第4話 サルカニ合戦サヴァイブ
4章「サルカニ合戦サヴァイブ」
カニ型インベーダーの数、ざっと千体。きっちり隊列を組んで進軍して来たので、だいたいの人数は把握できた。数は把握できたが、その戦力は不明だった。だって今まで宇美子が捕食したやつらはなぜか皆すでに瀕死の状態で、こうして生きて実際に動いている様子を見るのは初めてだったから。
浦島神社の近くには、最近作られたのかキレイな芝生の海浜公園が広がっていて、戦闘するには充分の広さがあった。あいつらはまっすぐにこっちに向かって来た。
意志の疎通というか、戦闘前の嚆矢のような合図は全くなかった。インベーダーなのだからしょうがないのか。それにしても俺たちにはなんの情報もないのだ。ただ漠然とクサビビメさんから、あいつらはここを侵略しようとしているインベーダーだとしか説明を受けていない。そもそも宇美子など、あいつらのことをインベーダーなどとは思っていない。いまだに信じられんが、やはり宇美子にはカモネギな御馳走だとしか映ってないようで、ヨダレじゅるじゅるで待ち構えていた。
恐怖などという感情はない。酒呑童子のオッサンの弔い合戦などとも思ってない。二日酔い&乗り物酔いも醒めて空腹の宇美子にとってはただの晩飯なのだった。
俺としたらこういう時の狂った宇美子は実に頼もしい存在だ。クリ―チャーとの対決って、どう見ても宇美子だって充分クリ―チャーの仲間だ。
俺は防人の力を天女の羽衣によって継承しているが、こと戦闘にいたってはまだその能力をどう活用していいのか分からないままだった。せいぜい防御力が人間のそれを越えているってことくらいだろうか?
桜ちゃんのような分かりやすい戦闘能力は身につけていない。リキはやる気だけは満々であったが、こいつもまだなんの力も身につけていない。そういえば、つい忘れそうだが宇美子だってまだ普通の人間のままだ。いや、こいつだけは特別か。
兎に角、もう目の前におよそ千体のカニの大群が押し迫っていた。
「あの、クサビビメさんこれ本当に戦う感じなんでしょうか?」
ここにきて一応俺は質問を投げかけた。
「おみゃーがっさーアホか!だで、見りゃわかるやろが?こんなもん一瞬で喰われるど。喰われる前にやらな、あっきゃーやろ!わやになるど!がっしゃーわやされるど!」
ダメだクサビビメさんは完全に地元言葉でなに言っているのか判読不能状態。バーサク状態。背中からは紫のオーラのような光がゆらゆらしてて、あのはんなりとした京美人な雰囲気はゼロになっていた。ていうかクサビビメさんが一番強そうだ。そもそも天女てどんな存在なんだ?神話に疎い俺は、ただ目の前の豹変したクサビビメさんに慄くばかりだった。
そうこうしているうちに、意外にもリキが先陣を切った。桜ちゃんに良い所を見せたかったのだろう。
「おいおいおい、リキ、早まるな。まだ相手の戦力もわからんやろ!」
俺も忠告もリキの耳には入らず、リキは千体の群れの中に割って入って行った。
「うりゃゃゃああ」
リキの右ストレートが群れの先頭にいたカニ型インベーダーの大きな目玉にクリーンヒットした。
ピギィィィ!
攻撃を喰らったそいつは奇声をあげて仰向けに倒れた。そこだけ一瞬陣系が崩れたように見えた。だが、流石に千体もの軍勢だ。すぐに他の仲間がリキを取り囲んだ。リキは怯まない。
「オラオラオラオラオラ」
空手で培った連続突きがインベーダーを蹴散らしていく。やるじゃんリキ。宇美子には散々辛酸を舐めさせられてきたが、基本的にはリキは強いのだ。カニ型インベーダーもまだ臨戦態勢をとる前だったせいもあって、面白いようにリキの攻撃はコンボを形成していった。傍観していた俺もなんだか燃えてきた。
「なにやってくれとんじゃボケぇ!喰い物を粗末にするなリキのぶんざいで。われはわしの獲物じゃあクソがぁ!」
ほらやってきた。すべてを台無しにする残念女子、宇美子様の登場ですよ。なんで仲間であるはずのリキにドロップキックをお見舞いしてしまうのかなぁ。宇美子はリキの背後から思い切りとび蹴りをかまして、リキは海岸まですっ飛ばされて海の藻屑と消えた。まぁ浅瀬なので大丈夫と思うがこれではリキが哀れすぎる。
そんな事もお構いなしで今度は宇美子がカニ型インベーダーの陣系の中心に踊り出た。
爪を掴んだ。?いだ。掴んだ。?いだ。掴んだ。?いだ。掴んだ。?いだ。?いで?いで、数秒のうちに数十体のカニ型インベーダーが、ツンツルテンの甲羅だけの姿になった。なんとも情けない姿だ。
ピギャャャ!ホゲェェェ!グキャャァ!
