第五章(4)

 その後はあっさりと解決した。まずは屋上で集まった四人で、図書室から帰ってきた津島さんを笑顔で迎えた。津島さんは最初戸惑っていたが、すぐにどういうことかを察したようで、肩を落として微笑んだ。

 それから津島さんを連れて、八坂さんの家を訪れた。玄関の前で八坂さんと対面して、津島さんが真相を告げると、八坂さんと抱き合った。お互い泣き声を上げながら、謝罪の言葉を何度も言い続けた。それからは津島さんと八坂さんと中島さんの三人の邪魔をしないようにと思い、僕と高瀬さんと会長は帰ることにした。

 翌日の金曜日。津島さんが物理霊媒だと知った今でも、日常は変わらない。これからも二つのラップ音事件に関わったみんなが、津島さんを怖がることはなく、いつも通りに仲良く接していくだろう。

 演劇部の練習が終わって解散となった時、八坂さんが僕に話しかけてきた。二週間くらいはこの時間にからかってくるのが普通だったが、今日の八坂さんにふざけた様子はない。何を話題にしたいのかはそれだけで伝わった。僕達はいつかのベンチに並んで座った。

「つっつん。昨日ちゃんとお礼言えてなかったよね。ありがとう」

 そう言えば、昨日僕は八坂さんとほとんど言葉を交わしていなかった。真面目な八坂さんと話すのは結構久しいことになる。何だか調子が狂う。

「なっちゃんから聞いたよ。祥ちゃんのことを打ち明けてくれたの、つっつんなんでしょ?」

 中島さんからどう話を聞いたのかは知らないが、いろいろと誤解があるようだ。

「僕はたいして役に立っていない。高瀬さんは二週間前から真相を知っていたし、説明をしたのも高瀬さんだし、隠しておこうと言う高瀬さんを説得したのは会長だ」

「それでも、つっつんが動いてくれたお陰でしょ」

 確かに言われてみれば、僕があの公園で真相に気付かなければ、昨日の出来事は起こらなかった。そういう意味では僕は解決のお膳立てをしたのかもしれない。しかし裏を返せば、僕はとんでもない結末に至るきっかけを作ってしまったことになる。

「どういたしまして。でも良かったの?」

 八坂さんがふと首を傾げる。僕が何を訊こうとしているのか、八坂さんなら分かりそうなものだが、さすがに言葉が足りなかったようだ。

「津島さんのことを全部明かしてしまったことだよ。八坂さんは必死に隠そうとしていたのに、僕が台無しにしたことになる」

 津島さんの身代りになるという八坂さんの勇敢な行為を、僕が無駄にしたのだ。憎まれ口を叩かれても文句は言えないと思う。

 それでも八坂さんは頬を緩めながら首を横に振った。

「そんなことないよ。今考えてみると、こうした方が良かったんだと思う」

 むしろ八坂さんは納得しているようだ。昨日も、津島さんが八坂さんの嘘を暴いて、真相を全部打ち明けたというのに、八坂さんは何の不平も言わなかった。

「それと、真美は自分の嘘が全くの無駄だったとは思ってないよ。実際、真美があの嘘をつかなかったら祥ちゃんはもっと辛い思いをしたかもしれない」

 嘘をつくことが良いことだとは思わない。しかし八坂さんの嘘は一時的にとはいえ、物理霊媒として恐れられるという恐怖から津島さんを救っていたのだろう。そのことは称賛しなければならない。

「でもさ、つっつんや高瀬さんや会長さんを見てると、もうそんな必要もないかなって思って、それで祥ちゃんが昨日全部打ち明けてくれた時、真美は納得したんだ。つっつん達がいれば、祥ちゃんが霊能者でも大丈夫だって」

 津島さんが物理霊媒であったとしても、支えてくれる仲間がいる。高瀬さんは心霊科学のプロであるのでそういう方面では頼りになるし、会長は人のことをよく観察してアドバイスを出せるような人だ。しかし僕は何だろうか。津島さんにどんなことをしてあげられるだろうか。

