マナー侍
にぽっくめいきんぐ
侍はマナーを嗜む
都内某所、日が落ちてしばし経った頃。
「はじめまして、よろしくお願いします」
背広の男が、別の背広の男に声をかけた。
「よろしくお願いします」
声をかけられた方の男はそう言って、胸ポケットをまさぐった。革製の名刺入れが出て来た。男は名刺入れを開けると、
「あれ?」
そう言って焦りだした。
「あの、すみません。名刺を切らしてしまっているようで」
「大丈夫ですよ。では私の名刺だけでも」
「申し訳ありません。頂戴致します」
そう言って男はおじぎをし、両手を差し出した。が、その時。
「しばし待たれい!」
どこからか、制止の声が聞こえて来た。
「はい?」
振り返るとそこには、侍がいた。幕末志士のような出で立ちをしている。侍は、スーツ姿の二人の方へ走ってきた。
「名刺を切らすとは何事じゃ!」
そう叫んで、一方の男を、刀でバッサリと切り捨てた。
「成敗!」
切られて倒れるスーツ姿の男性。あっけに取られる、もう一方のスーツ姿の男性。
「油断は禁物ぜよ」
そう言い残して、侍は去って行った。
◆
都内某所、夕の刻。
「あの、申し訳ありません。名刺を自社に忘れて来てしまったようで」
「では、こちらが私の名刺ですので、後でメールお願いしますね」
「待たれい!」
再び、侍が小走りで走り寄った。
「武士にあるまじき行為、許せん!」
やはり、一方の男を、バッサリと切り捨てた。
「成敗!」
切られて倒れるスーツ姿の男性。あっけに取られる、もう一方のスーツ姿の男性。
「貴殿らにとって、名刺は魂であろう!」
そう言い残して、侍は去って行った。
◆
夜の都内。
某社の部長と、某社の一般社員とが、名刺交換をしていた。
すると、侍だ。
「目上の者へ先に献上すべし!」
一般社員をバッサリと切り捨てた。
「成敗!」
切られて倒れるスーツ姿の一般社員。あっけに取られる、もう一方のスーツ姿の部長。
「上下関係は命より重きものぞ」
そう言い残して、侍は去って行った。
◆
「はじめまして。私、こういう者です」
「宜しくお願いします。エフ商事の田中さんですね?」
「え?あっ!たけな」
侍。
「何を血迷うたか!」
エム株式会社の竹中をバッサリと切り捨てた。
「成敗!」
切られて倒れるスーツ姿の竹中。あっけに取られる、もう一方のスーツ姿の男性。
「頂いた名刺は別のポッケに収納せよ」
そう言い残して、侍は去って行った。
◆
「ちょっとそこの君」
後ろから、やや低い声が響いた。
振り返ると、警官が二人立っていた。
「なんでござるか?」
「君だよね。異業種交流会にちらほら現れる、侍ってのは」と警官A。
「異業種ったって、さすがに侍はちょっと」と警官B。
警官二人は侍にそそくさと近寄ると、侍の両腕を押さえ込んだ。
「だめだよ君。マナーは大事だけど、それ以前に、法律を守ってもらわきゃ」と警官A。
「真剣じゃなくたって、人は怪我する恐れもあるんだよ」と警官B。侍の右手に握られたおもちゃの刀を取り上げた。
「拙者は真剣でござる」
「いや、刀の話ね」と警官B。
「身元確認させてもらうよ。君、名前は?」
「名乗る程の者ではござらん」
「あれま。名刺出す以前のマナー違反だね」
警官達に連れられ、侍は去って行った。
マナー侍 にぽっくめいきんぐ @nipockmaking
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