月夜の海浜公園に地獄の黙示録が繰り広げられた。もう相手の戦力がどうとか、作戦がどうとか、目的がどうとか、なんにもまったく関係ない。宇美子は視界になにか入ったらとりあえず噛みつく鮫と同じだった。ああなんて可哀想なカニたち。
もしかしたらなんらかしらの休戦協定を結ぼうとしていたのかもしれないのに。
だけど俺だってもうそんな細かい(本当は重要なのかもしれん)やりとりはどうでも良かった。だいたい俺には関係のない戦争なのだ。クサビビメさんがGOサインを出しているのだから良しとしよう。まぁ俺の出番は無さそうなので、ゆっくり黙示録でも眺めていようかしら。と、そんな体勢で後方支援の準備のふりをして立っていた。
平和が一番や、戦争反対。
そう思っていると、桜ちゃんがトコトコと寄ってきて
「天吾くんは行かないの?」と言った。
「え?俺?でもどう見ても俺戦力になりそうもないし…」
俺を口ごもった。生まれてから一度もケンカすらしたことがないのだ。百戦錬磨のあいつらとは育ちが違いすぎる。そりゃ桜ちゃんだって戦いに参加するべきではないと思うけど、桜ちゃんは今や酒呑童子のオッサンの力を継承したおかげで完全に戦士になっている。それに比べて俺は羽衣の力を得たとはいえ、どう戦っていいのかすら分からない。
「じゃあいいわ。天吾くんはそこにいて浦島さんの面倒でも見ててね。私も行ってくるから」
桜ちゃんはそう言うと、赤い甲羅や爪やどこの部分か不明のグッチャグチャしたものが空中に飛び散っている戦場に向かって走りだした。
「ちょ、ちょっと桜ちゃん!危ないよー!」
桜ちゃんは俺を責めたりはしなかったが、その後ろ姿が、まるでいくじなしと言っているかのようで、俺は罪悪感でいっぱいになった。だけど俺にどうしろっちゅうねん。俺はサイヤ人のような先頭大好き民族じゃない。つい先日まで戦いといったらオンラインゲームでドラゴンを狩ってたくらいで、基本は非戦闘民族、平和主義者、鉄道オタク、万年童貞野郎のクラスでも空気的な存在だったのだ。
ここで白状すると、俺は高校だって修学旅行のあった二年の夏まで不登校だったんだ!中学時代はずっといじめられてたし、奇跡的に合格した高校も、地域でもあまりガラの良くない高校で、桜ちゃんみたいなのは本当に稀な存在で、俺は強そうなやつとはなるべく顔を合わさないように、空気でいようとひっそりと暮らしていたのだ。
親から、高い積立金を払ったんだから修学旅行くらいは絶対に行きなさいと無理矢理家をだされ、あの時からやっと高校に行くようになったんだ。
幸い、桜ちゃんが俺を庇ってくれたおかげで、学校でナンバー1の宇美子とナンバー2のリキの輪に入れたおかげで、俺はその後いじめられずに済んだ。すべては桜ちゃんのおかげだった。
そんな桜ちゃんを俺は今なにも出来ず後ろ姿を眺めているだけだ。
これでいいのか?これじゃあ昔となんにも変わらないじゃないか。せめて、俺の唯一の理解者になってくれた桜ちゃんだけは、俺は守らなくちゃいけない。仮に足を引っ張ることになったとしても、ここで傍観してて良いわけはない。
クサビビメさん…。俺は選ばれたんですよね?防人の力が宿ってるんですよね…。戦えるんですよね…。
俺は自分に言い聞かせるように、一歩ずつカニ型インベーダーの軍勢の方向へと進んでいった。足はガタガタと震えていた。すでにちょっとだけチビっていた。
これは国を守るとかそういったことではない。今逃げたらぜったいに駄目だと心が叫んでいた。格好を付けている余裕もなかった。だってもう目からは涙が流れていたのだ。
何度、オンラインゲームの中では妄想したことか。いつか、好きな女の子が危機に瀕した時、俺は命をかけてその剣を振るう。ギリギリの攻撃をかわし、必殺の一撃を喰らわせる。それが今、現実に目の前に迫っている。防人の力を信じてみよう。あんな漆黒の深海も俺は一人で泳ぎきったじゃないか。たかが少しでかいカニだ。
見ろ!宇美子なんて素手でカニの爪を引き千切り、もう甲羅を割って口に頬り込んで貪り喰っている。ありゃ特別だけども。俺だって戦えるはずだ。
俺はついに意を決した。
トコトコと歩いている桜ちゃんを追い越し、俺はカニたちに向かって突進して行った。もう俺は昔の俺じゃあない!見てろよ桜ちゃん。俺だってやる時はやってやる!桜ちゃん好きだぁぁぁ。
って、結局男の原動力はいつだって恋なのさ☆
はっきりとは見えなかったが、桜ちゃんとすれ違う刹那、桜ちゃんが小さくコブシを握って俺にほほ笑んでくれた気がした。
もうそれだけで百人力な電流が全身に走った。
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!
