第5話 竜宮ですよ。度々

5章「竜宮ですよ。度々」


 1


 風はそよそよと吹いて暖かく、サンシャインはジリジリと肌を焼き、これでビキニのお姉ちゃんが横切ってくれたら言うことないよね。ってアレ?


 俺は白い砂浜でフローネの如く白い貝殻を耳にあててトロピカル。


 うーんおかしい。完全におかしかった。


 亀仙人もとい、浦島ナンバー4の乗って来た巨大海亀に掴まって俺は冬の寒さ残る日本海に落ちたはずだ。

 海面に打ちつけられた感触も覚えている。

 天女の羽衣の力で水の冷たさこそ感じなかったが、確かに俺は夜も明けていない冬の海に飛び出たのだ。


 なぜだ?なぜ同じ場所に戻っているんだ?


 俺が居た場所は、さっきまで桜ちゃんと二人だった沖縄のビーチに似た砂浜だった。

 どう見ても田舎のラブホ的な外観のあの竜宮城も見えるではないか。

 ということは、また桜ちゃんがやって来て、鬼に変化して、俺は喰われてしまうのか?

 でも脱出方法はもう心得ている。そこさえクリアできれば、もう一度、桜ちゃんのプレミア水着姿が拝めるではないか。

 もしかしたら、やりようによっては前回よりも深い仲になれるかもしれないじゃないか。

 これって、チャンス?


 ついさっき命の危機に瀕したばかりであったのに、俺は善からぬ妄想を抱きつつあった。

 きっとこの風景と降り注ぐ太陽の光が、男のリビドーを刺激するのだ。そうに違いない。いやそういうことにしておいて欲しい。

 十代の健全な男子像ってそれでええやんか。


 と、俺は誰に咎められるでもないのに自己弁護しつつ、胸は高鳴った。



「なぁ、ここぜんぜんお姉ぇちゃんおらへんやんか」


「そうやな。桜ちゃんくらいしかおらんな…」


 ごく自然に話しかけられたもんだから、俺も自然と返してしまった。男の声だ。桜ちゃんじゃあない。


「えっ?桜ちゃんおんの?どこ?どこにおんの?」


 顔を赤らめながらきょろきょろと辺りを見回すゴリマッチョな男。

俺の横にいつの間にか座っていたのはリキだった。


「どこにも桜ちゃんおらんやん。おまえええかげんにせぇよ」


 と言われましても、俺だって意味が分からん。どうしてここにリキが居るんだ。


「なんでおまえがここに居るの?」


 すぐに俺は訊いた。


「はぁ?宇美子と遠泳勝負してたやんけ。おまえも一緒に。そしたらなんかでっかい波が来て、気がついたらここに流れ着いてたやんけ。だいたいおまえ誰に向かって馴れ馴れししゃべりかけとんのやんけ。舐めとんのやんけ?おーん」


 若干聞き慣れない関西弁で捲し立てられて、俺は思わず後ずさってしまった。

 そうか、桜ちゃんの時と同じ時間軸だとしたら、リキはまだ俺とはそこまで友達になってなかった。学園でも宇美子の次に恐れられている存在だったのだ。


「あっ、いや…、そうだったよね。リキくん。俺も気を失ってたのかちょっと頭がクラクラしてて」


「なんやそうやったんかい。大丈夫か?横になっとれ、俺が水でも探してきたるさかいに」


 リキはあのころから、実は良いやつだった。困っているやつには無償で手を差し伸べる正義の人だった。


 すまん。リキ。筋肉バカと心の中で毎日言い続けて悪かった。おまえは良いやつだ。筋肉バカには違いないけれど。

 

