最終話 懲らしめろ、ファーストフード界を牛耳るマスコット達を

翌朝月曜日、七時二〇分頃。

「おはよう颯太お兄ちゃん。今日はあたしんちのおトイレ空いてたけど、久しぶりに颯太お兄ちゃんちのを使いたくなったので借りに来ました」

「……あっ、そう」

 颯太は先週水曜以来、果鈴のおしっこ中に扉を開けてしまい、呆れ返る。

七時五〇分頃。三姉妹と颯太、いつもと変わらず仲良く登校。

 諭吉のエサになっちゃダメだよという注意を果鈴から受けたバナナ、緑ピーマン、セロリ、アスパラガスは琴葉&果鈴のお部屋でお留守番だ。

 今日はソースもこのお部屋の琴葉の机の引出にしまわれていた。

 颯太達が一時限目の授業を受けていた午前九時頃。

「このマンガもとってもエロイね」

バナナくんは月刊少年漫画誌を読み耽り、

「またミスったか。難しいぜこれは」

「次ぼくの番ね」

ピーマンとセロリは携帯型ゲームで遊び、

「ゆみ子、今の時代に生まれてたら、イモやかぼちゃだけじゃなく、いろんな野菜が思う存分食えてたのにな。この話、泣ける」

アスパラガスは小四国語上の教科書を読み耽っていた。

その最中、

ドスドスドス。

と階段を上ってくる足音が野菜達とバナナくんの耳元に飛び込んで来た。

「やばい、母殿が来るよ」

 アスパラガス、

「隠れなきゃ」

 セロリ、

「見つかったらまずいよね」

 バナナくん、

「元の場所に片付ける間がねえな」

 ピーマン、

 とっさに同じ布団の中に隠れた。

 それから約二秒後に、扉がガチャリと開かれ、母がお部屋に足を踏み入れて来た。

「まったく果鈴も琴葉も、また散らかしちゃって」

 母はため息交じりに告げながら、床に散らばっていた国語の教科書や漫画雑誌や携帯ゲーム機を、母が元あった場所と思っている位置に置く。

 続いて掃除機をかけ始めた。

(母殿。早く、出て行かねえかな?)

(布団退けられたら終わりだね)

(北海道産まれのおれにとっては暑いわ、ここ)

(ボク、緊張で果肉まで真っ黒になりそうだよ)

 野菜達とバナナくんは生きた心地がしなかった。

 それから約二分後、母は掃除機の電源を切ると、すぐに部屋から出ていってくれた。

「危ねえ、危ねえ。見つかるところだったぜ」

「ボク、くしゃみも出そうになったよ」

「暑かった~」

「なんとか無事見つからずに済んだね」

 野菜達とバナナくんはホッとした様子で布団から出た。

 その後は平穏に過ごすことが出来、午後一時をちょっと過ぎた頃、一階廊下をドスドス歩く足音が聞こえて来たのち、玄関扉を閉める音が聞こえてくる。

「母殿、買い物か美容院に出かけたみたいだよ」

 野菜達とバナナくんはこの隙を狙って部屋から出て階段を下り、リビングへ向かった。

「でけえテレビだな。嬢ちゃんの部屋のはアンテナ引いてねえみたいだが、ここのテレビは番組も見れるよな?」

「五〇インチくらいありそう。何か面白い番組やってるかな?」

「ソファー気持ちいい! 十勝平野の土には敵わないけど」

「皮を伸ばしてゆったり出来るね」

 みんなソファーに腰掛け、テレビ番組を眺める。

その最中に、

 カチャッ。

 と玄関扉の鍵が開かれる音が。

「「「「!!」」」」

 みんなびくーっと反応した。

 ガチャッと玄関扉の開かれる音がすると、

(早く消さねえと)

 ピーマンは慌ててテレビリモコンに乗っかり電源を消した。

 パタンと扉が閉められる音がするや否や、

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 廊下を早足で駆け抜ける音。

 リビングへやって来たのは、母だった。

「お財布忘れるところだったわ」

 こんな独り言を呟いて、財布を手に取り再び外へ出て行く。

「危なかったぁー。まさかすぐに戻ってくるとは思わなかったぜ」

「あと一秒遅れてたら、ぼくらの姿見られてたな」

「もう少しゆっくり歩いて欲しかったよ」

「ボク、びっくりし過ぎて腐るかと思ったよ」

 野菜達とバナナくん、先ほどはリビングのカーテン裏に隠れてやり過ごしていた。

 この四つはその後すぐに琴葉&果鈴のお部屋に戻り、午前と同じようなことをして過ごす。

 二時頃に母帰宅。今日は珍しく昼間に買い物に出かけたようだ。

 三時頃。

「お部屋にずっと篭ってるのも、飽きて来たね」

 バナナくんが眠たそうに呟くと、

「おらもだ。外へ出ようぜ。日差し浴びたいしなによりおら、やっつけたい相手がいるんだ。栄養満点緑黄色野菜の不倶戴天の敵、真っ白な顔で赤いパーマのピエロと、白髪白髭の小太り爺。あとむかつく舌の出し方してる顔だけデブ女。あいつらのせいで野菜嫌いな子どもが増えたんだ」

