第三話 動物達にも好き嫌いは当然あるよね?

日曜の朝九時半頃。三姉妹、優実乃、颯太の計五人と、バナナくんと今朝新たに意思を持たせた緑ピーマンとで近くのそれなりの規模の動物園を訪れた。

 琴葉と果鈴は小中学生料金の三百円。

颯太達三人は五百円の高校生以上一般入園料を支払った。

バナナくんとピーマンは当然のように無料だ。

「ここの動物園、前に来た時とちょっと変わってるね。果鈴が小学校入った時のお花見の時以来だから、もう三年以上経ってるもんね」

 紗菜々は入園のさい貰ったパンフレットを眺めて呟く。

「果鈴、迷子になっちゃうといけないから前来た時みたいに手、繋いであげよっか?」

「琴葉お姉ちゃん、あたし、もう四年生だよ。恥ずかしいから、子ども扱いしないで」

 果鈴はぷっくりふくれ、不機嫌そうに振る舞う。

「琴葉、果鈴をもう少し大人扱いしてあげなきゃダメだよ」

 紗菜々は笑顔で注意する。

「はい、はーい。分かったよ紗菜々お姉さん♪」

 琴葉は上機嫌な様子だ。

「迷子か。おら達も気をつけねえとな」

「そうだねピーマンくん。ボク達は人間の生まれたての赤ちゃん以上に小さいもんね」

 ピーマンとバナナくん、紗菜々の肩の上で仲良さげに話し合う。

「そういや果鈴ちゃん、昔迷子になったことあったな」

「ありましたね。確かこのメンバーでいっしょにサン○オピューロランドへ行った時。果鈴さんがまだ四歳くらいの頃」

 颯太と優実乃は思い出し笑いしてしまった。

「颯太お兄ちゃんも優実乃お姉ちゃんも笑わないでー。ねえ、まずはここから行こう。前に来た時はまだなかったよね?」

 果鈴は早く話題を変えようと、パンフレットを指し示す。

「ちょっと待って。爬虫類館は、私は入りたくないよ。亀さんは大好きだけど、トカゲとヘビは苦手だから」

 紗菜々は苦い表情を浮かべる。

「俺は入りたいけど」

「わたしもです」

「ワタシも爬虫類大好きよ」

 颯太、優実乃、琴葉も果鈴と同様、入る気満々だ。

「面白そうだな」

「どんな爬虫類さんと出会えるのかな?」

 ピーマンとバナナくんも入りたがっているようだ。

「入らないって言ってるの、紗菜々お姉ちゃんだけだよ。入ろう」

 果鈴に腕をぐいぐい引っ張られ、

「しょうがないなぁ」

 紗菜々は億劫な気分でしぶしぶ参加することに。

 薄暗い館内に入るとさっそく右側にオオアナコンダ、左側にビルマニシキヘビがお出ましした。

「きゃぁっ! いきなり動いた。怖いっ!」

「あの、紗菜々ちゃん、そんなに引っ付かないで」

「ごめんね颯太くん」

 謝りつつも紗菜々は颯太の側から離れようとはしない。

「紗菜々さんと颯太さん、なかなかいいムードね」

「予想通りの展開♪」

 その様子を見て優実乃と琴葉はにこにこ微笑む。

「このアオダイショウさんと、こっちのフトアゴヒゲトカゲさん、ペットにしたいな」

 果鈴は展示動物に夢中だ。

「果鈴、絶対ダメだよ」

 紗菜々は苦い表情で注意する。

「ヘビさんやトカゲさん達も、ボクのことが好きなのかな?」

 バナナくんは疑問を浮かべる。

「きっと大好きだと思うよ」

 果鈴は自信たっぷりに答えた。

「おらのことも当然好きだよな?」

 ピーマンはグリーンイグアナが飼育されているガラス水槽に張り付き、じーっと見つめながら問いかける。

「ピーマンはさすがに嫌いじゃないかな?」

 果鈴はにこにこ笑いながらこう言った。

「いや、そんなことはねえだろ? なっ?」

 ピーマンは不機嫌そうな表情を浮かべ、グリーンイグアナをさらに見つめる。

 けれどもそいつは一向にピーマンの方を振り向いてはくれなかった。

「おーい、おらと似たような色してるくせにぃ」

 ピーマンは悲しげな表情を浮かべる。

「ピーマンくん、元気出して。グリーンイグアナさんはきっと今、お腹いっぱいなんだよ」

 果鈴は優しく慰めてあげた。

 そのすぐ隣の水槽前で、

「どこにいるのか分からんな。本当にいるのか?」

「ボクにも全然分からないや」

「颯太お兄さん、バナナ君、あそこの枝のとこっぽいよ」

「あっ、動いたわ。わたしもさっき分かった。すごい擬態能力ね」

 颯太とバナナくんと琴葉と優実乃は、コノハカメレオンを楽しそうに眺めていた。

「カメレオンさんも、ヘビさんやトカゲさんほどじゃないけど苦手だな。あっ、やっと亀さんのコーナーになった」

 アルダブラゾウガメの水槽が十数メートル前方に見えてくると、紗菜々はホッと一安心して近寄っていく。その他のヘビやトカゲの仲間達の水槽の前は素通りして。

「やっと離れてくれた」

 颯太は別の意味でホッとしていた。

「カメレオンさんも、トカゲの一種なんだけど」

 優実乃はにこやかな表情でこんな雑学を呟いておく。

 同じ頃、

「グリーンイグアナの野郎よりもいい緑してるおまえさんは、おらのこと好きか?」

 ピーマンはミドリニシキヘビにも話しかけたが、完全に無視されたのであった。

         □

爬虫類館の出口を抜けると、すぐ目の前にアジアゾウの檻がまみえた。

周りには大勢の人だかりが。ちょうどエサやりの時間だったのだ。

「ピーマン喜んで食ってくれるやつ、動物にすらいねえよな。草食で大食いのゾウですらリンゴとかバナナとか人間も大好物なものばっかりだし」

 ピーマンはやさぐれていた。

「ピーマン、それくらいのことで気を落とすなよ」

 颯太は優しく慰める。

 その傍らで、三姉妹と優実乃は4B鉛筆でアジアゾウの写生に勤しんでいた。四人ともスケッチブックを持って来ていたのだ。

この四人は隣の檻にいたキリンやシマウマも楽しそうに写生していく。

「みんなとっても上手だねぇ。ボクもお絵描きしたいな」

「ぜひ描いてみて」

 紗菜々は快くバナナくんにスケッチブックと4B鉛筆を手渡した。

「ちょっと待って紗菜々お姉さん。他のお客さんに見られたらまずいから、わたし達で囲って隠しておこう」

バナナくんの後ろ側に優実乃と果鈴、両サイドに紗菜々と琴葉がしゃがみ姿勢になってバナナくんは動物のいる方だけが見える状態にした。

「ボクのためにここまでしてくれてありがとう」

 バナナくんは皮で4B鉛筆をつかみ、楽しそうにシマウマのイラストを描いていく。

「バナナくんの絵、絵本に出て来そうなくらいかわいらしいね。あたしより上手いかも」

「とってもメルヘンチックね」

「バナナくんの純粋さが伝わってくるよ」

「バナナ君、上手。ワタシのアシスタントにしたいな」

女の子四人から褒められ、

「ありがとう。ボクの絵そんなに上手かな?」

 バナナくんはとても嬉し照れくさがった。

「でもバナナくん、うんちは余計だよ」

 紗菜々は困惑顔で注意する。

「ごめんなさーい。でもボク、うんちの絵が本能的に描きたくなっちゃうんだ」

バナナくんは謝りながらもきらきらした目つきで、シマウマのイラストの横にバナナ型のそれを一生懸命描き足したのだった。

「バナナくんはうんちが大好きだもんね。颯太お兄ちゃんも写生すればいいのに」

「俺、絵は自信ないからな」 

みんなはライオン、トラ、チーターなどを眺めながら園内をさらに歩き進んでいく。

「そういや、この動物園、笹ばっかり食ってやがるパンダはいねえのかよ? 説教してやろうと思ったんだが」

 ピーマンは周囲をきょろきょろ見渡した。

「パンダさんは上野の方にいるよ。この動物園にはいないの」

 紗菜々が伝えると、

「なぁんだ。この動物園はしょぼいな」

 ピーマンはがっかりしているような表情を浮かべた。

「パンダがいる動物園の方が珍しいから」

 優実乃はこう伝えて慰めておく。

サル舎を訪れ、最初にチンパンジーの檻の前を通りかかると、

 ギャーッ!! ヴォーッ!! ウォッウォッウォーッ!! フォーッ!! ウッフォ!!

 中にいる五頭全てのチンパンジーが急に甲高い雄叫びを上げ、みんなの方へ近寄って来た。

「うるせー」

 颯太は微笑みながらも迷惑がった。

「みんなバナナくんの方をじーっと見てるね」

 果鈴はにこにこ笑いながら伝える。

「本当だ。バナナくん、人気者だね」

 紗菜々にこう言われ、

「ボク、おサルさん達に気に入ってもらえて嬉しいな」

 バナナくんはちょっぴり恥ずかしがった。

「バナナはほとんどのおサルさんが大好きだもんね」

「バナナ君、モテモテね」

 優実乃と琴葉は微笑み顔で呟く。

「おらには興味なしかよ。雑食のくせに生意気だぞ」

ピーマンはむすっとふくれた。

ウォーッ! ヴォーッ!

 隣の檻の二頭のオランウータン。

 ウホウホウホウホウホォーッ! ウッホッホーッ!

