第7話 獲れ捕れピチピチ大決戦

7章「獲れ捕れピチピチ大決戦」


 1


 旅の始まりだった地に俺たちは降り立った。

 クサビビメさんとの衝撃的な出逢いからたった三日しか経ってないのに、俺はずいぶん長い間旅をしていたような気持ちになった。

 ここまでいろいろあったから。それも今日で終わる。

 なんだか淋しい気がするなぁなどとは微塵も思わないっすけどね。おうちに帰りたい願望は揺るがないこと山の如し。


 昨夜の突然のバトルなどまったく知らず、ぐっすりと眠った宇美子とリキは疲れもとれやる気満々だった。

 もっとも宇美子の方は戦うというより獲物を喰らう気しかなかった。なんせ昨夜は粟と稗の混ざった味のない茶色い握り飯しか喰ってなかったから。

 今朝も朝ごはんに同じ握り飯が出て来たが「そんなもん食えるか」とせっかくクサビビメさんが作ってくれたのに一口も手をつけずにここまで来たのだ。

 

茨木童子のおかげで天橋立の浜まではひとっ飛びだった。

 酒呑童子のオッサンはバツ(ホントはバツを受けるようなことなに一つやってないのに。哀れだ)として、徒歩で現場に向かわされた。オッサンは二時間遅れて、全身汗だくで到着した。


 昨日の春の陽気とは違い、また曇天模様の冬の海に戻っていた。昨日など、謎の御当地レポート番組を撮らされたり、人類の危機とはまったく関係のない恋の戦いに巻き込まれたりなにしてたんだか分からない一日だったので、テンション維持が難しい。

 こういうのって普通だんだん危機的な状況に追い込まれていって、その壁を乗り越えるごとに主人公は成長していくものだと思う。

 俺は成長したのかというと、正直なところどんどん弱くなっていってる気さえする。

 というよりも、擦り減ってるって感じ?

 周りに振り回されて、ちょっと反抗したらボコられて、これじゃいつレベル上げりゃいいのだか。むしろエナジードレイン連続くらってレベルがどんどん下がっていくデフレスパイラルに陥ってるのではなかろうか?

 羽衣のおかげでなんとか命はとりとめているものの、まったく強くなってない。

 羽衣を継承できるのはなんらかしらの才能があってのことだと聞いていたけど、自分自身にそんな片鱗はまったくない。

 最初から強い宇美子やリキや、今回の旅でけっこうぶっ飛んでる所が見えてしまった桜ちゃんに比べて、俺はあまりにも影が薄くないか。

 最終決戦直前だと言うのに俺の心は、今日の空模様のように灰色に淀んでいた。あと寝てないからね。

 やっぱり睡眠は食事と同じくらい大切だよね。

 と、自然と大あくびしてしまった俺の後頭部に衝撃が走った。


「ぐぉぉぉ」


 昨日酒呑童子からくらった一撃で俺は脳天を負傷しているのだ。また傷口がぱっくりいったのじゃないかと俺はうずくまったまま頭を確かめた。

 幸い傷は大丈夫のようだったが痛いのは変わらない。


「なに寝ぼけた面しとんねん。これから戦やで」


 俺をゲンコツで叩いたのは宇美子だった。

 神器の力で菩薩の心になったんじゃなかったのかよ。


「腹が減ってわたしはイライラしとんねん。早く喰わせろー。米だけじゃ力は出んのじゃー」


 どうやら神器をもってしても宇美子の食欲は抑えきれないらしい。昨夜一瞬だけ見せた才女ぶりはどこかへ消えてしまい、いつもの宇美子に戻ってしまっていた。

 ということは、宇美子は今日も元々のポテンシャルだけで戦うのだろうか?まぁまったく問題はなさそうだ。


「ところでクサビビメさん。こんな雌雄を決する大事な戦いだからもちろん増援部隊は来るのですよね?」


 天女はクサビビメさんだけではないので、ここら一帯の他の天女や神々も当然戦いに参加するものだと俺は思っていた。


「はぁ?なにをいってるんデスカ?基本戦うのは防人に選ばれた人間だけデース。さすがに天吾クンがあまりにもダメそうだから特別に仲間を増やしてあげたじゃないデスカ?これだけの精鋭がそろってマス。増援部隊など贅沢デス!我らは少数精鋭のドラゴン特攻隊デス!」


 贅沢デス!ってそういう場合じゃないでしょう。だいたい何故、天女がジャッキーの奇作映画「ドラゴン特攻隊」を知っているのか?