 ピーマンは悔しそうに唇を噛み締めながら言う。

「そうに違いないね。この三体、おれも大嫌いだ」

「ぼくも気に食わないな」

 アスパラガスとセロリも悔しそうにしていた。

「ボクはそんなに嫌いじゃないよ。むしろ好きだよ」

 バナナくんは満面の笑顔だ。

「そりゃおまえ、あの店のメニューのスイーツ(笑)とかというのに使われてるからな。それに元々おまえは子ども達の嫌われ者じゃないし、というか大好きな食べ物だろ」

 ピーマンが即、指摘して来た。

「言われてみれば、確かにそうだね」

 バナナくんはちょっぴり罪悪感に駆られてしまう。

「おらも子ども達から好かれたいぜ。そのためにはあいつらを懲らしめねえとな」

「でもおれ達と体格が違い過ぎるし。それに、よく考えたら野菜嫌いな子ども達が増えた原因はあいつらじゃなくて、店のメニューそのものだと思うんだけど」

 アスパラガスは意見した。

「いいや、あいつらにも罪があるっ! あの手の体に悪そうなメニューが美味いって洗脳してるマスコットキャラなんだからな」

 ピーマンは主張を曲げない。

「あいつらを倒しちまえば、マムドもカンタッキーも富実家もミッ○ーのいない浦安の夢とおとぎの国状態になって、客足も一気に遠のくはずだぜ」

 さらに自信満々にこう主張する。

「ピーマン、そもそもあいつらただの人形だろ? ぶっ壊してもむなしいだけだと思うんだが」

 セロリは困惑顔で意見した。

「あのソースをぶっかければ、あいつらもおら達みてえに意思を持つと思うぜ。バナナ、皮を剥いたら手が何本も出来るだろ。あれ運んでくれ。おら達には無理だから」

 ピーマンは熱い眼差しで強くせがんでくる。

「……分かった」

 バナナくんは本当はそんなことをしたくなかったのだが、心優しいためか引き受けてあげることにした。琴葉の机の引出からソースを取り出す。

こうして意思を持ったピーマン、セロリ、アスパラガス、バナナはこのお部屋の窓から脱出し、夏川宅の門を出て行った。

道路を転がったり飛び跳ねたり、人や走る車の姿を見かけた時は止まったり隠れたりして、人の歩く速度よりゆっくりめに進んでいく。

「ただいまー。ママ今日はいたんだね」

 あれからほどなく、果鈴が学校から帰って来た。

 リビングで母に用意してもらったおやつのアップルパイを食べた後、自分のお部屋へ。

「みんな大人しく留守番してた? ……あれ? いないや。ひょっとして食べられたのかな? もう、ダメって言ったのに。諭吉も、食べちゃダメでしょ! 朝いっぱいエサあげたのに。太って首を甲羅にしまえなくなっちゃうよ」

 果鈴はやや険しい表情で、諭吉に向かって注意しておいた。

 野菜達とバナナくんが夏川宅を出て行ってから三〇分ほどのち、

「やっと着いたぜ。街中のいたるところで見かけるよな、この店」

 みんなちょっと汚れてしまったけれど、犬や猫やカラスに襲われることなく、トラックなどに轢かれて潰されることもなく無事、お目当てのファーストフード店の一つ『マムドナルド』に到着。

「高校生くらいの若い子がいっぱい集まってるぜ」

 ピーマンが店内を覗き見ると、

「そりゃ高校生の放課後の社交場みたいだし。ここに長時間居座って試験勉強やってる迷惑な輩も多いらしい」

 セロリはこう伝える。

「試験勉強は家か学校でやれよな。なんか推定体重百十キロはありそうなすごいデブもいるぜ。すげえ量食ってる。あいつも制服姿なとこを見ると高校生みたいだな」

 ピーマンは店内をさらに注意深く観察する。

「本当だ。大相撲力士としても申し分ない体型だな」

 セロリ、

「野菜ほとんど食って無さそう。内臓と運動神経悪そう」

 アスパラガス、

「あのお相撲さんみたいな男の子、絶対普段から不健康過ぎる食生活してるだろうね」

 バナナくんは呆れながらも心配そうにしばし観察した。

「入口横にあの気味の悪いピエロ人形も置かれてるな。少し先に『カンタッキー』まであるぞ。これは都合良いぜ。さっそくかけようぜ。バナナ、頼んだぜ」

 ピーマンにきりっとした表情で命じられ、

「うん。かけるね」

 バナナくんは嫌々、ムナールドと名付けられている高さ二メートルくらいのピエロ人形をよじ登り、肩の上まで辿り着くと、剥かれた皮を使って器用にソースのふたを開けてぶっかけた。

 すると、

「僕はおしゃべりが大好きなんだ。今度いっしょに、お話ししようよ」

ピエロ人形は動き出し、しゃべり出した。

「うわぁ!」

その弾みでバナナくんは地面にぺちゃんっと落っこちる。

 本当に意思を持ったピエロ人形は、白粉(おしろい)がたっぷり塗られたお顔、血のように真っ赤なアフロヘアーとたらこ唇が特徴的で、大きな赤い靴を履き、赤と白の縞々な服の上にMのマークが付いた黄色い服を纏い、黄色い手袋を付けていた。

「パラッパッパッパー。I’m lovin‘meat.」

 不気味な笑顔で機嫌良さそうにメロディーを口ずさむムナールドに、

「おいピエロ、おまえさんのとこのメニューはどれも体に悪過ぎる。だからおまえ、顔色が悪いんだよ」

 ピーマンは険しい表情で見上げながら忠告する。

「アラ~! きみはピーマンじゃないかぁ。子ども達から愛されないからって僕に嫉妬するなよ。ヘッハッハッハ」

「おまえの方こそ子ども達から嫌われ者だろ。気味悪いなりしてるし」

「なんだとっ! 僕のハンサムさが分からないとは。さすがはごみくず低級野菜だな。きみ、日本でも一九七一年から子ども達に親しまれているマムドナルドのマスコットである僕を侮辱したね? 僕に歯向かう気か?」

「ああ、もちろんだぜ。子ども達の健康を守るためにもなっ!」

ピーマン、

「おまえはおれ達の敵だぁ!」

 アスパラガス、

「ピエロ君の方こそその不気味なメイクの仕方、舞妓さんや歌舞伎役者を侮辱してるんじゃないのかい?」

 セロリ、宣戦布告!