 その隣の檻の二頭のニシローランドゴリラ。

さらにマンドリル、テナガザル、テングザル、メガネザル、マントヒヒの檻の前を通りかかってもバナナくんに対して同じような反応を示した。

「ボク、あの歌舞伎役者みたいなおサルさん達に食べられたいなぁ」

 バナナくんは恍惚の表情を浮かべながら紗菜々の肩から飛び下りて、マンドリルの檻にぴょんぴょん近寄っていく。

「おらもだぜぃっ! おらの美味しさをサル共に分からせてやるっ!」

 ピーマンも果鈴の肩から下りた。

「バナナくんもピーマンくんもダメーッ!」

 果鈴はとっさにその二つをつかまえた。

「どうして?」

「なんでだよ嬢ちゃん?」

「動物園のおサルさんは、決まったエサしか与えちゃいけないからだよ。動物園で働いてる人がおサルさん達の健康をきちんと考えてエサを出してるからね。動物園に来た人が持って来たエサを食べて、動物園で働いてる人が出したエサを食べてくれなくなっちゃったり、おサルさん達が病気になっちゃう可能性だってあるんだよ」

 果鈴は優しく説教する。

「そうか。動物園のルールがあるんだな」

「ボク、ここのおサルさん達に食べられたかったけど、そういう決まりがあるなら仕方ないね」

 ピーマンとバナナくんはちょっぴり残念がった。

「果鈴、いいこと言うね」

 琴葉は感心する。

「あっちのニホンザルさんには自販機のエサは自由にやれるから、みんなであげよう」

 果鈴はこう提案して専用自販機の前に近寄っていった。

 百円を入れボタンを押すと、モナカが一つ出てくるようになっている。その中に固形のエサが何粒か入っていた。

同じものをあと五つ購入。みんなで分けてニホンザルのサル山に向かって放り投げた。

「おサルさん、ボクの代わりに美味しく食べられてね」

バナナくんは自分で剥いた皮で巻くようにつかんで、

「ほら、サル共、食え」

ピーマンはへたの部分でヘディングするような形で。

「あのおサルさん、両手使って美味しそうに食べてるぅ。あっ、奪われちゃった」

 果鈴は一番楽しそうにしていた。

「また同じサルに奪われたか。小さいサルはやっぱ不利だな。いつもエサが取れないから小さいんだろうけど」

「かわいそうに思えてくるね」

 颯太と紗菜々、仲睦まじく隣り合い、成り行きを観察する。

「あの子えらい。ちっちゃいおサルさんに自分が取ったやつ分けてあげてるよ」

 琴葉はそのサル達のいる方を指し示した。

「本当だ。きっと親子だね」

「サルは人間に近い分、性格も十人十色だな」

「サル山は人間社会の縮図といわれてる通りね」

優実乃は苦笑いでこうコメントした。

みんなは園内全ての動物を見終えると、昼食を取るため併設するファミレスへ。

六人掛けテーブル席に琴葉と紗菜々、果鈴と颯太が向かい合い、優実乃の向かいはいない形で座ると、優実乃がメニュー表を手に取りテーブル上に広げた。

「わたし、天麩羅蕎麦にしよう」

「俺は坦々麺で」

「颯太お兄ちゃんが頼もうとしてるやつ、真っ赤っ赤でものすごーく辛そう。颯太お兄ちゃん、お口から火が出ちゃうよ」

「颯太くんは相変わらず辛い物好きだね。私はビーフシチューとパンのセットにするよ」

「あたしはお子様ランチにする♪ お飲み物はミックスジュース」

「果鈴、四年生でしょ。そろそろお子様ランチは卒業しなきゃ。ワタシは小二の時には卒業したよ」

 琴葉はくすっと笑う。

「べつにいいじゃん。大好きだもん」

 果鈴は恥ずかしがるしぐさもなく主張した。

「ミックスジュースも頼んでくれてボクとっても嬉しいよ」

 バナナくんはにっこり笑って喜ぶ。

「バナナはミックスジュースに使われる果物の定番だもんね。ワタシはきのこのリゾットにしようっと」

「琴葉ちゃんは、きのこが好きみたいだね」

 バナナくんはにやついた表情で話しかけた。

「うん、マッシュルームが一番好きよ」

「そっか。マツタケよりも好きなんだね。ねえ琴葉ちゃん、同じクラスの男の子に生えてるきのこは見たことあるかい?」

「バナナ君、変な質問はしないっ!」

「いって。ごめんなさーい」

 琴葉はにこっと笑って、バナナくんの目の少し上に指パッチンを食らわしておいた。

「誰もおらが食材に使われるチンジャオロースは頼まねえのかよ」

 ピーマンは不機嫌そうにメニュー表を眺めていた。

「それじゃ、一皿頼んでみんなで分けるか?」

 颯太は気遣うように提案する。

「いいわね。それも頼みましょう」

 優実乃が賛成すると、

「あたしはいらなーい」

 果鈴は苦笑いで主張する。

「果鈴も食べなきゃダメよ。これでみんな決まったね」

 琴葉はコードレスボタンを押してウェイトレスを呼び、注文を済ませる。

それから五分ほどして、

「お待たせしました。お子様ランチでございます。それとお飲み物のミックスジュースでございます。はいお嬢ちゃん。ごゆっくりどうぞ」

 果鈴の分が最初にご到着。動物園らしくおサルさんの形をしたお皿に日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜がバリエーション豊富に盛られている。おまけにはシャボン玉セットも付いて来た。

「すごく美味しそう♪」

 果鈴は嬉しそうにお子様ランチのお皿を見つめる。

 それからすぐに、他の四人の分とチンジャオロースも続々到着。

 こうしてランチタイムが始まった。

「あたし、エビフライは大好物なんだ」

 果鈴はしっぽの部分を手でつかんで持ち、大きく口を開けて豪快にパクリと齧りつく。

「美味しいっ♪」

 その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。

「モグモグ食べてる果鈴さんって、クルミ齧ってるリスさんみたいですごくかわいいね」

「果鈴、ほっぺがマンガみたいにぷっくりふくれてるわね」

優実乃と琴葉はその様子を見てにっこり微笑む。

「果鈴、食べさせてあげるよ。はい、あーん」

 紗菜々はお子様ランチにもう一匹あったエビフライをフォークで突き刺し、果鈴の口元へ近づけた。

「ありがとう紗菜々お姉ちゃん。でも、食べさせてもらうのはちょっと恥ずかしいな」

 果鈴はそう言いつつも、結局食べさせてもらった。

「颯太くん、私の少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 紗菜々はビーフシチューの中にあった牛肉の一片をフォークで突き刺し、隣に座る颯太の口元へ近づける。

「いや、いいよ」

 颯太は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、またダメかぁ」

 紗菜々は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「颯太さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」

「颯太お兄さん、一回くらいやってあげなよ」

 優実乃と琴葉はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 颯太は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」

 果鈴は颯太の気持ちがよく分かったようだ。

「バナナくんもピーマンくんも、やっぱりご飯いらないの?」

 紗菜々は気遣うように尋ねる。

「うん、ボクのお口は食べ物が入るようには出来てないからね。何か食べたいとも全然思わないよ。むしろ食べられたいな」

 バナナくんは申し訳なさそうに伝える。

「おらも同意だ。皆の衆、そろそろチンジャオロースにも箸をつけて欲しいぜ」

 ピーマンがうるうるした瞳でお願いすると、

「それじゃ、食べよう」

 紗菜々が最初に箸をつけてあげた。

「わたしもいただくわ」

「俺も」

 続いて優実乃、颯太の順。

「果鈴、少しだけでも食べなさい」

 その次に食した琴葉は、あと五分の一くらい残っているそのお皿を果鈴の側に置く。

「それじゃ、お肉の所だけ」

「ピーマンも合わせて食べなさいね」

「いらない、いらない。ピーマン大嫌い」

 果鈴はフライドポテトを齧りながら手をぶんぶん振り拒否する。

 その直後、

「アタシよりお姉さんのくせに、ピーマン嫌いなんて情けないね」

 こんな声が。

「ん?」

 果鈴は思わず声のした方を振り向く。

 他のみんなもほぼ同じタイミングで。

 そこにいたのは四、五歳くらいに見える女の子だった。黒髪を両サイドさくらんぼチャーム付きリボンでくくってぴょこんと飛び出させたピッグテールにし、青色のサロペットを纏っていた。

