Epilogue

閉幕:妖精は春に来たる

「ふふんふーん、ふーんふふーふっふっふふー」

 どうしようもないぐらい、いい加減な鼻歌だった。譜面に飛ばした墨汁の後をなぞったとしても、こんな適当なメロディにはならないはずだ。あやふやで滅茶苦茶な、聴いてるだけで楽しくなってくるような。

つい先頃まで満開だった草間区立公園の桜は、いつの間にかその花を散らし始めていた。月影に柔らかく舞う花びらは、匂う程に幻想的で、荒ぶる花見客など意にも介さない。

ポリバケツいっぱいに詰まった砂を、ゆっくりと地面に下ろす。ふわりと落ちてきた花びらは、バケツの上にも積もっていく。

「皆本さん。砂、持ってきたよ」

 勢い良く振り向いた泉の顔は、それこそ桜のように紅が差していた。妙さんに飲まされた焼酎が効いたのだろう。緩みきった目元は酒のせいか、あるいは制作の喜びのせいか。

「わぁあい、ありがとーゆきちゃん!! ありがとう!」

 いつも以上の舌っ足らずさで、彼女が叫ぶ。よく見たら頬に泥も付いていた。これでは丸っきり子供だ。

「調子はどう? 順調?」

「うん、見て見て! こんなんなったよ!」

 一つターンを打ってから、泉は誇らしげに、出来たばかりの砂細工を手で示してくれた。

滑り台。

「……え?」

 よく見ると、それだけではない。

滑り台に繋がる吊り橋。橋の先には人がよじ登れる山。山にはタイヤらしきものが埋め込まれ、本格的に遊べそうなクオリティ。さらには、ブランコやジャングルジムまで。

全てが砂と石と枝と――この公園にある何かで作られていた。

「お、おお……」

 なんと評すればいいか。僕は言葉を失ったまま、その光景を見つめていた。

いつかの夜、妖精が壊してしまった遊具の数々が、見事に再現されている。

場所は区立公園の外れ。幾つか大振りな桜があり、そこそこの広場になっているけれど、どういう訳かそこに到る道が無い。おかげで、穴場の花見スポットなのだった。

元々台地の上にある公園の隅は、ちょっとした崖になっている。そこから見晴らせる住宅街の灯りは、派手ではないけれど、悪くはない夜景だと僕は思う。

砂によって再建された遊具の数々は、そのささやかな光の海に浮かび上がって見えた。

「すごい。すごいよ……皆本さん」

 絞り出せたのは、月次な感想でしか無かったけれど。

「えへ。ぬふ。まだ途中なんだけどねえ」

 奇妙な音を立てて泉が笑う。それが照れ隠しだということは、流石に僕も気付いていた。

「……皆本さんは、本当に、すごいね」

「え、なに、むごい?」

 全然違う。

 しかし訂正するのも面倒くさくなって、僕はそのまま続けた。

「ちゃんと、軸がぶれないっていうか。何がしたいのか、何が出来るのか、自分でちゃんと分かってて」

 言ってるうちに、段々照れ臭くなってくる。

僅かに視線を向けると、泉はじっとこちらを伺っていた。彼女の瞳は、銀の月によく映える。薄っすらと青みがかった、夜の海に似た色。

「皆本さんのそういうところ、すごく尊敬する」

「……てひ。ありがと」

 ああ、今、笑ってくれたのかな?

どういう訳か、彼女に目を向けられない。酒でも回ったんだろうか。まだチューハイしか飲んでいないはずなんだけど。

 そっぽを向くと、酒盛りに興じる児童文学研究会のメンバーが見えた。ブルーシートの上にケータリングやらピザやらガスコンロやらを広げて、ああだこうだと尽きぬ話題に興じている。これが噂の女子会という奴か。もしくは主婦の井戸端会議。