2
潮騒っていうの?ササーササーって耳元で揺れている。心地よい風と潮の中に混じったサンオイルの甘い香りが鼻に漂う。夏の匂いだった。ここが海という事はわかる。だけど、さっきまで戦っていた場所とは違うようだ。俺は気を失っていたのか。それともこれも夢の中の出来事だろうか?或いは戦いに敗れ、俺は死んでしまったのかもしれない。だとしたらここは天国かしら。
波の音以外はなにも聴こえない。波音も心地いいほどの大きさで、静寂さえ感じる。俺はまだ春の訪れていない日本海の浜にいたはずだった。でもどう考えても今までいた海じゃなかった。俺は体を起こした。波は穏やかで、一面エメラルドブルーの海原が水平線まで続いていた。俺はこの海に憶えがあった。去年の修学旅行で行った沖縄の海だ。ここが沖縄の海なのか分からない。似ているとしか言えない。俺はさらに辺りを見回した。誰かのプライベートビーチのようで、海水浴にもってこいのビーチなのに誰一人いない。やはりここは俺の夢の中の景色なのだろう。そう考えながら、しばらく潮風に身を預けていると、少し遠くで聞き慣れた声がした。
「天吾くん大丈夫?」
突然、シュノーケルと水中メガネを付けた桜ちゃんが、エメラルドブルーの海中からざばぁっと水面に顔を出した。去年の修学旅行で学年の男子の視線をくぎ付けにしたあの時の水着だった。桜ちゃんの水着姿は絶対に忘れない。密かにスマホで撮影した写真はもちろん保護設定してちゃんと別のフォルダにしまってある。疾しい気持ちがまったくないわけじゃないけど、これは俺の大切な思い出だった。それまで不登校で、何一つ良い思い出のなかった俺の高校生活の中で唯一と言っていいくらいのベストショットだった。もう二度と桜ちゃんの水着姿を見ることなどできないと確信していたから、文字通り夢のようだった。どうやら本当に今際の際に見る走馬灯のようだ。あの戦いがどうなったのか分からないが、きっと神様が見せてくれているのだろう。思えばしょうもない人生だった。小学校のころから病弱で、スポーツも勉強も苦手だった。なにより学校に馴染めなかった。人前に出ると緊張して言葉に詰まってしまい、上手くコミュニケーションがとれなかった。そのせいでよくいじめられた。唯一好きだった鉄道だけが俺の心を癒してくれた。中学に入ってから、唯一の趣味だった鉄道のせいで、余計にオタク呼ばわりされて誰も寄ってこなくなった。それでも、俺の鉄道仲間は全国にいくらでもいたので、決して孤独ではなかった。嫌だったのは学校生活だけだった。
高校に進学できたのは本当に奇跡だろう。せっかくの奇跡も、結局はなんの効果も生まなかった。ネットの仲間で充分なのに、無理して学校で仲間を作る必要などなかった。無理したってろくな結果にならないことくらい知っている。
必然的に引き籠るようになった。パソコンの中の顔も知らない仲間たちと、不毛な夢を語り合ったり、世の中の不平不満をぶつけあったり、そんな腐った毎日が自分にはちょうど良かったのだ。
その暗い毎日を変えてくれたのが桜ちゃんだった。
母親から、修学旅行に行かないのなら積み立てたお金を全額返済してちょうだい、そうでなきゃ家を出て行きなさいと、泣きながら懇願され、俺もそこまで母親が思い詰めていたことを始めて知って、乗り気ではなかったが、しょうがなく修学旅行には参加した。友達が一人もいないのに、行き先は沖縄だなんて酷過ぎると心底滅入っていた。
他の生徒たちが海水浴を楽しんでいる間、俺はビーチの岩陰で意味もなく見たことのない巨大な貝殻を流木の破片で突きながら、早くおうちに帰りたいとだけ思っていた。今回の卒業旅行と同じ気持ちだった。
「天吾くんだよね?誰も遊び相手いないのなら向こうでビーチバレーしよう。ちょうどメンバーが一人足りないんだ」
俺は面喰って、そのまま石像のように固まってしまった。だって声をかけてきたのは、不登校だった俺ですら知っている学園のアイドル桜ちゃんだったのだ。オレンジ色のフリルのついた水着が、降りそそぐ太陽の光がちょうど背にあたって、キラキラと輝いて見えた。誰だって好きになってしまうだろう。その笑顔は女神のなに者でもなかった。
「え…あ、あの、俺は…いいって…」
断ろうとして出た声が自分でもびっくりするくらい小さくて、桜ちゃんにはまったく届いてなかった。桜ちゃんはなんの抵抗もなく俺の手をとってビーチの方へ連れて行った。無抵抗というよりも全身の力が抜けてしまっていた。俺は抱き枕の如くへにゃへにゃになって、砂浜を引きずられて行った。きっと誰から見てもその姿は滑稽だっただろう。人付き合いの苦手な人ほど自意識は過剰になるものだ。俺はまわりの目が気になって、足元の砂しか見てなかった。周りを見る余裕などなかったし、暑いはずの沖縄のビーチで冷や汗すらかいていた。
