第一章2 『破壊の妖精きたり!』
一限目はA組からC組まで合同の体育の時間だった。
これをサボれば、単位補充の代わりに校外周回マラソン(別名「地獄のデスマーチ」)が、楽しい冬休みのスケジュールに追加される事になる。追試を受けるならまだしも、わざわざ長期休暇を削って学校に走りに来ようとは思わない。それに、この学校の体育は割と自由なのだから、わざわざサボる理由も見当たらなかった。
今日は男女を混合してのサッカーとのこと。
さっき決まったのである。相変わらず自由な授業だよなと思う。典型的なギャル、櫻井春乃とかいう女子生徒が突然、せんせい~男女混合してやろうよ~ね~お願い~、などと言い出したのだ。
危なくねえか、なんて心配をしてやるつもりは、幸司の頭の中には微塵の欠片もなかった。自分にはパスが回ってこないのだから、女子の身を案ずる必要もない。泡よくボールが足下に転がってきたとしても、まともにディフェンスをしてくれる奴がいないのだから、そもそも細かいことを考える必要性がないのだ。
競技はサッカーのはずなのに、タッチダウンを決める要領でゴールにまで辿り着く。
ラグビーかよ。キーパーもっとしっかりやれ。
学校指定の青ジャージの質感にちょっとした気持ち悪さを覚えつつ、幸司は一人ポツンと寂しげな様子でグラウンドに立ち尽くしていた。
「うわこええ。福谷君がディフェンスかよ」
「すげえ……覇気だ」
「鬼の剃刀スライディングで足を殺られっぞ。パスを回して慎重に行け、単独行動は控えろ!」
スパイク履いてねえよ……、とツッコミを入れたくなる。
体育用の運動靴は持参しているが、素材は多分ゴムだろう。彼らの軽快な声かけも人の神経を逆撫でしてるようにしか思えない。幸司は今までキレたことがないぶん、この扱い方が全校生徒の間で公式になっているのだ。本物の不良相手なら間違いなく皆殺しにされてることだろう。
だから何なんだよこの茶番は……。
首をわずかに傾けたまま目を見開き、シャープな視線を遠くのボランチに投げて、かじかむ五指を握り締めた。
別にキレてるわけじゃなかった。ただちょっぴり肌寒くて、右腕に少し力を入れただけである。しかし
「うっわ……なんだよあれ。近付いたら殺すって警告か……? 誰か右サイド回ってくれ!」
「いやだ! 俺はまだ死にたくない!」
「せめて童貞だけは卒業させてくれ!」
男子生徒が次々に攻めることを諦め、絶望を含んだ姿勢をとる中、「へいパス!」と元気よく声をあげる女子生徒がひとり。
その勇気ある行動におおっと歓声がわいた。細やかな肢体、だが男を魅了する豊満なバスト、首筋まである緩くウェーブを当てた茶髪は、いまどきのジョシコウセイを前にした悦びを皆に与えることだろう。
というより彼女、櫻井春乃は典型的な女子高生 (ギャル)だった。
容姿は勿論のこと、このクソ寒い冬の時期にハーフパンツで太股を見せ、胸元を開けた小豆色のジャージの中には銀色のネックレス、天使のチャーム、左耳につけたイヤリングなんかはもう独特のエロさを放っている。
そのうえ、男子諸君らが好むような、フローラルな匂いの香水をふっているのだから、彼女にハートをキャッチされた者は数知れず──、噂では一年の男子のほとんどが彼女に告白をしただとか、いま付き合ってる先輩は俳優の卵だとか、すでに百人以上の財布がいるだとか。
掘れば掘るほど出てくる、どす黒くも華やかな噂。愛西高校の一年生を代表する、とびきり妖艶で蠱惑的な少女というわけだ。
しかし幸司にそんなエロは通用しない。
可愛いと言っても相手はしょせんギャルだ。ピュアな恋心を信条としている幸司にとって、櫻井春乃は汚れた女にしか見えないのだ。一言で言えば嫌いだ。視界に入れるだけでも吐き気がする……とまではいかないが、単純に苦手な部類の女だった。