少し前の僕には、羨むことぐらいしか出来なかった光景。何がどうして、あの賑やかな輪に混じることになったんだろう。

「……こちらこそ、ありがとう」

 きちんと言おうと思っていたのに、口が上手いこと回ってくれなかった。

「君のおかげで、その」

結局、もごもごと歯切れの悪い言葉だけが、宙に浮かぶ。

「なぁに? え、ゆきちゃん、もう酔ってるのぉ?」

「あっ、いやえと。こんなに、楽しい花見ができるというか、みんなと知り合えた、的な」

 なんとか取り繕おうと、振り向いて――

そこにはもう、泉がいた。

 鼻と鼻が触れ合う距離。吐息と吐息が交じり合う。

「あの――だから」

反射的に、息を止める。ついでにこのまま、時間も止まってくれないだろうか。無理か。

彼女の睫毛は長い。その瞳は真夜中の海。頬はほんのり桜色。小さな鼻、薄い唇、卵のようにつるんと綺麗な顎、柔らかく伸びた黒髪、それから、あと、それから――

この人はまるで妖精だ。振り向けば、光が差したように。微笑めば、花が咲いたように。

彼女に比べたら、どんな妖精だって見劣りする。美しくて、奔放で、だからこの手で捕まえたくなる。彼女を追いかけて、どこへでも行きたくなる。彼女の傍にいたくなる。

(ああもう、クソっ)

 僕は、胸中で叫んだ。内臓が張り裂ける程。

これはきっと罠だ。僕の人生に仕掛けられた大きな罠。僕はきっと後悔するに違いない。それでも。

高鳴る心臓を押さえつけながら、震える手を伸ばす――

「――――」

 伸ばした手は、あっさりと跳ね除けられた。

「気安いのよ、バカ浅野」

 言い捨てたのは、他でもない咲原才子。息がかかる距離だった僕と泉の間に、無理矢理滑り込んでいた。そのまま強く押し返されると、後ろに引かざるを得ない。

「わああ、さいちゃんだあ、さいちゃんだよぉ」

 泉は呑気に歓声を上げる。

しかし、僕を見つめる才子の目は、真剣だった。いっそ剣呑と言ってもいいぐらいに。

「あんた、あたしの言ったこと、憶えてる?」

 僕は、頷く。

「……ロクなこと、無いかもよ。全然楽しくないかも。むしろ辛いことばっかりかも」

 言葉は、やはりいつものように刺々しかった。けれど、冷たさと同じぐらい、真摯な問い掛けでもあった。少なくとも、僕にはそう聞こえた。

「ホントにやっていけるの? で」

だから僕は、もう一度、今度はきっぱりと頷いてみせた。

 彼女の言うことはもっともかも知れない。いや、間違いなく正しい。この一週間で、痛いほど身に沁みている。

 それでも構わないと、僕は思う。今までだってたくさんのことを間違えて来た。それでも選んできたから。だから今、僕はここに辿り着けた。

「僕は、もう決め」

「あぁあ、さいちゃんも砂持ってきてくれたんだねえ。嬉しいなあ。でふふ」

 腰が砕けそうなぐらい、間の抜けた声。泉は才子の脇の下から腕を伸ばして、彼女が運んできたポリバケツを掴もうとする。

「ちょ、わ、ちょっと泉――っ」

 才子は泉を引き剥がそうと、身を捩る。しかし泉が引き際を知るはずもない。二人はもつれ合い、その足元が不恰好に傾いだ。

「――うわっと」

 結果的に二人を抱き留める形になってしまったのは、不幸中の幸いというべきなのか、幸い中の不幸というべきなのか。

 横面を張られることは覚悟して、恐る恐る口を開く。

「だ、大丈夫?」

 返ってきた答えは、

「……え、あ、う、うん」

 拍子抜けするほど大人しい才子の頷きに、僕は違和感さえ覚えてしまった。いや、別に拒絶されることを期待していた訳ではないけど。

「さいちゃん、ありがとぉ、やっぱり持つべきものは友だよねえ」

「こら泉、くっつき過ぎだから!」

 泉はまるで猫のように、才子の背中に頭を擦り付ける。押される才子がバランスを崩すのを、僕がほとんど抱き上げるようにして支えている。

つまり。泉が頭をぐりぐりとやれば、その分だけ、才子の身体が押し付けられる訳で。

僕は覚悟した。今度こそ殴られる。

「ちょっ、あの、ダメだって。苦しいよ」

 吐息混じりの、弱々しい拒絶。それをしおらしいといってよいものか。

「えへ、えへえへへえ」

 泉の取り留めもない笑い。

 ――おかしい。何かが間違っている。

にやけてしまう頬を押さえつつ、僕は出来るだけ冷静に、才子を見やった。

 綺麗に揃えられたボブカット。いつもより少し柔らかい眼差し。微かに上気した頬。

(……しまった)