「身の程知らずだね、きみ達は。僕のお店ではゴミくず扱いだから嫉妬してるんだね」

 ムナールドはフフフッと嘲笑う。

「きもいピエロよ、緑黄色野菜の栄養パワーをなめんなよっ!」

「このジャンクフード狂が」

「覚悟しろピエロ君」

 ピーマン、アスパラガス、セロリ、三つ同時にかかっていく。

 しかし、

「ぐぎゃっ!」

 ピーマン。

「ぐぇっ!」

 アスパラガス。

「うぎゃぁっ!」

 セロリ。

三野菜ともムナールドの履いているハンバーガー四個分くらいのサイズの靴で蹴り飛ばされ、一瞬で返り討ちにされてしまった。

「ハンバーガー一個分よりも小さいきみ達が僕に敵うはずないだろ。ヘッハッハッハ」

 ムナールドは野菜達を見下ろして嘲笑う。

「やはり歯が立たなかったか。中の種が少し漏れちまったぜ」

「痛い、痛い!」

「あのピエロ君、キック力凄い」

 野菜達はとても痛がり悔しがる。

「大変だ。みんなあっという間にやられちゃった。紗菜々ちゃん達の助けを呼ばなきゃ」

 バナナくんは怯えた様子でこの場から跳ねながら逃げていった。

 それから二分ほどのち、

「あっ、紗菜々ちゃん達、ちょうどいいところに」

 都合よく紗菜々、優実乃、颯太の姿を見つけることが出来た。

「あっ、バナナくんだ」

「紗菜々ちゃん、よけて。ボク、急には止まれな……」

「きゃっ!」

紗菜々はバナナくんを踏んづけステンッと転んでしりもちをついた。

「紗菜々さん、わたしと同様見事な転びっぷり」

 優実乃は思わず笑ってしまいそうになる。

「いたたたぁ」

 紗菜々はお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がった。

「大丈夫かい? 紗菜々ちゃん」

「私は大丈夫。バナナくんの方が心配だよ」

「ボクも平気さ」

「本当に大丈夫? 声がしょんぼりしてるし、顔色も悪いよ」

「バナナ、何かあったのか?」

「バナナさん、一体どうしたの?」

 紗菜々達三人は心配そうに問いかけた。

「ピーマンくんとセロリくんとアスパラガスくんが、マムドナルドのピエロのお人形さんを懲らしめようとして、返り討ちに遭わされたんだぁ~」

 バナナくんは目に涙を浮かばせながら伝える。

「あのお人形に?」

 紗菜々は驚いた表情で問う。

「うん、あのソースをかけたら動き出しちゃって」

「なんか不気味」

「ますます怖いな」

 優実乃と颯太は想像してみてこんな反応。

「とにかく、助けて欲しいんだ。この近くの商店街だよ」

「あそこだね。分かった。すぐ行くよ。けどあのピエロさんが、悪いことしてるなんて信じられないよ」

「わたしは失礼ながら、幼い頃から極悪人にしか思えなかったけど」

「俺もだ。人肉貪り食ってそうな感じの風貌だよな」

 颯太達三人はすぐさま現場へ急行する。

 その途中、

「きゃぁっ!」

 今度は優実乃がバナナくんを踏んづけてステンッと滑ってしまった。

「優実乃ちゃん、ごめん」

「いやいや、バナナさんは全然悪くないから」

「優実乃ちゃんまたバナナくんに転ばされちゃったね。そうだ! 琴葉と果鈴にも連絡しとこう」

 紗菜々はスマホを取り出し、ソースをかけられ意思を持ったムナールド人形が駅前の商店街で暴れているとの旨のメールを送った。

 その頃。

「きみ達にとどめを刺しておかなくちゃね。ひどい悪臭のセロリは僕の神聖な靴が穢れるから踏みたくはないんだけど、仕方ない」

 ムナールドはかかとを上げ、三つの野菜をまとめて踏み潰そうとして来た。

「こんなはずじゃ」

 ピーマン、

「こんな形で一生を終えるなんて」

 アスパラガス。

「粗末に扱われて悪臭呼ばわりされて本当に悲しい。食べて欲しかったよ」

 セロリ、悲痛の叫び。

「ヘッハッハッハ。ごみくず野菜のきみ達はファーストフード社会じゃ必要とされてないんだよ。じゃぁね、きみ達。グッバ~イ♪」

 ムナールドはケラケラ高笑いしながら足を振り上げた。

 その時、

「そうはさせるかっ!」

 颯太の怒りまじりの叫び声が。

「ん?」

 ムナールドは思わず後ろを振り返る。

「野菜さん、もう大丈夫よ」

「みんなひどい怪我、かわいそう」

 ムナールドの攻撃を無事回避出来た野菜達は、優実乃と紗菜々の手によってすみやかに安全な竹籠の中へ移された。

「ぼくの偉大なる計画を邪魔するなよぅ。アラ~。ベリーキュートな女の子もいるじゃないか。きみ達マムドナルドのハンバーガーは大好きかい?」

「大好きだよ、幼稚園の頃からずっと」

「わたしも昔から大好きです」

「俺もだ」

「Oh,今僕はとってもハッピーな気分だよ。マムドナルドのハッピーセットもよろしくね。あっ、でもきみ達の歳じゃもう恥ずかしくて頼めないか」

 ムナールドは不気味な笑みを浮かべながら言う。

「体にいい野菜達をこんなひどい目に遭わせて、おまえの計画はいったい何なんだ?」

 颯太は険しい表情で問う。

「僕の一番の夢は、この地球の全ての国を、僕の生まれ故郷マムドナルドランドみたいな犯罪も戦争も差別もない平和な世界に変えることさ。そのためには世界中の人々をハンバーガー大好きにさせて、ハッピーな気分になってもらうことが必要なのだよ。どんどん洗脳していかなきゃね」