そんなことを考えてるうちに、現在ボールをキープしている岩渕とかいう眼鏡系男子(あだ名はブッチ)が櫻井にパスを出した。
確かあの子は転入生じゃなかったか。あまりにも話題に上がらなかったから、ただでさえ学校事情にうとい幸司には確信が持てないところだが。
「ナイスパス、ブッチ──ッ!」
櫻井春乃がボールを受け取った。
途端にでかい胸を揺らして、右サイドを一直線に走りだす。これがまた大き……上手いのだ。帰宅部所属のくせにサッカー部顔負けのドリブル技術で、ディフェンスをかろやかに抜いていくのだから。
キラキラと輝く汗。授業に対する意欲。スポーツ万能という言葉が似合う、活発的な女の子。確かにそういうところだけを評価するならば、櫻井春乃は律儀で可憐な清純派ギャルだな、と幸司も思う時はある。
見た目が割と校則違反なぶん、ギャップにあてられているだけかもしれないが。
『やっぱりB組のマドンナは櫻井だよな』
『ああ~頼んだら一発やらしてくれねえかな~』
『お前レベルじゃ相手にして貰えねえよ童貞。俺ぐらいのテクがねえと春乃ちゃんは』
『何言ってんだ。お前も童貞だろ、この童貞ッ!』
しかし有象無象の
ちょっとアタマが痛い奴らは、うへへ、と口許からヨダレを垂らし、あのブッチこと転入生、岩渕は意味深に眼鏡をクイッと上げ、スポーツマン風のイケメン、赤城に関しては……特になにもないが、幸司の後ろのゴールキーパー、秋山涼平に至ってはフンフンと気持ちの悪い鼻息を漏らしている。
「おい涼平、お前……気持ちが悪いぞ」
思わずポロリとそう本音を呟くと、涼平と呼ばれたオレンジ頭の少年の目がカッと見開き、
「学校では僕に喋りかけてくんなって言ってんだろが幸司ッ! お前と仲良くしてるところなんて見られたら、僕までみんなに怯えられるじゃないか──ッ!」
これである。
「声でけえよ。墓穴掘るぞ、いいのか」
「ちっ、今は引いてやるよ。親友じゃなければ、一発殴ってたところだね」
「そりゃ俺の台詞だよ。あ、涼平、お前の肩にゴキブリが」
「え!? どこどこどこどこどこ、幸司とってくれ! 僕たち友達だろ、はやくとってくれよ。おい無視すんな! はやくとれよこのノロマ!」
「あ、見間違いだったわ」
「こんのクソ野郎、金輪際僕に話しかけてくんじゃねえ──ッ!」
そう、これが幸司の数少ない親友のひとり、秋山涼平なのである。
ご覧頂いた通りの、クズ、圧倒的クズ。
性格は最低で小姑のように女々しく、弱い者に強くて強い者に弱い、まさにテンプレートなダメ男を体現したゲスである。中学の頃は幸司のもうひとりの相方と幸司の後ろを、金魚のフンのようにへばりついていた(残念ながらもうひとりの相方はこの学校にいないのである)。
しかし幸司と高校に上がるとともに、「僕はそろそろ彼女が欲しいんだ幸司、だから学校では僕に喋りかけてこないでよね」とこういった具合に釘を刺された。オレンジ頭で寝ぼけたことを抜かしやがる。
普通の友達同士ならばここで縁切りだろう。だがプライベートでは幸司のことが好きすぎて、平日にも関わらず幸司の家に泊まりに来る、という、なんというか切るに切れないチワワのような奴なのだ。
幸司が独り暮らしを始めた切っ掛けにも秋山は一枚噛んでいる。
もともとこちらが地元だった幸司は、家族が隣町に引っ越すということで、安い賃貸を探していた(この頃にピュアラブの連載が決まり、漫画家は環境に左右されやすいということで、地元に残る決意をした) 。
そんなときである。
あの性悪な秋山が「僕の知人にアパートの大家さんがいるんだ。良かったら部屋が空いてるかどうか聞いてやるよ」といった風に、幸司に霧島夫妻(四季さん)を紹介してくれたのだ。あんな曰く付きの借家だとは今朝までは知らなかったが、それでも霧島夫妻には感謝の言葉しか出ない。秋山はオマケである。