 俺は改めてリキの男前な部分を見て少しホロっとしてしまったが、本題はそこではない。

 水を探しに行こうとするリキを大丈夫だからと止めて、俺は再度確かめた。


「俺たちの他に誰も見てないのか?宇美子や桜ちゃんは?」


「知らん。まったく見とらん。だいたい桜ちゃんは遠泳勝負には参加しとらんかったやないか。ここはどこか違う離島ちゃうんか?」


 リキの言葉に嘘はなさそうだった。嘘のつけるようなやつじゃないし。


「そうだね。とりあえず誰か助けが来るかもしれないし、宇美子も泳いで来るかもしれないからしばらく待つか」


 俺はなーんとなく今後の展開を予想しつつ、それでもリキに怪しまれないように適当な言葉を返した。


「そうやな。せっかくのビーチやし、のんびりするか。オレも泳ぎ疲れたわ」


 リキはそう言った途端砂浜に大の字になって寝ころび、数秒も経たないうちに寝息をかき始めた。

 まさか寝てしまうのは想定外だった。かなりの熟睡状態だ。やはり筋肉バカの称号は揺るがない。


 一時間ほど経っただろうか、リキはまだ大いびきをかいて寝ていた。よくこの暑い砂浜で熟睡できるよなぁと感心していた時、俺の思っていた通りの展開が訪れたのだった。


波ひとつ立っていない海上に、そこだけ白波がたって水しぶきをあげていた。漁師が大漁旗を揚げて颯爽と帰港するかのように、水しぶきの上に一人の男が手を組んで立っていた。男が乗っているのは巨大な海亀だった。


「ほらやっぱり来た!亀仙人」


 二度目だけどやはり口に出して言ってしまった。浦島ナンバー4であるのは承知の上だ。


 浦島ジジイの剣幕も殺気も、数時間前とまったく同じだった。次の行動も分かっていた。あれだ。かめはめ波的なやつをこちらに向かって撃ってくるのだ。

 今度は前と違い心の準備は出来ていた。避けることも可能だった。だが、ひとつ誤算があった。


「おい、リキ起きろ!ジジイのかめはめ波が直撃するぞ!おい、リキってば、起きろー!」


 リキはいくら俺が強く揺さぶっても一向に目を覚ます気配がなかった。

 これはやばい。このままでは俺は助かってもリキに浦島ジジイの攻撃が当たってしまう。いくら全身筋肉ゴリマッチョのリキであっても、あのエネルギー弾が炸裂したらバーベキューになってしまうだろう。

 これはあれか、俺が身を挺して人壁になってリキを守るっていう展開か。だけどそれやっちゃうと結局前回と同じピンチやんか。

 それに、守る対象がのんきにいびきかいて寝ているゴリラ男ってのがどうもモチベーション下がるんだよなぁ。


 と、俺が一瞬躊躇している間に、浦島ナンバー4は例のかめはめ波スタイルでもう攻撃寸前状態になっていた。

 完全に作戦ミスだった。これではデジャヴどころか最悪な結果が待っている。

 俺はリキをなんとか横にどかそうと腕を掴んだが、想像以上に重たくて、非力な自分ではびくともしなかった。


 そして、あの閃光は俺たちに向かって一直線に飛んできたのだった。


 2


 どう考えても今度こそはゲームオーバーだった。肌を焼く熱波と爆風が全身を包み込んだのがわかった。

 このまま骨まで灰にされてしまうんだ。

 熱い、熱い、熱い。俺は閃光の中でもがき苦しんだ。

 だが、これほどの熱量のわりに熱さを感じる時間があるというのも変な話だ。本当ならあっという間に黒こげ、もしくは爆風で吹き飛ばされるはずだ。

 

 俺は瞑った目をゆっくりと開けた。


 そこに、見覚えのある後ろ姿があった。

 ブロンドに近い長い髪を揺らして、必死に浦島のエネルギー波から俺を守っていたのは、紛れも無く宇美子だった。


「宇美子。おまえ…」


「ええんや、あいつはわたしがどついたるねん」


「いつの間にここに?」


「ええから、リキを担いですぐにどけ。あのジジイ、わたしが遠泳の一位になるところを邪魔しくさりおって。あいつの海亀にぶつかったせいで溺れて死ぬところやったんや。ぜったい許さん」


 宇美子には宇美子のプライドがあるのだろう。この状況で、遠泳に負けたのはジジイのせいだからどついたるって、相手はおじいさんですよ。いや、ジジイと言ってもこんな化け物な攻撃を仕掛けてきているのだから、お年寄りを大切にとは俺は言わんけど、宇美子はそういう疑問とか浮かばないのだろうか?