 ムナールドはしみじみとした表情で語る。 

「確かに立派だな。だが野菜を滅ぼそうとするやり方は許せんな」

「ムナールドさん、もっといい方法があるでしょ」

「ムナールドくんの計画はすごく立派だけど、やり方が悪いよ」

 颯太達三人はきつく言ってやった。

「ヘッハッハッハ。きみ達は何も分かってないなぁ。きみ達もまだ人生経験の浅い子どもだもんね。それにしても女の子二人とも、とってもかわいいねえ」

 ムナールドはにっこり笑顔でそう言うと、

「いっ、ぃやぁん」

「ちょっ、ちょっと、ムナールドさん」

 紗菜々と優実乃の体にハグして来た。あまりに突然のことに、二人ともびっくりした様子だ。

「僕は嬉しくなると、ついやっちゃうんだ。ラン乱交ぅぅぅぅぅ!」

 興奮気味のムナールド。

「いやぁーん、ムナールドくん変態っ!」

「正直、きもいですっ! ムナールドさん」

 紗菜々と優実乃は当然のように嫌がっている。頬も赤らんでいた。

「いい響きだ。僕はMだから、女の子達から罵声を浴びせられるとますます嬉しくなっちゃったよ。ヘッハッハッハ」

 ムナールドはにやけた表情で高笑いする。

「これがこいつの本性か」

 颯太は怒りが芽生えた。こぶしをぎゅっと握り締める。ムナールドはこのあと彼の怒りをさらに増幅させるようなことをして来た。

「僕はおしゃぶりが大好きなんだ。今度いっしょに赤ちゃんプレイしようよ」

「やっ、やめてぇー」

「ムナールドさん、そんなことしたらイメージガタ落ちですよ。子ども達に人気のマスコットキャラなんですから」

 紗菜々と優実乃の胸をもみもみ揉み始めたのだ。

「おいピエロ」

 颯太はにやついていたムナールドの肩をポンッと叩き、顔をぶん殴ろうとした。

 しかし、

「おっと、危ね」

「うぐぉ!」

 一瞬早くムナールドによけられ逆にパンチを食らわされてしまった。

颯太は吹っ飛ばされ、しりもちをつく。

「ライスと野菜ばっかり食ってるっぽいもやし体型なきみが、牛の死体肉たっぷりのハンバーガーばかり食ってる僕に敵うはずがないだろ。パワーが違うんだよ」

 ムナールドは颯太を見下ろしながら嘲笑う。

「くそっ」

 颯太は悔しそうに唇を噛み締めた。

「颯太くん、大丈夫?」

紗菜々は彼のもとへ駆け寄って起こしてあげようとした。

「ああ」

 颯太は照れくさいからか自力で立ち上がる。

「口から血が出てるよ。これで拭いてね」

 紗菜々は親切にもハンカチを手渡してくれた。

「ありがとう紗菜々ちゃん」

 颯太がありがたく受け取ったその直後、紗菜々の股の間から白い物が――。

 覗かせた瞬間、

「きゃぁーっ!」

 紗菜々の悲鳴。

 背後に現れたのは、小太りで真っ白なスーツを身に纏い、腕に黒のステッキをぶら下げ、白髪白髭、黒縁の眼鏡をかけた『カンタッキーおじさん』だった。そのお方に肩車をさせられたような状態となったのだ。

「アラ~。僕のライバル登場!」

 ムナールドはとても嬉しがっている様子だ。興奮して高速でダンスをし始める。

「ごめんなさい紗菜々ちゃん、ピーマンくん達がムナールド君と戦ってる時にうっかりかけちゃったんだ。こんなことになっちゃうなんて思わなかったんだ」

 バナナくんはえんえん泣きながら伝えた。

「バナナくんは全然悪くないよ。あーん、カンタッキーおじさんが、こんなエッチなことしてくるお爺ちゃんだったなんて。ショックだよ。私大好きだったのに」

「このエロ爺」

 颯太はギロリと睨みつける。

「お嬢さん、いい肉付きだね。特に太ももとお尻のところ。香りもベリーグッド♪ フライせずにそのまま生でかぶりつきたいものじゃわい」

 カンタッキーおじさんはにこにこ顔でとっても機嫌良さそうに、紗菜々を担ぎ上げたまま気に入った部位を揉みまくり触りまくり、くんくん嗅ぎまくっていたのだ。

「きゃあっ! 颯太くぅん、助けてぇぇぇぇぇ!」

 紗菜々は頬を赤らめながら助けを求めてくる。

「この爺さん、あのピエロよりも体格がいいし、まともにいったら瞬殺されそうだ」

 颯太、手が出せず悔しい思い。

「カンタッキーおじさん、やめなさい! 紗菜々さん嫌がってるわよ」

 優実乃も厳しく注意する。

「そちらの眼鏡の食パンみたいな形の顔のお嬢さんは、あまり良い肉付きじゃないな。でもカンタッキーのフライドチキンを毎日いっぱい食べれば、眼鏡のお嬢さんも贅肉がたっぷり付くよ」

 カンタッキーおじさんは紗菜々のお尻に頬ずりしながらにこにこ顔で言う。

「お髭が、お髭が。チクチクするよぅ」

 紗菜々はにこにこ笑ってはいるが、かなり嫌がっている様子がよく分かった。

「カンタッキーおじさん、いい加減紗菜々さんを放しなさい!」

「エロ爺、紗菜々ちゃんを放せって」

 優実乃と颯太は何度も注意するが、カンタッキーおじさんは耳が遠いのか聞く耳を持ってくれず。

 そこへ、

「ここは僕に任せたまえ」

 なんとムナールドが助けようとしてくれた。

「ピエロ、すまないな」

「ムナールドさん、紗菜々さんを助けてくれるの。ありがとう」

「いやいや、僕はこいつが大嫌いなだけだから。おい、じじい、フライドチキンメインの店のくせにハンバーガーまで売りやがって」

「あれはバーガーではなくサンドなのじゃよ」

「それは言いがかりだ! どう見てもハンバーガーだろ?」

「おまえさんとこの店の方こそ、チキンを売ってるじゃないか」

「いいだろべつに。てめえんとこの体に悪そうな食品添加物と油塗れのフライドチキンなんかよりもずっと美味いんだから」

 ムナールドは大きな靴で地面をダンダン踏みながら主張する。

「くだらないことでむきになるなんて。ガキだな、きみは。そんなだからロッチュリアやモルバーガーに客を奪われるのだよ。マムドなんてこれからも凋落し続けて五年後には消えてるじゃろう」