この町に身寄りがないとはそういうことであり、今でもちょっぴりホームシックになる時がある。でも、友達は確かにここにいる。こんな奴だけど……まあ仕方がない、慣れ親しんだ地元に居座れたものこいつのお陰なのだから。
「おい幸司このマヌケ、ちゃんとディフェンスやれってんだ! なんのために僕がゴールキーパーを引き受けたと思ってる。こっちはお前の魔眼頼みなんだよ!」
やっぱり前言撤回だ。
「ディフェンスつってもお前……てあれ、いつの間に櫻井があんなところに」
「お前がボーッとしてる間にだ!」
幸司から見て左側方面、敵チームからすれば右サイドのペナルティエリア付近に櫻井春乃はいた。
いったい何人の男子を牛蒡抜きにしたのだろうか。
まともに驚く暇もないまま、砂ぼこりがブワッと舞い、ゴール前にディフェスの壁が出来上がる 。 櫻井春乃が喉仏を揺らして「かなたあ──ッ!」なんて誰かの名前を叫びながら、とても綺麗なキックフォームでセンタリングをあげたのだ。
ボールの弾道は高く、綺麗な弧を描いてゴール前へ。キーパーの真ん前にいる幸司は、その軌跡を目で追いながら呆然と佇んでいた、──その時である。
「どけどけどけお前らぁあああ──ッ!」
ディフェンスの波を掻き分けて何かが跳躍した。
とても小さく可愛らしい──そう、妖精のような少女が、運動場の砂を蹴ってロケットの如く飛んだのだ。
時間にしてほんの一秒ほどだった。風を切り裂いた少女の長い黒髪が鳥の翼のように燦然と広がり、空中から幸司を見据える瞳がまるで蛇を狙う鷹を彷彿とさせ、その射殺すような二つの眼球がアーチを描くボールを捉えるようにギロリと左に動いた。たった一秒で、二人の間合いは、ほんの数十センチほどまでに迫っていた。
刹那、日差しが消え失せた。
幸司の顔面を丸い影が覆ったのだ。太陽の明かりを遮断したのは、真横から滑り込んできたサッカーボールだった。数十センチほどのわずかな隙間を狙った繊細なパス。針の穴を通すよりも難しい、とても高度な技術だ。
それはゴールを狙うアシストなどではなく、ひとりの少年を沈めるために用意された自動拳銃──
「ナイスパス……はるのん!」
一撃必殺のトリガーだった。
ジャストのタイミングで頭を振りかぶった少女はさながら銃口だ。強烈なヘディングによって弾丸となったボールは超至近距離から幸司の鼻を狙い撃つ。
ぐしゃり。ボールを間に挟んだだけの頭突きとも呼べる、痛恨のヘッドバッドが炸裂し、幸司は無様にも背中から地面に倒れこんだ。少女の額から鼻下までは弾み上がったボールによって見えなかったが、隠れてない口許だけはニヤリと笑みを刻んでいたように思える。
そして、極めつけはヒラヒラと舞う黄色のリボン。
ああ俺はこいつを知っている。
意識を失う前に幸司は、今朝の四季の言葉を思い出していた。破壊の妖精──そのとびっきりインパクトのある二つ名を。
『うおおおおおおおッ! ついにやりやがった。櫻井、夢野ペアが福谷君を討ち取ったぞお──ッ!』
悪魔のキッスはボールの味。
東中出身のキングギドラ、夢野叶多恐るべし。
※ ※ ※
眠りから覚める感覚は何とも言えない幸福感に包まれている。
ちょっと身体を伸ばすだけで痛みは気持ちよさに変貌し、火照っていた頭がつむじ風に当てられたように冷めていく。心が和らぐほんの一時の瞬間だ。グッともう一度だけ腕を伸ばし、かぶりを振って思考の回復を謀ってみる。
続けて上半身を起こして、キョキョロと辺りを見渡してみた。真っ白な医療用カーテン。質素なパイプ椅子。消毒液のツンとした香り。どうやら幸司は、保健室の柔らかなベッドの上で仰向けになって寝ていたらしい。
窓の外から漏れる茜色の陽光が、今は夕方だということを教えてくれる。おそらく睡眠不足のつけが回ってきたのだろう。朝からこの時間まで意識を失うとは、何ともけったいな話である。
──そういや、サッカーボールが直撃したんだよな。
記憶を遡って過去のできごとを冷静に整理してみる。