 この天女本当によく解らない存在だ。


「俺がダメダメなのは認めますが、だからこそ地元が一致団結して戦わなきゃ。それに何度も言ってますが、防人にたまたま選ばれただけで、俺まったくこの戦いに参加する義務ないですからね。呪いさえなければとっくに逃げ出してますからね!」


「ハイハイ。言いたいことはわかってマス。ガンバッテー」


 クサビビメさんは聞く耳をもってくれない。なにその棒読みの応援。俺のやる気スイッチがオフになるのも無理はないだろう。


 こうして緊張感など少しもない中、決戦開始の予定時刻は来てしまった。


 まだやつらは姿を現す気配すらなかった。


 なんなら今日は、ちらほらと観光客の姿さえもあった。


 本当に大丈夫なのかよ…。


「大丈夫デース。普通の人間たちにはワタシたちの戦う姿すら見えまセン。同じ次元に居ながら時空を歪ませマス。時空の歪みの中で戦うので、まわりには危害も出ないしまったく問題アリマセン。こうやって、けっこう人間の知らない間に神々の戦いは行われているのデスヨ」


 時空を歪ませる?なんか急にSFっぽいなぁ。観光しているカップルがキャッキャッとスマホで写真撮影している横で、これから命がけの戦いをするのかと想像したら、余計に気分が萎えてきた。


 そもそもなぜ俺の以外の皆はあんなにやる気満々なのだろう。宇美子にしたって、得体の知れないカニに似ているだけのインベーダーがいくら美味と言っても、そこまで執着する必要があるのか。

 タダでいくらでも喰べられるというメリットはあるが、戦い、生きている者を殺してまで捕食する行動は、もう人間じゃない。

 肉食獣そのものだ。

 

 宇美子のガサツな性格のせいで、これまでの行動もそこまで不思議に思わなかったが、よくよく考えると、浜に落ちているわけの分からない物をいきなり拾って喰らうほど宇美子は狂ってはいない。

 だいたい宇美子はガサツであるが食に対してはわりとグルメだったはずだ。いつからこうなってしまったのか。


 リキもここまでオラオラ系だったか?


 桜ちゃんは…ちょっと桜ちゃんだけはよく分かんないな。


 とにかく、この旅で俺の気づかない間になにかがおかしくなってしまったんだ。


 海辺で伝説の天女に遭遇したり、山で伝説の鬼と仲良くなったり、海底であの浦島太郎に遭ったり、これまでの出来事があまりにも突飛すぎたために、普段なら気づくはずの日常の変化を見失っていたのかもしれない。


 真実は、もっと大きな視点でねじ曲がっていたとしたら…。


 これから戦いだって言うこの状況で、俺の頭の中は雑念がグルグルと渦巻いていた。


 しかし、頭の中を整理する時間はもう無かった。

 疑問を一から洗っていこうと思ったその時、足元がグラりと一度大きく揺れて、松並木が一斉に音を立てた。


 クサビビメさんが言ったように、次元が歪んだのだ。


 空が真っ赤に染まり、海も同じ色になった。


「さぁあいつらが来マス。前回の夜襲とは比べ物になりませんヨ。覚悟を決めてクダサイ」


 クサビビメさんが海を見て言った。


 さっきまで穏やかだった海面が、湾内全体が盛り上がったようにうねり、大量の海水が浜に押し寄せた。


 波が引いた。やつらが居た。一匹、二匹と数えられるような状態ではない。正に万の軍勢だった。

 相変わらずインベーダーというわりには、甲羅むき出しで、近代的なスペーシー的な武器などは装備していなかったが、そのおびただしい数に気圧されそうになった。


「いくらなんでも多すぎません?」

 さっそく泣き言が自然と漏れた。


「そりゃあ決戦デスから当たり前デス」


「無理じゃありません?」


「無理だと困りマス。ぜったいに勝利して貰いマス」


 はぁー。


 覚悟どころか溜め息しかでませんって。

 あの数を見たら、流石に宇美子もリキも戦意喪失…。

 そう思って宇美子の居た方を見たらすでに二人の姿は無かった。


「きえぇぇぇー!」

 突如、浜の方から宇美子の奇声が轟いた。

 

