理論で事件を鮮やかに解く

心理学を使って事件を解決する。
コンセプトがまず面白い。
推理物としては物的トリックの割合を上手く調整して無理なく成り立っていると思う。妹の性格も書き割り的なキャラクターとして見れば面白い。

だが、どうにも頭でっかちという印象が拭えない。安楽椅子ものだからか、と思ったがそうでないかもしれない。
ざっくり上げて以下の二点である。

ひとつめ。作中で使われているのはユングとフロイトだ。この二者は心理学者として非常に有名であるし誰もが知っている。確かにキャッチーで分かりやすくはあるが、現代の心理学と照らし合わせてみると古いのではないか? と感じざるをえない。手元にある心理学の入門書を私も開いてみたが、ユングフロイトにとどまらず大量の学者の名前、また統計結果が活用されている。本屋にある心理学の一般書ですらもっと多様な学者のものを取り揃えている。
加えて、混乱を招くのは、兄涙のスタンスだ。ユング、フロイトを初っ端からクズ呼ばわりした割には事件関係者の心理をユング、フロイトの理論で定義してしまっている。つまり彼のスタンスが見えて来ないのだ。だからユング、フロイトを信頼して良いのかどうか、読み手として混乱してしまう。
また彼に留まらず精神科医の母親ですら古典とも言うべきユング、フロイトに頼り切った人間分析をしているのももったいない。普遍的無意識の部分など、これだけをそのままの理論で使っている医者はいるのだろうか? 多角的な切り口を求めてしまうのは読み手としての贅沢なわがままだろうか。涙を肯定する役割ではなく、むしろ、主人公達の克服すべき存在としてグレートマザーのアーキタイプを求めたくなる。
結果として人の心を読み解き深めるための心理学を用いているにも関わらず、描かれるのは紋切型な人物になってしまっているように見える。
またシャドウなど用語の活用に疑問を覚えた。

ふたつめ。どんでん返しの章について、わざわざ今まで使ってきたユングとフロイトを放り出して(二幕ではそうではないが)、邪推だ思考実験だと前置きして別の結論を持ち出し、解決した事件を迷宮入りにする目的が不明である。読み手に正確な事件の全貌を見せず、こういう可能性もある、と放り出すのは推理物としてフェアと言えるのだろうか。これはキャラクターのスタイル、ではなく、書き手の力量の範囲として仮説の挟まる余地なく事件を解いて見せてこその推理物ではないだろうか。

以上、気になった点をあげたが、総じて難しい理論張ったものをよくミステリーとしてまとめ上げていると思う。理論で事件を鮮やかに解く探偵を読みたい方にお勧めである。

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