桜ちゃんが言ったメンバーと言うのが、あの宇美子とリキだった。二人とも学園ではすでに有名人で、俺も噂は聞いたことがあった。実際に話したのはこの時が初めてだったが、宇美子とリキの決闘や、宇美子が学園でどれほど怖れられているのかも、ほとんど学校に行っていない俺ですら知っていた。まさか桜ちゃんと一緒につるんでいるとは夢にも思わなかったが。
つまり、これまでただの空気だった存在の平凡生徒以下のこの俺が、学園の主人公的キャラの真っただ中にいきなり放りこまれたのだ。桜ちゃんショックにさらにいろいろとプラスされて、俺の脳ミソは爆発寸前だった。違う、爆発してしまった。
「なんやこいつ、ゲロ吐きながら鼻血出しとるで。ヤバいんとちゃうか?桜こいつ誰やねん?」
朦朧とする頭に宇美子の例のガサツヴォイスが響いた。
「うん。なんか一人で暇そうにしてたから。ちょうど二対二でビーチバレーするんでしょ?」
「にしてもこんなゾンビ化してるようなやつ入れて勝負になるか」
「いいじゃない。なんかかわいそうだし。入れてあげようよ。リキ君もいいでしょ?」
そのころすでに桜ちゃんの傀儡と化していたリキにもちろん異論はなかった。むしろ異論があったのは俺の方だった。これはいくらなんでもハードルが高すぎた。高校デビューと言うよりはいきなり戦場の最前線に投入させられた新兵の気持ちだ。
晴れわたる空の下、俺の心はなだそうそうだった。桜ちゃんは確かに学園のアイドルで、すべての男子の高嶺の華で、でもそれを感じさせないほど気さくで優しくて、天使で、女神で、希望の星であることに間違いはないけども、俺みたいな空気野郎に平気に声をかけてくれたのもそういうことなのか、正直言って友達の人選にはかなりの問題があると、今でも俺は思っている。そこだけが桜ちゃんの趣味がよく理解できない点である。
そういう経緯で俺は、ガチムチマッチョな大男と、一個小隊に匹敵する凶悪女に混ざって、なぜかビーチバレーをするはめになった。
鼻血垂らして、口からいろいろ出てる状態で。
その部分に関しては桜ちゃんまったく心配してくれなかったよね。男女混合チームってことでリキは桜ちゃんのチームに入りたがったが、宇美子が「こいつ汚いから嫌や。桜と組みぃや」と言ったせいで、俺は桜ちゃんのチームに入れられて、リキが桜ちゃんを狙うわけもなく、俺に集中砲火。上手いことボールは俺の体から跳ね返って、それをまた宇美子が殺人級のアタックで撃ち返す、で、また跳ね返ってリキが顔面直撃の連続アタック。桜ちゃんはきゃーきゃー言いながら走りまわっているだけ。
あれ?これってもしかしていじめなんじゃないの。と、薄れゆく意識の中で考えてしまった、そんな修学旅行の思い出だった。
「おまえなかなかやるな。オレのアタックを返すなんてな」
「ホンマや、根性あるわ。ただの遊びやのに気絶するまでやるなんてなかなかのもんや。名前なんて言うん?また明日も一緒に遊ぼうや」と、ホテルで桜ちゃんに介抱されている俺に対して、宇美子とリキはそう言ってくれたので、一応いじめではなかったと判断した。
桜ちゃんも「ね、見た目ほど悪い人たちじゃないでしょ。友達できて良かったね天吾くん」と言ってくれて、なんとなく騙されているような気持ちが過りつつも、俺は生まれて初めてリアル友達ができた実感に浸った。翌日は、宇美子とリキの遠泳3キロ対決に巻き込まれて危うく死にそうになったのも今となっては良い思い出だ。
俺は桜ちゃんに人生を助けられたのだ。恋愛感情よりももっと深く感謝していた。桜ちゃんだけではない。本当は宇美子やリキにだって感謝している。あいつらが友達になってくれなかったら俺はやはり高校でもいじめられていただろう。宇美子もああ見えて正義感は強くて、俺が中学校のころいじめられていた話をなにかの会話の流れでした時、わざわざいじめっこの通学している高校まで言って、ボコボコにしたのち、謝罪の手紙を書かせて、それを俺に渡してくれたこともあった。あとでその元いじめっこに待ち伏せされて、知らん女に突然リンチされたからと報復をうけたことは黙っておいた。もしそれが再び宇美子の耳に入ったら今度はマジで殺しかねんから。
いろいろあったが、そんなこんなで俺も普通に高校に通えるようになったのは事実だ。宇美子が俺を友達だと思っているかどうかはいまだに怪しいけど、少なくとも桜ちゃんは俺を友達だと思ってくれているだろう。
で、今の状況である。フラッシュバックしたのはここが沖縄のビーチそっくりだったからなのだが、俺は現状がよく理解できないでいた。
「どうしたの?天吾くんだったよね?」
海から浜に上がってきた桜ちゃんが俺に再び問いかけた。問いかけられた俺自身もどう答えていいものやらわからなかった。それに「天吾くんだったよね?」って質問も変だ。見たらわかるじゃない。俺だよ。ずっと一緒に居た天吾っすよ。
「えっと桜ちゃん。ここはどこなの?みんなはどうなったの?」
逆に俺は訊き返した。
桜ちゃんは不思議そうな表情でじっと俺を見ている。もう一度質問した。「ここはどこなの?」