「どうしたの、つっつん? 難しい顔して」

「ちょっと考え事をしていた」

 またそんなことを考えていた。無理に王子様になろうとしては駄目だ。しっかりと津島さんとの時間を積み重ねて、自分ができることを見つけていけばいいのだ。待て。ということはもう津島さんに的を絞るということか。それだと高瀬さんはどうしよう。

 いや落ち着け。そもそも二人の内のどちらかを恋人にできるとは限らないのだ。二人とも僕のことを異性と認めずに終わることだって十分あり得る。それでも今はできるだけ二人に近づきたい。とはいえやはりいつまで経っても一人に決められないのは情けない。

「ホントつっつんどうしたの?」

 いつの間にか僕は頭を抱えていたようだ。

「いや、もう大丈夫だから」

 今は八坂さんの相手をしているのだ。気持ちを切り替えよう。

「ところで一つ気になることがあるんだけど、訊いていい?」

「何? いいよ。遠慮しないで訊いて」

 かなり踏み込んだ質問になるが、遠慮しないでと言われたので甘えさせてもらおう。

「どうして八坂さんは嘘をついてまで津島さんを助けようと思えたの?」

「それは友達だからだよ。自分が霊能者だってばれそうになることを、祥ちゃんが怖がっていると思ったから、真美はああしたんだよ」

 そんなことも分からないのか、とでも言いたげに八坂さんは口を尖らせた。そんなことくらいは分かっている。いや、僕の質問の仕方が悪かった。知りたいことはその奥のことだ。

「ごめん。言い方を変える。どうしてわざわざ八坂さんが身代わりになる必要を感じる程、津島さんがそう怖がっているということを察することができたの?」

 津島さんだろうが、八坂さんだろうが、霊能者だと知られれば迫害される危険があるのには変わりない。にもかかわらず、自分は大丈夫で、津島さんはそれに耐えられない、と八坂さんは考えたのだ。その差を判断する根拠とは何だったのかを知りたい。

「祥ちゃんはね、なっちゃんがオカルトの話をするのを、適当に聞いてくれてはいたの」

 それは中島さんから聞いた。その頃はラップ音事件以降のような心霊現象の話に対する極度の抵抗はなかったのだろう。

「UFOとか妖怪の話は、本当に興味なさそうにただ聞き流すだけの感じだったけど、幽霊の話だけは違ったんだ」

 いや、高瀬さんの推理によると、津島さんは心霊現象に遭遇して、自分が霊能者だと疑われたことがあるかもしれないとのことだ。もしそれが正しいのならば、心霊現象に対する嫌悪をその頃からすでに持っていたと考えるべきではないだろうか。

「幽霊の話の時だけ、少し気になる感じだった。あと、ちょっとだけなんだけど、怖がっているように身体が震えてるように見えたんだよ。最初は祥ちゃんにも怖いものがあるんだって思ったけど、宇宙人や妖怪のことですごく怖い話の時は、祥ちゃん全然そういうことないから、幽霊のことだけ何かあるのかなって思ってたの。それに、なっちゃん家であの事件が起こって、なっちゃんが幽霊の仕業じゃないかって言った時、祥ちゃんはすごく怯えてた。なっちゃんのお陰で真美も幽霊のことは多少詳しくなってたから、祥ちゃんは実は霊能者で、似たような体験をしたんじゃないかなって思ったの。だからだよ」

 つまり、日頃の行いが良かったということか。日頃から津島さんのことをよく見て、津島さんがどんなことにどういう感情を抱いているのかをよく考えた結果、八坂さんは津島さんの悩みを察することができたのだ。

「ありがとう。参考になった」

 八坂さんに感服した。そしてこうも思う。

「それにしても、八坂さんが女の子でよかった」

「何それ? どういう意味?」

 八坂さんは不思議そうに問いかけた。それはそうだろう。変なことを言ったという自覚ならある。しかし理由ならちゃんとあるのだ。

 僕がその理由を告げる前に、八坂さんは意地悪そうな笑みを浮かべた。

「ははん。さては真美ちゃんのプリティーなところに惚れてしまったわけだね。いくら真美が超絶美少女だからって、祥ちゃんや高瀬さんがいるのにそんな……」

「それはない」

 鬱陶しくなる前に止めておいた。八坂さんは打って変わって不満そうに睨みつける。

「分かってるよそんなこと。それでどういう意味?」

「八坂さんが男だったら、津島さんをとられてしまっただろうから」

 普段から津島さんのことをよく気にかけていて、いざというときは津島さんの助けになる。そんな人が男ならば、津島さんのその人のことを好きになってしまうだろう。少なくとも、ただ馬鹿正直なだけの男よりかはそっちの方が良いはずだ。