「かわいい!」

 紗菜々、

「どこから来たのかな?」

 優実乃、

「お母さんは?」

 琴葉、

「迷子か? いや、店内だしすぐ近くに保護者いるか」

颯太、

「お名前は?」 

果鈴が微笑ましくその子を眺めていると、

「茉桜ぉー、勝手に動き回っちゃダメよーっ」

 その子のお母さんが駆け寄って来た。

 なんとこのお方は――。

「あっ、小緑先生。ってことはこの子は娘さんだね」

「ここに来ていたとは……」

「こんにちは小緑先生。学外でもよく会いますね」

 思わぬ遭遇に紗菜々、颯太、優実乃は少し驚く。

「あら、あなた達もここへ来てたのね」

 小緑先生も同じような反応だ。

「緑のおばちゃんだぁっ!」

「こら果鈴、おばちゃんは失礼でしょ。紗菜々お姉さん達の担任の小緑先生、三日振りですね」

 果鈴と琴葉も思わぬ再会に喜んでいた。

「この人達、ママの生徒さんだったんだ。ママは先生としてちゃんとやれてる?」

 茉桜ちゃんに質問されると、

「うん、生徒思いでとっても優しい先生だよ」

 紗菜々は笑顔でこう答えてあげた。

「他の男の先生に浮気はしてない?」

「してないと思いますよ」

 次の質問には、優実乃が答えた。

「これ茉桜」

 小緑先生はにかっと笑う。

「四歳のわりにませた質問だな」

 颯太はにこにこ笑いながら突っ込む。

「茉桜ちゃん、お母さんのことをそんなに心配してお母さんのことが大好きなんだね」

 紗菜々は茉桜ちゃんにかなりの好印象を持ったようだ。

「うん、とっても大好き♪」

 茉桜ちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。

「ママもとっても嬉しいわ♪ ママも茉桜のことがとっても大好きよ」

 小緑先生は少し照れる。

「ぃよう、かわいい嬢ちゃん」

「はじめまして、ボクバナナ。きみはボクのことが好きかい?」

 ピーマンとバナナくんはテーブルの脚の間からひょこっと全身を出した。

 僅かな沈黙があったのち、

「ほら茉桜、ママが言ったこと本当だったでしょ」

 小緑先生は少し興奮気味に自信満々に言う。

「ママ、そんな非現実的なことあるわけないじゃん。ママはメルヘンチック過ぎだよ。あれはどう見てもしゃべるぬいぐるみじゃん」

 茉桜はアハハッと大きく笑う。

「おら、食えるんだぜ」

「ボクもだよ。ボクを食べてみて」

 ピーマンとバナナくんは困惑気味にそう主張するも、

「すごーい! 語彙が豊富だね、このしゃべるぬいぐるみさん」

 感心するだけで食べ物だとは信じてくれなかった。

「嬢ちゃん、おらは正真正銘本物のピーマンなんだぜ!」

 ピーマンはついに怒り、茉桜ちゃんのちっちゃいお口を狙って飛び込む。

「むぐぅ!」

 見事直撃。

「ピーマンの味じゃないけど、確かに食べ物だぁ!」

 茉桜ちゃんは一口齧ってみてびっくり仰天した。

「なっ!」

 少し欠けたピーマンは茉桜ちゃんに向かってパチッとウィンクした。

「ママの作ったソース、こんな魔法の成分も隠されてたんだね」

「ママすごいでしょ?」

「うん! アタシ、ママのことがますます好きになっちゃった」

 茉桜ちゃんのママに対する好感度がますます上がったようだ。

「良い子ね茉桜」

 小緑先生はとっても嬉しがる。

「ピーマンくん、バナナくん。アタシとお友達になって」

 茉桜ちゃんはしゃがんだ姿勢でこう求めてくる。

「もちろんいいよ。ボクの方からお願いしたいくらいだよ」

「嬢ちゃん、子ども達からの嫌われ者のおらのこと、好いてくれてすげえ嬉しいぜ」

 バナナくんとピーマンは少し照れてしまったようだ。

「アタシ、ちょっと前まではピーマン大嫌いだったけど、ママのおかげでピーマン大好きになれたの。今はもうママのソースに頼らなくたって普通にピーマン食べれるよ」

 茉桜はピーマンに向かってにっこり微笑みかけ、自慢げに言う。

「そりゃよかったな。おらすげえ嬉しいぜ」

 ピーマンはぐすっと涙ぐんだ。

「茉桜ちゃん見栄張っちゃって。ならやってみてよ」

 果鈴は信じらない様子でくすっと笑った。

「分かった。証拠見せてあげる」

茉桜はそう言うと、チンジャオロースに入っているピーマンの部分だけを何切れかお箸でつまんでお口に放り込んだ。

「あ~、美味しい」

 笑顔を浮かべて幸せそうに噛みしめ、ごくんと飲み込む。

「本当に、食べれちゃった……」

 果鈴は唖然とした。

「茉桜、余裕ね」

「茉桜ちゃんやるじゃん」

 小緑先生、琴葉他のみんなはその光景を微笑ましく眺めていた。

「今度は果鈴お姉ちゃんが食べてみて。まさか出来ないことはないよね?」

 茉桜ちゃんは上目遣いでじーっと見つめてくる。

「あたしだって食べれるよ!」

 果鈴も五歳も年下の茉桜に負けてたまるかとむきになってお箸でたくさんつまみ、恐る恐るお口に放り込んだ。

 その結果、

「にがぁいっ」

 と感じ苦虫を噛み潰したような顔になったが、意地で飲み込んだ。

「どうだ茉桜ちゃん。楽勝だったよ」

 そしてにっこり笑顔でこう言い張る。

「果鈴お姉ちゃんは不味そうに食べてたから、アタシの勝ちだね」

 茉桜は得意げに主張した。

「勝ちも負けもないと思うんだけど」

 果鈴はむすっとなる。

「嬢ちゃんにはまだまだピーマン修行が必要だな」

 ピーマンはにこやかな表情で言った。

「果鈴も近いうちにきっと美味しく食べれるようになるよ」

 紗菜々は微笑みながらこう慰めてあげた。

「ところで小緑先生、この後はどうされるつもりなんですか?」

 優実乃が質問する。

「遊園地で遊ぶ予定よ」

「わたし達と同じですね。それじゃ、わたし達といっしょに巡りませんか? 小緑先生が私達の引率者代わりにもなりますし」

「そうねぇ、それでもかまわないわ」

「アタシも大勢といっしょの方が楽しそうだからそれでいいよ」

小緑先生と茉桜ちゃんは快く引き受けてくれたようだ。

「というわけで小緑先生、わたし達のお昼代、奢ってくれませんか?」

「優実乃ちゃん、そんなことさせちゃダメだよ。ずうずうしいよ」

「べつに構わないわ」

 小緑先生はパチッとウィンク。

「さすが小緑先生、心が広いです」

 優実乃は改めて尊敬する。

「なんか悪いなぁ」

 紗菜々は少し罪悪感に駆られたようだ。

こうして昼食後、七人みんなで動物園に併設する遊園地エリアへ立ち寄った。

入園ゲートを抜けてほどなく、

「茉桜ちゃんの将来の夢は何かな?」

 紗菜々は小緑先生と手を繋いでいる茉桜ちゃんに問いかけた。

「おじいちゃんやおばあちゃん、パパとママみたいな公立の学校の先生。公務員の身分だからお給料も安定してるし」

 茉桜ちゃんは満面の笑みで伝える。

「茉桜ちゃんもう大人な考えだね。私はその頃にはケーキ屋さんやピアニストや絵本作家やお花屋さんになりたいと思ってたよ」

「小緑先生、茉桜さんはまだ幼稚園の年少か年中さんになったばかりなのに、もっと夢を持たせないとダメですよ」

 優実乃は困惑顔で注意した。

「この歳から安定志向か。まあそれも、良いとは思うけど」

 颯太はにこっと微笑む。

「先生は夢を持たせてるはずなんだけどね……」

 小緑先生は苦笑い。

「茉桜ちゃんはプ○キュアとかド○えもんとか、妖怪○ッチとかク○ヨンしんちゃんとかジ○リアニメとか見てる?」

 果鈴が質問すると、

「それも見てるけど、ママが持ってるアニメのブルーレイの方が面白かったよ。ご注文はう○ぎですか? とか、お○松さんとか、のん○んびよりとか、がっこうぐ○しとか、ラ○ライブとか、けものフ〇ンズとか」

 茉桜ちゃんは楽しそうに答えた。

「あたしもそれ全部見た覚えがあるよ。琴葉お姉ちゃんがレンタルブルーレイで見てたもん」

「茉桜ちゃん幼稚園児なのにそういう系のアニメ見てるなんて、やるねぇ」

 果鈴と琴葉は親近感が沸き、嬉しく思ったようだ。

「小緑先生、まだ四歳の茉桜さんに深夜アニメ見せてるんですか?」

 優実乃はやや呆れる。

「深夜帯としては健全なものを見せてるでしょ」

 小緑先生はにっこり笑顔できっぱりと主張した。

「そうとも思えないのも含まれていると思うのですが……」

「優実乃お姉さん、ワタシはどれも幼稚園児に見せても問題はないと思うよ。ワタシも幼児の頃から深夜アニメいろいろ見てたし」

「俺は幼稚園児にはまだ見せるのは早過ぎだと思う。というか深夜のはいくつになっても見せる必要はないと思う。秀道や春雄みたいな重度のアニヲタになっちゃう可能性大だし」

 優実乃と琴葉と颯太、意見を出し合う。

「小緑先生、アニメ好きだったんですね」

 紗菜々は意外に思ったようだ。

「うん、まあね。本当はアニメーターになりたかったし。両親に猛反対されて半ば仕方なく教師に」

 小緑先生は若干悔しそうに伝える。

「ママ、アニメーターさんは低賃金で奴隷みたいに働かされるから、ならなくて正解だったね」

 茉桜ちゃんはその職業の現状をすでに理解しているようだ。

「茉桜が大人になる頃には、きっと労働環境がかなり改善されてると思うわ」

「どうかな? アベノミクスの失敗を引き摺って今よりひどくなってるんじゃない」

「もう茉桜ったら。もっと夢を持ちなさい。そういえばこのピーマン、おばけのホー○ーに出て来たピートンに似てるわね」

 小緑先生に指摘され、

「なんだそれ?」

 ピーマンはきょとんとなった。

「ピーマンくんは知らないか。みんなは、知ってるかな?」

 小緑先生は紗菜々達の方を振り向き、尋ねてみる。

「私は知らないです」「あたしも知らなーい」「わたしもです」「俺も、知らんな」「ボクも知らないよ。お笑い芸人のバナナマンやボクに少し似てるナナナは知ってるけど」は知ってるけど」「ワタシ、アニメには詳しいけど聞いたことないな。いつの時代のアニメ?」「ママの子どもの頃のアニメだよね?」