「どこって、私もよく分からないんだけどたぶん沖縄だよ。天吾くんももう友達だからって、宇美子ちゃんとリキくんが無理矢理遠泳に誘って、それで沖の方で天吾くんが溺れそうになってたからわたし急いで助けに行ったの。そしたらいつの間にかここのビーチにいて…。みんなどこ行ったんだろう?どこかの島に私たちだけ打ち上げられたのかなぁ?にしても周りに他の島は見えないしどうしちゃったんだろう?」
沖縄?遠泳?もしかして時が遡ってるのか。桜ちゃんの話が本当なら、今目の前にいる桜ちゃんは去年の桜ちゃんだろうか?そしてただ時が戻っただけじゃない。空間もおかしくなってしまっている。少なくともこれは夢ではないし、今際の際の幻でもなさそうだ。インベーダーの大群に突入して行って、それからなにかが起きたと考えるのが正しいだろう。
確かに沖縄の海に似ているがここはあの時の海じゃない。近いけど空間自体が別の次元のように思える。
俺はアホな頭で精一杯推理してみたが、こうもヒントが無い状態ではなんにも答えが出て来なかった。それはさておきやっぱり桜ちゃんの水着は最高だ。別にこのまま死んでもええわって、若干現実逃避してしまう始末だった。だって見渡す限りこの空間に居るのは俺たち二人だけだったんだもん。
「ビーチに二人だけなら恋のビックウェーブが来るよね☆」略して「びーちく」って変なラノベのタイトルが頭をかすめた。
さて、これからどうしようか。本当に二人だけの無人島暮らしが始まってしまうのか。それならそれで全然OKなんですけど。
俺はひとまず浜の流木に腰をおろしていろいろ思案した。桜ちゃんもすぐ隣で水平線を眺めていた。いくら考えても、妙なラノベのタイトルが次々浮かぶだけで、理性を保たせるのがやっとだった。非常時になにを考えとるんだと怒りを買うかもしれないけども、十八歳の男子なんてだいたいこんなもんですよと、誰に責められるでもなく自己弁護が頭をぐるぐると回り続けた。だいたい一時間くらいはそんな無駄な時間が過ぎていったと思う。
「あれ!なんか沖から誰かがこっちに来るよ!」
俺の若さゆえの葛藤などまったく知らないでぼんやりと沖を見ていた桜ちゃんが突然その方向を指して叫んだ。俺も桜ちゃんが指差す方を見た。波ひとつ立っていない海上に、そこだけ白波がたって水しぶきをあげていた。漁師が大漁旗を揚げて颯爽と帰港するかのように、水しぶきの上に一人の男が手を組んで立っていた。だいぶ近くに来てやっとわかったが、男が乗っているのは巨大な海亀だった。
「来た!亀仙人」
つい口に出して言ってしまった。その光景がドラゴンボールの亀仙人そっくりだったのだ。が、俺はその亀仙人の顔を知っていた。亀仙人といえば亀仙人だけど、そのヒゲのジジイは亀仙人ではなくあの浦島ナンバー4だったのだ。
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「アホ!誰が亀仙人じゃ!」
俺はなにも言ってないのに浦島のジジイがツッコんだ。
え?あんたずっと深海にいたくせに亀仙人知らんやろ。とツッコミ返すよりも早く、本当に亀仙人のように亀からジャンプしてバック宙しながら浜に降り立った浦島ナンバー4は、あのカニ達と対峙した日本海の浜の時と違い、元気いっぱいな様子だった。泡を吹いて気絶した老いぼれジジイの面影はなかった。例えるなら、ジャッキー映画に出てくるカンフーの達人のオーラが漂っていた。
ついでに殺気もビシビシと伝わってきた。なにをそんなにお怒りでいらっしゃるのかしら。心当たりがまったくないってわけじゃない。浦島救出の際にどてっ腹にメガトン級の頭突きを咬ましたことは謝ります。だけどあれは不可抗力のなにものでもないし、俺も同等のダメージは喰らった。何百年も幽閉されていたところを助けてやったのだからよくよく考えれば感謝してくれてもいいはずだった。ならあれか?命がけで盗んだ竜宮城のお宝をなんの説明もなく横取りしたからか?いや待てよ。あの勾玉は結局戦闘能力には関係ないって理由でちゃんとお返ししたはずだ。
突然のインベーダー襲来で、頭の方が少しばかり混乱しているのかもしれん。にしても、なぜここに浦島ナンバー4が居るのか?話は堂々巡りになってしまうが、ここは浦島ナンバー4になにか所縁のある場所なのだろうか?俺はそう思い、はっとあることに気づいた。
もしかして…。ここってあの竜宮城に関係するどこかなのか。見回しても城らしき建物はない。昔話のイメージでは竜宮城は深海存在する巨大なお屋敷の絵が浮かぶが、一面真っ白なビーチ。照りつける太陽。そして桜ちゃんの眩しいビキニ。海も見るかぎりはうんと遠浅な感じだ。