 八坂さんはしばらく呆然としていたが、突然頬を膨らませた。

「ぷっ……ぷぇ……ははははははははは」

 そして腹を抱えながら、大きな笑い声を上げた。幸せそうに大口を開けている。

「そんなにおかしい?」

 確かに普通ではないことを言ったが、僕は真面目だった。それをよくもここまで気持ちよく笑い飛ばしてくれたものだ。呆れるあまり怒りが湧いてこない。

「ごめんごめん。つっつんがそんなこと言うものだからつい……」

 八坂さんは嘲笑を止めると、今度は嫌そうに睨みつけてきた。

「でも、高瀬さんのことも好きなのによくそんなこと言えるよ」

「この際、優柔不断なことははっきりと認める」

 八坂さんの言う通りだ。高瀬さんのことを諦めないまま、津島さんが他の男にとられることを心配するのはあまりにも都合が良すぎる。

「でも真美が男の子だったとしても分からないなぁ」

 また何か嫌みでも言われると思ったが、八坂さんは無邪気な笑みを投げかけてきた。

「だって、つっつんが一生懸命なのは伝わるもん。もしつっつんが祥ちゃんだけ好きだと思ってたら、男の子版の真美も負けちゃうかも」

 気休め程度にしか聞こえないが、それでも悪い気はしなかった。他の人から見ても、僕は津島さんのための努力しようとする姿勢はしっかりと表れていたらしい。

「そうか……。ありがとう」

 僕は席を立った。八坂さんに訊きたいことはもうない。

「じゃあまた。お疲れ様」

「つっつん、待ってよ。今日くらい一緒に帰ろうよ」

 八坂さんも立ちあがって、僕の横まで駆けてきた。何とも不思議なことを言う。とはいえ、八坂さんも浅い仲ではない。部活の同僚だし、ラップ音事件ではいろいろと関わりを持ったのだ。一緒に帰るくらいはいいだろう。

 と思ったのだが、校門から出てきた人影に目がいってしまった。生徒会のメンバーが続々と現れたのだ。今日は割と遅くまで活動していたようだ。会長と津島さんが僕達に気づいたようで、二人ともこちらに駆け寄ってきた。そして会長が声を掛けてきた。