 いったいどういう脳の構造をしているのか不思議でしょうがない。

しかし、今はそんなこと言ってる場合でもない。

 宇美子が俺たちにとって救世主であることに違いはないのだった。


「ジジィ。よくも、よくも、あんたがヘーコラ浮かんでなかったら、わたしはぶっちぎり一位でゴールやったんや!土産代を賭けた勝負に負けてもうたやないかー!許さん、許さんぞー!」


 え?いつの間に土産代を賭ける勝負になってたんだ?そんな話一言もしてなかったはずだ。あっ、そうだ!確かに修学旅行の時、俺はなぜかちんすこう十箱を買わされたんだった。

 俺はてっきりカツアゲされたのだと思っていた。あれは遠泳で賭けをしていたのか。今やっと解ったわ。


 宇美子の怒りは、ちんすこう十箱を手に入れられなかっただけとは思えないほど、それはもうクリリンを殺されたほどの怒りだった。

 やはり信じられない。


 そして、今の自分にとってはこんなに頼もしい仲間はいないと思った。

 浦島ナンバー4も面喰らっていた。まさか自分の攻撃が、ただの小娘に受けとめられるとは思っていなかったようだ。

 それだけじゃない、宇美子はエネルギー波を受けきると、落ちていた流木を浦島めがけてやり投げのように助走をつけて投げた。

 流木は放物線を描いて、浦島に飛んで行き直撃した。


 そのあとはもうそりゃ恐ろしかった。

 宇美子に言わしちゃいけないセリフがある。


「てめぇはオレを怒らせた」だ。


 もちろん俺は宇美子を止めなかった。さぁさぁやっちゃってください。先生お願いします状態で、宇美子を見送った。

 宇美子は浅瀬にプカプカと浮かぶすでにグロッキーな感じの浦島ナンバー4の胸ぐらを掴むと、浜まで放り投げた。

 ジジイがいくら軽いとはいえ片手でこんなに飛ぶもんなの?


 宇美子はまだ怒りが収まらない様子で(ちんすこうごときで)浜にズカズカと進撃してくると、再びヘロヘロになっている浦島を無理矢理立たせた。

 そして地獄の報復が始まった。


 俺はこの光景を地獄の黙示録として深く記憶に刻むことになった。

 

 

「宇美子スーパ―パンチ!」


「宇美子バスターパンチ!」


「宇美子ボルケニックパンチ!」


「宇美子ドリルパンチ!」


「宇美子ファイアパンチ!」


「宇美子アルファパンチ!」


「宇美子エンドレスパンチ!」


「宇美子フェーマスパンチ!」


「宇美子ダークパンチ!」


「宇美子サウザントパンチ!」


「宇美子ポイズンパンチ!」


「宇美子サンダーパンチ!」


「宇美子ラッキーパンチ!」


「宇美子アンラッキーパンチ!」


「宇美子オリンピックパンチ!」


「宇美子ヴィーナスパンチ!」


「宇美子サタデーナイトパンチ!」


「宇美子セレブリティーパンチ!」


「宇美子イデ発動パンチ!」


「宇美子ファイナルパンチ!」


 俺はツッコまないぞ!喉から今にも「パンチばっかりやないか」って言葉が出そうになるが、このボケを俺は漫☆画太郎の作品で見た事ある!それに宇美子はたぶんボケてるわけじゃあない。真剣だ。真剣に怒りの鉄拳を繰り出しているんだ。

俺が凡人だから、どのパンチも同じに見えるだけで、きっとその全てが必殺の連打なのだ。そうに違いない。


 行け!宇美子。おまえのキラーパンチを見せてやれぇぇ!


「宇美子ぉぉギャリック砲ぉぉ!」


 って、パンチちゃうんかーい!それ出来るんだったら最初から出せよ。せっかく我慢してたのに結局ツッコミいれてもうたやん。

 なんでギャリック砲撃てんねん?

 せめてここはかめはめ波やろがーい!


