トロッコ、コンセント、アイスクリーム

『プラグをコンセントに差し込んでください』


 トロッコに書かれた注意書きにはそうあった。充電用のプラグではない。コンセントに差さないと動かない仕様らしい。


「多岐にわたる機能を追求した結果、備え付けのバッテリーだけでは足りなくなったらしい。どう思う?」

「……有線であることに衝撃を隠せませんね」


 わたしと先生が来ていたのは、珍発明(という名の産廃)の博物館だ。展示品にべたぺた触れていいというのが、この博物館のウリらしい。


「コードレスを捨ててまで、一体何の機能を追加したんですか」

「パンフレットの説明書きによると、『本気を出せば空だって飛べる!』とある」

「トロッコとは?」


 先生がコンセントを指し、トロッコの前方に並んだ用途不明の怪しいボタンを一つ選んで押した。次の瞬間、ジャキンジャキンと硬質な音ともにトロッコの側面から謎のノズルが飛び出し、推進ガスを噴き出した。まるでロケットの発射の場面のように、もうもうと煙を吐き出しながらトロッコは浮き上がっていく。


「飛んだああああああああああ!」

「これはすごい技術だな。家庭用コンセントの電力でよくもこんな」

「あ! でもコード短いから思いのほか高く飛べてませんよ!」

「開発陣に誰か冷静な奴はいなかったのか」


 降り立ったトロッコの後方に目を向けると、何故か蛇口がたくさんついていた。わたしが蛇口を捻ってみると、にゅにゅにゅにゅにゅと緑に透き通った謎の物体が押し出されてきた。


「いやああああああああああああああああ!」

「すごいな君、楳図かずおの漫画みたいな顔してるぞ」

「何なんですか!? 何なんですかこれ?」

「アロエ軟膏が出る仕様らしい」

「ほあっ!?」

「『乗り合いトロッコに揺られたお客様の日焼けやしもやけ対策!』だそうだ」

「陽の出るとこまでコード伸びねえよ! 庇でもでもつけてろよ! ターボつけるよか楽だよ!」


 先生が別の蛇口を捻った。今度は蛇口からドロッとした白い粘液が流れ出てきた。


「ストレートにキモイ!」

「カルピスが出る仕様らしい」

「何で!?」

「『炎天下の乗り合いトロッコに揺られたお客様の喉を潤す!』だそうだ」

「さっきよりコンセプトわかりやすいけど、おもっきし原液ですよこれ!」


 先生が蛇口を3つたてつづけに捻ると、それぞれの蛇口からアイスクリームが流れ出た。毒々しいまでにビビッドなシアンとブラウンとグリーン。


「『乗り合いトロッコに揺られたお客様に……」

「……もういいです。でもこれ、見たところ普通のアイス3つ選んだだけなのに、配色が地味に不安を誘い出しますね」

「インパクト重視の構えから、落ち着いた路線でこちらの心を揺らしにきたな」

「テクニカルな嫌がらせ……」


 先生が顎を撫でながら、アイスが出てきた蛇口を興味深そうに眺めていた。


「……先生、なんか変な目してません?」

「博物館のパンフレットによると、これ、舐めてもいいそうだ」

「お腹壊しますよ」

「『衛生面は責任もてんが、そこはまあ愛嬌ってことで気にすんな』だそうだ」

「そのフランクさ腹立たしいなあ……」

「この中だと抹茶がいいか。ブルーハワイは好みじゃないし」


 先生は、水道の水を飲もうとする小学生みたいに、体を少しひねって身を屈めた。緑色のアイスを舐めとると、襟を正し、ふーと長い息を吐いた。


「……どんな味がしました?」


 先生は、遠く見る目で言った。


「アロエ軟膏だった」

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三題噺――人喰い鬼が深海でハンガー作ります 橘ユマ @karamanero

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