 彼女以外の全員知らないようだった。

「やっぱりみんな知らないか。みんなまだ生まれてない二〇年以上前のアニメだもんね」

 小緑先生はちょっぴり悲しい気分になった。

「ママしか知らないから誇りに思うべきだよ。ママ、アタシまずはあの最近リニューアルしたジェットコースターに乗りたーい」

 茉桜ちゃんは優しく慰めたのち、近くに見えるレールを指差した。

「一一〇センチ以上だから、茉桜はまだ無理よ」

 ぼくより背の低い子は一人で乗らないでね。との注意書き付き坊やの案内板を確かめた小緑先生から伝えられ、

「乗れないのぉ? 同じ松組の子に一人で乗ったよって自慢してた子がいたからアタシも乗りたいのに」

 茉桜ちゃんはちょっぴり不満そうにする。

「茉桜ちゃん、ジェットコースターって、ものすごーく恐ろしい乗り物なんだよ」

 紗菜々が暗い表情でこう教えると、

「そうなの?」

 茉桜ちゃんはジェットコースターに対する恐怖心を抱いたようだ。

「いやいや、ものすごーく楽しい乗り物だよ」

 果鈴は爽やか笑顔でこう教える。 

「どっちが正解なんだろう? アタシが乗って真実を確かめたいよぅ」

 茉桜ちゃんは今走行中のジェットコースターをじーっと見つめた。

「小緑先生、四歳以上なら身長基準に満たなくても保護者同席で乗れるみたいですよ」

 優実乃がパンフレットを確認しながら伝えると、

「……どうしようかしら?」

 小緑先生は苦笑いを浮かべて悩んだ。

「ママ、いっしょに乗ってぇー」

 茉桜ちゃんはスカートをぐいぐい引っ張っておねだりする。

「ちょっと考えさせて。茉桜、スカート引っ張っちゃダメよ。伸びるから」

「小緑先生、ジェットコースター苦手なんですね」

 優実乃は勘付いてにこっと微笑んだ。

「いやいや、そんなことはないのよ」

 小緑先生は薄ら笑いで即否定する。

「アタシ乗りたーい! ママお願ぁーい」

「分かったわ茉桜、乗ってあげるから」

「わぁーい! ママ大好き。早く乗ろう」

 茉桜ちゃんは満面の笑みを浮かべた。

「颯太お兄さん、昔ジェットコースター苦手にしてたけど、今でも苦手?」

 琴葉に肩をポンッと叩かれ、にやついた表情で問い詰められ、

「ほんの少しな。でも今は普通に乗れるぞ」

 颯太は軽く苦笑いしきっぱりと言う。

「颯太お兄さん大人になったね」

 琴葉はにこっと微笑んだ。

「私は今でもすごく苦手だから、乗るのやめようかな?」

 紗菜々は苦笑いで呟く。

「紗菜々お姉さん、みんな乗るんだし乗らなきゃダメよ」

「紗菜々お姉ちゃんもいっしょに乗ろうよぅ」

「紗菜々さん、ご乗車お願いします。回転しないタイプなのでそれほど怖くないと思いますよ」

 妹二人と優実乃から強くせがまれ、

「しょうがないなぁ」

 紗菜々はしぶしぶ承諾。

「あんなすごいスピードで走るのに乗るのかぁ。怖そうだ」

 バナナくんは走行中のジェットコースターを眺めながらしょんぼりした表情で言う。

「情けねえなバナナ。おらはわくわくして来たぜ」

 ピーマンはきらきらした目つきだった。

 みんなは乗車待ちの列へ。この七人の前後にも大勢の客が二列になって並んでいた。果鈴と琴葉、颯太と紗菜々、優実乃と小緑先生&茉桜ちゃん親子が隣り合う。

家族連れや若いカップル、中高大学生くらいの男性または女性同士のグループなどがほとんどで、この七人のような、男子高校生一人に女子幼小中高生五人プラス三十路直前のおばさん、いやお姉さん一人というハーレム的な組み合わせは他に見られなかったこともあってか、

(この場から、早く抜け出したい)

颯太は周囲からの視線を非常に気にしていた。気を紛らわすようにスマホをいじる。

二〇分ほど待ってようやく乗れることになり、

「よかった。運よく一番前の席取れたわ」

「ラッキーだったね琴葉お姉ちゃん」

 琴葉と果鈴は満面の笑みを浮かべる。

「あわわわ。最前列になっちゃった」

「おらはめっちゃ嬉しいぜ」

バナナくんとピーマンは琴葉の肩にしがみついていた。

「颯太くん、二列目でも怖いよね?」

 紗菜々は暗い表情を浮かべながら、颯太の右手を強く握り締めた。マシュマロのようにふわふわやわらかい感触が、颯太の手のひらにじかに伝わる。

「あの、紗菜々ちゃん、どうせ離さなきゃいけないから」

 颯太はほんの少し照れくさがった。

「お似合いの恋人同士ね」

「紗菜々お姉ちゃん怖がりだね」

 琴葉と果鈴は後ろを振り返って嬉しそうににこっと微笑んだ。

「普通怖いよ」

 紗菜々は苦い表情で主張する。

「……」

 颯太は照れくささから、俯いてしまっていた。

「いい構図です」

 優実乃は紗菜々のすぐ後ろに座った。そしてちゃっかりスマホで颯太と紗菜々の後ろ姿を撮影する。

「夏川さんの気持ちはよく分かるわ」

 小緑先生も憂鬱そうな苦い表情だった。

「早く発車しないかなぁ♪」

 小緑先生のお膝に乗っかった茉桜ちゃんは、初体験の乗り物のためかわくわく気分だ。

「ボク、怖いから紗菜々ちゃんの方に移るね」

 バナナくんは震えた声で伝えて紗菜々の肩に飛び移る。

「バナナ君も、怖がりね」

「一番前の方が迫力あるのに」

「バッナナァ、少し黒みが増してるぜ」

 琴葉と果鈴とピーマンにくすくす笑われてしまったが、

「いらっしゃいバナナくん、これで少し安心出来るよ」

 紗菜々には温かく歓迎された。

その他の乗客も全員座ったことが確認されると、座席の安全バーが下ろされた。

 もう引き返すことは出来ない。

「吹き飛ばされないようにしなきゃ」

 紗菜々は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。

「そんな心配はいらないだろうけど」

 颯太は男気を見せようとしたのか、素の表情で平静を保とうとしていた。けれども彼の心拍数は否応なく上がってしまう。

〈発車いたします〉

この合図で、ジェットコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。

「怖い、怖い」

紗菜々は周りの風景を見ないよう、目をかたく閉じる。

 ジェットコースターが最初の坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。

「きゃあああああああーっ!」

 そのあと一気に急落下。と同時に紗菜々は口を縦に大きく開け、かわいい叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じているからだ。

「いえええぇぇぇぇぇぇぇいっ!」

 果鈴、

「きゃあああああああーっん」

 琴葉、

「おうううううううぅぅぅ!」

 優実乃の三人は喜びと興奮の叫び声を上げる。さらに両手を挙げる余裕も見せていた。

「うわあああああぁぁぁ~」

 バナナくんは恐怖心いっぱいで、今にも泣き出しそうな表情。

「いぃやっほぉぉぉぉぉぉっ♪」

 対照的にピーマンは満面の笑みで大喜びだ。風圧で中の種がちょっぴり飛び出てしまったが。

「きゃあああああっ!」

 茉桜ちゃん、表情がけっこう引き攣る。

 おそらく怖いのだろう。

「……」

(早く、ゴールしないかしら?)

 颯太と小緑先生は走行中、平静を保ち終始無言で、表情もほとんど変わらなかった。


みんなジェットコースターから降りた直後、

「リニューアルしたジェットコースター、すごく気持ちよかった。無重力疑似体験、最高っ!」

「宇宙飛行士の気分が味わえたね、琴葉お姉ちゃん」

琴葉と果鈴は幸せいっぱいな表情をしていた。

「昔乗った時よりもスリルと爽快感が増してて良かったわ。紗菜々さん、大丈夫だった?」

 優実乃ににこやか笑顔で質問され、

「すごく怖かったけど、今は解放されてホッとした気分だよ」

紗菜々は安堵の表情を浮かべて答える。

「思ったよりはマシだったな」

 颯太もホッとしている様子だった。

「颯太お兄さん、声がちょっと震えてるんじゃない?」

琴葉はにやりと笑う。

「そうか?」

 颯太はほんの少しいらっとしてしまった。

「ボク、皮が全部めくれて死にそうになったよ」

 バナナくんはくたびれている様子だった。

「おらはすんげえ楽しかった。もう一回乗りたいぜ」

 ピーマンは名残惜しそうにしていた。

 茉桜ちゃんはというと、

「ママァ、アタシもう二度とジェットコースターに乗りたくなーい」

 今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべてママの小緑先生の足にしがみ付き、こんな感想を伝えたのであった。