 と、宇美子の人智を超えた無茶苦茶な攻撃で、浦島ナンバー4ははるか彼方にすっ飛んで、キラリンとお空の星になりましたとさ。

 俺も我慢できずツッコンでしまった。俺の役目って結局ツッコミ役なのだろう。ええ、ええ、そうでしょうとも。解ってますよ。

 

リキはこんな騒がしい中でまだ寝たままだった。ニヤニヤしててむかつく。ぜったいに桜ちゃんの夢でも見ているのだろう。

 ここでも絶対的強さを見せたのは宇美子であった。


「あー、喰えないもんに力使ってもうたやないか。せめてあの亀でも喰ったろ!腹減った。わたしは喰うぞ!喰わなやっとられんわ。コラーゲン、コラーゲン!」


 宇美子はなにを思ったか、ジャバジャバと海に入って行った。


「あかんあかんあかん!その亀だけは喰べたらダメー!」


 前回の経験で、俺はその亀が唯一元の世界に戻れる手段であると知っている。亀を喰われたら終わりだ。

 俺はこの白いビーチで、もはや人間なのかも怪しい最凶最悪女と筋肉バカの二人に囲まれて一生を暮さなくてはならん。宇美子のサバイバル能力があれば喰うには困らんだろうが、下手すれば俺が喰われかねない。

 宇美子なら有りえる話だ。

 想像しただけで少しチビった。


 俺は急いで海に飛び込み、宇美子よりも先に海亀に辿りつくため、全力でクロールした。泳ぎなら宇美子よりも自信はあった。

 だって、宇美子はカナヅチではないが、犬かきしかできなかったのだ。超早い犬かきではあったが、流石にクロールには勝てないだろう。いや、絶対に負けるわけにはいかん。


「天吾ぉぉ!それは私の獲物やぞ!おまえに喰わせるかぁぁ」


「誰が海亀喰うか!アホー」と、ついいつもの癖でツッコンでしまったので思い切り海水を飲んでしまった。

 迫りくる宇美子!

 どんなホラー映画よりも恐怖だった。これまでのカニ型インベーダーなど比ではない。

 宇美子以上のラスボスは俺の中に存在しない。


「天吾ぉぉ、あんたも一緒に捕食したろかコルァ!」


 ほら、もう信じられん恐ろしい雄たけびが聞こえるでしょ。あれをラスボスと呼ばずなにをラスボスと呼べばいいのか。

 あんなもん友達でもなんでもあらへん。

 人類の脅威じゃ。フォースインパクトじゃー!


 ぬぉぉぉぉぉぉぉ!


 俺は間一髪のところで宇美子よりも先に、浦島ナンバー4の乗って来た巨大海亀に右手がとどいた。

 次の瞬間、やはり海亀は眩い光を放ち、空中に飛び上がった。

 これで三度目だ。


 今度こそ、今度こそ俺は元の世界に戻るんだ。

 はっきり言ってなんの確信もなかった。


 またもここに連れ戻されるかもしれない。

 だが、亀を失うことだけは許されない。それは解っている。


 俺は二度目の光の渦に包まれ、渦の先の丹後の海に放り出された。

 もう驚かない。ちゃんと落下に備えて飛び込み姿勢を保った。今度はしっかりと着水し、気絶を免れた。

 海上にすぐに浮かび上がって浜を見ると、まだみんな戦っていた。

 たった一人、宇美子だけは戦いでなく、食事中だった。

 もうどの場面で出逢っても宇美子は宇美子のようだ。


 バリバリ、ガツガツ、ゴリゴリ、チュウチュウ。

 

 バリバリ、ガツガツ、ゴリゴリ、チュウチュウ。

 

 バリバリ、ガツガツ、ゴリゴリ、チュウチュウ。

 

 バリバリ、ガツガツ、ゴリゴリ、チュウチュウ。


 阿鼻叫喚の景色が目の前に拡がっていて、俺は心底インベーダーたちを気の毒に思った。


 敵ってどっちだ?と、青色吐息に胸を痛めつつ、俺はゆっくりと平泳ぎで浜まで泳いだ。たぶんもう俺の出番はないだろうと、虚脱感たっぷりで海から上がった。

 

俺の足もとに、大きなカニの足が飛んできてボトリと落ちた。

 

もうどうだっていいや。

 

 とてつもなく腹が減っていた。魔がさしたのだろう。俺はなんだかすべてがバカらしくなって、そのカニの足を拾い揚げ、ちょうど美味そうな身が飛び出ていたので一口だけかじってみた。