 僕は油断していた。酒を飲んで酔っ払うのは、何も泉や明日香先輩だけの特権ではない。

才子もまた、今夜は珍しく酔いが回っているのだ。

酔っ払いに関わってはならない。それは僕が数少ない経験で得た教訓である。例えいつもと違うリアクションが生み出すギャップのせいで、彼女がやけに可愛らしく見えたとしても。微かに潤んだ瞳が美しく見えたとしても。酔っ払いとはすなわちトラブルなのだ。

僕は慎重に、じゃれあう二人から身体を引き剥がしていく。才子の機嫌を損ねないよう、可能な限り密やかに。

「おんやあ、仲良いね君達ぃ」

 声は異様な程に上機嫌だった。遅れて伸びてきた腕が、僕達三人をまとめて抱え込む。

「うわ、え、明日香先輩」

「私も混ぜてくれよぉ、副会長だぞぅ」

 蕩けたチーズのように油断した笑い方の明日香先輩。いつも眠たげではあるが、今夜は度を越して酷い。しかも厄介なことに、吐息が煙草とチーズとにんにく臭い。ついさっき到着したピザのせいか。誰だ、女の子は砂糖とスパイスで出来ているなんて言ったのは。

「いや別に、遊んでる訳じゃ」

「明日香さんもさいちゃんにマーキングする? するする?」

「おっ、するするー。さいちゃんにこすりつけちゃうぞー」

 いつも以上にだらだらと言葉を吐き出す癖に、背中に回された腕はやたら力強い。ほとんどしがみつかれている。

「やめてください、明日香さん、煙草臭いんですよ」

 才子が身をよじらせて逃げようとする。その動きがいちいちダイレクトに僕の胸へ伝わってきて、筆舌に尽くしがたい感触を生み出す。

「なんだよー乙女かよーいいじゃん減るもんじゃなしー」

 遠慮も躊躇もせず、明日香先輩は才子の胸元に顔を突っ込んだ。寝癖の一房が、僕の頬をこする。

「オッサンですか、あんたは! あっ、マジ臭い! ヤニ臭い!!」

「なんだよー、オッサンとか言うなよ! せめてお姉様とか言えよー」

「鼻息、くすぐったい、ていうか、泉も、ぐりぐりしないでって」

ああ。何なんだこの状況は。

「やーだー、ぐりぐりしたいのー」

 今すぐ叫び出したい。そしてここから逃げ出したい。そうでもしなければ、僕の中で何かがダメになってしまう気がした。多分その、理性的な、人間的な、何かが。

「明日香。セクハラは程々にしなさいよ」

 女神だ。僕は思った。この酒臭い地獄に於いて、今や妙さんだけが唯一の良心であり救いなのだ。彼女は僕らから少し離れた場所に立ち、常にそうあるように、冷静な眼差しをして――どういう訳か、片手にバーボンの瓶をぶら下げていた。