 カンタッキーおじさんはフッと鼻で笑う。

「Fuck! もういっぺん言ってみろ。表へ出ろ。じじい」

 ムナールドは眉をくいっと曲げ、怒りの表情を浮かべた。人差し指を立てて挑発もする。

「ここはすでに表だろ。不気味なケチャップ髪のピエロ坊や」

 ケンタッキーおじさんはホホホッと笑う。余裕の貫禄である。

「ムナールドくん、口争いはいいから早く助けてぇぇぇーっ」

「このじじいの目にマスタードをぶっかけて、鼻にピクルスをぶち込んでやりたいところなんだけど、僕は体に直接攻撃するケンカは大嫌いなんだ。される方が好きだな。僕はMだからね。すまない」

 ムナールドは苦笑いを浮かべながら伝え、ムーンウォークで後ずさる。

「あいつはただのチキンだな。さあ、お嬢さん、これからわしといっしょにデートしよう。ディナーには特製のカンタッキーフライドチキンと好きな味のクラッシャーズをご馳走するよ」

「やめて、やめてぇーっ!」

 体を必死に揺さぶって抵抗し助けを求める紗菜々。

「紗菜々ちゃん」

「紗菜々さーん」

 颯太と優実乃は助けてあげたいと強く思うが、恐怖心が沸いて手が出せず。

 そんな時、

「ちょっとあなた、何やってるの?」

 小緑先生が偶然通りかかってくれた。スクーターに乗ったまま紗菜々とカンタッキーおじさんの側へ近寄る。

「ワ~オ! 女子大生じゃ。いい肉付きじゃのう。わしの好みじゃ。日本人の女子も捨てたもんじゃないのう」

 カンタッキーおじさんは中腰になり、小緑先生の体をじーっと眺める。

 そののち、

「きゃんっ!」

 紗菜々を地面に投げ捨て、

「ひゃっ!」

小緑先生をサッと抱きかかえた。

「ちょっと、何するのお爺ちゃん。ぃやーん」

小緑先生はさっき紗菜々がされたようにされる。

「このじじい、小緑先生まで」

 颯太は怒りの表情で心配そうに見つめる。

「ぃやーん、初谷君は見ちゃダメェー」

 スカートが捲れピンクのショーツ見えまくりあられもない格好にされた小緑先生は、頬を赤らめ照れくさそうにお願いする。

「お爺さん、この人、まもなく三十路のおばさんですよ」

 優実乃が伝えた。

「何ぃっ!」

 カンタッキーおじさんは驚いて目をぱちくりさせる。

「しかも既婚で子持ち」

「失礼よ富永さん。当たってるけど」

 小緑先生は照れ笑い。

「わしのストライクゾーンは二〇歳までなんじゃ。それもヴァージンに限るっ! 非常に損した気分になってしもうたわい」

 カンタッキーおじさんはしょんぼりした気分で小緑先生を解放してあげた。

「いたたたぁ、投げ捨てるなんてひどいわ。もう、許しません!」

 小緑先生は立ち上がるや否や足を高く上げ、カンタッキーおじさんの腰にキックを食らわした。

「アウチッ!」

 見事ヒット。

 カンタッキーおじさんは相当痛がりながらも、嬉しそうににこにこ笑っていた。

「やるねぇ、このくそババア」

 ムナールドが感心気味に言うと、

「くそババアですって?」

 小緑先生は二カリと笑った。

「いや、僕はハンバーガーと言ったんだけど……」

 ムナールドは恐怖心を抱いたのかカタカタ震える。

「嘘おっしゃい!」

 その一秒後には、

「お仕置き♪」

「ぐぉぉぉっ!」

 ムナールドは顔面にパンチを食らわされていた。

「おばさん、いいパンチだね。ボクは痛めつけられるのは大好きなんだ。Mだからね」

「だからおばさんじゃないって!」

 小緑先生は苦笑顔で強く否定する。

 その直後、

「あっ、あっ、あの、恐怖のムナールド人形が、動いてる。カンタッキーの爺までいるぞ。なにゆえ?」

 春雄の驚く声が。

「あっ、春雄。あれはあいつらに扮してる人間だぞ」

 颯太はやや混乱している春雄を落ち着かせようとする。

「そっ、そうだよな。人形が動くはずないもんな」

 春雄は冷静になれたようだ。

「そういや春雄、あのピエロ苦手だったな」

 颯太は思い出し笑いする。

 幼稚園の頃、ムナールドに扮したお兄さんがやって来て、いっしょにお楽しみ会をしたことがあるのだが、春雄は隅の方に逃げてずっと泣いていたのだ。ただ、プレゼントされたハンバーガーやポテトは誰よりも多く食べたという。

「ムナールドが好きなやつの気持ちはよく分からないぜ」

 春雄はムナールドから目を背けていた。高校生になった今でも苦手なようだ。

「春雄さん、偶然ね」

 優実乃は春雄の肩をポンッと叩く。

「おれ、さっきまでマムドにいたんだ」

「やっぱり。今ね、あの二体に扮した役者さんが突然暴れ出して、商店街がピンチに陥ってるっていうショーをやってるの」

 そう伝えている最中に、

「アラ~、きみはマムドナルドのメニューが大好きそうな体つき顔つきをしているねぇ。僕といっしょに世界征服をしないかい?」

「坊ちゃん、とてもいい肉付きじゃのう。マムドの不味くて異物が混入してる健康に悪いハンバーガーは一口たりとも食わなくていいから、ぜひカンタッキーのフライドチキンを思う存分味わってさらに肉付きを良くしてくれたまえ」