と、思案している間にも浦島ジジイはずんずんこちらに進んで来た。そして俺が考える間もなく、信じられんポーズをとったのだ。似合っていると言えば似合っていた。似合いすぎていた。前言撤回やはりこのジジイは実は亀仙人だったのである。だってお馴染みのポーズというか驚愕の型をこちらに向かって披露したのだ。お見事と言うしか他はないほどの完璧丸パクリ。パクリって言うのは少し変か、だってそうなんだもん。小学生のころから何度自分もそのポーズを真似たことか。もはや国民的必殺技の型。
どう見てもそれは「かめはめ波」の形だった。まぁ波動拳って言ってもいいんだけど、ジジイの見てくれと相俟って、やはりそれはかめはめ波を発射する形にしか見えなかった。掌には気だろうか、怪しく光るパワーの源が次第に渦を巻き始めて、ぜったいにジジイは発射する気満々だった。
「きっとアレが当たったら痛いくらいじゃ済まんだろうなぁ、あのジジイなにがしたいんかいな?俺いつ間に敵になりましたっけ」と、絶体絶命があまりにも突然にやってきたせいで俺の防衛本能ものんびりしたものだ。それはしょうがない。出逢いがしらに車が突っ込んできたようなものだ。そういう時ってきょとんとしちゃうものだ。攻撃をくらって初めて実感するものだ。
「ああ、避けりゃ良かった」って。
飛んできた。ああ、飛んできたさ、俺も良く知ってる例のエネルギー弾が。ジジイは「かーめーはーめー」とはもちろん言わなかったが、そういうマンガにありがちな勿体ぶった溜めはいっさいなしに、躊躇なく速攻で撃ってきやがった。
俺はなんの覚悟もできてなかったので巨大なエネルギーの塊を全身で受け止めるしかなかった。ああ死んだなと、妙に冷静になっていた。これにてこの奇妙な冒険もおしまい。思ってた通り俺は主人公の器ではなかったな。モブキャラだったなと、衝撃が全身を貫く寸前に時間はゆっくりと流れて、自然とここ数日が走馬灯のように頭を過って…なんか泣けるやん。
だが、実際は涙を流さずに済んだ。衝撃もくらわなかった。モブキャラにありがちな犬死にも回避できた。
浦島ナンバー4の謎のエネルギー弾をいとも簡単に弾き返してくれたのは、酒呑童子の力を宿した桜ちゃんのワンパンチだった。浦島のエネルギー弾はそのまままっすぐ浦島に跳ね返って、浦島は自分で撃った攻撃を逆に受けることとなった。
やはり痛いってだけじゃ済まなかった。浦島は体ごとはるか天空まで飛ばされて、空中で飛散したのち、バラバラと細かくなって海に落ちていった。細かい水しぶきが立った後、すぐにもとの穏やかでキレイな海に戻った。
今のっていったいなんだったのだろう?でかいクエスチョンマークだけが俺の心に残った。この間わずか十秒足らずの出来事だった。不意打ちってやつだったのか。にしてもこっちが攻撃をくらう理由が分からない。ところで浦島ナンバー4は死んじゃったのか。バラバラになったのは遠目に確認できたが、桜ちゃんこれって正当防衛でいいんだよね。唖然としたまま俺はワンパンを決めた桜ちゃんの方を振り向いた。驚いた。「唖然」が吹き飛ぶくらい驚いた。
「桜ちゃん…?だよね。えっ、ていうか誰?」
俺の横にいたのは鬼だった。酒呑童子のおっさんみたいなツノだけが目印の偽者じゃなくて本当の鬼がいた。桜ちゃんの面影などまったくなかった。辛うじてオレンジのビキニが、膨れ上がった胸筋のせいで今にも千切れそうな状態でピッチピチになってバストの凸先を隠していた。もし水着が千切れ飛んだとしても、すでに桜ちゃんとは別人に変貌した鬼の姿では萌え要素もちょいエロ要素も皆無だ。むしろオレンジのビキニが不釣り合いで気持ち悪い。
今や完全にクリ―チャーと化した桜ちゃんに俺は腰を抜かしてしまった。あのアイドルの桜ちゃんがこんな姿になっちゃって。俺は桜ちゃんの両親にどう詫びればいいのか。いや、これって俺の責任じゃないのか。
たぶん桜ちゃんであったその鬼はまだ天空に悪魔の雄たけびを発し続けていた。これってもしかしてすぐ横にいる俺もヤバいんじゃあないのかな。混乱する頭のまま、俺は這ってとりあえずその場から離れようとした。ところが急に俺の体は宙に浮き、鬼の元にひきよせられた。その時初めて俺も海パン姿であったと気づいた。
鬼は俺の海パンの尻の部分を爪でつまんで俺の体を軽々と持ち上げていたのだ。半ケツ状態で恐る恐る振り向くと、鬼は大きな口を開けて待ち構えていた。
「捕食されちゃうの?俺喰われちゃうの?」
調査兵団の気持ちが分かった。ゾンビ映画の餌食になるやつの気持ちも分かった。そうか喰われるってただ殺されるよりもずっと嫌なんだなぁ。
たった数十秒の間に二度も死を覚悟しなくちゃならん展開ってハード過ぎるだろ。どこのハリウッド映画だよ。とツッコミを入れる余裕もなく、成す術もなく、俺は鬼の口に放り込まれようとしていた。本来なら寸でのところで誰かが登場し、疾風のごとく俺を救出してくれる場面だ。これまでも何度かそんな場面はあった。奇跡を信じるしかなかった。海パン姿の俺はその時唯一の頼みの綱である天女の羽衣も装備してなかったのだ。ただの鉄オタの元引き籠りのヘタレ野郎だったのだ。他力本願、神頼み以外にピンチからの脱出方法はなかった。
あっ!
