【釜鍋戦争】6.こうして争いは幕を閉じた

 そうして待つこと数分、キッチンから厨房服を着た元傭兵の女性が現れました。しかし女性は、鍋を一つしか持っていません。

 ひとめぼれ女王は白米の釜がないことに不安を覚えて思わず女性を睨み付けそうになりますが、美しい殿方の前です。しかも彼はニコニコとご機嫌そうなので、ここで怒るわけにはいきません。ひとめぼれ女王もニコニコと笑顔を浮かべます。


「さぁ、僕の美しい子羊。この世で最高の料理を君にご馳走するよ。さあ!」


 すきやき王が大げさな手振りで元傭兵の女性に指示を出しました。

 女性は鍋の蓋へと手を掛け、それを持ち上げます――!

 もくもくもくもく。

 一気に上がった湯気と共に、すき焼きならではの甘辛い匂いが立ちこめ、すきやき王はうっとりと恍惚の表情を浮かべました。


 しかし、それも一瞬のこと。

 湯気が明けた先に見えたものに、すきやき王もひとめぼれ女王も目を見開き、唖然とします。

 なんとその鍋の中では、すき焼きであったはずの具材や煮汁と、釜で炊いたと思われる白米(品種:ひとめぼれ)が混ざり合っていたのでした。


 驚愕する二人に向かって、運んできた元傭兵の女性と、奥から戻ってきた元傭兵の男性が口を揃えて言いました。


「ご注文の通り、これが今流行りのすき焼きおじやヽヽヽでございます」

「おじ……おじっ……!?」


 すきやき王は動揺しすぎて上手く口が回りません。というか彼は今にもめまいを起こして倒れそうになっています。

 まさかこの世で一番尊いはずのすき焼き鍋と、彼が食わず嫌いで忌み嫌い続けてきた白米が混ざっているなど、世界がひっくり返ったとしても到底認められません。すきやき王は咄嗟に鍋をひっくり返したくなりました。

 しかし、美しい女性の目の前で、そんなみっともないところを見せるわけにはいきません。それに運んできた元傭兵の女性はこの食べ物を「今流行り」と言いました。もしかすると目の前の美しい女性もこれを望んでいるのかも知れません。

 そう思うと無碍には出来ず、すきやき王はニコニコとひとめぼれ女王に笑顔を向けるのでした。


 一方のひとめぼれ女王も脳内で悲鳴を上げています。

 楽しみにしていたはずの白米が、釜で炊いたはずのあの瑞々しい白米が、すき焼きなどに犯されているのです。しかも水分を多分に含んでぐじゅぐじゅになっています。ひとめぼれ女王の頭の中ではアリエナイ合唱が鳴り響くのでした。

 しかし美しい殿方の御前です。しかも彼はとてもいい笑顔を向けてきます。正直反則なほどに美しすぎます。

 そしてひとめぼれ女王は思いました。

 こんな殿方がご馳走して下さるのですから、美味しく頂かないわけにはいきません。


 ひとめぼれ女王は意を決し、そのおじやヽヽヽを椀によそいました。

 期待していたはずの真っ白なご飯は、醤油と肉汁と卵に塗れて、少しグロテスクです。一緒に混ざっているニンジンやエノキも、お釜で炊き込みご飯にすれば絶対に美味しかったはずなのに、醤油と肉汁と卵に塗れて、ひとめぼれ女王的に残念すぎてなりません。

 ですが食べると決めたのです。一度決めたことは、男なら突き通さなくてはいけません。

 あ、ひとめぼれ女王はレディでしたね、失礼失礼。


 さぁ、すきやき王や元傭兵だった奴隷男女が見守る前で、ひとめぼれ女王がおじやの乗ったスプーンを口へと運びます……!!


 そして次の瞬間――。

 ひとめぼれ女王の身体が震え上がりました。


「な……っいきなり震えてどうしたというんだ!? 君の可愛らしいお口に合わなかったのかい?」


 すきやき王が心配そうにひとめぼれ女王の顔を覗き込んで尋ねますが、ひとめぼれ女王はほっぺに両手を当てて首を振りました。


「違うのです……。とても美味しいのです。こんなに美味しい食べ物、あたくし生まれて初めて食べました。あまりの美味しさに、身体の震えが止まりません……!」


 ひとめぼれ女王はうっとりと今にもとろけてしまいそうな笑顔で言いました。

 しかしすきやき王は俄には信じられません。

 だってあの崇高なすき焼きと、穢らわしいはずの白米が混ざり合っているのですから。


 しかし、美しい女性が幸せそうにすき焼きおじやを頬張っているのです。これは試してみないわけには参りません。

 すきやき王は一口そのおじやを食べました。

 瞬間、王は椅子から飛び上がりました。


「何だこれは……! これは一体何だ……!? 醤油と肉汁が混ざり合った煮汁の甘辛さが白米独特の甘みと溶け合って出来たこの旋律……! よく煮こんで柔らかくなったエノキやニンジンや最高級の肉が、まるでこの煮汁と白米のユニゾンを引き立てる装飾音符のよう……! そしてそれら全てを卵が包み込むことで、最高のハーモニーが生まれている……!!」


 何やら意味不明なことを並べ立てて悶絶しているすきやき王ですが、とにかくこのすき焼きおじやが美味しいそうです。

 二人に料理をお出しした元傭兵の奴隷男女は嬉しそうにニコニコします。


 すると、二人がすき焼きおじやに悶絶しているところに、チクサン地方で消えたはずのシャモジ宰相がやって来ました。


「ひとめぼれ女王! そういうことです! 争いはやめて、和平を結びましょう!」


 そう言い放つシャモジ宰相の手には、ほかほかチーズとトマトと白米が混ざり合って出来たトマトリゾットの椀が抱えられています。


「陛下……! 我々も和平を……!!」


 更にシャモジ宰相の後ろから、キノコー地方で倒れていたはずのオタマ将軍が現れました。オタマ将軍の手にも、ほかほかご飯と数々のきのこが混ざった雑炊の椀が抱えられています。そしてなんと凛々しく男らしくあったはずのオタマ将軍が、姿はお変わりにならないのに何故か不思議なことに、女性らしい色香を放っておいでです。


 お店の前で椀を掲げて言い放つシャモジ宰相とオタマ将軍。

 二人は顔を見合わせると、ポッと顔を赤くし、モジモジし始めました。


 そんな二人を余所に、ひとめぼれ女王とすきやき王は驚いたように互いを見合わせます。


「あなたが……すきやき王……」

「君がひとめぼれ女王……」


 次の瞬間、二人は熱い抱擁を交わし合いました。




 かくして、長く続いていたオカマメシー王国とオナベー王国の戦争は幕を閉じました。

 それどころか、二つの王国は互いに手を取り合い、どこよりも強く、どこよりも温かく、どこよりも美味しい釜鍋大国へと成長したのです。

 かつて国境を境に別れていた男女も今は共に暮らすようになり、また女装子と男装子のカップルも国の至るところで見受けられます。


 そんな女装子の国と男装子の国を結んだのは、たった一つのおじやだったとさ。

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