「ママの幼児期のトラウマは、茉桜にもしっかり受け継がれたようね」

小緑先生は嬉しそうに微笑んで、茉桜ちゃんの頭を優しくなでてあげた。

 同じ頃、

「お写真が出来てるぅ。紗菜々お姉ちゃんとバナナくんすごい表情してる。ムンクの『叫び』みたい。これ、記念に買おう」

 果鈴は降車口を抜けた所に展示されていた写真を眺め、くすくす笑っていた。

急降下するさいに、一列ごとに写真を撮られていたのだ。

「そんなのいらないよ」

 紗菜々は照れ笑いする。

「ボク、こんな変なお顔になってたの?」

バナナくんはけっこう驚いていた。

「よかった。俺、素の表情のままだ」

「先生も、変なお顔になってなくてよかったわ」

 颯太と小緑先生は軽く苦笑いした。

「紗菜々お姉さんとバナナ君、とってもいい表情。これぞ絶叫マシーンに乗ったって感じのお顔ね。颯太お兄さんもギャグ漫画みたいにもっと表情崩して欲しかったな」

 琴葉は目にしっかりと焼き付けたようだ。

「紗菜々さんのこの表情はレアね。買っちゃおうかな」

「ダメダメ優実乃ちゃん」

 紗菜々は、楽しそうに眺める優実乃の後ろ首襟をぐいっと引っ張って阻止しようとする。

「ごめん、ごめん。買わないって」

 快く諦めてくれた。

「茉桜ちゃんは半泣きだね。本当に怖かったんだね」

 果鈴は嬉しそうににっこり笑う。

「茉桜、とってもかわいいわ」

「果鈴お姉ちゃん、ママァ、恥ずかしいからもう見ないでー」

 茉桜ちゃんは小緑先生の背中をペチペチ叩く。

「ごめん、ごめん。茉桜、次はどこへ行きたい?」

「おばけ屋敷がいい!」

 茉桜ちゃんが強く希望すると、

「やっぱりそこなのね」

 小緑先生は苦笑いした。

「おばけ屋敷かぁ」

 果鈴は嫌そうな表情を浮かべる。

「果鈴、よかったね」

 琴葉はにこっと微笑んだ。

「そういえば果鈴ちゃんは、おばけ屋敷が苦手だったな」

 颯太もにっこり笑ってしまう。

「大丈夫だよ果鈴、食べられたり連れ去られたりはしないから」

「果鈴さん、颯太さんにつかまってれば安心よ」

 紗菜々と優実乃は微笑み顔で労わるように言う。

「果鈴お姉ちゃん、おばけ屋敷が怖いの? 情けないね。アタシは大好きだよ」

 茉桜ちゃんはくすっと笑う。

「いや、べつに、そんなことはないよ」

 果鈴はアハハッと笑って即否定した。

「ふぅーん。じゃあ入ろうよ」

 茉桜ちゃんは訝しげな表情だ。

「分かった。入ってあげるよ」

 果鈴はにっこり笑顔できっぱりと宣言した。

 こうしてみんなはおばけ屋敷の方へと向かっていく。

「ボク、おばけ怖いよぅ」

 バナナくんは紗菜々の肩の上でカタカタ震えていた。

「大丈夫だよバナナくん。本物のおばけは出ないから」

 紗菜々はにこにこ微笑みながらバナナくんをなでなでした。

「熱帯の果物は臆病だな。おらはおばけ平気っていうか大好きだぜ」

 琴葉の肩の上にいるピーマンはどや顔で言う。

「茉桜ちゃんはこの年でもうおばけ屋敷大好きなんですね。ワタシが四歳の頃は苦手だったんだけど」

 琴葉が感心気味に小緑先生に話しかけると、

「茉桜には『ねないこだれだ』の絵本は通じなかったわ。読んであげても怖がるどころか面白がられちゃったし」

 小緑先生は悔しそうに伝える。彼女自身はその絵本が幼児期にトラウマになったようだ。

「あの絵本のおばけ、かわいいよね。絶対不可能だけど会えるのなら会ってみたいな」

 茉桜ちゃんは楽しそうに言う。

(この年ですでにおばけは実在しないこと、分かってるんだな。俺がそれに気付いたのは年長の頃だったけど)

 颯太は心の中で感心する。

おばけ屋敷の外観は、和洋折衷の雰囲気が醸し出されていた。

みんな入口を通り抜け、受付で入館料金を支払って、いよいよ屋敷内へ。 

 一歩踏み入った瞬間、

「きゃあああああああっ! そっ、颯太お兄ちゃあああああっん」

 果鈴はおばけもびっくりするような大声で叫び、颯太の背中にぎゅっとしがみ付く。果鈴の目の前に、ろくろ首(のマネキン)が現れたのだ。 

「あの、果鈴ちゃん。ここにいるおばけは、全て作り物だから……」

 颯太は苦しそうな表情で説明する。

「果鈴お姉ちゃん、やっぱり怖いんじゃん。ひょっとして果鈴お姉ちゃん、今でも夜中に一人でおトイレに行けないとか?」

 当然のように、茉桜ちゃんにくすくす笑われてしまった。

「そんなことないよぅぅぅ」

 果鈴が震えた声で即否定した。

 その直後、

「うわわわわぁ~っ!」

 バナナくんも大声で叫んだ。

 一つ目小僧の人形が目に飛び込んで来たのだ。

「バナナくん、かわいいでしょう?」

 紗菜々が問いかけると、

「怖いよぅぅぅぅぅぅぅ」

「ひゃぁん、バナナくん、ブラまで捲らないで」

 バナナくんは紗菜々の首を伝って服の下に潜り込んでしまった。乳首にもろに当たり、紗菜々は思わず甘い声を出してしまう。

「うおっ、すげえ迫力。よく出来てるな」

 ピーマンはウォォォォォーンと吼える狼男の人形を見て感心していた。

「出口はまだなのぅ?」

「まだ入ったばっかりだよ」

 紗菜々はカタカタ震える果鈴の頭をそっとなでてあげる。

「あの、果鈴ちゃん、服が伸びるから、あんまり強く引っ張らないでね」

 颯太はちょっぴり迷惑がった。

「ごめんなさい、颯太お兄ちゃぁん」

 果鈴は今にも泣き出してしまいそうな表情で謝る。

「果鈴のしぐさ、とってもかわいいわ」

「果鈴さん、前にいっしょに行った時と同じね」

琴葉と優実乃はにこにこ微笑みながら眺めていた。

「果鈴お姉ちゃんアタシと同じ組の、幼稚園の廊下に飾ってる五月人形の鎧兜を怖がってる男の子によく似てる。あっ、ママ、見て。輪入道だよ。かっこいいよね?」

 このマネキンを見て大はしゃぎする茉桜ちゃん、

「……そうね、かっこいいね」

 小緑先生は三秒ほど考えてから答えたが、

 すごく恐ろしいわ。夢に出てきそう。

 これが本音である。

「ぎゃぁっ、のっぺらぼうだ。火の玉だぁ」

 墓場エリアに突入すると、果鈴はますます怖がってしまう。

 その後も提灯おばけ、からかさ小僧、砂かけ婆、ぬりかべ、雪女、ミイラ男、フランケンシュタイン、ドラキュラなどなど和洋折衷のおばけ達のマネキンがおどろおどろしい効果音と共に出迎えてくれた。 

「やっと出られたぁーっ。ものすごーく長かった。怖かったぁ」

「ボクも怖かったよぅぅぅ」

出口に辿り着いた頃には、果鈴とバナナくんは涙をポロポロこぼしていた。滞在時間は十分足らずだったが、体感的に一時間以上にも感じられたようだ。

「かわいらしいおばけさんもたくさんいて、面白かったわ」

「楽しいおばけ屋敷だったね」

「うん、昔行った時より広くなって、おばけの種類も増えてたもんね。ワタシまた近いうちに行きたいな」

 優実乃、紗菜々、琴葉はわりと満足出来たようだ。

「おらはもう少し楽しみたかったぜぃ」

「アタシもー。コース短かったよね?」

 ピーマン、茉桜ちゃんはやや不満げな様子。

「ママはじゅうぶん楽しめたわ」

 小緑先生はホッとした様子で伝えた。本心は怖かったようである。

「俺は、ものすごーく疲れたよ」

 颯太は疲労していた。

「おんぶしてもらってごめんなさい、颯太お兄ちゃん」

 果鈴はぐすぐす泣きながら謝った。

「果鈴、ぺろぺろキャンディー買ってあげるよ」

 紗菜々はにこっと微笑みかけ、果鈴の頭をなでてあげた。

「紗菜々お姉ちゃん、あたしもう幼い子どもじゃないからそんなことしないでー」

 果鈴はむすっとしながら言う。

「ごめん、ごめん……あっ、果鈴、あそこ見て」

 紗菜々は数十メートル先のあるものに気付き、対象物を指し示した。

「あぁぁーっ! ストロベリーカちゃんだぁ!」

 果鈴は途端に満面の笑みになる。

 いつも会えるとは限らない、この遊園地のマスコットキャラに出会えたのだ。

 名前の通り、いちごをモチーフにした風貌だった。

「茉桜、ストロベリーカちゃんよ。お写真撮ってもらったら?」

 小緑先生が勧めると、

「中の人、すごく暑そう。これからの時期は特に大変そうだね」

 茉桜ちゃんは気遣うようにこんなことを呟いた。

「あらら、中の人なんていないのに」

 小緑先生は苦笑いする。

「あーっ、ボクをモチーフにしたマスコットもいるぅ!」

 発見したバナナくんは大喜びだ。

「あの子はバナ衛門くんだよ。けっこう昔、少なくとも私が幼稚園の頃からこの遊園地のマスコットとして活躍してるよ」

 紗菜々は教える。

 鉢巻を付けて、男前の凛々しい表情をしていた。

他にりんごやなすび、スイカ、ニンジンをモチーフにしたマスコットも近くに集まっていた。

「おらのマスコットは?」

 ピーマンは周囲をぐるぐる見渡して探してみる。

「残念ながら、この遊園地にはいないみたいよ」

 琴葉はパンフレットを見ながら伝えた。

「なんだよ、ピーマンはマスコットにすらなれねえのかよ。野菜果物の中でトップクラスの栄養価のおらを差し置いて、あんな野郎がマスコットにされるとは」

 ピーマンの待遇に、またも苛立ってしまったようだ。他のマスコット達を悔しそうにぎろりと睨みつける。

「ピーマンなんて、かわいいマスコットになっても子ども達から嫌われると思うよ」

 茉桜ちゃんから屈託ない笑顔でされた心ない一声に、

「そうなのか?」

ピーマンはさらに傷ついたようだ。

「ピーマンくん、バナナくん、私も写りたいからいっしょに写ろう」

「わたしも写りたいです」

「ワタシも写りたーい。颯太お兄さんもいっしょに写りましょう」

紗菜々と優実乃と琴葉もそのキャラのしぐさ、容姿に惚れてしまったようだ。

「俺はいいよ。恥ずかしいし」

 颯太はきっぱりと拒否。

 そんなわけで彼と小緑先生以外のみんなはマスコットキャラ達の間に並ぶ。バナナくんとピーマンは紗菜々の肩の上だ。

「はい、チーズ」

 お姉さんスタッフからの声で、みんな決めポーズを取った。

 撮影のあと、マスコットキャラ達に握手をしてもらった。

「わぁーいっ、嬉しいーっ!」

 果鈴、

「私もすごく幸せな気分だよ」

 紗菜々、

「最高です」

 優実乃、

「ありがとねっ」

 琴葉、

「アタシもいい思い出が出来たよ。中の人の皆さん、これからの季節、さらに大変だけど頑張ってね」

 茉桜ちゃん、

 みんなの表情がさらにほころぶ。

「俺は……」

 マスコットキャラ達は颯太にも握手を求めて来たが、照れくさいのか応じなかった。

「かわいいお人形さんね。お嬢さんの手作りかな?」

 お姉さんスタッフから爽やかな笑顔で話しかけられ、

「はい。なでてみて下さい。肌触り良いですよ」

 紗菜々は少し照れくさそうにこう伝えた。

「本当だ。本物のバナナとピーマンみたい。バナナもピーマンも可愛らしくマスコット化されてるね。ピーマンさんのマスコットもうちの遊園地に新たに加えようかしら?」

 お姉さんスタッフはそう言いながら、バナナくんとピーマンをなでてくれた。

「「……」」

二つとも照れてバナナくんは薄緑、ピーマンは薄黄色に染まる。

バナ衛門は親近感が沸いたのか、バナナくんに手を振ってくれた。

(ボクもあんなかっこいいお顔になりたいな)

