第15話 人間の暮らし レネクスside
『じゃあこれ。渡しておく。盗みをしないで済むように』
その言葉は、前世でフェリシアから言われたものでもあった。
“ギルバート”は人を殺すことしか知らず、その為だけに生きていた。世の中の法則だとかルールだとかは露程も知らない。
フェリスと再会するまで、彼は欲しいならば手に入れる、――手に入れさえすればいい、そんな心情のもと行動していた。そこに善悪などそもそもない。
“欲しいから手に入れた、それの何が悪い”。それが彼の考えだった。方法をなぜ選ばなければならないのかと、手段を選ぶことなく、後先考えることもせず。“今”必要で重要なことさえ満たしていればよかった。
フェリスと再会し一緒に暮らすようになってからというもの、“今”必要で重要な事項の中に、“今後もこの暮らしをすること”が加わった。“今”だけでは成り立たなくなったのだ。
最初は、都合がよく、ラクだったというのが理由だった。しかし共に過ごす時間が増えるにつれそれだけじゃなくなり、
一緒に暮らして最初の頃は、外に出なければならない用事は全てフェリスがこなしていたものの、やがてギルバートも買い物を中心に担うようになった。
そのきっかけは、フェリスが体調を崩し寝込んだ時だった。
その時、彼にできることは何もなかった。したいことがあるのに、やり方がわからないのだ。今までギルバートがやってきたものでは、“今後”を得られず、そして彼女には意味がない。
そして、その苛立ちを再び味わうことがないよう、回復した彼女に付き添ってもらい教わった。それが買い物であり、そしてそこから“人間の暮らしとルール”を学んでいった。
盗みや脅迫、強奪といった一方的なものしか知らなかったギルバートに、フェリスは“交渉”というものを教え、人間のルールとしての“善悪”を教え、そして“悪”をしないで済む道を教えた。
そうして、必要なことを得つつ、重要なこと――大切なものを守る術を教えた。
そして、初めてギルバートが一人で買い物に行く際、フェリスが言ったのだ。
『じゃあこれ。渡しておく。盗みをしないで済むように』と。そしてギルバートの手に彼女の財布を渡された。
ギルバートの人生で初めて、“委ねられる”という経験だった。それは信頼ゆえの行動であり、ギルバートにとってどこか気恥ずかしいものがあった。
しかし、悪い気はしなかった。
――そんなことを思い出しながら、人の声が多数聞こえる方へと歩みを進めていると、やがて店が多く並び活気ある商店街へとたどり着いた。
そういえば渡された金額はどれほどなのかとフェリシアから渡された財布を覗くと、思わず目を疑うほどの枚数が入っていた。その財布は魔法が施されたものらしく、いくら入っていようが見た目に影響はない。まるで財布の中が限りのない袋のようだった。そしてそこには、数えられないほどの金貨が輝きを放っていた。
追われる身だから財布に入っているのが全財産であることは予想していたが、その全財産がこんなに莫大な額だとは夢にも思わなかった。
途端に持っている財布が重量を増した気がした。それに比例するように体も重くなり、そして緊張に強張る。
「こんなのをあんな簡単に渡すなよ……」
ギルバートはどこか恨めし気にそう零した。
しかし渡された以上、責任を持ってやるしかない。
さて何を買おうかと店に並ぶ食材に目をやる。
そこでフェリシアの好き嫌いを聞き忘れたことを思い出し、大きく溜息をついた。
これでは何を買えばいいのかもわからない。
前世ではフェリシアに頼まれたものを言われるがまま買ってきていたため、自ら考えて買い物に来たのは初めてだと、ギルバートは今更ながらに気付く。
その時ふと、脳裏に
(好みも似てたりすんのか……?)
抱いた興味に流されるようにギルバートは食材に手を伸ばす。
「おや、初めて見る顔だねぇ。随分男前なこと!」
店主がギルバートの顔を見るやいなや声をかけた。
「ほう、おまけでもくれんのか?」
「おやおや、そうさねぇ、お前さんが誰と食べるかにもよるかなぁ」
少し考えるように黙ったあと、ギルバートはふっと頬を綻ばせ答えた。
「――守るべき奴と、かな」
それを聞いた店主は目を見開き驚きの表情を見せる。
ギルバートに冷淡な印象を抱いたというのに、発せられた言葉は甘く、思わず呆然と彼の微笑みを見つめた。
「で? まけてくれんの?」
その一言で我に返った店主は、高らかな笑い声をあげる。
「あぁ、いいだろう!! 1個の値段で2個分つけてやろう!」
「どーも」と返したギルバートは、彼女はどんな反応をするのかと僅かに心を躍らせながら、順調に買い物を済ませていった。
殺戮者だった魔王様は、殺した主人を愛す。 桐生桜嘉 @skr06ka-ouka11gemini
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