誰のせい、というつもりは毛頭ないが、あれは事故ではないような気もするし、人を疑うことはあまりしたくないのだが──今回は相手が相手でもあった。
「夢野叶多……あいつ、どんな運動神経なんだよ。ほとんど超人の域じゃねえかちくしょう」
まだ消えぬ頭痛に蝕まれながら、枕元に置かれたスクールバックを手に取ってベッドから立ち上がると、幸司はジャージ姿のまま保健室を跡にした。
知る人ぞ知る名店『四季折々』は、夜の七時から営業を開始する少し変わったラーメン屋である。
入り口は引き戸ではなく、スナックの扉。中の様子はバーカウンターやシャンデリア、アンティークの机に肘かけ椅子といった、一風変わったお洒落な内装で、店の隅の広々としたスペースには一昔前のカラオケ機器が置いてある。
元々スナックだった物件を買い取って始めたラーメン屋は、当時の名残を匂わせたままだ。
その懐かしさに、いまだ足を運ぶ常連客もいるという。ラーメンを食べながらスナックを堪能できる店。
学生にはちょっと入りづらい雰囲気だが、店主と親しい関係にあるのなら、さほど緊張することもないだろう。
幸司と秋山は、気を遣う素振りを微塵も見せず、ドアの方から見て奥側の、カウンターの席に座っていた。ちなみに今は制服姿である。
「はいよ、特性豚骨ラーメンお待ち! 熱いから気をつけて食べなクソガキども」
「熱いだけに、ああつい火傷なんて大事にならないようにね。ほんと熱々だからさ」
「鉄平そりゃ寒いよ。ラーメンが凍っちまう」
毎度お馴染みの台詞で美味しいラーメンを提供してくれるのは、この界隈で「館の魔女」と呼ばれる女性、霧島四季だ。今朝とは違って、寝癖ひとつない銀髪が輝いている。くわえ煙草で仕事をするのはどうかとも思うが、四季を崇拝しているお客さんたちは、そこに痺れる憧れるらしい。そして厨房の鍋の前でキレよく麺の湯を切る男性が四季の夫の霧島鉄平であった。
二人の軽快なやり取り(夫婦漫才)にも、ここ最近はだいぶ慣れてきた。鉄平の親父ギャグは相変わらずの寒さだが、霧島夫妻特性の豚骨ラーメンは無類のうまさを誇っている。
「うん。やっぱりここのラーメンは最高だね。僕に感謝しろよ幸司。お前の家があるのもこの店に来られるのも、全部僕のお陰なんだからな。この代価は高くつくぞ」
ずるずるとラーメンを啜りながら秋山が言う。
「後で小麦粉と豚足をお前んちに届けてやるよ。四季さん、あとなんか足りないものとかありますか?」
「等価交換の法則ならそんなもんじゃねえの。涼平にラーメンのレシピを教えるわけにはいかねえからさ、これ以上の情報はやれないけどよ」
「おいコラ錬成の話をしてるんじゃねえんだよ! 両手叩いてはいラーメンできましたー、ってか! ふざけんなコラ! せめて樋口を渡すぐらいはして貰わないと割に合わないんだよ!」
「おじさんは平等院鳳凰堂が好きなんだけどね~」
「わ~い十円玉だあ~嬉しいな~、なんて言えるかクソがッ! 鉄平さんは口を挟まず黙って麺だけふっとけばいいんですよ! 僕は諭吉か樋口、最低でも野口じゃないと受け取らないぞ!」
「最低だなこいつ……。おい幸司、こんなのとは縁切りして早くいい友達見つけろよ。お前の良さを分かってくれる奴は世の中探せば五万といるんだから。涼平、お前の唯一の善行は私と幸司を引き合わせてくれたことだよ。感謝してる、また来世で会おうな」
「それ僕が死ぬ設定で話が進んでますよね!?」
息の合ったボケとツッコミ、四季の秋山いじりは今日も絶好調に冴え渡っている。二人のショートコントを肴にしながら食べるこのラーメンのうまさもまた格別だ。豚骨なのに臭みのないスープはマイルドな口当たりで、舌がざらつくようなしつこい脂っぽさもない。その極上の味をさらに際立たせる紅生姜の酸味ときたら。
ピリリと鼻奥を突き抜ける風味と、濃厚なスープを口の中でフュージョンさせながら、幸治は勢いよく麺を啜って微睡むように顔を綻ばせた。すると、