 びっくりした。肉厚だけど決して大味でなく、ぎゅっと濃厚な風味と甘さが口いっぱいに拡がって、美味いのなんのって。


 俺は思わず「味の竜宮城やーん」って叫んでしまった。


 いよいよだ。ああ、俺もいよいよだなぁと、薄く残った理性が脳内で呟いたが、カニ肉は美味すぎて食べる口が止まらなくなってしまった。

 正確にはそれはカニじゃあなかったのだけど、生まれてから食べたどのカニよりも、その肉は美味かった。


 結果、気絶しなかったせいなのか、今度こそ俺は元の世界に戻れた。


 これまで見ていた沖縄の海に似たビーチが幻の世界だったのか、またその幻を誰が見せていたのか、結局その時は解らず終いだった。

 俺にとって、ひたすらに長い一夜がやっと終わった。

 とりあえずは、それだけで良しとした。

 インベーダーとの戦闘はほとんど無かったのに、肉体的にも精神的にも、疲労度が限界を遠に超えていた。

 ここで倒れ込んだら、またあの別世界に飛ばされるかもしれないと思い、俺は必死に意識を保たせた。

 インベーダーをついに捕食してしまったからか、なんだか燃えあがる力を感じつつ、真っ赤な朝日を眺めていた。


 空が完全に明るくなったころ、カニ達はほぼ、宇美子の腹の中に収まっていた。

 きっとやつらにはこの海で我が民族の大虐殺が行われたと後に語り継がれるのだろう。

 見た目とは裏腹に、辺りには良い香りが漂って、俺はもう空腹ではないはずなのに、腹がぐうっと鳴ったのだった。


 3


 その日は朝から快晴になった。これまでずっと曇天模様の空の下で、寒さに震えていた旅であったが、本日は小春日和。

 冬の気配もなく、爽やかな風がそよそよと吹いていた。


 俺たちは誰もいない浜に、横一列に並べられていた。

 号令をとっているのはクサビビメさんだった。鬼のオッサンの亡骸は、クサビビメさんの魔法かなにかで小さくされて、胸の谷間に押し込まれた。生きてりゃこんな幸福なかっただろうに、なんともったいない。


 浦島のじいさんの姿はそこには無かった。やはり、浦島はなんらかの方法で、俺をあんな目に遭わしたのだろうか?

 というか、クサビビメさんはそんな重要な事柄にはいっさい触れず、俺たちに昨夜の結果発表を始めた。


「はい、天吾クン、討伐数1ネ。全然ダメ。問題外」


 いやいや、俺はあんたらが戦っている最中もっとひどい目に遭ってたんだって。

 いくら俺が言っても、信じちゃもらえなかった。

 みんなが言うには、俺はインベーダー一匹を殴り倒したが、その後、海に投げ出され、戦いが終わるまで行方不明だったらしい。


「桜チャンはさすがに鬼の力を宿しただけのことはあるワ。討伐数252。女の子なのに中々の数字だワ」


 桜ちゃんはえへへと照れ臭そうに笑った。俺は、幻の竜宮であの変化した桜ちゃんを見ていただけに複雑な気持ちだった。たとえあれが夢であったとしても、桜ちゃんに捕食された経験は、確実にトラウマになるだろう。


「リキくんも生身のわりによくやったワ。討伐数98。素手でここまでやったのだから褒めてアゲル」


 そう言ってクサビビメさんはリキのほっぺに軽くキスをした。

 

「うぉぉぉぉ。違う違うよ、桜ちゃん!これはクサビビメさんが勝手にやったことであって、交通事故みたいなもんで、そんでオレはまったくなんにも嬉しくないわけで、それで、それで、あの…」


 リキは大いにうろたえたあと、致死量の鼻血を噴き出して卒倒した。桜ちゃんはなんにも気にしていない雰囲気で、きょとんと、ぶっ倒れたリキを見ていた。

 リキだけが、顔を真っ赤にして砂浜でビクビク痙攣した。


「で、宇美子チャンね。宇美子ちゃんは、討伐数不明。みんな喰べちゃったものネ。宇美子ちゃんは捕食数1000にしとくワ」


 もう喰えねぇといった大満足な表情で、力士並に膨らんだ腹を摩りながら、宇美子はカニインベーダーの爪を楊枝代わりに、シーシーと、オッサンの食後のように歯のカスを取っていた。

 残念さの安定感は国宝級だ。


 にしても、さっきからずっとツッコミたくてうずうずしているのであるが、なんなんだ?このゲーム感たっぷりの報告会は?