 僕の勘が、更なる危機を感じ取る。

「違うんだよ妙。ただ一人の新人男子を巡って、女子が骨肉の争いを繰り広げてるんだよ」

「ちょっと明日香さん、適当なこと言わないで下さい」

「やめろー才子、私がんだー、ゆきちゃんは私のものだぞー」

 心無い台詞を吐きながらニヤニヤと笑う先輩に、才子が唾を飛ばして抗議する。酒のせいで口元が緩んでいるのだろう、妙に唾の量が多い。おかげで眼鏡に水滴が付く。

「ええぇ、喧嘩はダメですよぉ。みぃんな仲良くしないと。ぬふ」

 明日香先輩の冗談を理解しているのか、いないのか。泉の優等生発言に、先輩が唸った。

「おお、良い事言うね泉。私達はチームだもんな! つまりチームワークを重んじる! ワン・フォー・オール! オール・フォー・ワン! チームメイトは平等でないと」

「つまりこういう事でしょう。浅野君は全員の共有財産」

 無駄に息のあった合いの手だった。妙さんは、本当に平然として、まるでそれが天地開闢以来の決まり事であるかのように、言ってのけた。

「は?」

最早、嫌な予感しかしない。

「そうだよ妙、ゆきちゃんはみんなのゆきちゃんだ!」

いきなり頭をくしゃくしゃと撫でられる。明日香先輩の手だ。

「良かったわね浅野君。今夜から君は備品よ」

「ちょっと、明日香さん、妙さん!」

 更に眼鏡を外される。夜だというのに視界までぼやけて、何が何だか分からなくなった。

「あ、返してくだ――うわっ」

 誰かに正面から抱き締められた。両腕ごと、力一杯。いや、考えてみれば才子しかいないのだけれど。

「なんだお前ーゆきちゃんを独り占めする気かー?」

「ちっ、違いましゅ――違います、そういうんじゃなくて! 人をモノみたいに扱うのは」

「噛んだわね咲原。図星なんでしょう」

 悪乗りに継ぐ悪乗り。視界の端に浮かんでいた肌色が、見る見るうちに赤らんでいく。

「えーさいちゃんズルいよー、わたしにも分けてよー」

「あんたは話がややこしくなるから入ってくるなっ」

 もう何もかもがどうでもよくなってくる。誰か彼女達の乱痴気に収拾をつけてくれ。どんな方法でもいいから。

「えー、なんだよう。そもそもゆきちゃんを入れようって言ったのは私だぞう」

「うわっ、偉そうに! どうせ明日香さんは何も考えてなかったんでしょ!」

「待ちなさい。最初に連絡先を交換したのはアタシよ」

「わたしっ、わたしがゆきちゃん連れてきたんだよ! わたしが一番だよっ」

「何の自慢よ、っていうか誰が一番でもいいから!」

 僕は祈る。心から。何に向かって? 神でも悪魔でも妖精でもいいから、とにかく願いを叶えてくれる何かに。

「おつかれさまでーす」

 ――そうだ、忘れていた。地上に舞い降りた天使の存在を。

「おー! おつかれ志乃ちゃん!」

 身の自由が利かない中、無理矢理振り向くと、そこにはコンビニ袋を提げた志乃ちゃんの姿があった。あやふやな姿しか見えなくても、あの小柄な天使を見間違えるはずがない。

「ごめんなさい、乃恵がなかなか寝付いてくれなくって」

「そう。お疲れ様」

 妙さんはさらりと応じたが、僕は聞き逃せなかった。それはまさか、志乃ちゃんの子供の話なのか。

「お詫びに差し入れ買って来ましたから」

 彼女はビニール袋を持ち上げてみせる。缶ビールらしきものがたっぷりと詰まって、ボコボコと変形していた。

「待ってたんだそれを! 思ったより早く飲み切っちゃってさあ。退屈過ぎてゆきちゃんイジっちゃったよ」

 潮が引くように、明日香先輩が離れていく。ついでに妙さんも、僕を見捨ててくれた。

ようやく取り戻した自由。頭上に載せられた眼鏡をかけ直し、僕は安堵の溜息を吐いた。

「さ、そこの三角関係は何飲むー?」

 手頃なビール缶をいくつか取り出しながら、明日香先輩。

「はい?」

 思わず聞き返す。そして気付く。僕はまだ完全な自由を手に入れてはいなかったことを。

「えっ、や、何言ってんですか明日香さん!」

「三角関係! 六角関係!」

 泉が無邪気にはしゃぐが、何を言いたいのかさっぱり分からない。

「早く離してやんなよー。ゆきちゃん大変なことになっちゃうから」