 ムナールドとカンタッキーおじさんはにこにこしながら春雄の方へ近寄ってくる。

「おっ、おれ、モル派なんで」

 春雄はそう伝えて一目散に逃げていった。

「春ちゃん、情けないよ」

「確かに怖いですが」

「春雄のやつ、幼稚園児みたいだったな」

 紗菜々達はやや呆れ返った。

「先生には牛原君の逃げ出したくなる気持ちがよく分かるわ。先生も昔、ムナールドさんすごく怖かったから。今でもちょっと怖いわ」

 小緑先生は同情してくれていた。

「失礼なおばさんだな。メイクを落としたきみの顔の方がよっぽど怖いだろう?」

 ムナールドはフゥとため息をついた。

「なんですって!」

 小緑先生はムナールドにニカッと微笑みかける。

「いえ、なんでも」

 ムナールドはムーンウォークで五歩後ずさりした。

 その直後、

「うわっ、あのマスコットキャラ達の、コスプレイベントが行われているではあ~りませんか」

 秀道も声もした。彼の目にはあの二体がコスプレをしているように見えたらしい。

「秀道、奇遇だな」

「やっほー秀ちゃん」

「秀道さん、お魚屋さんに寄ってたんですね?」

「はいぃ。その通りでございます。母からついでのおつかいを頼まれまして。何か面白いイベントをやっているようですね」

 秀道の手には、サンマなどの入ったビニール袋が掲げられていた。

「坊ちゃんは鶏がらのような貧弱な体つきだね。カンタッキーのフライドチキンをいっぱい食べて、贅肉をたっぷりつけないと風で飛ばされちゃうぞ」

 とても機嫌良さそうに話しかけて来たカンタッキーおじさんに、

「僕、フライドチキンは脂っこいから嫌いなのでぇ」

 秀道は申し訳なさそうに伝えた。

「なんじゃと! フライドチキンが嫌いな子がいるんて、I can‘t believe!」

 カンタッキーおじさんは目をぱちくりさせ、がっくり肩を落とす。

「ヘッハッハッハ、ざまあみろクソ爺。カンタッキーのフライドチキンは何が入ってるか分からないし不味いよね? きみは、マムドナルドのハンバーガーは大好きだよね?」

 ムナールドはにこやかな表情で秀道の目を見つめながら問いかける。

「いえぇ、正直言うと嫌いですね。フィレオフィッシュも油で揚げてて食べ辛いのでぇ」

 秀道は少しおどおどしながら答えた。

「なんだと! もういっぺん言ってみろ」

 ムナールドはカチンッと来たようだ。秀道の胸ぐらを掴んで脅してくる。

「ひぃぃぃ。中の人お許しをぉぉぉ~」

 秀道はカタカタ震え出す。

「やめろピエロ」

 颯太は一瞬の隙をついてムナールドのふくらはぎをボカッと蹴った。

「アラ~」

 ムナールドはつるっと滑ってドシンッとしりもちをつく。

「ムナールドさん、それくらいのことで腹を立ててたら、あなたのイメージがますます悪化して子ども達からさらに嫌われるわよ」

「ムナールドくん、秀ちゃんいじめちゃダメ」

 優実乃と紗菜々は優しく、

「ムナールドさん、さっきの行為は良くないわね。魚返君にちゃんと謝っときなさい!」

小緑先生は教師らしくやや厳しく説教しておいた。

「すまない。ついカッとなって」

 ムナールドはしょんぼりした様子で俯く。反省しているようだ。

「どうもどうもぉ。ではまたぁ」

 秀道は深々と頭を下げて感謝し、そそくさここから走り去っていった。

 入れ替わるように、

「紗菜々お姉さーん、助っ人を呼んで来たよ」

 琴葉も駆けつけて来てくれた。彼女のすぐ隣には、意思を持ったあのケーキ屋のマスコット人形の姿があった。

「この子は、富実家のペモちゃん♪ 私この子大好きだよ。グッズもいっぱい持ってる」

「先生も茉桜も大好きよ」

「わたしもです」

 紗菜々と小緑先生と優実乃は大いに喜ぶ。

「ペモちゃん六歳。ケーキだけじゃなくて野菜も大好き♪」

 ペモちゃんは舌を上向きに出したまましゃべって自己紹介する。

「アラ~、またも僕のライバル出現! あの舌をペンチで引き抜いて血ごとバンズに挟んで、ペモタンバーガーにしたいよ。ヘッハッハッハ。かわいいお嬢ちゃん、僕の店と合併してファーストフード界征服を目指さないかい? ヘッハッハッハ」

 ムナールドは怪しげな笑みを浮かべながら、さっそくペモちゃんの側に駆け寄ってこんな誘いをかけてみた。

「うざい、きもいピエロ。ペモちゃんにはパコちゃんってボーイフレンドがいるのよ」

「ああ、あいつね。あんな不細工でひ弱そうなやつと付き合わなくてもいいだろ。僕の方がずっとハンサムだよ。僕と結婚したら毎日ハンバーガーとフライドポテト食べ放題、マッムシェイクも飲み放題だよ」

「このきもいピエロ、パコちゃんをバカにしたね」

 ペモちゃんは腕を曲げ、力瘤をぽこっと出す。

 表情と顔色は一切変わらないものの、怒り心頭な様子だった。

「アラァァァ~」

 ムナールドはペモちゃんの高速パンチたった一発顔面に食らわされただけで、あっという間に御用となった。

「やるねお嬢さん。見事なパンチだ。あんな気味の悪いピエロなんて振って正解だよ。お嬢さん、これからわしといっしょにデートしよう。ディナーにフライドチキンをいーっぱいご馳走するよ」