 バナナくんは心の中で憧れを抱く。

「それじゃ、みんなまた会おうね」

 お姉さんスタッフとマスコットキャラ達は、みんなに向かってもう一度手を振り、次に待つお客さんのもとへ向かっていった。

「よかったねピーマンくん。ひょっとしたら新キャラに加えられるかもだよ」

 紗菜々は笑顔で話しかけた。

「社交辞令なんだろうけど、おらのこと、愛してもらえて嬉しいぜ」

 ピーマンは先ほどの厚意にとても感謝しているようだ。

続いて茉桜ちゃんの希望によりみんなは大観覧車に乗ることに。最高地点では地上からの高さが五〇メートル以上にまで達する、この遊園地の目玉アトラクションだ。

「六人乗りのが最大かぁ。みんなまとめて乗れないわね」

 優実乃が少し残念そうに呟くと、

「それじゃ、紗菜々お姉さんと颯太お兄さんはワタシ達とは別ってことで」

 琴葉はこう提案した。

「それは、ちょっと」

 颯太は嫌がるものの、

「颯太くん、いっしょに乗ろう」

 紗菜々は何の躊躇いもなく誘ってくる。

 こうして紗菜々と颯太は四人乗りシースルーゴンドラ。

 他の五人とバナナくんとピーマンは、そのすぐ後ろのノーマルな六人乗りゴンドラに分乗した。

 シースルーゴンドラがゆっくりと上昇していく中、

「二人きりで乗ったのは、初めてだね」

 紗菜々は楽しそうにしている一方、

「……そう、なるかな?」

 颯太は目のやり場に困っていた。早く一周して欲しいとも思っていた。

 同じ頃、出発したばかりのノーマル六人乗りの方では、こんな会話が交わされていた。

「颯太お兄ちゃんと紗菜々お姉ちゃん、キスするのかな?」

「わたしはしないと思う」 

「ワタシも同じく」

「先生も、しないと思うな」

「絶対しないよ。彼氏彼女の関係には思えなかったし。双子の兄妹って感じだね」

「ボクはすると思うんだけどなぁ。マンガでこういうシーンがあったらしてたもん」

「バナナはあの二人への洞察が味の通り甘いな。こういう状況でも少なくともあと五年以上はしねえだろ」

その後こぞってあの二人のいるシースルーゴンドラに目を向ける。

「みんな、やっぱりこっち見てる」

 颯太はとっさに視線をそらし照れくささから俯き、

「やっほーみんな」

 紗菜々は向こうのゴンドラに楽しそうに手を振った。

「紗菜々お姉ちゃん、やっほー」

 果鈴は嬉しそうに手を振り返す。

「颯太お兄さんもこっち振り向かせて欲しいな」

 琴葉はデジカメを向けて撮影した。

「颯太くん、下がまる見えでちょっと怖いけど、いい眺めだね」

「……そうだな」

「晴れてるのに富士山が見えないのは、残念だね」

「……うん。霞のせいだな」

 その後も紗菜々と颯太は取り留めのない会話を弾ませるのみで、スタートしてから十分ほどでついに一周し終えた。

颯太と紗菜々が降りたのと時同じくして、

「紗菜々お姉ちゃんと颯太お兄ちゃん、結局キスしなかったね」

「予想通りね」

「ワタシも絶対こうなると思ったよ」

「アタシもー。簡単に予想出来るよね」

「先生は正直ホッとしたわ」

「幼い頃からの長い付き合いなのに、キスしないのは不思議だなぁ」

「おらは幼い頃から長年付き合ってるからこそしねえんだと思うぜ」

 果鈴達の方ではこんな会話が。

 こちらもほどなく一周し終え扉が開かれ、全員下車。

「二人ともせっかくいいムードにしてあげたのに、キスくらいしなきゃダメじゃん」

「紗菜々お姉ちゃん、どうして颯太お兄ちゃんとキスしなかったの?」

 琴葉と果鈴はさっそくあの二人に近寄って、にこにこ微笑みながら話しかけた。

「するわけないって」

「琴葉、果鈴。まだ早いよ」

 颯太と紗菜々は照れ笑いで若干迷惑そうに伝えたのであった。

 こうして再びみんな揃って園内を歩き進む。

「茉桜ちゃん、次は何に乗りたい?」

 果鈴が問いかけると、

「アタシ達、もうそろそろここ出なきゃいけないの。これからスカイツリーに行くんだ。三時半にそこでパパと待ち合わせしてるの」

 茉桜ちゃんは楽しそうにこう伝えた。

「それじゃ、あたし達とはここでお別れだね」

「よかったら、あなた達もいっしょにどう? 電車賃と入場料は全額先生が払うよ」

「みんなもおいで」

 小緑先生と茉桜ちゃんは誘ってくれるも、

「あたしはいいよ。春休みに家族で行ったばかりだから」

「小緑先生、家族水入らずの時間をお楽しみ下さい」

「そこは家族で楽しむべきだよね」

「ワタシ達がいると邪魔になるもんね」

「それに、高額な入場料負担させるのは悪いもんな」

 他の五人は丁重にお断りした。

バナナくんとピーマンも同意しているかのようにうんうん頷く。

「べつにかまわないんだけど、気遣ってくれてありがとう。先生今日はとっても楽しめたわ。では月曜日に元気でね」

「ばいばーい、みんな。アタシも今日はすっごく楽しかったよ。またいっしょに遊ぼうね」

「またね茉桜ちゃん、小緑先生」

「ばいばーい、茉桜ちゃん、緑のおばちゃ、んじゃなくてお姉さん」

「それじゃ、また明日」

「小緑先生、茉桜さん、さようならです」

「茉桜ちゃん、また会おうね。小緑先生、ワタシ、松早高入れるよう勉強頑張りますよ」

「さようならー。茉桜ちゃんはボクのこと、もっともっと好きになってね。小緑先生は、夜は旦那さんのバナナで遊んであげてね」

「またな、嬢ちゃん、姉さん」

これにてお別れ。

「茉桜、バナナくんとピーマンくんのことは、パパにはヒミツにしとこうね」

「うん、アタシ達だけのヒミツにしよう」

「茉桜、あの現象が起きるソース、頑張って作ってみるわね」

「それはいいよママ、身近になると不思議感が沸かなくなっちゃうもん。アタシはあれでじゅうぶん満足出来たよ。もう二度と見れなくてもいいの」

「そう?」

 小緑先生と茉桜ちゃんは手を繋いで遊園地を出、最寄り駅へと向かって歩いていく。

 他のみんなは園内ファーストフード店前のテラス席で休憩を取ることに。

「果鈴ちゃん、ボクの仲間が使われてるクレープ食べてくれてありがとう」

 バナナくんは上機嫌だ。

「どういたしまして。チョコバナナクレープはクレープの中で一番好きなんだ」

 そう伝えながら果鈴は幸せそうに美味しそうに頬張る。

「今日はけっこう暑いよね」

 琴葉はブルーベリー味のソフトクリーム、

「うん、半袖でもいけそうだね。夏日かも。みかんソフトがすごく美味しいよ。颯太くん、少しあげるよ」

「いらねー。そんな酸っぱいの」

 紗菜々はみかん味のソフトクリーム、颯太はわさび味のソフトクリームを味わっていた。

「おまえら、ソフトクリームやクレープやドーナッツばっかり食ってたら、太るぜ」

 ピーマンは不機嫌そうにしていた。

「ピーマンさん、おやつタイムくらい野菜を取らなくても大目に見て欲しいな。ここの遊園地、あとはもろに乳幼児向けのキッズランドしかないわね」 

 優実乃は抹茶ドーナッツを味わいつつパンフレットの案内図を眺めながら呟く。

「茉桜ちゃん向けかぁ。あたし達が楽しめるとこはもうなさそうだね。今三時ちょっと前か。まだ帰るのは早いよね。あたし、これから映画見に行きたいな。ちょうど見たいのがあるんだ」

 こんな果鈴の希望により、みんなも軽食後ほどなく遊園地から出て、最寄り駅近くのショッピングモールに立ち寄った。さっそく併設するシネコンへ。

「この映画、みんなも見たいよね?」

果鈴は壁にいくつか貼られてあるポスターのうち、対象のものに近寄る。

「果鈴ちゃん、まだそんな幼稚なの見たいんだな」

 颯太はにこにこ笑う。

それは、昨日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「颯太くん、私もこのアニメ大好きだよ。さすがに一人じゃ見に行きにくいと思ってたからちょうど良かったよ。次の回は三時半から始まるみたいだね。もうすぐだね」

「これ、CMで予告流してましたね。わたしもちょっと気になってたの」

「ワタシの好きな声優さんも何人か出てるし、けっこう面白そう。動物キャラが中心でイケメンショタキャラもいるから、大友ウケは悪いかな?」

「面白そうだね。ボクの仲間も出るのかな?」

「メスガキ向けだそうだが、おらも見たいぜ」

「俺はここで待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 颯太は当然、見る気にはなれず。

「颯太お兄ちゃんもいっしょにこの映画見ようよぅ。さっき颯太お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 果鈴に背中を押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「小中学生二枚、高校生三枚」

 紗菜々が代表して、お目当ての映画五人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。

「果鈴ちゃん、これあげる。俺こんなのいらないから」

「ありがとう颯太お兄ちゃん♪」

 颯太は速攻果鈴に手渡す。果鈴が受け取ったものとは種類違いだった。

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんな先ほどの軽食でお腹いっぱいなため何も買わず。

「バナナくん、ピーマンくん、劇場内で騒いだらダメだよ」

 紗菜々は事前に優しく注意。

「はーい」

「分かったぜ」

 バナナくんとピーマンは素直に小声で承諾した。

みんなはお目当ての映画が上映される6番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。 

「紗菜々ちゃん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ颯太くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 颯太は否応無く、紗菜々に背中をぐいぐい押されていく。

「颯太さん、気にせずに」

 優実乃はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で、颯太は果鈴と紗菜々に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。

 紗菜々の隣が琴葉、その隣が優実乃だ。

バナナくんは紗菜々の、ピーマンは果鈴の肩に乗っかる。

(……視線を感じるような)