「てかさっきから気になってたんだけどよ、幸司お前のその鼻どうしたんだい。アザになってるじゃないか」
四季が灰皿に煙草を叩いて目を眇めた。怒っているわけではないらしく普通に優しい声色だ。
「いや、その、これは今日体育の時間で」
歯切れの悪い口調でそう言うと、隣の秋山がニタニタと口許を小刻みに震わせていた。気持ちが悪い。オレンジ頭のクズ野郎は箸で幸司を指しながら、
「四季さ~んこいつ今日ね~、女子のヘディングをもろ顔面に喰らって気絶したんですよ~。いやもうホントその白目向いた顔が滑稽で今思い出しただけでも笑いが」
「お前なー……。ダチの不幸を嬉しそうに語るんじゃないよ」
「ぐぎゃあッ!」
四季に箸で目を刺されていた。自業自得だバカ野郎。傀儡のようにのたうち回る親友を横目で無視しながら、幸司はレンゲでスープをすくうと、
「話変わるんですけど、四季さんの言ってた『破壊の妖精』って背丈の小さい女の子のことでしたよね?」
「おう。ここら近隣のほとんどの人が目撃してるらしいぜ。ちょっと離れたとこにうちのアパートのガレージあるだろ、あそこのコンクリ塀をぶっ壊したのもその子らしいしな」
「コンクリ塀? って器物破損じゃないですか……」
「私が気にしてないからいいんだよ。素手でコンクリートぶっ壊すなんてロマンがあっていいじゃねえか。もしかしたら地球を侵略しにきたサイヤ人かもしれねえしな」
四季はそう言うと愉快げに笑って口の端から紫煙を漏らした。
素手、というのはおそらく噂好きの近所の主婦たちが面白がって話を飛躍させただけだろう。コンクリートをぶっ壊すなんて、瓦を割るのとは訳が違うのだから。
幸司がずずずとスープを啜りながら、そんなの……ありえねえよな、などと思っていると、
「サイヤ人ならうちの学校にもいるじゃん。ほらお前にとどめをさした夢野叶多。まあ幸司も幸司で愛校のピッコロ大魔王とか言われてるんだけど、あっちはお前と違って本物だからな~」
「ぶほっ」
復活した秋山がけろんとそんなことを口にした。
思わず幸司は喉奥からスープを吐き出してしまった。自分も今似たようなことを考えていたのだ。
こんな時だけ嫌に勘が良いオレンジ頭は、にやにやとゲスな笑みを浮かべたまま偉そうに腕を組んで、
「もしかしたら、その破壊の妖精ってのも夢野叶多だったりして」
「んなわけあるかよ……。夢野の噂だって半分は嘘話だろ」
「半分は、ね。でもあいつマジの空手有段者らしくて、小学校の時、空手の全国大会で対戦者の相手の子をボコボコにして退場になったんだって。それも、決勝の舞台で。後はタイマンで気絶させた子を殺したと勘違いして山に埋めに行こうとしただとか、無罪の罪なのに一ヶ月も警察署で調書作成に付き合わされただとか。ちなみにその時、署内のバイクをドミノ倒しにしたんだってさ。一ヶ月近くも拘束したんだから警察も何も言えないよね、そのままお咎めなしで署の門を蹴って帰っていったらしい。ちまたではパトカーをひっくり返したなんて言われてるけどあれは嘘、バイクのドミノ倒しが本当の話だ。やっぱり夢野叶多はやばい奴だよ、あいつ以外に『破壊の妖精』なんて名前をつけられる奴はいないと僕は思うんだけどな」
「へ、へー……。でも流石の夢野でも素手でコンクリの塀やブロックをぶっ壊すなんて芸当はできないだろ……はは」
否定の言葉とは裏腹に、確信に変わりつつある『破壊の妖精』談義を締めくくったのは、「そんな子が学校にいるんなら今度お店に連れてきなよ」という四季のとびきりユーモアなジョークだった。笑えない。濁ったスープの温かさだけが幸司の不安を和らげてくれた。
ピュアラブ上等じゃい! 春日園 @adgj
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