 真っ赤な大群の中で、カニ爪みたいな物が宙に飛び散るのが目に映った。

 どうやら決戦は有無を言わさずにもう始まってしまったようだ。


 真っ赤に染まった浜に宇美子の「やっぱり美味めぇぇ!」という信じられない雄たけびがこだましたのだった。


 2


 異星人踊り喰いって、おそらく有史以来誰も目にしたことのない光景が、俺の眼前で実際に繰り広げられていた。

 確認のために言っておきますけど、その愚行を平然と犯しているのは悪魔でも巨人でもなくただの女子高生ですからね。

 俺はあまりの惨状にカニ型だけに「カニバリズム」っていうアホな連想をしてしまったくらいだ。


 助っ人参戦の茨木童子も疾風の拳で竜巻を起こし、カニ星人たちは上空高くに舞いあげられた。そのカニを酒呑童子のオッサンがバッサバッサとぶっとい二の腕で切り裂いていく。

 息の合った見事な連係プレーだった。やるやんオッサン。


 時を再生する能力から何故か入れ変わった、新しい竜宮の能力を上手く使い、全身亀の甲羅の鎧で固めたリキは、相手の攻撃を受け付けず地味ながらも確実に一匹ずつ倒していった。

 動きは鈍いが防御力最強の名は伊達じゃなく、相手の猛攻もまったく効いてないようだ。

 いかんせん攻撃も遅いので、本当に一匹ずつコツコツと倒している姿がいぶし銀俳優のようにそれはそれでカッコイイと思った。


 これまで戦闘に参加していなかったクサビビメさんも、さすがに今回だけは戦の輪の中に加わった。想像していた通り、あの天女、超強ぇでやんの。

 ツバメの早さで上空を旋回したかと思うと、急降下。

 赤の大群のど真ん中に突っ込んで、中心から相手の陣形を次々と崩していった。茨木童子の疾風の拳に負けないほどの風圧で、カニ達はシュレッダーにかけられたようにバラバラと四散していく。

 

 飛び散ったカニの脚や爪を、時々上空にジャンプして宇美子が口で噛みちぎる。幸せそうに肉を喰い散らす地獄の宇美子。


 疑問など抱いている場合ではなかった。とりあえず目の前の戦を勝利しなくてはどうにもならない事は俺だって理解できた。

 謎はあとに置いておこう。

 ほらよく言うじゃないか、謎解きはディナーのなんとかって。

言わないか。そうですか。


 前回の戦いでは訳も分からないまま幻の竜宮に飛ばされて、ろくに戦闘には参加できなかった。

 今度こそちょっとはカッコイイところを見せたい。

 違う違う。そういう下心じゃなくて、仲間が頑張っているのだから俺もやらなくちゃ男が廃る。


 俺は少し出遅れてしまったが、天女の羽衣を纏い直し、阿鼻叫喚の戦場に駆けだした。

 羽衣の能力で砂浜でも重力を感じずに走れた。

 はっきり言って、敵の数は多いが一匹ずつなら大した力はない。巨大なハサミも、その大きさのせいで逆にかわしやすい。

 

 網野の浜で、魔がさして口にしてしまったインベーダーの肉はどう考えてもカニそのものだった。

 ちょっとだけ大きなカニだと思えば恐怖も薄らいだ。

 俺だって丸腰ではない。大丈夫、やれる。


 己を鼓舞し、わらわらと近づいて来たインベーダーの一匹に向かって、渾身の一撃をお見舞いしてやった。

 天女の羽衣によってスピードを増した俺の必殺の一撃はインベーダーの体を見事貫いて…。くれなかった。


 硬い。硬すぎる。思ってた以上にカニの甲羅は硬く、鉄板をパンチしたのと同じ痛みが拳に走った。

 これ完全にやっちゃったね。何本か指折れたね。


 冷や汗がどっと出て、顔面の血の気が引いていくのが自分でも分かった。


 は?なにこれ。思ってた展開とちゃう。

 嘘だ。嘘だ。こいつらむっちゃ強いやん。全然あかんやん。


 俺はあまりの痛みに声すら出せなくて、砂浜で棒立ち状態になってしまった。そこにインベーダーの爪の一撃が顔面に飛んできた。

 避けられずモロにくらって、天女の羽衣で軽くなった俺は木葉舞い散るが如く見た目だけは可憐に、そして美しく散った。

 一撃でやられるってどうなん?

