

憎悪している対象は生徒だけではなく、教師、果てはこの学校教育そのものにあった。

だから私は言われたのだ「 何もかも壊してしまえ 」と。


祖母は私の事を優しいと、幾度となく励ましてくれたものだがこんな下世話な発想を思いつく当たり、的を外している。


「 じゃあな、鏑木 」


「 あぁ、じゃあね 」


今私に話し掛けてきたのは、鈴木だ。

これといった特徴のない顔をしているから、ステルス性能に関しては長けているといえるだろう。


私は、学校が嫌いだ、嫌いなのだ。

どうしてこんな暴虐なファシズムに黙って隷従しているのか、神経を疑う。

昨今、女子生徒に淫らな行いをしたとして教員が逮捕されるなどといったニュースがさも当然のように、お茶の間に流れてくる。

教育委員会の対応としては、その教員を懲戒処分に処して教員という意識を強く持てと促す。


馬鹿か、ただの阿呆ではないか。

それでは根本が見えていない。

学校という閉鎖的なコミュニティーそのものが権力を生み出すことを知らない。

教員はいわば、役者なのだ。

与えられた「教員」という役が、生徒を抑圧するという権力を行使する。

対する生徒はそれに順応して、優れたものであり続けようとする。


それでは、さながらナチスそのものではないか。

我々は政府が流す「教育」というプロパガンダに踊らされていることに気づいていない。


だから、チェゲバラのように私は革命を起こす、起こすのだ。


私の家は山間にある。

木々が生い茂り、鬱蒼した天候に常に囲われていた。

集落といっても、自宅の付近には誰も住んでおらず、熊や鼠といった動物達と同居している。


私は自転車を漕ぎ、自宅を目指す。

1時間ほどかかるが交通量は少なく、といっても農道だが。

私一人が、ぎりぎり走れるくらいの幅で事足りる。

のどかな雀の囀りが、絶えず耳をつんざいてくる。


五月蝿い。ただそれだけの事だが、酷く耳障りだ。

そしてそのまま自宅へ向かうのではなく、私は迂回した。


そこには、私の秘密基地といっては、どこか幼稚だが――に私の計画の全てが存在する。

僕の目の前にあるのは、一つの小屋。

プレハブでできた簡素な造りの建築物だが、雨風を凌ぐのには丁度良い。

私は長年、この小屋を利用してはいるが持ち主が既にいないのだろう、人が来る気配さえないから、勝手に私有化してしまった。


私はその横に自転車を停め、中へ入る。


枯れた木の扉をぎぃと、開けると埃が舞い散り私は思わず咳き込んでしまう。

薄暗く狭い室内には、簡素な机と椅子があり、頼りない灯りのランプを灯した。


どこか土臭い匂いのする小屋は、ただ一つの点において只の小屋ではなかった。


机の台に乗っているのは、試験管。

そしてニトログリセリンが入った瓶だ。


まず初めに校舎を粉々にするなら、生半可なプラスチック爆弾や金属片を詰め込んだお手製の手榴弾では火薬量が足りなすぎる。


極端に言えば、原子爆弾を生成すれば事足りるのだが、技術的にも不可能だし、何より自分も消し飛んでしまうので、私はそこまで崇高な自己犠牲の精神は生憎持ち合わせていないから不採用。


結果として火力的にも、技術的には少々無理が生じるが、ダイナマイトを製作するに至った。


どうして高々一端の高校生が、ニトログリセリンなる鋭敏な爆発物を持っているのかというと、私は科学部に入部していて、人並みには優秀な生徒ではあった。


その顧問というのが、些かというか、かなり気の違えた男であった。

「 バックトゥザフューチャー」のドク博士を参考にして頂けると分かりやすい。

一目瞭然で彼はヤバイと分かるはず。


彼の研究室には、カエルのホルマリン漬けやら、生理食塩水に漬け込んだ豚の内臓やら、膨大な数の薬品やらサンプルがその辺に散らかっていた。


そのなかに少なからず授業で使う薬品とかも存在していたので、自分のレポート用にと、堂々と研究室に入り、いとも簡単にニトログリセリンを見つけて、拝借した次第だ。


私はどかっと、椅子に腰掛けダイナマイト製作へ向かう。

受験勉強に向かうのではなく、テロ思想を勉強し育む。


ここでダイナマイトの作り方。


1 ニトログリセリンと硝酸ソーダをおが屑に染み込ませる。この作業は酷く繊細でニトロの揮発性で一発であの世行きも有り得るけど、シミュレーションは何度も綿密に行っていたし、薬品の扱いには慣れていたのでひとまず成功。