 カンタッキーおじさんはホホホッと笑う。

「ペモちゃんあんたのことも大嫌い。ペモちゃんはパコちゃん一筋なの」

 ペモちゃんはそう言って、カンタッキーおじさんもグーでめりっと殴った。

「むぐぉ!」

 メガネがパリンッと割れ、顔も少し変形した。その場に崩れ落ちる。

「どうよ」

 ペモちゃんはあの表情は変わらないものの、得意げになっているように思えた。

「ペモちゃん強い!」

「やるな、ペモ。俺なんか指で突かれただけでも吹っ飛ばされそうだ」

「ペモさん圧勝でしたね」

「先生あなたのことがますます好きになっちゃったわ」

「予想以上のパワーね。この子を助っ人に選んで正解だったよ」

 紗菜々達五人に大いに称賛され、

「ペモちゃんのパワーは、お砂糖・カロリーたっぷりのケーキと、ママの味がするミルクキャンディーを毎日食べてるおかげよ」

 ペモちゃんは表情も顔色も全く変わらないが照れくさそうに言う。

「嬢ちゃん、おら、おまえのこと嫌ってたけど、ごめんな。野菜も好きだなんて、なかなかいい子じゃねえか」

ピーマン、

「おれも見直したよ」

アスパラガス、

「ペモ、ケーキ屋のマスコットは野菜が大嫌いなんて偏見持っててすまんかった」

 セロリは優実乃が持っていた竹籠からひょこっと顔を出し謝罪する。

「ううん。ペモちゃん全然気にしてないよ。あなた達は、あのきもいピエロや変態爺なんかよりは子ども達に好かれる要素はあるわ」

 ペモちゃんは顔をくいっと下に向け、舌を出したまま言う。

「嬉しいこと言ってくれるな、嬢ちゃん」

「おれも感激した」

「ぼく達を褒めてくれて、ありがとう」

 三野菜はぽろりと嬉し涙を流した。

「あの、ペモちゃん、ワタシ前からずっと気になってたことがあるんだけど、ボーイフレンドのパコちゃんとは、もう初エッチ済ませた?」

 琴葉はにこやかな表情で、興味深そうに質問してみた。

「それは、シークレット」

ペモちゃんは表情と顔色はやはり全く変わらないもののますます照れてしまったようで、逃げるように自分のいたお店へ戻っていった。辿り着いた瞬間に元の姿へと戻る。

「琴葉、ペモちゃんに失礼なこと聞いちゃダメだよ」

 紗菜々は困惑顔で注意。

「わたしもちょっと気になってたけど、ペモさんはファンを裏切らないように予想通りの答え方をしたわね。この二体も、早く元のお店に戻してあげた方が良さそうね」

 優実乃がそう言うや否や、

「きみ達、これで勝てたと思うなよ」

「わしはまだまだ戦えるわい」

 ムナールドとカンタッキーおじさん、むくりと立ち上がって復活。けれどもよろけていてまたすぐに倒れそうだった。

 その時、

「アウチッ!」

「アラ~!!」

 カンタッキーおじさんとムナールドの後頭部に石がゴチンッと直撃した。

「紗菜々お姉ちゃん、助けに来たよーっ!」

 果鈴が背後からパチンコで打ったのだ。

「果鈴も来てくれたんだね。ありがとう」

 紗菜々は大いに感謝する。

「野菜くん達とバナナくん、勝手にお外に出たらダメでしょ」

 果鈴はその四つに優しく注意。

「ごめんね果鈴ちゃん」

「すまねえ嬢ちゃん、おら、あまりに退屈だったもんで」

「大変申し訳ない」

「おれ達のこと、心配させてごめんな」

 四つとも深く反省しているようだ。

「ともあれみんな無事でよかったよ。それにしてもあのソース、お人形さんにも効果があったんだね」

 果鈴はとっても楽しそうにあの二体を眺める。

「まいった。さっきの一撃でわしは戦意喪失したよ。お嬢さん、なかなかの腕前だね。ぜひカンタッキーのフライドチキンをいーっぱい食べて、肉付きをもっと良くしてくれたまえ」

「みんな、またね。僕はきみ達にいつでも会いに行くよ。真夜中でもね」

 カンタッキーおじさんとムナールドもついに降参し、元いた店へ退散した。

「ムナールドの捨て台詞、かなり不気味だったな」

「うん、夢に出て来そう」

「私も正直そう思っちゃった」

「先生もよ。今夜寝るのが怖いわ」

 颯太、優実乃、紗菜々、小緑先生は苦笑いを浮かべる。

「ざまあみやがれピエロ、カンタッキー爺。おら達の勝ちだ」

 ピーマン、

「これで野菜の未来は守られたね」

 アスパラガス、

「めでたし、めでたし」

 セロリ、勝利を喜ぶ。

「あたしもっと戦い楽しみたかったな」

「ワタシもあの二体ともお話したかったよ」

 果鈴と琴葉は名残惜しそうにする。

 そんな中、参戦したみんなに向けて、

 パチパチパチパチパチ!