 俺、なにかが認められて防人に選ばれたんとちゃうん?

 やっぱり俺はただのダメ野郎なのか。


 砂浜に頭から埋まった俺は、自分の不甲斐なさに心もポッキリと折れてしまった。

 おそらく羽衣の効果で致命傷にはなっていないだろう。意識もちゃんとしている。だけど情けなくて、頭を砂に埋めたまましばらく動く気になれなかった。


 遠くで、みんなの戦っている喧騒が聞こえてきた。

 普通ならここで、バットエンドで終わっても良かったのだ。所詮俺は主人公の器じゃなかった。

 俺なんかいなくても、ああやってみんなは力を存分に発揮し、やつらを着実に駆逐していってるではないか。

 ほっておいても戦はやがて終わるだろう。


 俺の役目は、この地にみんなを連れてきた時にすでに終わっていたのだ。電車男は時刻表だけ見とけばいい。


 終わりだ。バッドエンド。それでいいですよ。俺なりにやれることはやりましたよ。完敗です。みんなの強さが異常なんです。


 俺は誰にも気づかれない場所で一人勝手に白旗宣言を呟いた。そんな俺の背中をなにかがさすった。


 ああ、やつらだ。俺を殺しに来たんだ。

 何回死を覚悟すればいいんだ。いいかげんにしてくれ。

 俺は恐怖よりも呆れた気持ちの方が大きかった。半ばやけくそになって砂から頭を出した。

 やるならひと思いにやってくれという気分だった。


 俺が頭をあげると、優しく温かい手が、顔じゅうについた砂をはらい落としてくれた。


「天吾くん、大丈夫?」


 後光が射していた。女神さま…、本気でそう感じた。

 桜ちゃんが俺をウルウルした瞳で見つめていた。


「天吾くん、死んじゃったかと思っちゃった。良かったぁ」


 桜ちゃんはそう言って、俺を抱きしめてくれた。


 最悪の絶望展開から急上昇、まさかの恋愛フラグ来ター!


 死ぬわけないじゃないか!俺は卒業式の日に屋上で君に告白するまでぜったいに死なない。もうなんなら卒業式まで待たずに今ここで告白してもいいかもしれない。

 俺が生き残ったらつきあってくれって。

 俺はそのために、進路指導部でこっそりと桜ちゃんの進学先の大学も調べて、クソ担任にぜったい無理だと言われても諦めずに勉強して、同じ大学に受かったんじゃないか!

 それがあったから、この旅にも嫌々ながら付いて来たっていう秘密をここで明かそう。

 誰が電車に乗りたいためだけに宇美子と一緒に来るかよ。電車ならいつでも一人で乗れる。でも、桜ちゃんとの高校生活での思い出はこれが最後だろう。チャンスはこの旅しかなかったのだ。


 ついでに言うと、幻の竜宮で偽桜ちゃんに喰われた時だって、これが桜ちゃんだったら喰われてもいいかもと考えてしまったド変態はこの俺だ俺だ俺だ俺だ俺だぁぁぁ。


 平静を装いつつ、桜ちゃんの体温を感じながら俺の心はハリケーンの渦に包まれてゴーゴ―と荒れ狂っていた。

 とち狂わなかっただけでも自分を褒めてやりたい。よく理性が保ったものだ。

 たぶん顔はニヤついていたと思う。そこは認めよう。

 だが俺は、折れた心を修復させただけで、スケベ心はちゃんと封印した。

 もう一度やつらと戦おう。羽衣の力があれば、とりあえず攻撃回避だけはできるはずだ。

 あの企画外の変人猛者の仲間たちが、敵をすべて駆逐するまで避け続ければいい。これなら敵前逃亡とは言われないはずだ。

 情けないのは重々承知。だけど玉砕覚悟で、本当に玉砕するバカがどこにいるか。

 生き残る覚悟が生まれただけでもこれは成長と呼んでも良いと思う。

 俺は起死回生の抱擁のおかげで、空前絶後の妥協点に辿り着いた。こんな主人公いたっていいじゃないか。


 俺の脳内に、ガンダムが初めて大地に立った時の曲が流れた。


 テテテテッテテッテレー!ズッズタッタタッタ!