2 予め作っておいた雷管に慎重に埋め込む。


3 導火線を繋げる。


成功。ラクチン。


時計を見やる。

白銀の針は夕刻の18時40分を告げている。


私は暫く成功したという愉悦に浸りたかったが、それはどうやら叶わないらしい。


ランプの灯りを消し、小屋を出ると、急いで帰路についた。


翌朝、快活のいい朝を私は迎えた。

遂に今日が決行の日だ。


朝日もそれを祝福しているかのように、燦々と部屋を照らし、小鳥たちが楽しそうに囀ずっているのを聞くと、本当に気持ちがいい。


私は、はたから見ればいつもと変わらぬ澄ました顔をしながら、内実、顔をにやにやと引きつらせ愉しい想像に耽っていた。実にいやらしい。


まず計画の内容はこうだ。

1 放課後に誰もいなくなったのを見計らって、教卓の下にダイナマイトを設置する。


2 導火線に火をつけ、起爆する。


3 大人しく避難する。


4 高らかに爆弾魔を宣言し、日本の教育方針を改革するよう国会に異議を申し立てる。

それによって、多くの若者が私に賛同。テロによって国は政策をとる。


終了だ。完璧すぎる計画に笑いが止まらない。


私のバッグにはダイナマイトが入っている、授業中もそれを意識しすぎて身に入らなかった。


そして放課後。


時計は17時をちょっと過ぎた頃だろうか、教室には誰もいなくなった。


よし、今だ。


「 おーい、鏑木 」


げっ、鈴木。

私はぎっくり腰のまま、その場に静止する。だが幸いにもダイナマイトの存在は知られてはいない。


「 ど、どうしたの 」


「 一緒に帰ろうぜ 」


白い歯を見せて、鈴木が笑う。

今はそれが物凄く憎たらしい。


「 あぁごめん。今日はまた部活に行かないと」


「 おっ、そっか。分かった 」


鈴木はそれ以上の追及はせず、すんなりと帰っていった。


危なかった。

これまでの計画が、一瞬でパーになるところだった。


今度こそ、誰もいないな。


よし。


私は意を決して、ダイナマイトを教卓に置き、手に持っていたライターで素早く着火させた。


火は一瞬で付き、後は爆発を待つだけとなった。


よし、逃げなければ。


そして私は持っていた鞄を引っ掴み、昇降口に向かった。


「 か、鏑木くんっ!」


後ろから、何やら声がする。

私の事を呼び止める、清廉な声。


振り向くと、そこには校内一可愛いと言われている水野さんが立っていた。


滑らかで白い肌が美しく、甘い花の匂いが鼻腔をくすぐった。


て、そんなことはどうでもいい。爆弾がもうすぐ起爆してしまうではないか。

早く逃げなければ。


「あっ、あのっ!」

聞こえないと思ったのか、更に声音を強めて言った。

流石に私も堪えきれなくなった。


「 ど、どうしたの、水野さん。そんなにもじもじして」


水野さんは顔を赤らめて、指をせわしなく弄り回している。


ま、まさか。

そ、そんな事があり得るのか。


「 あ、あのねっ私、鏑木くんに伝えたい事があるの」


「 な、何?」


「 私……鏑木くんのことが好きなの。私とどうか付き合ってください」


頭が真っ白になった。

永遠とも思える静寂の中で、跳ねあがった心音と、導火線の音だけが聞こえてきた。


「 ど、どうして僕なの 」


「 入学したときからずっと……一目惚れだった。いっつも鏑木くんのことが頭から離れられなかった 」


水野さんが頭を垂れた。


「 だからお願いします!私と付き合って下さい!」


瞬間、鼓膜を突き破るような強烈な破裂音が聞こえた。


それが聞こえた時には、私は無意識的に彼女の体を抱き伏せていた。


煙が肺に入ってきて、息をするのも苦しい。

全身の皮膚が灼ききれるように猛烈に熱くなるのを感じながら、水野さんは僕の下に仰向けになって寝ていた。


彼女の目は驚きと悲しみで見開かれていた。

だが、暫くする内に彼女の愛らしい瞳に涙が堪ってきていた。


「 ど、どうして……私なんかを庇って 」


「 ……だって、君のことが好きだから 」


刹那、彼女の涙が頬を伝い、私の唇が塞がれた。

柔らかい感触と、甘美な匂いが混じりあって一瞬恍惚になった。


「 私も……大好き」


私は彼女を抱き寄せ、全身の水分が沸騰して死ぬまでの少しの間は、寂しくないなと、焼け焦げた頭の中で思った。







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