 電流でも走ったかのように、才子が僕から離れた。耳まで真っ赤にして。ウォッカを一気飲みした所で、こうはならない。

そんな顔をされたら、僕まで恥ずかしくなるじゃないか。

「あの、ホント、勘違いですからね! それ!」

「ゆきちゃん誰が好き? わたしねー、さいちゃんとゆきちゃん好きだよ! さいちゃんもねー、きっとわたしとゆきちゃん好きだよ! すごいね!」

 片手を才子に回したまま、泉がこちらに手を伸ばそうとする。掴み返そうと思ったが、彼女がバケツを持った手をぶらぶらする度、砂が飛び散るので、僕は閉口した。

「だから泉は黙って! 訳分かんないから!! あたし別にコイツ好きじゃないし!」

 出来れば僕の聞こえない所で言って欲しい。

肩を落としたところで、目の前に缶が差し出された。掴む細い指には、ピンクパールのネイルアートが光っている。

「飲むでしょう?」

 妙さんが、僕にビールを。ロング缶の、しかもプレミアムな方のビールを。

「えっ、あっ、ありがとうございます」

 受け取りながら、僕はあたふたとしてしまう。今まで、彼女が僕に話しかけてくれたことなんて――業務連絡以外であっただろうか。

「どうしたの。何か不思議?」

「いや、その……えっと、嬉しくて」

 何故か思わず、そんなことを口走ってしまう。他になんて言い表せばいいだろう?

「そんなにビール好きだった?」

 僕は慌てて頭を振った。

「じゃなくて。その。妙さんが、ビールを渡してくれたから」

一瞬だけ、妙さんが虚を突かれたような顔をした。その瞬間、彼女はごく普通の――冷たい雰囲気はどこにもない――いや、とんでもなく美しい女性に見えた。

「咲原に殴られるわよ」

 ただ一言だけの返答。

そしてどういう訳か、少し離れた所にいた志乃ちゃんと目が合って――彼女の微笑みに、僕は何かを理解したような気がした。

「よーし、志乃ちゃんも来たし、改めて乾杯しようかね」

 言いながら、明日香先輩がタブを起こす。続けて、そこかしこで封を切る音。

不意に――まったくの気まぐれで、僕は自分の腕時計に目を落とす。

いつもと同じ、黒のソーラー電波時計。その液晶には、何の表示もなかった。

 はっとして、僕が夜空を見上げたのと、頭上の街灯が消えたのは、全く同じタイミングだった。

突然、風が吹く。散り落ちたはずの花びらが、再び夜空に舞い上がった。まるで時が逆巻いたかのように。密やかでいて鮮やかな桜の帳には、風の軌跡が見て取れた。緩やかな大気のうねりを追って、街灯が消えていく。冷たいLEDが闇に沈むと、やがて訪れるのは、星の瞬きが描き出す静謐な夜。

「……ようやく、かな?」

 明日香先輩の呑気な呟きが、風と共に流れていって。

気付けばそこに、花が咲いていた。赤、青、黄色、桜に薔薇に椿や辛夷、遍く枝が伸び、蔓が広がり、草花が乱れ咲く。今夜も訪れる、その時間、その場所。

妖精達の遊び場フェアリーサークル

いつも眺めていた蕾が、ある朝花開いたような、そんな何気ない様子で。

目の前に彼女・・が立っていた。眩いまでに翡翠色の光を散りばめた、黒い翅がゆらゆらと揺れる。人形と呼ぶには活き活きとし過ぎた碧い瞳で、じっと僕を見つめている。

「……ね。それ、私も飲みたい」

「ダメだよ。お酒は二十歳になってから」

 僕は笑う。むくれるに、泉が抱きついた。

「ゆきちゃんケチだねー! ひどいねー!!」

「ねー! ひどいひどい!! グッドフェローのケチンボ!」

 思わぬ反撃に、狼狽える僕。

「えっ、僕が悪いの?」

「けーち! けーち! ケチケチケチンボー!!」

 泉もも非難の大合唱を始めて、取り合ってはくれなかった。

「はーい、じゃあ始めるよー」

 明日香先輩が、青いプレミアムビールの缶を差し上げる。起き上がったプルタブが、月明かりを反射して、微かに光った。

「新しく児童文学研究会に入った、の新人に――」

 乾杯の唱和が、心地良く夜空に響き渡る。



                   幕

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