 颯太は落ち着かない様子だった。

 他に五〇名ほどいた客の、八割くらいは小学校に入る前であろう女の子とその保護者であったからだ。

        *

上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、

「とっても面白かったね」

「うん、映像もきれかったし。好きな声優さんの声もいっぱい聞けたし。優実乃お姉さんはどうでしたか?」 

「わたしも愉快な気分になれたわ」

「動物さんもかわいかったね。私、また見に行きたいな」

「ボクの仲間の登場シーンもあってよかったよ。やっぱり女の子はバナナが大好きだね」

女の子四人とバナナくんは大満足、

「笑えるシーンも多かったが、ピーマンが一切出なかったのは悔しいぜ」

「まあ、思ったよりは面白かったかな。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」

ピーマンと颯太は少し満足な様子で劇場内から出て来た。

「颯太さんも昔ド○えもんの映画いっしょに見に行った時はあんな感じだったでしょ。わたしと紗菜々さんは大人しく見てたけど」

「そうだったかな? 全く覚えてないな」

 優実乃ににこやかな表情で突っ込まれ、颯太はちょっぴり照れた。

みんなはこのあと、シネコン隣接のファミリー向けアミューズメント施設へ。

「バナナさん、ピーマンさんもいることですし、こんな機会は超貴重ですから、みんなでいっしょに記念写真撮りましょう」

 優実乃はプリクラ専用機に誘う。

「いいねえ、優実乃お姉さん」

「おら、鮮度よく見えるように写りたいぜ」

「ボクもー」

「颯太くん、どこへ行こうとしてるの? 逃げないでいっしょに撮ろう」

「俺はいいって。状況的に考えて俺は写らない方がいいだろ。俺も写りたくないし。わわわっ」

 紗菜々に腕をガシッと掴まれ、颯太は抵抗するも敵わず無理やり最寄りのプリクラ専用機内へ連れて行かれた。

他のみんなも琴葉を先頭にその専用機の中へ。

「プリクラは女の子同士で楽しんだ方が絶対いいって」

「颯太お兄さん、ハーレム王になれるこのチャンスを思う存分楽しまなきゃ」 

「颯太くん、きっと高校時代のいい思い出になるよ」

「颯太さんもせっかくの機会なので写りましょう。照れくさがらずに」

「いや、いいって」

 颯太は気が進まなかったが、

「颯太お兄ちゃんもいっしょに写ろうよう」

「分かった、分かった」

 果鈴に服を引っ張られねだられると断り切れなかった。

 そりゃ大勢の女の子達と写れることは嬉しいけど、イケメンでもない俺なんかがいっしょに写っていいのかな?

 颯太は今、こんな幸福感と罪悪感が入りまじった心境だ。

前側に琴葉と果鈴、後ろ側に颯太達三人が並んでバナナくんは果鈴、ピーマンは琴葉の肩に乗っかった。

「あたしこれがいい!」

果鈴の選んだイルカさんのフレームに他のみんなも快く賛成。

「一回五百円か。けっこう高いな」

颯太はこう感じながらも気前よくお金を出してあげた。

 撮影落書き完了後、

「おう、めっちゃきれいに撮れてるじゃん」

 取出口から出て来た、十六分割されたプリクラを真っ先にじっと眺める琴葉。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。

「お友達に自慢しよっと」

 果鈴も大満足な様子だ。

「琴葉ちゃん、颯太お兄さんとデート、ハートマークとかって落書きしないで」

 颯太は迷惑顔を浮かべる。

「いいじゃん颯太お兄さん、ほとんど事実なんだし」

 琴葉はてへっと笑い、舌をペロッと出した。

「ジェットコースターの時はボク、変なお顔に写ってたけど、今度のは笑顔で写ってて嬉しいな」

 バナナくんは写真と同じようなにっこり笑顔を浮かべる。

「おらも最高の表情で写れたぜ」 

 ピーマンはウィンクした状態で写っていた。

「バナナくんもピーマンくんもすごくいい表情。優実乃ちゃんは、相変わらず表情がちょっと硬いね」

「本当だ。なんか弁護士みたい」

「優実乃お姉ちゃん、がり勉少女っぽいね」

「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いよ」

 優実乃は照れくさそうに打ち明ける。

「ワタシも生徒証の写真は表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じだな」

 琴葉がさらりと打ち明けると、

「琴葉さんも同じなのですね、よかった」

 優実乃に笑みが浮かんだ。

「優実乃ちゃん、今の表情いいね」

 紗菜々はサッとスマホをかざし、カメラ機能で優実乃のお顔をパシャリと撮影する。

「優実乃ちゃん、いい笑顔が取れたよ」

「紗菜々お姉さん、見せて見せて」

「あたしにも見せてーっ。優実乃お姉ちゃん本当にかわいい」

「紗菜々さん、恥ずかしいからすぐに消してね」

 優実乃の表情はますます綻んだ。

(どんな表情してるんだろ?)

 颯太は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。

「あたし次はこれがやりたいなぁ」

 果鈴はプリクラ専用機すぐ向かいの筐体前に移動する。果鈴がやりたがっていたのはお馴染みのクレーンゲームであった。

「おらのぬいぐるみはないのかよぉー。にんじんやかぼちゃやいちごやスイカやバナナはあるのに」

 ピーマンは悔しそうに中の景品を睨みつける。

「あっ、本当だ。ボクがぬいぐるみになってるぅ」

 バナナくんは嬉しそうにバナナ型のぬいぐるみを見つめた。

「野菜や果物のぬいぐるみさんもかわいいけど、あたしはあのナマケモノのぬいぐるみさんが一番欲しいな。お部屋に飾りたぁい!」

 果鈴は透明ケースに両手の平を張り付けて、大声で叫んだ。

「果鈴さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみさんの間に少し埋もれてるから、物理学的に見て難易度はかなり高いわよ」

「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」

 優実乃のアドバイスに対し、果鈴はきりっとした表情で自信満々に言った。コイン投入口に百円硬貨を入れ、操作ボタンに両手を添える。

「果鈴、頑張れー」

「果鈴、ファイトッ! ワタシよりきっと上手いはずよ」

「果鈴さん、慎重にやれば絶対取れますよ」

「果鈴ちゃん、頑張れよ」

 他の四人と、

「嬢ちゃん、健闘を祈るぜ」

「果鈴ちゃん、頑張れ頑張れ!」

 ピーマンとバナナくんはすぐ後ろ側で応援する。

「みんな応援ありがとう。あたし、絶対取るよーっ!」

果鈴は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。

果鈴が再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やるもん!」

 果鈴はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。 

果鈴は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

けれども回を得るごとに、

「全然取れないよぅ。なんでー?」

 徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていく。

「あのう、果鈴さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」

 優実乃は慰めるように忠告したが、

「諦めたくない」

 果鈴は諦め切れない様子。ぷくーっとふくれる。

「気持ちは分かるのですが……わたしも一度やると決めたことは、最後までやり遂げたいですし」

 優実乃は深く同情する。

「果鈴は算数のお勉強もそれくらいの意欲でやって欲しいな」

 琴葉はにこやかな表情で呟いた。

「このままだと果鈴がかわいそう。私も取れそうにないし、颯太くん、取ってあげて」

紗菜々が肩をポンッと叩いて命令してくる。

「そうしてあげたいけど、俺もクレーンゲーム得意じゃないからなぁ。真ん中ら辺のカバのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」

 颯太は困惑顔で呟いた。

「ねーえ、颯太お兄ちゃん、お願ぁい!」

「……分かった。取ってあげる」

 けれども果鈴に寂しがる子犬のようにうるうるした瞳で見つめられると、颯太のやる気が急激に高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。

「ありがとう、颯太お兄ちゃん。大好き♪」

 するとたちまち果鈴のお顔に、笑みがこぼれた。

「さすが颯太くん、男の子だね」

「颯太さんの判断は正しいです」

「さすが颯太お兄さん」

 他の三人も彼に対する好感度が高まったようだ。

「頑張れよお兄さん」

「颯太君、頑張れー。成功すれば、紗菜々ちゃんはきっときみのバナナを入れさせてくれるよ」

ピーマンとバナナくんは熱いエールを送る。

(まずい。全く取れる気がしない)

 颯太の一回目、果鈴お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「颯太お兄ちゃんなら、絶対取れるはず♪」

 背後から果鈴に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。

(どうしよう)

 当然のように、颯太はプレッシャーを感じてしまう。

「颯太くん、頑張れーっ!」

「颯太さん、ドンマイ!」

「颯太お兄さん、ご健闘を祈ります!」

(よぉし、やってやろう!)