 テテテテッテテッテラーチャンチャチャンチャラッタ!


 大地にしっかりと両脚をつき、俺は再び戦闘の渦に対峙した。


 桜ちゃんは手をふって俺を送り出してくれた。


 手を振る人に笑顔で答えるのが男ってもんだ。それこそがバトルシーンの真骨頂なんだ。復活の時が来た!


 はい無理でしたー。


 3


 いつだって現実は俺の想像の斜め上を行くんだもんなぁ。嫌になっちゃうなー。


 目に飛び込んできた光景は、阿鼻叫喚の地獄絵図には変わりなかったが、状況が一変していた。


 ボスキャラ登場であった。それもステージ1からステージラストまでいっぺんに纏めて登場という、アクションゲームによくありがちな、最後の方にいくとこれまでのボスキャラばかり出てくるステージが待っているみたいな(ややこしい喩えやな)そんな感じ。


 イカのデカイのと、タコのデカイのが、茨木童子と酒呑童子を触手で羽交い絞めにしていた。二人の力でも触手は千切れない。


 鋼鉄のトゲを無数に生やしたウ二星人とリキは交戦していた。トゲの一本一本がウ二のそれとは違い、銀色に輝いていた。リキの甲羅の鎧にブチ当たるたびに火花が散った。

 リキは攻撃に移れず、甲羅の中に隠れて防戦一方だ。その強固な鎧も、なんだか少しずつ削れていって、いつ割れてもおかしくない状態だった。防御力だけが取り柄の能力なので、守りを破られるとお終いだ。ウ二型星人は攻撃の緩めようとはせず、リキは文字通り手も足も出せない。


 クサビビメさんは海上で、包丁が羽根になっているトビウオの大群に追いかけまわされていた。大きさこそ普通のトビウオサイズだが、あの大群に巻き込まれると擦り傷では済まないだろう。

 クサビビメさんが浜に上がろうとしてもトビウオ星人たちは統率のとれた陣形で先回りしてしまう。クサビビメさんはひたすら逃げるのでやっとな様子だった。


 宇美子は…。宇美子だけは、なんかカニに混じって似たような姿の、あれはなんだ?エビか?エビ型インベーダーだ!そのエビを、まったく問題なくカニと同じように殻を剥いてムシャムシャ喰べていた。

 こいつの安定感が心底羨ましい。


 宇美子は放置決定ということで良いのだけど、危機はこの俺にも迫っていた。

 新手のインベーダーと目が合った。

 そいつはサメ型だった。サメの背びれの部分がチェーンソーになっていた。バリバリと金属音を発して高速回転している。

 サメのくせに手足も生えていた。両手にも回転ノコギリ搭載である。ぜったいに戦っちゃダメなやつだ。

 そのサメ型が俺を確認するとすぐにこちらに向かって歩きだした。


 そりゃ戦意喪失しますって。カニと怖さのレベルが違いすぎる。

 これまでの戦いが子どものケンカに思える。インベーダーとの戦いっていうのも今まで半信半疑だったが一気に現実味を帯びてきた。クサビビメさんを信じてなかったわけではないけど、どこかのんびりとした空気が漂っていたし、どっちか言えば宇美子のクリオネばりの悪魔の捕食シーンの方が脳裏に焼き付いていたから、ここにきてようやく事態の深刻さを知るに至ったのである。