目の前が真っ暗になった。体にヌメッとした嫌な感触が走った。神頼みは届かなかった。俺はスットンと、鬼の食堂をすんなり通過し胃に落ちた。幸い咀嚼されず丸飲みだったおかげで外傷こそ受けなかったが、喰われたことには違いない。すぐに胃液で溶かされて、鬼の栄養に変わるだろう。
桜ちゃんの体の一部になるのだと思えばそれもまた良し!
いやいやいやいや、良しじゃねぇだろ!辛うじてまだ生きているけどじわじわと溶かされるのはぜったい嫌だ。鬼の正体が桜ちゃんであっても嫌なものは嫌だ。俺はやっと我にかえり、力の限り胃の中で暴れまくった。あれだ。一寸法師戦法ってやつだ。もうこれしか方法はなかった。鬼の胃袋は案外に大きくて、腕を振り回せられるくらいの隙間はあった。ブヨブヨとした肉の内壁にチョップパンチキックの嵐。無我夢中だった。胃酸が目に入って沁みて目を開けていられない。それでも止めずに全身をバタつかせた。
きっと外で鬼は相当苦しんでいるに違いない。胃の中が激しく揺れた。友達に喰われるのだけは勘弁して欲しい。俺は最後の抵抗を試みた。胃の内壁に思い切り喰いついたのだ。喰われたなら喰われ返してやる!
おごぁああああ!ゲロゲロゲロ。
鬼はやっと俺を吐きだしてくれた。胃液まみれで砂浜に転げ出たので体中砂まみれになった。臭い湯気が立ちあがった。ここらの場面はモザイク処理でお願いします。そのくらい凄絶な光景だった。
まさか自分がゲロになるとか想像できますか?すごく複雑な気持ちになりますよ。
鬼は苦しみ悶えてまだ胃に残っていたその他もろもろを吐き出していた。が、やがて鬼の背中から紫色の煙みたいなものが立ちだして、鬼の体はどんどん小さくなっていった。そして、元の桜ちゃんの姿に戻ったのだ。
良かった。本当に良かった。鬼のままだったらたとえ胃から脱出できても、この先美しいビーチを舞台にリアル鬼ごっこが待っているところだった。
桜ちゃんが鬼化した時にビキニが千切れ飛ばなかったことを今更後悔するのは止めておこう。元の桜ちゃんに戻ってくれたからそれでいいのだ。これでいいのだ(棒読み)
俺は桜ちゃんの元に駆け寄って息を確かめた。大丈夫、桜ちゃんは気絶しているだけだった。つい今まで化け物の姿になっていた桜ちゃんの寝顔は、一瞬でそれを忘れさせてくれるほど超絶可愛いかった。桜ちゃんの寝顔を見るのはこれが初めてだ。
なんて天使な寝顔なんだろう(ホントは鬼だけどそれは忘れよう。記憶の彼方に忘却しよう。幻と笑おう)
しばらくすると桜ちゃんは目を覚ました。
「大丈夫桜ちゃん?」俺は心配して言った。
まだ半分寝ボケ顔の桜ちゃんは、俺の顔を見るなり、
「ああ天吾くん。私夢見てたよ。フライドチキン食べてる夢。なんだかお腹空いちゃったね」と言った。
俺はフライドチキンだったのか。確かに心はチキンやけどもフライドチキンはあんまりじゃないだろうか。軽く傷ついた。だが、必死に戦ったあとだったせいもあってか俺も空腹を覚えた。
「そうだね。お腹減ったね。魚でも獲ろうか。でもモリも釣りざおもないし、なんとかここから帰る手段はないのかなぁ」
そう言う俺に対して桜ちゃんはなんの問題もないかのようにこう返した。
「別に帰らなくてもいいよ。ずっとここにいようよ。だってここ竜宮城だよ。ほら見てあの丘のてっぺんにある建物。あれが竜宮城」
桜ちゃんの言ったように海岸から近くの崖の上に趣味の悪いネオンが無数に飾ってある田舎のラブホテルのような建物があった。きっと夜になるとギラギラとネオンが点滅するのだろう。城の造りもなんだか粗雑で、壁が所々ヒビ割れていた。
「竜宮城?桜ちゃんなに言ってるの?さっきここは沖縄だって言ってたじゃん」
「そうだよ。沖縄のどっかだよ。竜宮城って沖縄にあるんだよ知らなかったの?」
そんな伝説聞いたことがなかった。にしてもなんで桜ちゃんが竜宮城のことを知っているんだろう。桜ちゃんて何者なんだ。ふと、俺はなにか得体のしれない不安感に襲われた。
いつものほわんとした笑顔でこちらを見る桜ちゃんに恐怖感を覚えた。そして、ある重要な事に俺は気づいた。