 そんな設定いつからあった。討伐数とか、こっちはしかたなく戦うはめになったというのに、なぜクサビビメさんは無双シリーズ的な話をしとるんだ。

 誰もこの状況を不思議には思わんのか。

 だいたいそう。ああ、そうだった!


「あの、クサビビメさん」


「なあに天吾クン。自分の不甲斐なさについに死にたくなったの?介錯ならいくらでもしてあげるワヨ」


「い、いやそうじゃなくて…。浦島ナンバー4の姿が見えないようなんですが、あいつを逃がしたらマズイんじゃないのですか?」


「なに言っているんデスカ?どこか頭でも打ちましたカ?浦島ナンバー4ってなんデスカ?」


「は?クサビビメさんはマジで言ってるの?俺が命がけで連れ出したあの臭っさい貧乏神じいさんのことですよ!」


 俺は必死に伝えたが、クサビビメさんはおろか、他のみんなも浦島ナンバー4などという人物は知らないと言う。


「じゃあ、あの亀型潜水艦は?あれで深海に幽閉されていた浦島のところまで行って、俺が海に潜って浦島を呪縛から解き放したじゃないですか」


「うーん。天吾クンの言っている意味がよくわかりまセン。亀型潜水艦は確かにここまで来る移動に使いましたけど、やつらの攻撃で沈められマシタネ」


「そうじゃないでしょう?浦島の持っているという竜宮の神器を手に入れるためにここに来たんじゃないですか」


「それならもう手に入れたじゃないデスカ?リキクンが継承したじゃないデスカ。全身をダイヤに匹敵するほどの硬さの甲羅の鎧で覆う防御系最強能力の神器デス」


「亀の甲羅?竜宮の神器は時間を遡って過去のビジョンを見ることができる能力だったんじゃないんですか?」


「なに言ってるんデスカ?そんな能力はアリマセン」


「天吾、おまえも見とったやろ。オレがカッコええ鎧でやつらの攻撃を防いでた光景を」


 見ていない。俺は竜宮の浜で散々な目に遭っていたんだ。なにを言っても皆は不思議そうに俺の顔をポカーンと見るだけだった。


 ぜったいにこの先、悪い方に向かう気がしてならなかったが、俺は仕方なくこの一件を一旦放置するしかなかった。


 鬼のオッサンを殺した犯人を見つけるには竜宮の神器が必要だとクサビビメさんは言ったが、今や、その神器の能力は皆の記憶から改ざんされてしまっていた。

 オッサンは、インベーダーとの戦いの中で戦死したことになっていた。


 俺だけが知っている事実があるということは、今度は俺の命が一番危ない。きっと犯人は俺を消しに来るだろう。

 解ってはいたが、俺はあえて皆にそのことを話さなかった。


「あはは。やっぱり頭を打ったんすかね」


 などと、とぼけたフリをして、浦島の謎を残したまま、クサビビメさんの案内する次なる目的地に向かったのだった。


 なんだか俺一人だけシリアス展開に突入してるっていうのに、宇美子など「朝飯はまだぁ?」なんてぬかしやがって、俺に力があったなら、まっ先に髪の毛一本この世に残さずに殺してやりたい殺意にかられた。

 

リキは桜ちゃんに肩を支えられながら、まだクサビビメさんのキスの余韻に浸っているのか、ニヤニヤしてやがるし、クサビビメさんは相変わらずのほほんと、そのたわわな巨乳を揺らしながらプカプカ浮いてるし、この温度差に、俺は自律神経がおかしくなりそうだった。

 

俺はいつだってやっぱり孤独なんだ。オンライン仲間たちの元に一刻も早く戻りたくなった。この気持ちはずっとそうだけど…。

ああ不本意地獄。ああ、ああ、不本意地獄だこと。この負の連鎖を断ち切りたいよ。

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