マジカルスイートソースとおかしな青果な日常

エピローグ

次の休日。昭和の日の四月二九日、水曜日。

颯太は三姉妹と優実乃によって近くのいちご狩り園に無理やり連れてこられた。

「今年の閉園近いけど、まだまだいっぱいあるね。あたし、百個くらい食べようっと」

「ワタシもそれくらいは食べるよ」

「わたしは太っちゃわないようにほどほどにしないと。でもついつい手が」

「颯太くん、とってもいい香りでしょ？」

「俺はこの香りだけでダメだ。他の客も女の子ばっかりだし、居づらい。早く帰りたい」

　楽しそうにしている三姉妹と優実乃をよそに、颯太は居た堪れない気分。それでも彼も少しは掴み取って籠に詰めていたが。

「颯太くん、コンデンスミルクたっぷり付けたから食べてみて」

「颯太お兄さん、食べて下さい」

「颯太お兄ちゃん、食べないと紗菜々お姉ちゃんに嫌われちゃうよ」

　三姉妹はいちごを颯太の口に近づけてくる。

「せめてあの魔法のソースがあればな。仕方ない、食うか」

　颯太はしぶしぶ、一粒だけ紗菜々から受け取りお口に入れる。

「やっぱまっず。いくらコンデンスミルクかかってても酸っぱさ感じるし」

　噛みしめた瞬間、颯太は渋い表情を浮かべた。

「颯太くん、毎日たくさん食べれば味に慣れてやがてきっと好きになれるよ」

　紗菜々はにっこり微笑む。

「いや、それは二百パーないな。むしろますます嫌いになる」

　颯太は呆れ気味にきっぱりと否定した。

「颯太お兄ちゃん、もう一個。はいあーん」

「颯太お兄さん、もっと食べて」

「颯太さん、はいどうぞ」　

「んうぐぉ」

　果鈴と琴葉と優実乃は、颯太のお口に何もかけてないそのままの状態で無理やり押し込んだ。

「酸っぱぁー。みんな、俺にひどいことさせてくれたな。このハバネロソースをいちごにかけて激辛いちごに」

　怒った颯太は鞄からハバネロソースの瓶を取り出し、他の四人の持っていた籠の中のいちごにぶっかけようとした。

「颯太くん、やめてー。私達が辛いもの苦手なこと知ってるくせに」

「颯太さん、そのイタズラ、小学生レベルですよ。激辛な物は避けて通っても栄養的に特に問題ないので」

「颯太お兄さん、いちごを粗末にしちゃダメよ」

「颯太お兄ちゃん、バチが当たるよ」

　四人はとても楽しそうに逃げ回る。

　傍から見ればなんとも微笑ましい光景だった。

　　　　　　　※

　翌日、松早川高校一年三組の教室。

「春ちゃん、おはよう。これ昨日、いちご狩り園でとったの。すごく甘くて美味しいよ。分けてあげるね」　

「いえ、けっこうです」

「春雄さん、遠慮せずに」

　紗菜々と優実乃は親切にも五〇粒ほどプレゼント。タッパーに詰められていた。

「いちご本来の酸っぱさが消えるくらい砂糖大量にまぶして食おう」

　かなり迷惑がる春雄だったが、一応嬉しくも思ったようだ。

「あの、秀道さん、いちごタルト作ってみたの。よかったら、食べてね」

「あっ、どうも」

「秀道さんでも食べやすいように、あっさりした味になってるから」

　優実乃は可愛らしいプレゼント箱に詰められたそれを秀道の机の上に置くと、そそくさ自分の席へ戻っていく。

「春雄君、これ、いりませんか？」

「いらねー。そのままのいちご、処理に困るくらい貰ってるし」

「そうですかぁ。ボクもいちごはそれほど好きではないので颯太君、いりませんか？」

「秀道、おまえが受け取ってやれ。富永さんに失礼だろ」

「確かにそうですね。ご好意で渡されたものを、すぐに他人に譲り渡そうとしたボクが浅はかでしたぁ」

　秀道は少し反省し、プレゼント箱を鞄にしまう。

（よかった。ちゃんと受け取ってくれた）

　優実乃はホッとした面持ちで眺めていた。

（よかったね優実乃ちゃん）

　紗菜々はその一部始終を微笑ましく観察していたのであった。

　　　　　　　　　※

その後、颯太と春雄が普段から酸っぱい系の果物を自ら進んで食べるようになったかというと、そういうわけでもなかった。

「このアスパラガス、すごく美味しい♪」　　　　

　一方、果鈴はあれ以降も今まで嫌いだった野菜も苦にすることなく、しっかり食べれるようになれた。給食の時間も以前よりずっと楽しくなったらしい。

　あの不思議なソースは、もう全く必要なくなったというわけだ。

（めでたし、めでたし）