さっきは不意打ちすぎてパニック状態だったからその事を考えもしなかった。冷静に考えるとおかしい。桜ちゃんは、いきなり海から亀に乗ってやってきた亀仙人化した浦島ナンバー4のエネルギー弾を酒呑童子の力で跳ね返し、浦島ナンバー4を撃退した。
それっておかしいやないか。酒呑童子の力を宿したのは大江山で鬼の勾玉を継承したからであって、ここにいるオレンジビキニ姿の桜ちゃんはあの桜ちゃんではない。去年の修学旅行の時の桜ちゃんだ。それがなぜ鬼の力をすでに持っているのか。
にっこりとほほ笑む桜ちゃんに向かって、俺は初めて冷たい視線で睨み返し、押し殺した声で言った。
「おまえ誰やねん…」
桜ちゃんは一度顔を伏せてから再びこっちを見て、さらににっこりと口角を上げた。上げ過ぎてそのほほ笑みは不気味な笑い顔に変わった。少なくとも、もうあの好意的な笑みではなかった。
「もう、面倒くさいなぁ。バカはバカらしくあのまま私に喰われてりゃ良かったのに」
「おまえか。酒呑童子のおっさんを殺したのは」
「酒呑童子?そんなの知らないし、私はあんたに用があるの」
「だからおまえは誰なんだ?」
「見りゃわかるじゃない。咲屋桜よ」
「おまえは桜ちゃんなんかじゃあない」
「そっか…。そりゃ修学旅行までずっと引き籠ってたんだから天吾くんが知らないのは無理ないわね。まぁそれが天吾くんを引き入れた最大の理由なんだし。なんにも知らないってことが天吾くんの唯一のアイデンティティ。ふふふ」
「どういうことなんだ?」
「まだ教えて、あ・げ・な・い」
ここに飛ばされてきてからなにもかも分からない事だらけだった。正直ここが現実の世界なのかさえもはっきりしなかった。俺は、いつの間にかもっと大きな陰謀に巻き込まれていた。
おそらくカニ型インベーダーとの戦いとはまったく違う別の陰謀だ。背筋を冷や汗がつたうのを感じた。
とにかくなにがなんでも元のあの丹後の海に戻らなくてはならないと俺の防衛本能が叫んでいた。はっきり言って謎だらけだ。でもいまは謎を解いている暇はない。戦う術もない。かと言ってこのままここに黙って囚われていてはダメだ。俺は脳ミソをフル回転させここからの脱出方法を考えた。
あいつが、目の前にいる桜ちゃんの姿をしたあいつがまたいつ鬼の姿になって襲ってくるかわからない。俺に残された時間は限られていた。
俺は咄嗟に海に向かって走りだした。ただの逃亡ではない。これしか名案が浮かばなかったのだ。成功する確信はない。完全に賭けだった。泳ぎが得意な方ではない。それでも俺は必死に沖に向かって泳ぎだした。あいつも一歩遅れて俺の考えに感づいたようで、後ろから追ってきた。それもおそろしい早さで。あいつが鬼の形相なのは背後からの殺気で分かった。
振り向いている余裕もない。一心不乱に手足を動かせ続けた。体がバラバラになってしまうかと思うほど筋肉が悲鳴を上げていた。脚がつる。もうダメか…。
本当にタッチの差だった。俺の脚にあいつの手が触った瞬間、俺は賭けていたある物に届くことができた。果たして、俺は賭けに勝ったのだ。
時空が歪み、まばゆい光が体を包み込んだ。落ちていくように、俺はとてつもない力で引っ張られ、重力に逆らえないまま光の先に誘われた。宇宙戦艦ヤマトがワープするように、俺も時空を突き進んだ。辛うじて俺が掴まっていたのは、浦島ナンバー4が乗っていたあの巨大な海亀だった。俺はこいつに賭けていたのだ。
うおー。
危うく亀の甲羅から手が離れそうになった。離したら一貫の終わりだ。もうあいつはついて来てない。どうやら振り切ったらしい。あとはこの光さえ抜ければ…。握力が限界に近づく。手が甲羅から離れるギリギリのところで光の渦は終点を迎えた。
その先には、あの丹後の海岸と星空が広がっていた。
かなり上空に出てしまったらしい。俺は亀と共に海に落ちていった。やっともとの世界に戻って来られた。
戦っていたみんなはどうなってしまったのかなんて、その時は考える気力も失っていた。海面に着水し、俺は気を失った。
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