周囲の人達から大きな拍手が送られた。

 どうやら本当にヒーローショーをしていたのだと思われたらしい。

 ここの商店街は、着ぐるみ人形とコスプレ衣装をしたヒーロー達とが戦うショーを頻繁にやっていること、加えて先ほどの騒動が、本物のショーが行われる特設舞台上で繰り広げられたこともあり、あの光景もさほど不思議に思われなかったようだ。

「今日こんなイベントが行われる予定あったかな?」

「さぁ?」

 一部の商店の店員さん達を除いて。

 実際わりと最近に、『ムナールド&カンタッキーおじさん&富実家のペモちゃん、誰が一番強いのか?』という題目のヒーローショーが行われていたらしい。

「ボクのせいで、紗菜々ちゃん達がひどい目に遭うことになっちゃってごめんなさい」

 バナナくんは涙をぽろぽろ流しながら謝る。

「バナナ、あの人形を懲らしめようって最初に言い出したおらが一番悪いよ」

 ピーマンはバナナくんの側に寄り添い、慰めるように言った。

「バナナくんもピーマンくんも、全然悪くないよ」

 紗菜々は爽やかな笑顔で優しく気遣う。

「俺、あいつらと戦えてけっこう楽しかったよ」

「わたしもヒーローショーに出れたみたいで、楽しかったです」

「先生も、また貴重な体験が出来てよかったわ」

 颯太と優実乃と小緑先生は満足そうに伝えた。

「おウチ帰ったらあのソース、お人形さんとぬいぐるみさんにも試してみようっと」

「果鈴、あのソース、ペモちゃんにかけたので全部使い切っちゃったの」

 琴葉は申し訳なさそうに伝える。

「えー」

 しょんぼり顔で残念がる果鈴をかわいそうに思ったのか、

「それじゃ、明日までにまた新しいのを作ってくるわ」

 小緑先生は快くこう宣言してくれた。

「やったぁ! 緑のおばちゃん、ありがとう」

「果鈴ちゃん、おばちゃんじゃなくて、お姉さんって呼ばなきゃ作ってあげないわよ」

「ごめんなさい、緑のお姉さん」

 ともあれみんなは、それぞれのおウチへ帰っていく。

 バナナくんとボロボロになった野菜達は、夏川宅キッチンできれいに洗われ、この日の夕飯に美味しく食された。三姉妹は両親に見つからないようにこっそり包丁で切って死なせた状態にしたため、両親には意思を持った野菜とバナナだったいうことは気付かれなかった。

「あら果鈴、ピーマンもセロリもアスパラガスも、美味しそうに食べてるわね」

「果鈴、克服出来たみたいだな」

 両親は嬉しそうに、幸せそうにモグモグ食べる果鈴を眺めていた。

         ※

翌日月曜日。

「夏川さん、作って来たよ」

 小緑先生は朝のSHRを始める前に、新作ソースを紗菜々に届けてくれた。

「前と同じみたいですね」

 紗菜々はボトルを眺めながら呟く。あのソースと同じような色合いだった。

「そりゃ同じ材料、同じ分量で作ったもの。でも、おウチで試した時はあの現象が起きなかったの。だから、上手くいかないかも……」

 小緑先生は申し訳なさそうに伝える。

「そうですか。でも一応試してみますよ」

 紗菜々は気遣うように宣言した。

     ※

 夕方四時半頃。夏川宅キッチンに、三姉妹と優実乃が集う。

紗菜々は水洗いしたピーマンに例のソースをかけてみた。

「変わらないや」

特別なことは何も起こらなかった。紗菜々はちょっぴり残念がる。

「あのソースは奇跡の一作だったってわけかぁ」

「いくら同じ材料で同じ分量で作ったつもりでも、僅かな誤差が出て全く同じものは出来ないものね」

 琴葉と優実乃はにこやかな表情で呟いた。

「それじゃぁあたし、苦くて変なにおいがするお野菜食べれないよ。意思を持ってくれないと本来の味とにおいが残ったままだもん」

 果鈴は苦笑いする。

「果鈴、これはソースに頼らなくてもピーマンとかが食べれるようになりなさいっていう明示よ。このままで食べてみなさい」

 琴葉はピーマンの乗せられたお皿を果鈴の眼前にかざした。

「いらなーい」

 果鈴はにこっと笑って拒否。三歩後ずさる。

「果鈴、ちゃんと全部食べたら新しいゲーム買ってあげるよ」

 紗菜々にこう言われ、

「それじゃ、食べようかな」

 果鈴は勇気を振り絞ってソース塗れのピーマンをフォークでぷすりと刺した。

 そして恐る恐るお口へ運ぶ。

「あれ? 美味しい」

 ごく普通のピーマンの味がしっかり残っていたのだが、果鈴はこう感じた。

「おめでとう果鈴」

「よく頑張ったわね」

「果鈴さん、見事困難を乗り切れたね」

パチパチ拍手され褒められて、

「いやぁ、楽に食べれたよ」

 果鈴はちょっぴり照れてしまった。

「今度は何もかけずに食べてみよう」

 琴葉はピーマンと、セロリも水洗いし、お皿に並べた。

「いただきまーす」

 果鈴はピーマンを手につかみ、そのままで齧りつく。

「どうかな? 果鈴」

 琴葉が感想を尋ねると、

「百パーセントピーマンの味だけど、すっごく美味しい。セロリもとってもいい香りに感じるよ。なんでだろう?」

 果鈴は幸せそうに頬張りながら伝え、不思議がった。

「果鈴が大人に一歩近づいたって証拠ね」

「きっとそうだね」

「わたしもそう思うわ」

 他の三人はにこにこ微笑みながら、嬉しそうに言う。

「そうかな? あたし、まだまだ子どもでいたいけどなぁ」

 果鈴は照れくさがりながら、セロリも美味しく食したのであった。

    ☆

 その日の夏川家の夕食メインメニューは野菜サラダと、ゴーヤーの卵とじと、湯豆腐だった。

「果鈴、今日もついこの間まで嫌いだったお野菜、しっかり食べてるわね」

「えらいぞ果鈴」 

 両親は嬉しそうに話しかける。

「急に好きになったんだ♪」

 果鈴はにっこり笑顔で伝えながらゴーヤーをもぐもぐ頬張る。湯豆腐に添えられていた春菊も喜んで食べた。

もう苦い・独特のにおい系野菜嫌いをすっかり克服したようだ。

「あとは、颯太お兄さんの酸っぱい系果物嫌いを克服させなきゃね」

 琴葉はにやりと笑い、ある計画を企てた。

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