「お疲れ様。今から帰るとこ?」

「はい。会長達もそうみたいですね」

 会長に向かって、八坂さんが頭を下げる。

「昨日は……いろいろありがとうございました」

「いいわよ。そんなことは。それより一緒に……」

 会長は言葉を止めて、僕をまじまじと見つめる。それから津島さんを一度見て、再び僕の方を向く。そして会長は八坂さんの腕を引っ張って、生徒会のメンバーの方へ向かった。

「折角だから、二人で帰りなさい。さあ、邪魔ものは先に行きましょう」

「バイバイ祥ちゃん。つっつん、祥ちゃんに変なことしたらダメだぞぉ」

「「ちょ……」」

 何か言い返す間もなく、会長と八坂さんは生徒会のメンバーに混ざり、学校の外へと去ってしまった。僕と津島さんがぽつりと残された。

「とりあえず、帰ろう」

「ええ、そうね……。ちょうど堤君に話したいこともあるし。会長が気を利かせてくれたということにしましょう」

 そして二人は並んで歩き出した。話したいことといえば、ラップ音事件に関係することだろう。事件の真相を暴いた昨日、津島さんからは詳しく話を聞くことはなかった。

「三月の事件の後で、なっちゃんが幽霊の仕業だって騒いだ時、あの場所に泊まったことがあると私が嘘をついたことは、もう分かっているのよね?」

「うん。分かっているよ」

 津島さんは視線を落とすことなく話を続ける。

「そう。あの場所に泊まったことなんてないわ。どうしてそんな嘘をついたのかも当然分かっているのでしょう?」

「自分が物理霊媒だということを悟られたくなかったから」

「そう。私は自分が物理霊媒というものなのかもしれないということに気づいていたの」

 ここまで推理と同じならば、やはりこの後も合っているだろう。

「それは……やっぱり……?」

「ええ、なっちゃんの家でのことと同じようなことがあったの」

 八坂さんが嘘をついた時の理屈と同じだ。過去に似たような経験があったから、中島さんの家でラップ現象に遭遇した時、両方の現場にいた自分がその原因だと結論づけたのだ。

「小学生の頃、家族旅行にいったの。その時泊まった旅館でラップ現象に遭遇したわ。中島さんの家の時と同じように、十分以上続いたわ。まあその時は偶然だと思うわよね。たとえ幽霊の仕業と考えても、その時は幽霊のことに詳しくないから、自分が原因かもって考えなかった。けどなっちゃんに出会って、幽霊の話を聞くとね、もしかしたら自分が物理霊媒というもので、あの旅館でラップ現象を引き起こしたのは自分だったんじゃないかって思うようになったわ。だけど、そんなことを疑われるのも怖くて、なっちゃんには幽霊のことを話さないで、とは言えなかったの」

 八坂さんがついた嘘とほとんど同じだ。そして八坂さんが察していた、津島さんの恐怖とはこのことだったのだ。中島さんが幽霊の話をする度に、旅館での事件を思い出していたようだ。

「幽霊にとり憑かれているなんて思われたら、忌み嫌われるじゃない。そう思って、ついあんな嘘をついたの」

 その忌み嫌われた経験がなかったことは不幸中の幸いだったのだろう。

「自分が幽霊を呼んだって真美ちゃんが言って、なっちゃんが怖がる素振りを見せた時、私は正解だと思ったと同時に間違いだと思ったの」

 正解は何となく予想できるが、間違いとは何だろう。とりあえず黙っておいて、津島さんの二の句を待った。

「正解だと思ったのは、やっぱり霊媒だと知られたら怖がられるってこと。本気で怯えた眼で真美ちゃんを見つめていたわ。オカルト話が好きななっちゃんでさえそうだったの」

 それは仕方ないだろう。当時の中島さんは、超常現象が存在するなんて本気で信じていなかったのだろう。その根源が身近にいるとなれば少しくらい恐れても無理はない。

「あの時なっちゃんに怒ったのは、真美ちゃんのためじゃなくて、もし私が真美ちゃんの立場だと考えたら堪らなかったからよ。やっぱり自分が物理霊媒だって知られたら、友達のなっちゃんでも私を避けてしまうだって」

 そんなことはないと言いたかったが言えなかった。そんな言葉は何の慰めにもならない。

「でも結局はそれも間違いだったわ。すぐになっちゃんは真美ちゃんのことを受け入れていたみたいね。そのことは真美ちゃんからメールで教えられたけど、それでもあの時のなっちゃんの眼が忘れられなくて、私はなっちゃんのことが許せなかった」

 いや、今は慰めの言葉なんて考えないでおこう。津島さんの話を一字一句聞き逃さないことに集中するべきだ。それが今彼女の望んでいることだろう。

「それで間違いというのは、そうやって怖がられることを真美ちゃんに押しつけてしまったということよ。まさかあんなことを言い出すとは思っていなかったとはいえ、本当に真美ちゃんには申し訳ないことをしたわ」