 相変わらず敵とはなんのコンタクトもとっていない。でも、なんとなく「これまでのお遊びは終わりで、ここからワレワレは本気でいく」っていう空気に包まれた。


 さて、桜ちゃんの思いがけない抱擁のおかげでポッキリ折れたガラスのハートは修復したものの、カニ一匹すら倒せない俺はどうしたものやら。

 逃げて逃げて大作戦もこれでは使えない。どう考えてもあの兇悪の塊みたいなサメ型インベーダーと一対一で戦う雰囲気になってしまった。

 俺がここで逃げたら、今はなんの能力も持っていない普通の女子高生桜ちゃんは、後にネットで語り継がれるであろうグロシーンに突入してしまう。それだけは阻止せねばならん。

 当たり前の話だ。


 が、現実的に考えて俺が勝てるともまったく思えなかった。どうすれば良いかと数秒思案してみた。画期的な名案はなにも浮かばなかった。その間にも相手はズンズン近づいてきた。

 深く考える必要もない。今の状況で、唯一なんとかしてくれる無事な仲間はあいつしかいなかった。

 深刻さを増した戦況にあって、ただ一人プリン体ばかりをせっせと体にとり込んでいるアホなあいつ。

もちろんそいつの名は渦潮宇美子だ。


「渚のキラーシャーク陽動作戦発動!」

 俺はそう呟くと、もうカッコよさとかはかなぐり捨てて、そのへんに落ちている石やら流木やらをサメ型インベーダーに投げつけて、


「おーい、こっちだよー。アホ―アホー。デザイン的にダサいんじゃ。そんな分かり易い武器振りかざしてアホ丸出しや。ボケェ。おまえの相手はこっちやー。こっち来いアホー」


 と、サメ型の注意を引きながら、少しずつ宇美子のいる所へと方向を変えていった。

 きっと桜ちゃんはドン引きしてんだろうなぁ。儚い恋だったなぁと、流れ落ちそうになる涙をぐっと堪え、俺はサメ型を宇美子の元に誘導する事に難なく成功した。


「なんや天吾。しょっぼい顔しくされおって。負け犬かー」


 あれほど喰ってまだ腹が満たされないのか、宇美子は神器の力はまったく発揮してないようで、デリカシーゼロの、人の心の傷に塩をすり込む言葉を平気な顔で投げかけてきた。

 菩薩の心はどこに行ってしまったんだ。

 悔しいが反論できなかった。だって残念ながら現在の希望はこいつの戦闘力しかないのだもの。

 アメリカに刃向えない日本人の気持ち。「これぞジャパニーズコンプレックス!」と、必殺技っぽく言ってみたが、負け犬の遠吠えと認めざるをえない。弱者はこうやって生きていくしかない。生まれてすいません。


「おまえの湿気た面見とったらこっちまでなんやテンション下がるわ。もっとシャキッとせぇ。天吾!」


 宇美子なりの励ましだろうが、全身武器の兇悪キラーシャークが迫ってきている上に、一番ザコであるはずのカニ型星人すら倒せない現実の中でどうやってシャキッとしろというのか?これでテンション上がるならただのアホだ。

 確かに桜ちゃんに抱きしめられた時は一瞬回復したけど、気休めは気休めでしかない。

 ネガティブなのは俺の性格の問題では断じてない。負け戦の見極めは戦況において一番重要なのだ。

 それでも、うわべだけでもシャキッとした表情を見せたら、宇美子がやつを倒してくれると言うのなら俺はプライドもアイデンティティも捨てて、宇美子に満面の笑みで応えようやないか!


「宇美子!俺は限界だ!こいつの始末はおまえに任せる!おまえしかおらんのやー!」


 全身全霊でシャキッとしてやった。発言内容はこれ以上ないくらいに情けないけれど、俺は全幅の信頼を持って宇美子にすべてを託した。


「おっしゃー!やったろうやないか!この宇美子様に任せとき」


 好戦的な単細胞を動かすにはこれが一番だ。

 最凶宇美子様は神器も効果がでないほどの下女、否、アデルグント(高貴な女戦士)だ。知恵や理屈じゃあない、こっちも男を捨て去り本気で任せたのだ。

 