 他の三人からの声援を糧に颯太は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗した。アームには触れたものの。

けれども颯太はめげない。

「颯太お兄ちゃん、頑張ってーっ。さっきよりは惜しいところまでいけたよ」

 果鈴からも熱いエールが送られ、

「任せて果鈴ちゃん、次こそは取るから」

颯太はさらにやる気が上がった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。

颯太は、果鈴お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。

「やったぁ! さすが颯太お兄ちゃん! だぁぁぁーい好き♪」

 果鈴は大喜びし、バンザーイのポーズを取った。

「颯太くん、おめでとう! 三度目の正直だね」

「颯太さん、大変素晴らしいプレイでしたね」

「颯太お兄さん、ワタシ感動したわ」

「颯太君、おめでとう」

 他の三人とバナナくんもパチパチ拍手しながら褒めてくれる。

「お兄さん、プレッシャーに耐えてよく頑張った。おらも、感動したぜ」

 ピーマンも大いに賞賛してくれた。

「たまたま取れただけだよ。先に果鈴ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、果鈴ちゃん」

 颯太は照れくさそうに伝え、果鈴に手渡す。

「ありがとう、颯太お兄ちゃん。ナーマちゃん、こんばんは」

 果鈴はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「果鈴、幸せそうね」

 琴葉はにこやかな表情で話しかけた。

「うん、とっても幸せだよ」

 果鈴は恍惚の笑みだ。

「果鈴、楽しい思い出が出来てよかったね」

 紗菜々は優しく微笑み、果鈴の頭をなでてあげた。

この施設をあとにしたみんなは、続いて琴葉の希望により同ショッピングモール内のアニメグッズ専門店に立ち寄ることに。

発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。

 この五人と同い年くらいの子達は他にも大勢いた。

「楽しい雰囲気のお店だね」

「面白いものがいっぱい売ってて見るだけでも楽しいが、音楽がうるさいぜ」

 バナナくんとピーマンは紗菜々の肩に乗っかって、興味深そうに店内をきょろきょろ見渡す。

「それじゃ、ワタシ、トーンと原稿用紙買ってくるね」

 琴葉はお目当ての画材道具コーナーへ。他のみんなは食玩コーナーへ。

「ワン○ースの新しいお菓子が出てるね。買おう」

「わたし、このチョコレートを買うわ」

「あたしはこのガム買おうっと」

「俺は十個中八個が激辛のクッキー記念に買おうかな。でも買い辛いな、このパッケージじゃ」

 楽しそうに物色する紗菜々達四人に対し、

「野菜は売ってねえのかよ。ピッ○ロとデ○デのピーマンとか出せよ。おらと同じ色なんだから」

「ボクの仲間も、売ってないや」

 ピーマンとバナナくんは少しがっかりしていた。

「そもそも食べ物を扱うお店じゃないから。お野菜やバナナは本館一階の食品売り場よ」

 優実乃はこう伝えて慰めておく。

 続いて文房具などのキャラクターグッズコーナーへ。

「下敷きとノートと、ボールペンも買おう」

「果鈴、無駄遣いはし過ぎないようにね」

「はーい」

 果鈴がお目当てのグッズを籠に詰めている時、

「お待たせー」

 琴葉が戻って来た。籠にはB4サイズの漫画原稿用紙と数種類のスクリーントーンが。

「バナナくんとピーマンくんは、何か欲しいのある?」

 果鈴が問いかけると、

「ボクは、このステッカー。ボクの体に貼って欲しいな」

「おらはこのかっこいいバンダナだな」

 お目当ての商品をバナナくんは皮で指し、ピーマンは視線を向けた。

「これとこれだね」

 果鈴は快く手に取り、籠に詰めた。

「ワタシもソ○マとか暗○教室とかお○松さんとかの新作グッズ欲しいのいっぱいあるけど、ここは我慢。今月の小遣い無くなっちゃう」

 琴葉は商品棚から目を背ける。

「それじゃ、そろそろお金払って帰ろっか」

 紗菜々がそう言った直後、

「あっ! ちょっと待って」

颯太はコミックコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。

「やぁ、颯太君ではあ~りませんか。奇遇ですね」

 秀道であった。

「秀道、また同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」

 颯太は秀道が手に持っていた籠の中を眺め、呆れ気味に呟く。

「颯太君、この三つは全く違うものですよん」

「タイトル同じだろ」 

「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。アニメを三話まで見て面白かったので原作コミカライズ版も買おうと思いまして」

 秀道はにこやかな表情で主張した。

「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」

 颯太は若干呆れ顔だ。

「颯太君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」

 秀道に軽く鼻で笑われてしまった。

「こんにちは秀道さん、やっぱりいたわね」

「やっほー、秀ちゃん、奇遇だね」

 優実乃と紗菜々は嬉しそうにご挨拶。

「どっ、どうもぉ」

 秀道は緊張気味にご挨拶。

「あーっ、颯太お兄ちゃんのお友達の丸尾くんもどきだぁ! 久し振りだね」

「秀道お兄さん、お久し振り。また痩せたような」

 果鈴と琴葉も秀道の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。

「あっ、どうもどうも」

 秀道はかなり緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。小中学生くらいの現実の女の子は特に苦手なのだ。

「じゃあね、颯太君」

 秀道は居心地が悪くなったのか、会計を済ませるとそそくさこの店をあとにした。

「秀ちゃん逃げちゃったね」

「秀道さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」

 紗菜々と優実乃は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。

「優実乃お姉さん、秀道お兄さんに絶対恋心持ってるでしょう?」

 琴葉はにこりと笑い、優実乃の肩をポンッと叩く。

「琴葉さん、そんなことは全くないからね」

「いててて、ごめんなさい優実乃お姉さん」

 きっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。

「あの子が秀道君っていう男の子か。バナナは小さそうだね」

「ガリガリだな。野菜もっと食った方がいいぜ」

 さっきはしゃべらずにいたバナナくんとピーマンは、秀道に対しこんな第一印象を持ったようだ。

 この店をもって、みんなはショッピングモールをあとにした。

夕方六時半頃、地元駅へ戻り、自宅への帰り道を歩き進んでいく途中、

「そういえば果鈴、駅降りてから急に大人しくなったね」

「疲れちゃった?」

 紗菜々と琴葉は、ついさっきまでとは様子が違う果鈴に疑問を抱いた。

「果鈴ちゃん、なんか顔がちょっと赤いぞ」

「果鈴さん、お熱あるんじゃない?」

 颯太と優実乃もすぐに果鈴の異変に気付く。

「なんかあたし、今、すごくしんどくって」

 果鈴はゆっくりとした口調で答えた。

「果鈴、本当にお熱があるよ」

 紗菜々は果鈴のおでこに手を当ててみた。

「大丈夫ですか? 果鈴さん」

 優実乃も心配そうに問いかける。

「まあ、なんとか」

 果鈴はそう答えるも、ぐったりしていた。

「果鈴ちゃん、おウチまでおんぶしてやろっか?」

 颯太はふらふらした足取りで歩いていた果鈴に、優しく声をかけてあげる。

「ありがとう、颯太お兄ちゃん」

 果鈴は礼を言うと、颯太の両肩に手を掛けた。

「しっかり掴まってて」

颯太は快くおんぶしてあげる。

「颯太くん、心優しい」

「颯太お兄さん、またもお兄さんらしいとこを見せたね」

「颯太さん、男らしいです」

 彼の気配りに、紗菜々達三人は深く感心した。

「いや、たいしたことじゃないから」

 少し照れた颯太が謙遜気味にそう言った直後、

「果鈴ちゃん、とっても苦しそうだね。ボクを食べて。風邪によく効くよ」

 果鈴のリュックから、バナナくんがひょっこり全身を出した。

「いや、おらの方が効果てき面だぜ」

 ピーマンも同じリュックから全身を出して対抗する。

「ボクの方だいっ!」

「おらだ。緑黄色野菜の栄養パワーをなめるなよ」

 睨み合いが始まった。

「こらこら、ケンカしちゃダメ」

 琴葉が止めようとするも、

「おらはビタミンCはもちろん、α‐カロテン、β‐カロテン、ビタミンEも豊富なんだぞぉ」

「ボクの方が栄養価は高いんだいっ!」

やめようとはしてくれない。

「二つともケンカはやめて。両方食べるから。いただきまーす」

 果鈴はまずバナナの方をつかみ、皮を剥いてぱくりと一口齧りついた。

 すると果鈴の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていった。

「急に元気が出てきた!」

 果鈴はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。残りの果肉もあっという間に平らげた。

「お熱も下がったみたいだね。バナナくん効果すごい!」

 紗菜々はおでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとうバナナくん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった」

「ボクは当たり前のことをしただけだよ」

 皮だけになったバナナくんは全身を薄緑に染めて照れる。

「想像以上の解熱効果だな」

「ワタシも、こんなに効果あるとは思わなかったわ」

「わたしも。ド○ゴンボールの仙豆みたいね」

 颯太と琴葉と優実乃は効能にちょっぴり驚いていた。

「果鈴っち、今度はおらを食って」

 ピーマンは爽やかな笑顔でお願いするも、

「バナナくんだけで元気が出たからもういらなーい」

 果鈴にきっぱりとこう言われてしまった。

「そりゃぁねえよ嬢ちゃん」

 ピーマンは悲しげな表情を浮かべる。

「果鈴ちゃん、ピーマンくんも食べてあげて」

 バナナくんからきらきらした目つきでお願いされると、

「それじゃ、食べてあげるよ」

「サンキュー果鈴っち、嬉しいぜ」

 果鈴は快くピーマンも全て食してあげた。

「ピーマンくん食べた途端、足の疲れも取れたよ」

「それじゃ果鈴ちゃん、一人で歩けるよね?」

「うん! でも颯太お兄ちゃんにおぶってもらうままでもいいな」

「そうすると、俺が疲れてくるから勘弁して」

 颯太から苦笑いでお願いされ、

「はーい」

 果鈴は素直に颯太の背中から降りた。

 バナナくんを自分のリュックに戻そうとした時、

「バナナくん、もう普通の皮に戻ってる」

 果鈴は気付く。

 けれども復活法が分かっていたので、みんな悲しみはそれほど感じなかった。

       ※

「果鈴、動物園楽しかった?」

「うん、とっても楽しかったよママ」

「果鈴、ゴールデンウィークはパパも付き合うから」

「やったぁ!」

 三姉妹帰宅後、家族揃って楽しく夕食タイム。

「今夜はワタシの大好物のゴーヤーチャンプルーか。やったぁ」

「美味しそう」

 喜ぶ琴葉と紗菜々、

「ゴーヤーさんがあるのかぁ」

 果鈴は少しがっかり。

「果鈴、頑張って食べたらご褒美にいちごプリン食べさせてあげるわよ」

 母からそう言われると、

「それじゃあ食べるぅ」

 果鈴はお箸でつまみ、お口に放り込むとすぐにごくりと飲み込んだ。

「苦い、苦い。全然美味しくない」

 文句を言いつつも残りのゴーヤーを食していく。

「ゴーヤーの美味さが分かって来た時が、大人になった時だな」

 父はにっこり笑顔で言った。

 夕食後。

「こんばんは、約一時間振りだね」

「こんばんはー」

「やぁ、はじめまして」

「おっす!」

 琴葉はテーブル上のバスケットからバナナ、冷蔵庫からアスパラガス、セロリ、緑ピーマンを持ち出し、自分のお部屋であのソースをかけて意思を持たせたのであった。

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