 八坂さんが勇敢だったのに対して、津島さんは臆病だった。それを否定するつもりはない。そんなことしたところで津島さんのためにはならないのは分かっている。

「ねぇ……堤君」

「何?」

 津島さんがこちらを向いている。その頬はほんのりと赤いように見えた。

「私のこと好き?」

「好きだよ」

 即答してから考える。どうしてそんなことを訊くのだろうか。まさか――。

 それを訊く前に、津島さんが少し不機嫌そうな視線を送ってきた。

「言っておくけど、他の女の子にふらふらしているような男に告白するつもりはないわよ」

 まさか短時間の内に、二人の女子に指摘されるとは思わなかった。とはいえ、ならばどうして、自分のことが好きかどうかを僕に訊くと言うのだ。

 津島さんは打って変わって嬉しそうに笑みを浮かべた。

「でも、ありがとう。堤君は変わらないでくれるのね」

 さすがの僕でも、その言葉で分かった。津島さんが望んでいたことを、僕は知らない内にしていたようだ。

「真美ちゃんを陥れるような醜い嘘をついて、それなのになっちゃんに八つ当たりしたわ。全部自分の嘘が悪いのに、私はなっちゃんに責任をなすりつけたのよ。なっちゃんにしてもそうだわ。どうしてあんなにすんなり許してくれたのかしら?」

「深い事情があるって分かってるし、津島さんがちゃんと謝ったからでしょ」

「でも、私が臆病で意地汚かったことには変わりないわ」

 真相を知ってもなお、僕や中島さんが津島さんに対する態度を変えずにいることが、津島さんにとって嬉しいことであると同時に不思議なのだろう。特に、津島さんの悪いところを目の前にしても、僕は彼女のことが好きだと即答したのだ。

「悪いけど、中島さんや他の人達がどう考えているかは知らないから直接に訊いて。ただ、僕がそんなことで津島さんのこと嫌うことができるわけないじゃない」

「どういう……」

 言った途中で、津島さんは気づいたようだ。相変わらず察しの良い人だ。

「姉さんがそうだったんだから」

 僕が好きだった姉さん、白川一魅がそうだった。霊能者だということを知られることが怖くて、生前にそのことを僕にも言ってくれなかった。津島さんも同じなのだ。それなのに、姉さんのことは嫌わず、津島さんのことを嫌う道理はない。

「あなたらしい答えね」

 そこで、僕は己の失敗に気づいた。

「ごめん。昔の想い人と重ねるなんてよくないよね」

「確かに、ますますあなたに好きだと言えなくなったわ」

 そんなこと言いながら、津島さんは快さそうに声を弾ませていた。

「でもありがとう」

「どういたしまして。でもそれだけじゃないから」

 いつまで経っても過去を引きずっているだけの僕ではない。津島さんから新たに学んだことがあるのだ。もしそれがなかったら、津島さんのことを少しは軽蔑していたかもしれない。

「嘘をついた感想を話したよね。自分を守るための嘘をついたら、相手にばれる時を思うとすごく怖くなったって」

 高瀬さんに嘘をついた時の恐怖を今でも思い出す。

「嘘がばれても、あれくらいの嘘なら高瀬さんは許してくれるだろうと思っていたけど、万が一嫌われるんじゃないかっていう恐怖は拭えなかった。その『万が一』がすごく怖かった」

 一度でもいいから嘘をつけと津島さんが言ってくれたお陰で、その恐怖を知ることができた。姉さんがその恐怖に苦しんでいたことも分かった。そして――。

「キスのことであんなに怖くなるくらいなら、津島さんはもっと怖かったんだって分かったから。津島さんが悪いわけでもないのに、嘘をつかないといけなくなったって分かっているから、津島さんのこと嫌ったりしない」

 何も津島さんは悪意を持って故意に人を陥れようと考えていたわけではないし、重大なミスを犯して責任から逃れようとしたわけでもない。ただその恐怖と闘わざるを得ない状況に陥ってしまっただけだ。そんな人をどうして責められようか。

「そう。正直、嘘をつくなんて課題を与えた時は、堤君ならそう簡単にできそうはないって高を括っていたけど。本当に見直したわ」

 そして津島さんは満面の笑みで、言い渡した。

「合格どころの話じゃないわね。満点よ」

 これで少しは普通というものを知ることができただろう。そのお陰で津島さんのさらなる一面を知ることができた。高瀬さんと津島さんのどちらかを選ばなければならないという最大の問題はあるが、それでもこの調子で好きな人のことをもっと理解していけば、いつかは本当の理想の王子様に辿り着けるだろう。

 僕は嘘を探究して、王子様にまた一つ近づいた。

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嘘の探究者 荒ヶ崎初爪 @hatsumeTypeB

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