あぁあ、今後卒業までずっとヘタレって言われ続けるのだろうな。

 俺のスクールライフはこの旅で終わったな。


 宇美子がサメ型に立ち向かう姿を確認すると、俺はすぐに湿気た面にもどった。プライドを捨てると疲れる。


「宇美子デリンジャーパンチ!」


「宇美子ラグナロクパンチ!」


「宇美子アースクエイクパンチ!」


 ほら宇美子のアホコンボが始まった。竜宮のビーチと同じ光景だ。まさかギャリック砲は撃たないだろうが、パンチだけで充分だろう。


 俺は作戦通りボッコボコにされているサメ型インベーダーと宇美子を傍観しながら安堵した。


 なんで宇美子がこんなに強いのか未だ解明されておらんが、そんなことはどうだっていいのだ。ほらよく言うじゃない?戦場では考えるのをやめろって。

 なんかだんだん俺の正義も揺らいできてる気がしないでもない。

 良いんだ。良いんだ。だいたいこの戦いに正義なんて最初から無かったじゃないか。

 意味不明のまま巻き込まれて、俺たちはここに居る。

 俺はなんの所縁もない戦闘に巻き込まれたただの被害者だ。変テコ異星人などとっとと全滅させて家に帰ってネトゲ三昧だ。もう18歳になったしエロ動画だって見まくってやる。


 ん?あれ?


 すっかり一息ついてゲスな思考を巡らせていた時、俺の脳裏にある映像がかすめた。

 思いすごしじゃない。しっかりとした記憶だった。

 かつてこの目で見て体験した記憶が甦ったのだ。


 海と陸だけの世界。町も人もいない。

 至る所で火山が噴火している。

 風が吹き荒れ、雨が大地に降り注いでいる。


 また違う場面になった。


 今度は人間がいる。でも現代じゃない。江戸時代とかでもない。もっと大昔のようだ。身につけている服も、なにかの動物の毛皮で作った粗末な服だ。

 皆、石ヤリを持って海の魚を捕っている。

 魚が捕れると宴が始まる。

 火を囲んで宴は朝まで続く。


 なんだろう?この記憶は?夢でも見ているのか?そのわりに鮮明に脳裏に映る。

 防人の力となにか関係があるのだろうか。


 え、もしかして覚醒する展開?真の力が目覚めし時って感じ?変身シーンを期待しちゃっていいのかな。

それにしてもゲスい心が覚醒の鍵って、それはなんだかあんまりじゃあないか。


 俺は急に現れた太古の記憶の映像にちょっとだけドキドキしながら期待して待っていたが、やがてその不思議な現象は何事もなく収まってしまった。


 次に目に飛び込んできたのは、いつの間にか敵をすべて全滅させてしまった宇美子の姿だった。

 サメは喰えなかったようで、腹に大きな歯型だけがついていた。

 ウ二はすっかり中身を吸われていた。

 トビウオは刃の翼をもがれ、ただのサンマになっていた。

 宇美子は右手にゲソ、左手にタコの足を持って、ガハハハと高笑いを上げていたのであった。

 

最終決戦での俺の戦果は宇美子をやる気にさせただけだった。

でもそれで充分やろ。

世が世なら万の軍勢を操るとかいう設定の南斗のオッサンだって、ちょこっと罠はっただけで最後まで一回も戦わなかったのだし。

土下座でなんとかする主人公だっているくらいだし。

充分、充分。俺はよくやった。


 4


 戦いは終結し、俺たちの大勝利で幕を下ろすかに思えた。少なくとも俺自身の心には勝手にエンドロールが流れ始めていた。

 ああこれ制作会社シャフトがやってるんだ。どうりで作画が素敵だなぁ。ブルーレイ買っちゃおうかなぁ。映画化もあるのかなぁ。フィギュアで宇美子出ても売れないだろうなぁ。なんて感じで、俺の中では物語はそこで終わっていた。


 まったく終わりじゃなかった。打ち切り決定マンガが十話すぎた辺りから急に超絶展開の伏線大回収を始めるかの如く。

 なんなら「俺の旅はまだ始まってもいないぜ!」的なセリフを吐かせようとしているのかと思えるほどの、怒濤の旅の結末がこの先に待ちかまえていた。

 一応言っておく、これはご都合主義話ではない。すべてがあらかじめ決められていた謀略と驚愕が渦巻く大事件だったんだ。

 それこそ俺の人生がひっくり返るほどの。

 実際にひっくり返ったしね!


 つうことで最終話に続く。

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